2025/6/20 『魂に霊力を宿す』→7話の表現と同じ、『溜まり場を作っておく』に文章を変更。
「は?」
博麗霊夢は思わず、大きく否定するような声を出した。辺りは一気に奇妙な空気へと変わった。
露天風呂の側には『癒しのキリサメ温泉!一回十銭!』という看板が立っている。魔理沙が一儲けしようとしている痕跡だったが、今の張り詰めた空気はとても癒しとは言えない。
「藍に言われたんだよな」
ぽつり、とマッシブーンが語り始めた。
「最初に神社を旅立つ時、俺の胸にレイリョクの溜まり場?を作ったよな。」
「えぇ」
「それがあれば、いつでも俺を殺せるんだとよ。今も残ってるんだろ?」
「………」
霊夢は黙ってしまった。マッシブーンも一緒になって黙って、水の揺れる音だけが一人と一匹を落ち着かせようと響いた。
「良いぜ。」
「……え?」
そのうちマッシブーンは喋り出した。
「俺はよ、ただ隠されたことがほんの少し嫌だっただけだぜ。だからこの話は終わりだ。そのまま手綱付けとけ。」
彼は話すのを止め、深い息を吐いた。何とも言えない雰囲気の中、怪物は肩まで湯に浸かってリラックスしている。
再び、マッシブーンが話し出した。
「ただよ。俺を殺すのは、俺が一号に会ってからにしてくれ。それか、俺がお前を襲った時だ。これだけは約束な。」
「あのね……」
溜め息を吐いて霊夢は言った。呆れた彼女の視線は、前を向いたままだった。
「確かにそういう用途もあるわよ。魂を直接破壊する……。でも私、そんなこと全然考えて無かった。あの狐も古ぼけた妖怪なだけあるわね。考えることが物騒よ。」
きょとんとしているマッシブーンを横目に、霊夢は立ち上がった。露天風呂に僅かな波紋を生じさせ、彼女は宙に浮く。まるで水面に立っているかのよう。
妖に対抗する為の人間のエネルギー、霊力。それのみを用いて飛ぶことを、今まで博麗霊夢は怠ってきた。彼女自身の能力、『宙に浮く程度の能力』があったからだ。
本来なら巫女が一年かけて浮けるようになるものを、少しの努力で飛べるようになった彼女はやはり天才だった。
「能力を失ってから私、真面目に修行したわ。あんなに面倒だったのに。当たり前に浮けてたのが浮けなくなって、結構辛かったのよ。」
博麗霊夢の言葉がマッシブーンには珍しく思えた。弱音ともとれる言葉だった。
彼女が少しだけ微笑む。
「悪かったわね、本当に。最初はあんたのことを殺そうとした。今でも覚えてる。……今は後悔してる。こんなにお人好しの馬鹿が、私に殺されて良いわけ無いじゃないの。」
「……貶されてるのか?」
思わずそう言ったマッシブーンに、霊夢は笑った。
「褒めてんのよ。でももう、あんたに庇われるのはごめんだわ。」
両手を組み、少女は祈祷する──
「!」
マッシブーンは驚愕せざるを得なかった。
博麗霊夢の記憶、博麗霊夢の歴史、博麗霊夢の感情……みな全てが、マッシブーンの頭の中に一気に流れ込んだのだ。
彼女の物心が付く前に、自身の親が亡くなってしまったこと。その後、八雲紫という妖怪に育てられて生きてきたこと。マッシブーンと出会った時のこと。そして。
「分かった?」
「お前……」
一度に受け止めきった他者の情報に、マッシブーンは呑まれていた。何を言えばいいか分からない。とにかく思いついたのは、こんなことを俺にしていいのか、だった。
「私には隠すことなんて何も無い。証明してやったわ。」
真顔で言い切った霊夢に、マッシブーンは様々なことを言いたくなった。が、抑え込んで一つだけに絞り込んだ。
「……隠してたろ。」
「何がよ?」
「ここに来て、俺が死にかけた時。わざわざ痛い思いまでしてよ、その包帯……」
マッシブーンは博麗霊夢の腕を指差した。数週間前から巻いていた包帯。真っ白な生地は、彼女が自ら大きな針に刺したことでできた傷を隠している。
「お前、あの日……」
「借りを返しただけよ。そう喚いて伝えることでも無いわ。」
呆気なく彼女は言った。マッシブーンにはそれが強がりに思えた。彼女がとても痛かったということまで、マッシブーンには記憶として伝わっているからだ。
少女は言った。
「勘なのよ。あんたの胸に霊力の溜まり場を作っておく。そうすれば、いざという時あんたを助けられる。」
とは言うものの、彼女はそれを用いてマッシブーンを殺すこともできる。生かすも殺すも霊夢次第。
彼女の言葉はマッシブーンを生かそうとしているように捉えられる。が、言葉をそのまま受け取れるほどの純粋さを持つ者は、そう多くは無いだろう。
真意は、巫女のみぞ知る。
その筈だったのだが。
「信じてくれる?」
にこりと微笑んだ彼女の全てを、たった今マッシブーンは知ってしまった。彼女に悪意などは全く無く、あらゆる記憶を曝け出せるほど少女は真っ直ぐで、純粋無垢の巫女であるということを。
「………」
彼から思わず笑い声が溢れそうになる。たった16歳の人間の少女が歩んできた道は、恐ろしいぐらいに真っ直ぐだった。
「尊敬するぜ、全く。」
「何がよ。」
博麗霊夢は可笑しそうに笑った。
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時刻は既に二十一時に差し掛かっている。
「あの魔女っ娘は寝てるのか?」
「家の中が暗いわね」
「今日は外で寝ることになりそうだな」
「冗談じゃないわよ、こんな寒い夜に。鍵ぶっ壊してでも入るわよ。」
露天風呂から出た後の一人と一匹は、当たり障りの無い会話をしながら霧雨魔法店の入り口に立っていた。
マッシブーンは、ちょっと気まずかった。横にいる少女の生まれから男性の好みまで、文字通り全てを知ってしまったからだ。
霊夢はこの事態を大したことのように思っていなかった。彼女は色んなことをマッシブーンに知られたものの、それを平気に思っていた。何故なら、彼女自体には特に何の変化も無かったからである。
対してマッシブーンはどうだろう。『博麗霊夢』をありったけ注ぎ込まれ、急に彼女のことを他人のように思えなくなってしまったというのが現状である。
まるで親にでもなった気分のような、ずっと親しんできた相手のような、とにかく絶大な影響が及んでいた。
「折角だ。ちょっと散歩でもしようぜ。」
「あんたみたいに私は寒さに強くないのよ」
「そうか?俺は身体があったまりすぎた。ちょっと冷ましてく」
「はいはい」
霊夢は返事をした。
会話がいつもより余所余所しい。本人さえ気が付かないうちに、マッシブーンは霊夢に対してふざけることが出来なくなっていた。
「………」
「………」
耐えられなくなってマッシブーンは叫んだ。
「うざってええええええええええ!!」
「うるっさいわね!何よ急に!」
迷惑極まりない全力の叫びが、彼の内の言葉に表せない感情を消し飛ばした。更に追い打ちをかけようとして、マッシブーンは霊夢に頼んだ。
「俺を殴れ!全力で!」
「はぁ?」
「いいからやれ!それとも俺の胸筋を貫けねぇってか!?人間は弱っちいな!」
「……なかなか愉快な煽り方ね」
霊夢が少しだけ遠ざかった。彼女は真顔のまま手のひらを構え、紅白の勾玉が合わさった陰陽玉を出そうとする。
そして、ずどんと素早く喰らわせた。
「ぐおぉぉぉぉ!!」
マッシブーンは吹っ飛び、硬い壁のようなものにぶつかった。
「あんたを殴るとこっちが痛いわよ。」
霊夢がそう言い捨てる。久しぶりに喰らった陰陽玉が、マッシブーンを正気に戻した。
「いいぜ……!いいぜ!絶好調だぜぇぇぇぇ!俺はマッシブーン!ウルトラジャングル育ち!真っ赤な嘘は赤っ恥!今考えた座右の銘!」
マッスルポーズ。すっかり元気はつらつになったマッシブーンは叫んだ。もう先程までの気まずさは弾け飛び、彼はこのまま朝まで起きてやると言わんばかりのテンションを見せつけた。
そこに、冷や水をかけるように霊夢が言葉を放つ。
「……何にぶつかってるの?」
「あ!?」
マッシブーンが勢い良く後ろを振り返ると、長い口が何か硬い壁のようなものにぶつかった。
「痛いぜ!タンスに小指をぶつけた時ぐらい!」
マッシブーンはまるでタンスに小指をぶつけた時のようにくちばしを押さえて痛がった。しかし不可解である。彼の背後には何も無かったからだ。
言うなれば、透明な壁が、吹っ飛んだマッシブーンを受け止め、マッシブーンの口にダメージを与えさせていたのだった。
「あんたの後ろに何かあるみたいね……」
「畜生許せねぇ!よく分からんがぶっ壊す!」
怒り気味のマッシブーンが何も無いように見える空間を全力で殴った。
ばりぃぃん!
とんでもない威力のパンチが、透明なバリアを砕く。すると、何も無かった空間から綺麗な小屋が姿を現した。マッシブーンのテンションが更に上がる。
「コイツは……!隠し部屋ってヤツだぜ霊夢!」
「……魔理沙が隠してたの……?」
普段は驚かない霊夢も、これには驚いたた。突然現れた小屋は造られてから間も無いようで、綺麗な見た目をしている。
「ちょっと見て行ってくれないか?俺は中に入れないからよ。」
「……えぇ。」
霊夢が浮遊しながら小屋に近付き、扉の取手に手を掛ける。音も出さずにすーっと扉は開かれた。
彼女が中を覗くと、物などが何も無い。代わりに、床には小さな魔法陣が描かれていた。空間転移の魔術が描かれたそれは、一人と一匹には奇妙なものにしか見えない。
「………」
「何だこれ。人体錬成でもしてんのか──」
マッシブーンが疑問の声を出した瞬間だった。
足元の魔法陣が強く光り出す。
「「!」」
即座にマッシブーンが羽を動かし出し、小屋に両腕を伸ばした。霊夢が逃げようとしてマッシブーンにぶつかる。彼はそのまま彼女を両手で掴み、小屋から離れようとした。
その瞬間、マッシブーンと博麗霊夢は何処かに飛ばされてしまった。
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血で描かれた大きな魔法陣。
暗闇を照らす六つの蝋燭。
暗がりの地下室。
マッシブーンと博麗霊夢が転移したのは、そんな場所だった。異質な雰囲気を放つ闇の空間に、一人と一匹は驚愕した。
「……魔理沙?」
魔法陣の中心に倒れていたのは、霧雨魔理沙だった。
「あーあ。」
背後から声が聞こえる。
紛れも無い彼女の声。
霊夢とマッシブーンはほとんど同時に振り返った。彼女たちの目に映ったのは、長い金髪に真っ黒なとんがり帽子を被った魔法少女。
あろうことか、霧雨魔理沙が二人いた。
「お前ら全員、殺すしかないな?」
彼女は微笑む。
次の話は恐らく遅くなります。すみません!