筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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 長らく失踪してしまい申し訳ございませんでした。これからも楽しんで読んでいただけると幸いです。大方ストーリーは思いついてるので必ず完結させます。



☆五、 王手

 

「そこまでよ…詰みね、あんた。」

 

 

 その声に、マッシブーンの脚立のような四本脚が止まった。

 

 突如目の前に現れた薄い橙色の結界。「詰み」という言葉。恐らく、この結界に触れればマッシブーンはただじゃ済まない。そんなおぞましい結界がマッシブーンを閉じ込めてるって、つまり彼女の言う通り、「詰み」なのだ。

 

 マッシブーンは動けない。突然目の前に現れた結界は、全速力で逃げていたマッシブーンの行手を阻んだ。周知の事実であろうが、マッシブーンにハイブリッド車のような自動停止する機能などない。結果、鋭く尖ったくちばしは曲がる程に酷く結界にぶち当たり、拍手喝采、見事に突き刺さったのであった。

 

 

「痛ってぇ……」

 

 例えるならそれは絶望的な痛みだった。タンスに小指をぶつけたような痛み。車に轢かれたような痛み。漢の急所を蹴られた痛み。マッシブーンは無表情で、自分にしか分からぬその痛みを静かに噛み締めていた。

 

 紛う方なきピンチであった。結界の中にはマッシブーンともう一人、自分の命を狙う巫女服コスプレの少女が立っている。しかも現在、己の背中はがら空きである。これではどうぞ刺してくださいと言っているようなものだ。命の危険を察知し、マッシブーンは急いでそのナイスなくちばしを結界から抜いた。結界に出来た穴は、一瞬で塞がった。

 

 抜いた直後、目の前の少女が話し出した。

 

「あんた、何であの能力使わなかったの?」

 

「あ?」

 

「……ま、関係ないわね。何にせよ、あんたはもうここから出られない。その結界は妖怪を弾き、阻み、縛り付ける。」

 

 マッシブーンが無表情ならば、彼女もまた無表情であった。お互いの距離はそう遠くはなく、だだっ広い結界の中には彼女と一緒に2人きり、逃げられぬよう閉じ込められている。

 

 踏むのは、死ぬか殺されるかの境界線。肉体は緊張と寒さのあまり、がたがたと振動していた。

 

「そうね。試した事は無いけど…あの八雲紫でさえ、ここからは出られないはずだわ。」

 

「誰だよ」

 

「…知らない?」

 

「知らないって」

 

「………」

 

「………」

 

「さ、話は終わりよ。死になさい、名もなき大妖怪。」

 

「待てや」

 

 そんな急に友達の友達みたいな名前を出されても、こっちは分かるはずもない。その人物はここでは有名な奴なのだろうか。……考える必要は無い。今はこの理不尽に抗うだけだ。

 

「……俺を殺すのか。」

 

「そうね。」

 

 少女は手に持つ棒を構えた。

 

「そうか。」

 

 俺は右手の拳を握りしめた。

 

「……人間。俺たちはもっと分かり合えたはずだ。」

 

 握りしめた拳は、彼女を殴るためか?否、違う。この勘違いから起きた、悪夢のような現実に終止符を打つ為だ。俺はその第一歩として「さっきは会話の通じない相手とか言ってごめんな」と一言付け加えた。

 

「俺を狙うのも無理は無い。確かに、俺とお前は違うことだらけだ。美しい筋肉を体に連ね、四本の足でそれを支え、天から授かった羽と朱色を持つ化け物。怖いだろう。相容れるはずもない。」

 

 俺が話している間、彼女はずっと動き出しそうであった。白いヒラヒラの付いた長い棒を構える姿に、夏の日差しにも似たじりじりとした殺気を感じる。

 

 決して臆しはしない。俺は話を続けた。

 

「だが、何もかも違う訳じゃ無い。根っこの部分は、どんな奴だってきっと同じなんだ。」

 

 依然、彼女の警戒は解けないままだった。しかし、警戒はしてても動く事は無い。俺の出方を探っているのか、俺の話を聞くつもりになったのか、どちらにせよ俺は安心して話せる様だった。

 

「人間。俺は死にたく無い。お前も死にたく無いだろう。だから抗う。根を張って根性振り絞って、無様に生きようとするのさ。」

 

 そう言い終わったと同時に、俺は周りを取り囲む結界に触れた。

 

 

 その時の彼女の驚きに満ちた顔を、俺はしばらく忘れる事は無いだろう。勝利の笑みを、やはり無表情でしてみせた。

 

 悪魔の証明と思われた、『この筋肉お化け妖怪なんじゃね?妖怪なら殺しちまおうぜ』問題。それはたった今、俺が「妖怪を弾く結界」に触れたことによって公平かつ完璧な解決が成されたのだった。そうだ。もし、俺が妖怪じゃないとしたら、この現実はあり得る!

 

 彼女は驚きのあまりか、目を大きく開いて固まっていた。こんなにも冷え冷えとした夜だというのに、彼女は夏の日差しに刺されたかの如く汗を流している。

 

「お前は数々の素敵な攻撃を仕掛けてきたな。だが、俺はあくまでも和解を選ぶ。」

 

 右の拳には、溢れんばかりの力が込められている。この悪夢の様な現実を打ち砕くべく、俺はあの名を叫ぶ。

 

「名乗ろう!()()()()()マッシブーン。」

 

 右腕を大きく振りかぶり、背後に向かって大きく放った。

 

 

() () () () () !」

 

 

 [ PP 24 / 30 ]

 

 ばりぃぃん!

 

「おお。力が抜けていく。」

 

 崩れ去る結界。そこには険しい顔をした一人の少女と、あっけらかんとした一匹の化け物がいた。

 

「さぁ。話を……」

 

 

 耳をすませば、一人と一匹は互いに固まる。

 

(何だ?こっちに近付いてくる音が……)

 

 

 来る。生い茂る雑草を掻き分けて、何かが来る。

 

 凄まじい速度だ。寸分の狂いも無くこちらに向かってくる。

 

 それは果たして人なのか。それとも……

 

 

 人ならざる者か。

 

「危ねぇっ!!」

 

 発した声よりも先に体が動く。少女の背後に、猛スピードで駆けて来る獣の様な何かがいたからだ。それは爪を尖らせ、四本足を忙しなく動かし、しかし叫び声一つ上げずに少女の元へと駆けて来る。恐ろしいのは見た目である。見る者全てをぞっとさせるような、悍ましい姿。これこそが、彼女の言う『妖怪』か。

 

(間に合えッ!)

 

 化け物が飛び上がった。彼女は恐怖に体を動かせないのか、その化け物をただじっと見つめていた。間に合えと、間に合えと、心の中で必死に叫んで手を伸ばす。やがてその手の先が彼女に届くと思った瞬間、俺は掌で強引に彼女を押しのけた。

 

 

 と、思った。

 

(あれ?)

 

 ぶおんと、押しのけるべく動かした掌が空振りした。何かの間違いか。彼女はまるで透明人間のように、されど姿ははっきりとしていて、それでいて俺の手を避けたのだった。

 

 では、俺はどうなるか。

 

 彼女を庇うために俺は前へと進んだ。彼女は如何なる攻撃も受けんと言わんばかりに、その場で堂々としていた。いかんせん、前に行きすぎたのだ。ゆっくりと、まるでスローモーションの様に尖った爪が俺の胸筋に吸い込まれていった。

 

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 

 

 

 とりあえずマッスルポーズ!

 

「ぐぎゃあああああああああ!!!!」

 

 あまりの痛みに叫んだのは俺だった。深紅の血が止めどなく溢れ、勢い良く噴き出ていった。

 

 

 

 

「クックックックック……」

 

 不気味な笑い声も、また俺だった。

 

「少女の頭の位置を狙った下劣な攻撃……俺で言うとみぞおちの辺り。素晴らしい一撃だ。人間なら即死だっただろう……だがなぁ!!」

 

 

「俺の筋肉には到底敵わないぃぃぃ!!!!」

 

 

 鼓膜を破る勢いで叫ぶ。地響きすら厭わない声に、少女は耳と目を塞ぎ、妖怪は動きを止めた。

 

 掲げた平和の象徴、マッスルポーズ。

 しかし、Peace(✌︎)とは裏腹に、隠された意味。

 

「このマッスルポーズはぁぁぁ!!お前へのぉぉぉ!!攻撃のぉぉぉ!!」

 

 両手に握り拳を作り、無防備な頭へと叩き込む。

 

「布石だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 奴を粉砕するべく、古来より伝われしGENKOTU(ゲンコツ)を放った!

 

「ぐぎゃっ……!」

 

 骨を砕く、えげつない音が響いた。頭への衝撃にふらふらとする妖怪。俺はすかさず、仕返しとして奴のみぞおちを思いっきりぶん殴った。妖怪はそのまま殴られた体制で遠くへと吹っ飛んでゆく。少しだけ、すっきりとした。

 

「……ぐっ。」

 

 ばかぢからのデメリットは、自分の攻撃と防御を一段階下げることだ。それゆえに俺はあの妖怪を一撃で仕留められず、腹に穴を作るという由々しき事態に陥った。

 

 落ち着いたせいか、それまで感じていなかった痛みが押し寄せて来る。血の止まらない胸筋は思っていたよりも深傷を負っており、もう少しで貫通しそうなくらいだ。いくら素早く強く強靭な俺でも、流石にこれは厳しい。一刻も早く、俺以外の誰かの血を飲むことが求められる。

 

「……あんた、何で…!」

 

 少女の声を聞いた瞬間、俺は身を引き締めた。

 

 

 [ PP 23 / 30 ]

 

 

「人間……黙って守られてくれないか」

 

(念のため……だったが。杞憂だったな。)

 

 再び、血塗れの拳に力を宿らせた。向こう側の静かな闇夜の中に、微かな唸り声が聞こえてくる。奴はまだ死に絶えていない。幸い逃げそうな様子も無く、果敢に俺と戯れあう気でいるようだ。その申し出に甘い笑顔で応えるべく、俺はゆっくり前へと進んだ。

 

 

「さっさと決めるぜ」

 

 奴は強い。持久戦もなるべく避けたい。ならば、敬意を表すると共に最高の技を持って奴を叩きのめそう。

 

 体が弾け飛ぶように前へと動いた。赤い巨体は、妖怪の元へと凄まじい勢いで飛んでいく。妖怪は迎え撃とうと、尖った爪を前に突き出そうとした。

 

 しかし、もう間に合わない。マッシブーンの膨張した両腕が、一途に妖怪を捉えた。

 

 

「インファイトォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 [ PP 22 / 30 ]

 

 

 爆ぜる妖怪。姿も形も無くなり、空中に一目散に飛び散った血を、マッシブーンは全て吸った。

 

「ふぅ……悪いな。俺だって生きたいのさ。」 

 

 傷口が塞がっていく。全身に血が流れてゆくのを感じる。

 

 かくして、俺は俺を守り、俺の命を脅かしたはずの少女を守ったのだった。

 

 

 しかし、そこで幕は降りない。最後に一悶着あるのは、どんな物語でもお決まりと言えよう。

 

 "●●●●"

 

 "●●●●●●●●●●"

 

「……?ぐっ……がっ……」

 

「……げほっ!」

 

 突然、何かが聞こえたかと思えば胸の鼓動が加速していき、喉に熱いものが込み上げてきた。そして俺は大きな咳を一つ、赤黒い血と共に吐き出す。息が苦しくなり、全身が痛み出し、身体中が悲鳴を上げた。

 

「かっ……がぁっ……!」

 

(毒……か……!)

 

 流石異形と言うべきか。どうやら、奴の血は凄まじい効果の毒を持っていたらしかった。最後の最後まで悪あがきをしてくれる。これでは『こらえる』ことも出来ない。この状況こそまさしく恐れた詰みの一歩手前、即ち『王手』だった。

 

 こういう時、三途の川に死んだおばあちゃんが手を振っているとよく聞くが、俺の目には川の流れすら一向に見えない。そこで手を振っていたのは、悶え苦しむ程の激痛だけだった。叫ぶ気力すら奪うこの痛みが、もうじき自分が死ぬ事をはっきりと自覚させてくれる。

 

 自慢の筋肉すらぴくりとも動かなくなった頃、誰かの足音が聞こえてきた。正体は分かりきっていた。とどめを刺しに来たのか。それとも埋めに来たのか。どのみち助からないこの身だ、今はただ身を任せよう。そう考えて、俺は屍の様に仰向けに寝転がっていた。

 

 少女の足音がぴたりと止まった。酷く冷静で、感情の無い声が聞こえてきた。

 

「あんた……何で庇ったのよ。」

 

 俺は答えた。

 

「何も……お前らに限ったことじゃないってわけだ。」

 

 

 

 

「心有る者の特権だろ?」

 

 "馬鹿ね、あんた"

 

 そんな言葉を最後に、やがて目の前が真っ暗になった。

 

 

 

          扉が開く

 

 

 

    オマエ

 

 

              

 

 

 

 …………… …………… ……………

 

 

 …………… ……っ…! …えっ…!!

 

 

 

 

 

 

         乗っ取られる

 

 

 

 

 

 

 吸えっ!!

 

 

「吸えっ!?」

 

 俺は体にかかった布団を掴み、朽ちたはずの上半身を勢い良く起こした。

 

 雀の鳴く声が聞こえた。心臓の拍動も聞こえてきた。胸の傷跡に触れた。俺は生きていた。

 

 

 落ち着こう、まずは己に問おう。俺は死んだのでは無かったのか?あの毒は、確かに俺を死に追いやったはずだった。しかし現在、俺は至って健康体であり、身体中を廻っていた毒はすっかり消えている。しかも目覚めたのは地獄ではなく、暖かい布団の中である。おかしい。おかしすぎるが、今は生還できた喜びを噛み締めよう。

 

 最初に見えたのは、古ぼけた和風の民家を思わせる木造の天井だった。次に目にしたのはこの巨体を覆う小さな布団だった。それをばさっと退けると、ひんやりとした空気に「寒っ!」と思わず言ってしまった。気温はまるで三途の川の中の様に低い。入ったことはないけれども。

 

 凍える寒さに心も落ち着いた所で一つ、気になることがあった。

 

「吸え……?」

 

 死の淵を彷徨う中で、確かに聞こえた謎の言葉。これが意味するものとはつまり……

 

「もしかして……赤ん坊だった頃の記憶が……?」

   

 そう。マッシブーンにだって母乳を吸っていた時代があったはずだ。ならば、その時の記憶が蘇ったのか。それにしても『吸えっ!!』とは、随分と男勝りで豪快な母親だ。

 

「……はぁっ。」

 

 とにかく、やっと安心出来そうだった。俺は深い吐息を吐いた。

 

 

「おっ!やっと起きたかい。」

 

 その声は、とても幼かった。

 

 ぴょこっと可愛らしく笑顔で出て来たのは、小さな女の子だった。声からして無類のあどけなさを感じたし、姿形もTHE・幼女である。ただ、薄茶色のロングヘアーに赤く大きなリボンを付けて禍々しい角を生やした、普通の幼女。いやいや。

 

「鬼?」

 

「ご名答。で、お前は人間だろ?」

 

「……え?」

 

「よし!とりあえず表に出よう。私と真剣勝負だ。」

 

 状況が理解出来ないが、とにかく今から始まるのは真剣勝負らしい。鬼との、真剣勝負。それはつまり……血みどろバイオレンス!まずい。それだけは阻止せねば。

 

「……待て。待て待て!俺、君に何かしたか?」

 

「別に。でも勝負だぁっ!」

 

「何だこの幼女!?」

 

 一難去ってまた一難。人間に殺されかけた次は、この女児の戦闘狂の可愛らしい鬼に殺されかけるらしい。なお、行動は全く可愛らしくない。この世界で俺が安心することは叶わないのだろうか。

 

 やはり理不尽な世界だ、と嘆いていると、大きく真っ赤な人差し指を小さな両手にぎゅっと握られた。

 

「何だい。鬼と人間の真剣勝負は伝統なんだぞ〜。ほら、とっとと起きろ!」

 

「痛い痛い!待って!千切れるから引っ張らないで!あと力強い!」

 

「鬼だからなぁっ!」

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 そうして俺は人差し指を人質に取られ、やむを得ず雪の降る極寒の外へと引きずり出されたのだった。

 




(王手)
最終的な勝利を得るまであと一歩の段階。相手の死命を制するような決定的な手段。

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