【前回のあらすじ】
・フェローチェがダイヤモンドみたいな硬さに
・麻痺らせて口を刺して血を吸った
・マッシブーンは勝利した
バケモンバトル、閉幕……?
昼過ぎの迷いの竹林は、しーんと静かになっていた。
暇潰しに開かれた妖怪同士の対決は、例えるならエンジョイ勢の中にガチ勢が入ってきたみたいな空気に包まれていた。観客のウサギたちも、ウサギたちの長である因幡てゐも、マッシブーンのことがトラウマになりかけている鈴仙も、皆がこの大迫力の結末に絶句していた。
大妖怪クラスの二匹がガチの殺し合いをしていたというのもあるが、その決着方法にほぼ全員がドン引きしていた。赤くムキムキな異世界の怪物が、ひたすらひたすら尖った口を打ちつける。その常軌を逸した狂気の光景に、見ていた者たちは命の危機を感じていた。
ただ二人を除いて──
「すげぇすげぇ!すっげぇ!マッシブーン、お前の勝ちだ!」
「ババァルクウゥゥゥ!!」
不老不死の藤原妹紅はパチパチと大きく拍手をしながら、熱っぽく興奮していた。マッシブーンは鳴き声で返事をする。
「………」
同じく不老不死の蓬莱山輝夜はパチパチと小さく拍手をしながら、考え事をしていた。二人の拍手が終わってまたもや辺りが静まり返ると、輝夜が立ち上がって言う。
「おめでとう!貴方の勝ちよ、マッシブーン。」
輝夜が微笑む。妹紅はじろりと彼女の方を見た。マッシブーンは自慢げにマッスルポーズをする。
「コイツも中々手強かったぜ。歴代俺の敵ランキングの上位に躍り出やがった。」
「あら、そうなの?その順位付け、私も参加したいわね。」
「と言うと?」
「最後に私と戦いましょうよ。マッシブーン。」
「ちょっと待っててくれよな。もう少しだけコイツの血吸いたいから……」
そう言ったマッシブーンが足元のフェローチェに再び口先を向けると、一瞬にして倒れていた筈の彼女の身体が消えていた。
「あれ?」
「フェローチェはもう戦えないわ。あの子に追い討ちをかけることは私が許さない。」
「……すまなかったな。よし、戦おうぜ姫様。相当自信があるみたいだからな。」
マッシブーンが拳を握り直す。紅魔館の師匠こと十六夜咲夜の能力に翻弄されたことがある彼は、もうこの類いの手品にあまり驚かなくなっていた。
(今のは輝夜の能力だな。咲夜と同じ、『時を操る程度の能力』ってとこか……)
と考えたところで、マッシブーンは気付いた。
(……それ俺、勝ち目無いんじゃないか?)
優雅に歩いてきた蓬莱山輝夜が微笑んで告げる。
「54回よ。貴方が彼女を突き刺した回数。」
「………」
「今から同じ回数殴るわね」
「待て!お手柔らかに──」
「ぐほぁ!!!!」
赤い巨体が竹藪に突っ込む。一瞬にしてマッシブーンは腹筋を56回殴られた。何故か2回も追加で殴られた。
蓬莱山輝夜の能力、『永遠と須臾を操る程度の能力』は、その名の通り永遠と須臾を操る。
マッシブーンに使用したのは『須臾』。一瞬、という意味を持つ。塵のような一瞬の時間を積もるほど集めることにより、自らの時間とすることが出来る。
「ふぅ。これが喧嘩両成敗ってことね。」
「おい!聞いてないぞ輝夜。私たちの勝利だろ!」
立ち上がった妹紅が輝夜に抗議すると、涼しい顔をして彼女は言った。
「別にそれでいいわよ。私はただ彼と戦いたかっただけ。」
「戦い?インチキで一方的に殴る行為のどこがだよ。正々堂々戦え引きこもり。籠ってるから常識が無いんだろ?」
「今は引きこもりじゃないわ。それに、私たちの勝利って引っかかるわよね。貴女何もしてないじゃない。お姫様気取り?私の真似っこだなんて烏滸がましいわ。」
見えない熱が音を立ててぶつかり合っている。熱は段々と熱くなり、周りを焦がす予感を誰もが感じ取れる。ウサギたちはとっくに逃げ、鈴仙やてゐも殺し合いに巻き込まれないように避難を始めた。
妹紅と輝夜はお互いに歩き出した。腕を伸ばせば相手の肩にぶつかるという距離にまで辿り着く。二人は言葉を放った。
「殺されたいならそう言えよ。60回灰にしてやるからさ。」
「太陽の光って暑苦しくて嫌になっちゃう。あぁ、貴女はかがり火くらいよ。勘違いしないでね。」
微笑む蓬莱山輝夜。
目を開いた藤原妹紅。
二人は全力で相手の顔を殴ろうとした。
「いててだぜ……」
その頃、殴り飛ばされていたマッシブーンは独り言を呟きながらゆっくり起き上がっていた。
「……幻想郷に来てから四回も死にかけてるぜ。どいつもこいつも、もっと命を大事にしろよな……」
いつか彼に安息の日々は来るのか。一週間に一回のペースで三途の川を渡りかけているマッシブーンはそうぼやいた。
「命……大事に……」
そして目の前の地獄に言葉を失った。
「おらああああああああああ!!」
「うらああああああああああ!!」
目の前の広々とした戦場では、不老不死と不老不死が文字通り殺し合っていた。
妹紅が輝夜を蹴り、輝夜が妹紅を殴る。時々炎が輝夜を丸ごと燃やし、時々妹紅が身体のどこかを握り潰される。緑色だった芝生は焼け焦げ、真っ赤な血が痛々しく飛び散っている。
「………」
マッシブーンは絶句した。俺たちがやっていたことはただの遊びだったのかも知れない。本物の殺し合いが今、全くの娯楽性を感じ取らせずに目の前で繰り広げられている。マッシブーンはそう思いながらドン引きしていた。
彼は未だ目をぐるぐるさせているフェローチェの元へと走った。
「……おい、起きろ!起きろフルーチェ!」
「……なによ……まだ7時前……」
「何と勘違いしてんだコイツ」
ようやく目を覚ましたフェローチェが、視界に赤い怪物を入れて叫び出した。
「……あああああああああ!!」
「落ち着け!もう吸わねぇよ!それよりヤバいんだ!輝夜は不老不死なのか!?」
「あああああああああああ!!」
「落ち着け!落ち着かないとまた吸うぞ!」
「殺す!!」
正気を失ったフェローチェがマッシブーンを殴り、再びダイヤモンドに変身しようとした。しかし出来ない。もう一度変身しようとした。しかし出来ない。
「……嘘でしょ!?ならない!私の能力!出来ない!何でよ!?」
「どうでも良いだろうが!輝夜が不老不死かどうか教えろよ!」
「どうでも良くないわよおおおおおおおお!!!!私の美しさが4分の1減だわああああああああ!!!!」
(そんなに多くねぇ)
フェローチェは泣きながら発狂した。困ったマッシブーンはそれなりに褒めてみることにした。作戦名『メイクしてない方が好きだよと言われた女は大抵ナチュラルメイクをしているが嬉しいものは嬉しい』、実行。
「えー、俺はな、ダイヤモンドじゃない方が……ウツクシイ?と思うぜ。だってよ、ダイヤモンドはキラキラしすぎてて疲れるからな。」
「そうね。素の私の方が美しいわ。こんなに当たり前のことに気が付けなかったのね。」
「でも絶対俺に勝てなくなったね」
「黙りなさい不細工!今は疲れてるだけよ!明日には能力も戻ってるんだから!」
イラついたマッシブーンが煽り、フェローチェはキレた。一応、作戦は成功した。彼女は穴の空いた背中を摩りながら言う。
「輝夜は不老不死よ。全く羨ましいものだわ。あの美貌を永久に保てるんだからね。」
「なら良かったぜ。死ぬ心配性は無いよな?」
「……アンタ、輝夜を殺ったの?」
「違ぇよ!今妹紅と輝夜が……」
その時だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオン!
大きな地響きが鳴り響いて、マッシブーンとフェローチェは驚きながら顔を見合わせた。そして二匹は音の聞こえた方向を同時に見た。
そこには大きな大きな岩が、いつの間にか広々とした戦場をすっぽり埋めていたのだ。
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「何このどデカい岩。こんなのが何処から降ってくるのよ……」
「知りたいかい?」
何も無い空間から語りかけてきた者がいた。霧は濃度を増し、やがて一つの小鬼の姿になる。オレンジ色の髪、大きな二本の角は紛れもなく伊吹萃香だった。
「萃香!遅起きだったな!」
「やあやあ血鬼。お前たちの戦いを見てたけど、すっごいね!白いの、あんたも今度私と戦わない?」
「興味無いわ。それより何を教えてくれるのかしら?ちびっ子。」
「言うねぇ!」
萃香が笑いながらフェローチェを殴ろうとした。だが、素早く後ろに下がった彼女にかわされる。
「気安く触れようとしないことね。」
「へー、速い速い。」
「なっ」
いつの間にか後ろにいた伊吹萃香に足を触られ、フェローチェは驚きながら鬼の大妖怪を蹴ろうとした。しかし当たる直前に萃香は霧になって消え、気付けばマッシブーンの背中におんぶされている。まさに神出鬼没。
「輝夜に頼まれてさ、大きな岩を作って降らせてほしいってね。まぁお安い御用ってことで、二人の頭上に落としたのさ。これぞ喧嘩両成敗!」
「で、今二人はぶっ潰れてると。」
マッシブーンは納得しつつ、背中にいる萃香を苦戦の果てに剥がした。蹴り上げていたフェローチェが足を戻すとふらっと倒れそうになり、彼女は片手を地面につく。
「早く岩を壊さなきゃ……輝夜が……」
呻くように言葉を漏らし、やがてどさっと倒れるフェローチェ。マッシブーンは彼女を両手に抱えて萃香に聞いた。
「なぁ。あいつら不死身なんだったらちょっとくらい放置しても大丈夫だよな。」
「当たり前じゃん。そうじゃなきゃ潰してないでしょ〜」
(お前ならやりそうだけどな)
かくしてフェローチェを休ませる為、二匹は永遠亭に足を運んだ。
「──しばらく寝かせれば大丈夫よ。」
昼過ぎ、永遠亭の医者である八意永林はマッシブーンににこりと笑いかけた。
「ごめんなさいね。姫たちの喧嘩に付き合わせちゃって。あの子たち、周りを巻き込むことに躊躇が無いのよ。」
「どうせ戦うことにはなってたと思うぜ。コイツ俺のこと恨んでたっぽいし。」
「何か因縁があるの?」
「昔ボッコボコにしたからだな。」
「鬼みたいだよねぇ」
もやもやとした霧が集まって現れた萃香がけたけたと笑った。永林は酒の臭いを手で払い、帽子を取ってから言った。
「藤原妹紅はかつて有名な貴族、ただの人間の少女だった。けれどちょっとした因縁があって、あの子は不老不死の薬を飲んでまで輝夜と殺し合いを始めたの。」
「アイツらの因縁って何だ?」
「彼女の父親が姫に求婚しちゃってね。それで絶対に出来ない難題を出したら、馬鹿にされてるって娘の妹紅が怒ったらしいわ。」
「ふーん。色恋沙汰は理解出来ないな」
「……美しさは罪ってことね」
いつの間に起きたのやら、永林たちがベッドの方向を見るとフェローチェが鏡を見ながら言葉を発していた。
「輝夜は唯一私と同じぐらい美しい類稀な存在だわ。たとえ彼女が不老不死だとしても、彼女の美貌が世界から失われている今この瞬間が私には耐えられないの。」
「回りくどいぜ。早く助けたいって言えよ。」
「……そうね。アンタに話しかけられる時間すら惜しいわ。早く行かなきゃ……」
そう言うフェローチェが立とうとしたが、顔を顰めながらまた座り込んだ。
「くっ……」
「おいおい、無理すんなよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「俺も結構疲れてんだぜ、お前のせいでな。つまるところ、前よりもずっと強かったぜ、お前。これじゃあ駄目か?お前の屈辱晴れたか?」
「……晴れないわよ。アンタに負けたのは事実なんだから。」
真っ白な彼女はじろりとマッシブーンを睨んだ。穴の空いた背中には薬を塗り込み、包帯で隠している。
やっとフェローチェは立ち上がって言った。
「行くわよ。次は絶対に勝つわ。」
「根性あるじゃねぇか。行くぞ!」
二匹は永遠亭の扉を開けて走り出し、速さ比べを始めた。
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残された永林と萃香は何かを話していた。
「ところで貴方、死ぬことも老いることも無いってどう思う?」
「つまらないね。変わらないってのは惨いものだよ。」
「えぇ、そうよ。かつては皇帝や貴族が狂おしいほど求めた不老不死。けれど、永遠を手に入れた者は同時に罪を背負う。無限の重さを後になって理解する。」
永林は刃物を手に取り、自身の指に軽く傷を入れた。しばらくすると傷はみるみるうちに塞がり、何も無かったかのようになる。そんなことどうでも良い萃香は瓢箪から酒をラッパ飲みしていた。
「一つだけ不老不死が死ぬ方法があるわ。」
「ん〜?」
「私たちは絶対に死なない訳では無い。壊れてしまった身体が元に戻ろうとするだけ。つまり、ずっとその邪魔をすれば私たちは元に戻らない。例えば、岩に押し潰され続ける、とか。」
「じゃあアイツら今は死んでるんだ。良かったじゃない。」
「えぇ。探究者としてちょっとだけ羨ましいわ。」
「それなら私と戦え、永林!」
酔っ払いの鬼が嬉しそうに言った。
「月人とまた殺り合ってみたいんだよ。いくらでも殺してあげる!」
「やめておくわ。手加減出来なさそうだし。」
「どっちがだい?」
隠れた実力者、八意永林は微笑んだ。
次回でこの章は終わりです。私自身よく知りませんでしたが、えーりんは幻想郷の中でも一番強いぐらいのレベルにいるそうです。