【前章のあらすじ】
・迷いの竹林でフェローチェとポケモンバトル
・輝夜と妹紅が大岩に潰された
・救出して皆和解した
四十八、 巫女のみぞしる ─前編
汝は悪魔と契約を交わす。
ただし、悪魔は汝の絶望を求む。
堕落の果てに汝は滅びる。
憂いの涙を流すだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「──小悪魔、貴女はどうなのかしら。」
「へ?」
パタン、と本を閉じると古い紙の臭いが辺りに漂う。紅魔館の『動かない大図書館』、パチュリー・ノーレッジは小悪魔の方を向いて質問した。
「悪魔についての解釈はいくつかあるわ。その中の一つに『絶望を好む』というものがある。貴女はどう?」
「そうですね……。私は、ちょっと愉快に感じるくらいですね。小悪魔ですから。」
「他のより程度が低いってことね。」
「そんな言い方無いじゃないですかぁ!」
「冗談よ。貴女は優秀な司書。面倒な雑用が無くて助かるわ。」
「えへへ」
ニヤニヤ笑いながら小悪魔は何処かへと飛んでいってしまった。
パチュリーは微笑んでいたが、表情を一転させる。突然口を押さえ、苦しそうに激しい咳をしだした。
「げほっ!げほっ!げほっ!」
「──パチュリー様。薬をこの水と一緒にゆっくりお飲み下さい。」
その時、どこからともなく現れた紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が粉薬とコップ一杯の水を差し出した。しかしパチュリーは自力では飲めそうにない。
「げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!」
「パチュリー様。僭越ながら……」
いつの間にか薬も水も無くなっている、メイド長特有の手品。彼女は時を止め、薬をパチュリーの喉に流し込んだ。
「げほっ!……毎回報告しなくていいの……げほっ!……助かるわ。」
「はい。では仕事に戻りますので。失礼しました。」
パッと一瞬にして咲夜は消えた。ふぅ、と一息吐いてパチュリーが本棚に目を向けると、小悪魔の翼と体半分がこちらを覗いていた。
「……貴女、まさか私が苦しむ姿を愉しんでたの?」
「違います!な、無くなってるんですヤバいです!どうしましょう!」
「え?」
パチュリー・ノーレッジはきょとんとした。本が無くなっているだなんていつも通りのこと。魔法の森に住む魔法使い、霧雨魔理沙が時折窓を割ってやって来るからだ。
しかし最近は来ない。彼女が数週間も本を盗みに来ないのは、パチュリーや小悪魔からしてみると奇妙な話だ。
「……で、何が盗まれたの。」
「悪魔の話で思い出したので、一番古い棚の本を確認しに行ったんです!そしたら無くなってるんですよ!あれは悪魔の契約です!もしも魔理沙さんが持っていったとすると──!」
「二度と、目を覚まさない可能性があります……」
六章 魔法の森編
『Good night dear friend』
──なぁ霊夢。お前は私と本気で戦ってくれないよな。私が弱いからか?
戦ってるわよ。あんた強いもの。
お前のその目が赤く光らないうちは、私は満足出来ないんだな、これが。
……弾幕勝負じゃ本気は出せないわよ。加減間違えると死んじゃうんだから。
でもなぁ。本気のお前と戦ってみたいぜ。
じゃ、もっと強くなって私を殺しに来てみなさい。その時は本気で戦ってあげる。
本当か!女と女の約束だぜ?
何言ってんのよ……冗談に決まってるじゃないの。
「………」
朝の、雲一つ無い快晴を見上げていた。私はホウキを握り締めて、ちょっと前にあいつと話したことを思い出したのだった。
霧雨魔理沙。三日に一回ぐらいは用も無いくせに博麗神社へ訪れる。それがパタリと来なくなった。ちょうどマッシブーンが来てからだった。姿も見ない、噂も聞かない。
(何してるのかしら……)
あまり人に興味の無い私だったが、流石に気になりもする。ホウキに乗ってやって来るあの魔法使いのことを、少し鬱陶しいくらいに思っていた筈なのに。
(……たまには。)
私から行くのも、良いかも知れない。暇潰しに。友人の安否を尋ねに。
ホウキを落とし、からんからんと乾いた音が鳴る。私はずっと前から巻いてある腕の包帯をそっと触った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ずずずずず。
「
「………」
よう、俺マッシブーン。どこかツッコミでも入れたげに変な方向を睨んでいる博麗霊夢を横目に、俺は彼女特製の味噌汁を飲んでいた。落ち着く味と言うべきか。お湯に味噌を溶かして作られたこの液体は非常に体があったまり、おまけに豆腐が入っているので飽きることが無いのだ。
白く滑らかな四角形をした、大いなる豆腐に俺は容赦なく口を突き刺す。そのまま吸い込めばたちまち豆腐の形は崩壊し、哀れにも豆腐の一生は終わりを告げ、光栄にも俺の筋肉の糧となる。このような征服ごっこを一人で行っている間、博麗霊夢は俺をじっと見つめていた。
「見てて楽しいか?」
「あんたはゆっくり食べるから、物珍しいのよ。」
「萃香はばっしゃーーって食うもんな」
「違うわ。びゃらららぼっかーんって感じよ。」
「世界一不毛な言い争いだぜ」
こん、と俺がお椀を置くと、おかわりは、と霊夢が聞いた。
いらないぜ、と言うと、そう、と霊夢が言った。
二人きりである。俺が迷いの竹林で戦って帰ってきた三日後の朝だった。お祓い棒でぶん殴られた傷はとっくに癒え、やっと安息の日々が訪れていると実感できた。
永遠亭の連中から借りてきた
話が逸れたが、とにかく二人きりである。特に意味は無いけれども。
「良かったぜ!文の新聞が人間共に見られて、やっと俺は俺のまま自由に幻想郷を観光できるってワケだ」
「あんたがここに来た目的、観光だっけ?」
「そうだ。お前を襲いに来たんじゃなくてな!」
「悪かったってば」
ちっとも悪びれずに彼女が言った。根に持っているわけじゃないが、霊夢との初めての出会いはそれはそれは衝撃的なものだったので。多分忘れることは無いだろう。そもそも忘れないが。
「全く、幻想郷ってのはおっかない場所だ。どいつもこいつも襲ってくる。俺は平和な観光録を目指してるってのにな?」
「あんたの見た目じゃ、殺される前に殺さなきゃ、ってなるのも仕方ないわ。」
「思考が逞しすぎないか?」
「"うるとらじゃんぐる"がどんな場所だったのか知らないけど、こっちはそういうものなの。むしろマシになった方よ。」
ぐぬぬと俺が拳を握りしめ、霊夢は緩やかに茶を飲む。襲われる頻度では故郷の方が上だが、いかんせんこっちは質がかなり高い。その中でも、特に霊夢と戦った時は底知れなさを感じた。
あらゆる敵を殺戮する無慈悲な少女。
(確かに"
心の中でぼやく。誰にも心を侵させない、血も涙も無い人間とは博麗霊夢のことだ。俺がもし彼女を襲えば、迷わず彼女は俺は殺すのだろう。
それで良い。それで良くはあるのだが、ふと心配になったことがある。
「お前って友達いるの?」
「失礼ね。幻想郷に住む奴はみんな友達よ」
「似ても似つかねぇ言葉」
本気なのか、本気じゃないのか。霊夢に翻弄され続ける俺はぐでんとした姿勢になってくつろいだ。こんなに平和な日は滅多にないので、存分に楽しみたいという姿勢である。
一方の霊夢は何かを考え込む姿勢だった。うわの空という感じの彼女が話し出すのを待つ。そして時は来た。
「でも最近、黄色いのが来ないのよね。」
「……島の守り神か?」
「誰よそれ。魔理沙よ、霧雨魔理沙。あんたは知らないっけか。」
「ああ、あの泥棒か。」
「そうそう」
いやなカプ・コケコを思い出したのはさておき、泥棒という共通概念で繋がった俺たち。紅魔館で見たきりだったあの魔女っ娘はよく博麗神社に来ていたらしい。
「ところであんた、観光がしたいのよね?」
「おうおうおうおう」
「私は、魔法の森に行きたいのよね」
「おうおうおうおう」
俺は首をヘドバンさせた。その動きでフェローチェの血の味を思い出す。美意識が高いからか、奴の血は中々美味かった。レミリアから貰った輸血パックの血はそんなに美味しくなかった気がする。
記憶の味にぼんやりしていると、霊夢が少し間を置いて言った。
「魔法の森観光ツアー、行くわよ。」
「よし来た!」
俺は元気良くサムズアップをした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幻想郷において森といえば、この『魔法の森』のことを指すらしい。足を踏み入れれば踏み入れるほど、じっとりとした湿気が身体に纏わりつく。
しばらく歩いていると、瓦屋根の目立つ和風の一軒家に辿り着いた。そのお店──『香霖堂』の周りにはごちゃごちゃと道具が置かれている。
「まずはここよ」
霊夢にがちゃりと開けられた扉の向こう側には、眼鏡を掛けた銀髪の青年と小さな女の子がいた。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませー!」
「あら……見ない顔ね。霖之助さんが誰かを雇うだなんて珍しいんじゃない。」
「そうだね。あの八雲藍に頼まれては断ることも出来ない。しかしこの子は賢く良い子だ。僕と同じ半妖だしね。」
「えへへ」
霊夢が青年や女の子と話しているのを、俺は後ろから見ていた。すると女の子が俺に気付いたらしい。
彼女はぴしっと固まった。口を開け、恐怖で声が出ないという感じだった。
「どうしたんだい。ク……」
銀髪の青年が同じく俺に気付き、それから固まった。目を大きく開き、見て分かるくらいに口元から何かを呟いている。ちなみに少女は店の奥に引っ込んで行ってしまった。
「ちょっと、どうしたの?……あぁ、天狗の新聞は見た?異世界から来たそうよ。ほら、入って来て。」
「扉が俺のムキムキボディを拒んでいるぜ」
「普通に身体が大きすぎて入れないって言いなさいよ」
「……すまないね。今度もう少し大きな扉に新調しても良いかも知れないな。」
青年が店の外に出てこようとしたので、俺は小さな扉から少し離れた。話し方や口調は柔らかく、俺とは正反対のように思った。
「初めまして。この店を営んでいる森近霖之助という。君のことは新聞で知っていたが、実際に会ってみたいと思っていたよ。」
「そうか!歓迎されて嬉しい俺はマッシブーン!俺の逞しい腕は枕に最適だともっぱら噂だぜ?」
「そうなのかい?」
「使ってないわよ。頭を痛めちゃうわ。」
霖之助が小さく笑った。青年は霊夢に用を聞く。彼女は最近魔理沙が博麗神社に来ないことを簡潔に伝えた。
「異常だね。」
「異常でしょ。」
「そんなに頻繁に来てたのか?俺のせいかもな。」
「いや……彼女は君に臆して近付かなくなるような人間では無いよ。むしろ好奇心のままに質問攻めするタイプだ。」
「だから変なのよ。香霖堂にも来てないのよね?」
「あぁ。となると、どこにも外出せずに籠って魔法の研究でもしているんじゃないかな。」
「何の為に?」
「何も悩み事は聞いていないし、考えるよりも会いに行った方が良いと思うな。何か知れたら僕にも教えてくれ。心配になってきたよ。」
心配、という単語を聞き、霊夢が僅かに眉を顰めた。そりゃあ心配事であって欲しくは無いだろう。俺はうんうんと頷き、何よ、と霊夢に睨まれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「クワ?」
巷で有名な化け物と博麗霊夢が帰った後、霖之助は店の奥の物置部屋に隠れていた少女に声を掛けた。彼女はゆっくりと顔を上げ、両目で自身を住まわせてくれている男を見つめる。
「気持ちは分かるけれど、お客さんを怖がってはいけないよ。彼は傷付いてしまったかも知れない。」
「……わ、分かってるんです。けれど、何といいますか、すっかりあの妖怪さんのことが怖くなっちゃって……」
「前にも会ったことがあるのかい?」
「は、はい。」
少女は声を震わせながら返答する。落ち着かせられるかと思い、霖之助は近付いて頭を優しく撫でた。
(それにしても……あれが異世界。興味は尽きないが、容易く踏み込むことはいけないと判断した。)
銀髪の男は独り考える。目に見えた未知の記憶を、彼は再び頭の中で思い浮かべていた。
ひとしきり撫でるのを終えると、彼は眼鏡を取った。レンズの内側を見ながら、一呼吸する。
(彼を道具として扱うべきでは無いと、僕は感じたからだ。)
森近霖之助の能力── 『道具の名前と用途が判る程度の能力』が、マッシブーンの記憶のほんの一部を霖之助に引き寄せさせていた。
腕枕欲しい(血涙) 血涙吸ってマッシブーン…