【前回のあらすじ】
・博麗霊夢と霧雨魔理沙のガチバトル
・霊夢の神降ろし
・霧雨魔理沙は敗北した
マッシブーンが紅魔館で働き始めた翌日。
マッシブーンが人里で暮らし始めた数日前。
博麗霊夢たちが霧雨魔法店を訪れる数週間前。
霧雨魔理沙は、禁書に触れてしまった。
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「ふわぁ〜あ……」
私──霧雨魔理沙は大きな欠伸をした。
「今日も平和だ。ちと寒いくらいだな。」
独り言を呟く。恐ろしく寒いものだから、暖炉に火を付け、指の先から全身を暖めていた。そのまま数十分ほど両手を伸ばしていたが、今日のやることは決まらない。
(霊夢の所に行くか?また紅魔館にでも行こうかな)
最近は何だか全てがつまらなかった。同じ日々の繰り返しが、私の頭脳を段々と腐らせているみたいだった。
ちらりと後ろを見ると、昨日紅魔館から掻っ攫ってきた本たちが山積みになっている。
「そろそろ読むか……。なぁに、元々読むために借りてきたんだからな。」
そして私は、一つの本に触れた。
聡明な大魔法使いの卵よ
我は素質がある者にのみ語りかける
汝に大いなる試練を与えよう
ここに名前を記せ
「……うおおおおおおおおおお!!!!」
頭の中に流れてきた文字列。突然つまらない日々が裏返った。私は大興奮で羽根ペンとインクを探す。
(これだよこれ!こういうのじゃねぇか!)
ワクワクが止まらなかった。何でも私は大魔法使いの素質があるらしい。そりゃそうだ。今までずっと頑張ってきたんだ。直向きな努力がいつ報われるのか、疑心暗鬼になっていた所だ。
「書くぜ!ここでためらう奴がなれるかよ!」
私は本に名前を記入し、契約が結ばれた。
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「ん……」
気が付くと私は薄暗い地下室のような場所にいた。こんな場所は見たことが無い。
というか、私は何も着ていない状態になっていた。とんがり帽子も洋服も、何もかも一切着ていない。しかし、それよりも目を疑ったことがあった。
「は?」
目の前に、真っ赤な魔法陣の真ん中ですやすや眠っている私がいた。
汝は分身体、すなわち偽物
本物は試練を受けている
汝は試練を知られてはならない
本物として振る舞い
試練を知った者を殺せ
「………」
理解が追いつかなかった。
私は今から試練を受けるはずだ。それが受けられず、なぜか私の偽物が試練を受けている。どうも私はこの眠っている様子の偽物を守らなければならないらしい。
不思議なことが一つだけある。偽物、と言われたのは私だった。にせもの、ニセモノ、偽物?頭の中でがんがんと響く。何を言う?私は今まで生きてきたのだ。記憶は勿論、練習してきた魔法も、積み重ねてきた経験も全てが体に染み付いているのだ。
「ふざけるな」
冷や汗がどろりと流れた。もしも私が、私の全てを複製された分身だったら。私はぽっと簡単な魔法で容易く作られた存在であるということになる。私の今までが、この本に踏み躙られたようだった。
「私は……!ずっと生きてきたんだぞ!この目で見てきたんだぞ!」
何を主張しても本は喋らないし、頭の中に語りかけてこない。それがますます私の怒りを煽った。
「ふざけるなっ!」
私は激昂して本を破ろうとした。
「がっ……」
その瞬間、私は死んだ。
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「がぁっ!!」
ベッドの上で目が覚めた。先程までのことは夢だったようだ。本当に、とんだ悪夢だった。
「………」
心臓がバクバクと動いている。何故か私は裸になっていて、とても寒い。まるで心臓が潰されたような痛みをよく覚えている。思わずトイレに駆け込んで吐いてしまった。
「はぁっ……はぁっ……」
吐き終わった私は情けなくへなへなと、一時間ぐらい座ったままでいた。ふぅ……と細長い息を吐き、手洗いうがいをし、替えの衣装を着て、鏡の前で自然な笑顔を作った。
「ははは……。霊夢の所にでも行くか。」
私はホウキを持って外に飛び出した。全く酷い悪夢を見たもんだと、アイツに話してやるのだ。雪が降る中、びゅんびゅん加速してひとっ飛びするのは良い気分だった。
「……ごあっ……」
しばらく空を旅していると、私は死んだ。
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何日も何日も何日も寝込んでいた。
お腹が空いたらパンを出す。喉が渇いたら水をワインにする。どういう訳か私は知りもしない魔法を使えるようになっていた。
どうでもいい。このやるせない気持ちを消す魔法を知りたかった。
明くる日、博麗霊夢の声がした。その日はワインをぐびぐび飲むことにも飽きて、薄暗い気持ちでずっと寝込んでいた。
「魔理沙ー!いるんでしょあんたー!」
声が聞こえた瞬間、私は一目散に扉を開けに行った。ガチャンと勢い良くドアを開けると、久しぶりに会えた霊夢がびびっていた。
やって来たのは博麗霊夢と真っ赤な怪物。怪物は確かマッシブーンという名前だったか。いつの間にか紅魔館にいた奇妙な奴。
とにかく必死に私は叫んだ。
「頼む!!助けてくれ!!私はここから出られない!紅魔館に行ってパチュリーを!!」
叫んでいるうちに、口から血が嘔吐するように出てきた。
「……け……て……」
顔を歪ませながら、私は死んだ。
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痛い
まだ心臓の激痛が取れなくて、何度も私はベッドに吐いた。布団が汚いだなんて気にする余裕は無い。とにかく死ぬほど痛かった。
理解したくない。
私は分身。本物を守るために何度でも生み出される偽物。
逃げたり助けを求めたりすると、私の心臓は握り潰される。そして時間が巻き戻る。どうしようもないということだった。やるせない気持ちが、ずっと身体の内に滞っていた。
苦しくて辛くて、私の顔はぐちゃぐちゃになった。涙も涎も一生分出たと思った。泣き止んでもまた苦しくて、胸の奥から絶望が滲んだ。
逃げられない。誰にも打ち明けられない。何よりも、また心臓を潰された時の痛みが怖くて震えが止まらなかった。
朝が来ても夜になってもベッドから出られない。そのまま三日ほど経った。
「分かったよ……」
私は諦めた。作り出された偽物であることを、認めてやることにしたのだ。
幸いというべきか。恐らく私は大魔法使いになった後の力を有していた。魔力量は以前より倍以上に増幅し、使える魔法が大量に増えている。
暇潰しにいろんな魔法を使ってみた。パンを出す魔法、水をワインにする魔法、物を操る魔法、ドラゴンやグリフォンを召喚する魔法、時間を増やす魔法、触れた物の全てを理解する魔法、分身を作る魔法など。
孤独を紛らわすように私は魔法で遊んだ。特に、誰かの分身と殺し合う遊びに私はのめり込んだ。パチュリー、アリス、咲夜、レミリア、フラン。分身は声を出さないし表情も変わらない。だからちっとも心が痛まない。
楽しい。いつの日か心の傷は取れていた。やりがいみたいなものができたような気がした。
どいつもこいつも倒すことが出来た。けれど、きっと本物よりもずっと弱い。本当の実力の、本気の奴と戦ってみたいと思った。
特に戦いたかったのは──
博麗霊夢。
かつての私の友達だった。
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いつか約束した時があった。
夏のうんざりするほど暑い日。縁側で水を張った洗濯桶に足だけ入れながら、人里で買ったアイスクリームを食べた。
何でもない日の一場面が、何度も夢として現れた。どうしてだろうか。恋をしたみたいに、頭からあの日が離れなくなった。
──じゃ、もっと強くなって私を殺しに来てみなさい。その時は本気で戦ってあげる。
「……はっ。」
私は笑いながらこつんと自分の頭を殴った。一瞬、本物の霊夢と殺し合う想像をしてしまった自分が嫌になった。けれどいつかアイツがここに来ることを私は知っている。
もしも、アイツらが隠された部屋を見つけたなら。今もずっと眠っている霧雨魔理沙を見つけてしまったなら。
その時は、頭の中に命令が響くのだろう。アイツらを殺さなければ、私はあの張り裂けるような痛みに悶えるのだろう。
「そん時は……しょうがない……」
ぼそりと口から声が出て、それ以上考えることをやめた。
試練を受けられなかった私だったが、試練の内容自体はいつの間にか知っていた。
最終試練は、偽物の霧雨魔理沙を殺すこと。どのみち私は生きられない。すっかり命を悪魔に握られてしまった。盗みを繰り返してきた報いか、と自嘲する。
本物の霧雨魔理沙が目を覚まさないことを、私は毎日静かに祈った。そしていつか博麗霊夢がやってきて、少しだけ胸の孤独が和らぐことも。
何かの間違いで戦うことになった時、命を捨てるみたいに本気で戦えることを。
ほんの少しだけ期待した。
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それから数週間後。
霧雨魔理沙の願いは叶った。
少女たちは、今が肌寒い冬の真夜中であるということを忘れかけている。夏の酷い暑さを再現したような、この奇妙な真昼の空の下に二人はいた。
「……あぁ、お前の勘って本当に当たるよな。マッシブーンの野郎、悪魔たちを退かせやがった。あんなルナティックをよく超えられたもんだ。」
ぶつぶつと呟く霧雨魔理沙。彼女は呆れたように微笑んでいる。
「全部説明しなさい」
地面に倒れている彼女に、博麗霊夢は真顔でお祓い棒を突きつけた。
「あんたが知ってること、全部教えて。」
「……生まれは人里。父親がいたけど、ケンカして家出。その後」
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ」
霊夢がよりお祓い棒の先を魔理沙に近付ける。紙垂と呼ばれる特殊な白紙が彼女の頭にかかった。
「私なんかじゃなくて、本物に聞けばいい。もうすぐ来るだろうからさ。」
「………」
霊夢は黙り、力無く魔理沙は笑った。
「やっと命令が頭の中で響かなくなった。あの寝坊助が起きたらしい。……もう疲れちゃったぜ。」
今度は自分が寝る番だとでも言うように、霧雨魔理沙は目を瞑った。
やがて真夏の空間に歪みが入った。ぱきぱきとガラスが割れてできたような穴から、一人と一匹が侵入して来る。
倒れているぼろぼろの魔理沙が呟いた。
「終わらせてくれて、助かったよ……」
「霊夢ーーーーっ!今助けるぜーーーー!!」
目が覚めた魔法使い、霧雨魔理沙。
彼女は無邪気に、悪党退治へと乗り出した。
次回がラストです