筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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 初ではない一万文字です
 次の章が最後になります。なるべく質の高いものをお出ししたいので、ちょっと期間が空くかと思われます。気長にお待ち下さい。

【前回のあらすじ】
・霊夢は魔理沙を庇おうとした
・禁術によって霊夢は眠った
・ファイナルスパークが放たれようとしている

 修正 6/2 銀色のペンダントを金色に変更。




☆五十六、 おやすみなさい 親愛なる友人へ

 

 

「行くぜぇ!魔砲!」

 

 霧雨魔理沙がミニ八卦炉に凄まじい魔力を込めた。

 

 七色の特大光線は今にも放たれようとしている。まだ少し、あと少し、極限まで魔力を込めてぶっ放す。魔理沙は最大限の一撃で自身の偽物を葬ろうとしていた。

 

 が、その時。

 

 

 "なぁ!絶対に霊夢を巻き込むなよ!"

 

 

 彼女はあの赤い奇妙なマッスルモンスターの言葉を思い出していた。

 

 博麗霊夢のことは知り尽くしていると自負している。だが、彼女が浮いているとはいえ、巻き込む形になるのは事実。

 

 例えば、万が一技の火力が高すぎて、無敵の身体さえも貫通してしまうとしたら?

 

 実のところそのような事は全く見当違いであったが、魔理沙は一度チャージを止めて地面にいる二人を確認してみた。

 

 するとどうだろうか。

 

「あ!?」

 

 二人がすやすやと寝ている姿が見えたでは無いか。霧雨魔理沙は遠くから二人を見つめ、不思議そうに独り言を漏らした。

 

「……なんで寝てんだ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 一方。

 

 地上に戻れと言われたマッシブーンは、不服ながらも大人しくすごすごと帰っていた。

 

 魔法陣が光り、久しぶりにマッシブーンは夜空の下へと戻った。歩きながら彼は考える。

 

 (霊夢は強い。が、あの魔女っ娘の偽物もかなり強い。実際俺は殺されそうになった。本当に大丈夫か?)

 

 霊夢の記憶を知ってから何かが変わってしまったマッシブーンだった。不安気にうろうろと歩いている。

 

 (何か俺に……出来ることは……)

 

 漠然と考えるまま、やがて霧雨魔法店の入り口が見えた。誰かの手に持たれているランプが、暖かい光を放っている。

 

 そこにいたのはパチュリー・ノーレッジと小悪魔だった。

 

「……マッシブーンじゃない。宴会ぶりね。」

「わぁ。こんな夜遅くにどうしたんですか。しかも魔法の森で……?」

「あぁ、なんか本物だと思ってた霧雨魔理沙が偽物で、その偽物が襲ってきて、本物の霧雨魔理沙が目を覚まして偽物を倒しに行ったぜ。」

 

 マッシブーンが聞かれてもいないのに、側から見れば意味不明な状況をべらべらと説明した。

 

 だが、幸いにも彼女たちはそれを求めていた。パチュリーと小悪魔の顔色が突然変わる。

 

「小悪魔!」

「最終段階じゃないですか!スーパー好都合です!悪魔の本を探して早く封印しましょう!」

 

 二人が希望を見出した瞬間、それを聞いたマッシブーンが待ってましたとばかりに自分のやれることを見つけた。

 

「本か!さっきあったから取ってくるぜ!お前らは地上で待っとけ!うおおおおお!!」

「えっ?ちょ、ちょっと!」

「アンタ馬鹿!」

 

 明日の方向へ走り出したマッシブーンを二人が慌てて追いかけ出した。しかしもう止まらない。

 

「本には触れちゃいけませーん!!案内して下さーい!!」

「別にかぶれたりしねーよ!待っとけー!」

「そういう問題じゃげほっげほっげほっおえっ!」

「あーマッシブーンさんのせいで喘息が!止まらないともっと酷くなりそうでーす!」

 

 パチュリーと小悪魔が必死に彼を止めたが、マッシブーンは既に地面の魔法陣を光らせていた。

 

 もう一度マッシブーンは地下深くの密室にやってきた。彼の記憶通り、そこには乱雑に放置されていた黒い本が残っている。

 

「よし!」

 

 マッシブーンは禁書に触れた。

 

 その瞬間、彼はまた消えてしまった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ………

 

 目を覚ますというのは変な話だ。マッシブーンは真っ黒な本に触れるまでは、一度だって目を瞑っていなかった。

 

 しかし世界は暗転し、気付けば彼は禍々しい紫色をした部屋の中心に立っていた。

 

「──初めまして。」

 

 声をかけてきたのは、椅子に腰掛けている黒いドレスを着た女だった。

 

 女はふわりとした白い髪をしており、頭には悍ましく曲がりくねった邪悪な角を生やしている。髪に隠れそうな赤い瞳が、真っ赤なマッシブーンを見つめた。

 

「私は悪魔です。貴方のことをとても気に入ったので、ここに貴方を呼びました。」

 

 悪魔は丁寧な言葉遣いで話した。対してマッシブーンは人差し指で長い口をこんこんこんと叩いている。悪魔が説明をした。

 

「喋れないでしょう?私の本に触れた者には、私が自由に干渉することができます。今、貴方には喋ることができなくなる魔法をかけています。」

 

 マッシブーンはますます長い口を叩き、魔法を早く解くように催促した。悪魔がにこりと笑って指先を向けると、魔法は簡単に解けた。

 

「こんばんは。何を話したいのですか?」

「……今、お前の魔法で作られた奴が暴れている。さっさとやめさせろ。」

「それはできません。彼女は物語の主人公だからです。」

「は?」

 

 マッシブーンが変な声を出し、悪魔は言った。

 

「霧雨魔理沙が私の本に触れた時から、物語は始まりました。本来一人だった彼女を二人にし、片方には試練という名の夢を見させ、もう片方には無意味な守護者になってもらう。その結果、片方は友人さえも手にかける狂人と化し、最終的には死ぬ。全ては自然な成り行きによって生み出された悲劇だったはずです。」

 

 悪魔の姿が消えた。マッシブーンの後ろから声が聞こえる。

 

「ところが、貴方が物語を変えました。貴方がかけた言葉一つで、美しくも脆い宝石が砕け散ってしまいました。」

「意味が分からないぜ。何が何なんだ?」

「……そうですね。では、霧雨魔理沙の記憶を共有しましょう。きっと気にいると思いますよ。」

 

 悪魔の指先が赤く光り、マッシブーンの中に記憶が流れ込んだ。

 

 

 

 

 一通り見終わったマッシブーンが、態度を改めた。

 

「殺すぞクソ女。」

 

 彼は真相を知った。無知であった自分。そしてそうなるように誘導した目の前の悪魔に対し、強烈な嫌悪感を抱いた。

 

 悪魔は悲しそうに微笑んだ。

 

「あら、残念ですね。絶望は最高の刺激だと思うのですが。けれどじきに良くなりますよ。考える者はみな一様に悪の心を持っていますからね。誰にだって素質は……」

 

 悪魔が放つ言葉を途切らせるように、飛び掛かったマッシブーンが強く彼女の頬を殴った。

 

 バキッと殴られた悪魔は後頭部を強く地面にぶつけ、そのまま逆さまになって吹っ飛んだ。と思うと、彼女は顔に手をかざし、大きな羽を広げてぴたりと空中で停止した。

 

「満足しましたか?」

 

 悪魔は白い髪を地面に向けて垂らし、にこりと笑っていた。殴られた顔の傷は既に治癒されている。

 

「血気盛んなのは良いことですね。それに、素の身体能力だけでも貴方はとても強い。魔法の力のみに頼ることが無いというのは、とても素晴らしいことです。私は貴方のその類稀な実力を買っているのですよ。」

 

 悪魔が重力に逆らうのを止め、ワンピースがふわりと元に戻った。彼女は長い爪の先を唇に当て、目元も口元も綻ばせてから言った。

 

「これはスカウトです。貴方、私の悪魔になりませんか?」

「断る。死ね。俺を帰らせろ。」

「できません。」

 

 悪魔は微笑みながら言った。

 

「貴方はもう帰れません。私が帰さないからです。」

「拉致監禁か。いい度胸だな。」

「度胸がよろしいのは貴方の方ですね。自分が今、誰を相手にしているのかを理解していません。貴方の主ですよ。」

 

 悪魔が指と指をくっつけ、ぱっと離した。

 

 その瞬間マッシブーンの両腕が取れた。不思議にも血は噴き出なかったが、両腕は悪魔の元へと吸い寄せられ、ぱっと消えた。

 

 (………)

 

 マッシブーンは沈黙した。自分が今、勝ち目の無い敵を相手にしていることを悟った。

 

 悪魔がさらに述べる。

 

「続けましょうか。ここに貴方を置いたまま、今から私は時間を巻き戻します。そうすれば貴方がいない状態で物語が始まります。一度は回避されてしまった悲劇も元の元通りという訳です。さぁ、ポップコーンとジュースでも用意して、一緒に見ましょう?」

 

 悪魔は白い髪を揺らしながら微笑み、マッシブーンは無表情を貫いた。彼には表情筋が無かったが、あっても無表情であっただろう。

 

 目の前にいる女は黒幕だ。コイツが霧雨魔理沙を苦しめた元凶だ。怒りがふつふつと湧き出るが、今のマッシブーンには何も出来そうに無かった。

 

「何か、帰ること以外で要望はありますか?手紙でも書かせましょうか。大切な人と別れるのですから、言葉の一つでも残すべきですよ。」

「……これ以上、霧雨魔理沙に関わるな。」

「あぁ、分かりました。あの本を燃やして灰にしておきましょう。そうすれば私は二度と彼女に干渉できません。他に要望は?」

 

 悪魔が聞くと、マッシブーンは無機質な両目を向けて言った。

 

「お前を殺す方法を教えろ。」

「答えましょう。それは不可能です。」

 

 悪魔がにこりと笑う。

 

「貴方に腕があったとしても、ふかふかの不可能です。いくら殴られても私は死にません。あの力を使われても、私にはまるで意味がありません。ならばどうしますか?賢い選択をして下さいね。マッシブーン。」

 

 両腕の無いマッシブーンを見ながら、悪魔は言った。二本の大きな腕は嘘のように消えている。

 

 (……結局俺には何も出来ないって訳か。)

 

 彼は自分を情けなく思った。悪魔は、余裕をたっぷり表情に浮かべながら、マッシブーンが降参するのを今か今かと待っていた。

 

 降参の声を聞けたら、彼女が次に言うのは自身と契約をすることだった。契約が交わされたなら、正式にマッシブーンは悪魔の従者となる。

 

 この状況下において、マッシブーンが抵抗できることは何も無い。悪魔の考えは正しかった。

 

 

 

 

 だが。

 

 マッシブーンは、既に他の悪魔(吸血鬼)と契約を交わしている。

 

「助けてくれないか?フラン。」

 

 その一声が、彼の中の悪魔をニヤリと笑わせた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 きょとんとした顔で悪魔は立っている。何も聞かれずともマッシブーンは語り出した。

 

「フランってのは、俺の中に巣食う悪魔のことだ。そいつは俺がフランの血を吸ってからというもの、何故か毎日真夜中の決まった時間に現れ始めた。コイツのまたの名を……」

 

 黒くつぶらな瞳が悪魔を見つめている。同じように、真っ赤な瞳を持った金髪の少女がニヤリと笑いながら手のひらをぎゅっと握った。

 

「狂気。」

 

 

 

 突然、悪魔の身体がぴたりと動かなくなった。彼が窮地を脱出する方法。彼女には予測がついていた。しかし、彼女は不可能なものとばかり思っていた。

 

 彼女が目にしていた恐るべき力──魂を破壊する力は、『黒山羊のセブンスコード』で確認済みである。

 

 (これは……?何故でしょうか。あの規格外の力は、両腕を奪ったことで無くなったはずですが……)

 

 悪魔は不思議に思っていた。トリガーを失った銃から、何故か弾丸が放たれようとしている。何故なのか。答えは彼の中のフランドール・スカーレットにある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その力を初めに持っていたのは、無論マッシブーンでは無い。

 

  (成程。力を有していたのは……)

 

 悪魔が考えに至る前に、黒いドレスごと身体がどかーん!と爆発した。

 

 

 [1回目の死亡]

 

 

 復活の魔法が発動する。

 

 恐ろしく高度な魔法は魂さえも再生させる。悪魔は黒いドレスごと蘇った。

 

「……原来、悪魔は取引によって魂を得ることを生業にしていました。故に私はもちろん、位の低い()()()にだって他者の魂は見えるのです。」

 

 悪魔はにこりと笑い、マッシブーンの中の少女に話しかけた。

 

「貴女と魔力勝負という訳ですね。金色のお嬢さん。」

 

 悪魔は再びフランにきゅっとされた。彼女はあらゆる魔法を自由に扱うことが出来たが、契約の依代──今回なら悪魔の本──に触れたものにしか干渉ができない。

 

 つまり、彼女はフランに干渉することができない。心臓を握りつぶすことさえできない。対してフランは悪魔への干渉が可能であり、なおかつそこに魔力は一切必要が無い。

 

 いわば、ほぼ無制限に敵を殺せる程度の能力。それを最も手にしてはいけない者が持っている。ニヤニヤと牙を見せて笑っている。

 

 そして悪魔は弾け飛んで死んだ。

 

 [2回目の死亡]

 [3回目の死亡]

 [4回目の死亡]

 [5回目の死亡]

 [6回目の死亡]

 [7回目の死亡]

 [8回目の死亡]

 [9回目の死亡]

 [10回目の死亡]

 [11回目の死亡]

 [12回目の死亡]

 [13回目の死亡]

 [14回目の死亡]

 [15回目の死亡]

 [16回目の死亡]

 [17回目の死亡]

 

 (おかしいですね。これだけの魔法、とてつもない量の魔力を消費するはずですが……)

 

 死に続けながら悪魔は考えた。絶大で強力な魔法を使っているという前提に囚われたまま、彼女はまたもや死んだ。

 

 [18回目の死亡]

 

 

 

「………」

 

 悪魔は魔法によって何度も蘇った。死ぬ度に焼き尽くされるような痛みが襲ったが、悪魔は余裕を保っていた。

 

「フフ……。まるで物語のクライマックスですね。私自身が物語に加われるとは、思ってもいませんでした。新鮮ですね?」

「答えろ。お前は不死身か?」

「いいえ。他の悪魔より魔力が多く、他の悪魔より高等な魔法が使えるだけです。限界はありますよ。そこのお嬢さんはどうなのでしょうか?」

 

 彼女はフランドール・スカーレットに話しかけた。

 

「私はあと648回生き返れます。貴方たちはあと何十回私を殺せますか?それとも何回?」

 

 勝ち誇るのでも無く、負け惜しみでもなく、淡々と悪魔は事実を述べた。

 

 フランの声は届かない。代わりにマッシブーンが答える。

 

「俺は借りてた立場だ。何の苦も無い。ただ、手のひらを握ったり離したりするだけだ。それだけだよ。」

 

 悪魔の顔に張り付いていた笑みが消えた。

 

「何か勘違いをしていたようだな。その気になれば俺たちは500回でも1000回でも行けるだろうよ。」

 

 マッシブーンの言葉を契機に、また悪魔の魂が握られた。

 

 (……有り得るのですか?)

 

 悪魔は驚愕していた。最強と呼ばざるを得ないノーリスク・ハイリターンの力に。

 

 (それは……何とも理不尽ですね……。)

 

 彼女の思考が一つの敗北に辿り着いた。このままではジリ貧。確実に彼女は生命を終えてしまう。

 

「潔く滅びろ。クズ女!」

 

 どかーん!激しい爆発音が薄暗い部屋の中心で鳴った。

 

 [19回目の死亡]

 

 悪魔だったものが真っ赤な血肉となって辺りに飛び散る。

 

「オラッ!」

 

 マッシブーンは飛び込んだ。飛び込んで、悪魔だったものを大量に吸い込んだ。

 

 そのままごくりと飲み干す。

 

「下衆の血は不味いぜ!」

 

 マッシブーンは呟いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 (………)

 

 気が付くと悪魔は、無尽蔵に広がる真っ黒な世界に立っていた。ありとあらゆる場所を漆黒で塗りたくられたような、完璧な黒の世界だった。

 

 (ここは、魂の世界でしょうか。マッシブーンの?)

 

 彼女は目をぱちくりとさせ、周囲を見渡している。すると豆粒のような小ささの何かが、羽を広げながら段々と近付いて来て、姿形はどんどん大きくなった。

 

「はじめましてーーーー!!」

 

 金髪の吸血鬼が叫びながら猛スピードで飛んできた。ふわっと着地すると、フランドール・スカーレットはにんまりと笑って手を伸ばし、大声で言った。

 

「死んで!!」

 

 彼女がきゅっと、悪魔を掴もうとした。

 

「……あれ?」

 

 しかし、悪魔は自身の周囲に強力なバリアを張ることで身を守った。たとえ干渉が無理であっても、干渉から身を守ることはできる。悪魔はフランににこりと笑いかけた。

 

「初めましてお嬢さん。誤解されているようですが、私はマッシブーンの敵ではありません。彼と仲良くなりたいのです。」

「ウソだね!マッシブーンが助けてって言ったもん!」

「そちらも誤解されているのです。私はただ、マッシブーンと仲良くなりたかっただけです。恐らく言い方が悪かったのでしょうね。どうです、信じてくれませんか?」

「……うーん。」

 

 納得しきれないフランだったが、誰かと仲良くなりたいという気持ちは彼女にも理解出来た。

 

 悪魔はピコンと頭の上で豆電球を光らせた。

 

「そうです!お近付きの印にこれを差し上げましょう。」

「えー?」

 

 フランの側にやってきた悪魔が手のひらを握って離すと、彼女の手元から金色のロケットペンダントが出てきた。

 

「中を開けてご覧なさい。」

 

 フランが円形のペンダントを受け取り、ぱかっと開いてみた。

 

 するとそこには、マッシブーンとフランのツーショット写真が入っていた。少女がマッシブーンに抱きつき、目を細めて笑っている。とても幸せそうだった。

 

「わぁ……」

 

 嬉しそうに微笑んだフランに、悪魔は同じく微笑んだ。

 

 悪魔は、契約の依代に触れた者にのみ干渉することができる。ロケットペンダントという依代が、悪魔とフランドール・スカーレットを繋いでしまった。

 

 彼女に魔の手が忍び寄る──。

 

 

 

 

 悪魔は、フランの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「ふむ。中々面白いですね。心を踊らされる記憶です。」

「?」

 

 悪魔は魔法によってフランのことを全て理解した。彼女が生まれた頃から二つに分離していることや、その片方として狂気と呼ばれていたことや、マッシブーンの中で心を変化させていったことを。

 

 一先ず、悪魔はフランにいつでも干渉することが可能になった。当初の目的である、マッシブーンスカウト作戦は継続している。だがその前に、彼女はマッシブーンを知ることにした。

 

 (さて……マッシブーンの魂は……)

 

 彼女が辺りを見渡すと、ふわふわと浮いている魂が見つかった。

 

 (……え?)

 

 

 

 

 そして、彼女は目を見開いた。

 

 ●は、●●●った。

 

 ●●●は●●●●●の●だった。●●から●●●●●●として生きてきた●。中身は空っぽになっていて、何やら黒く濁●●●●、今にも●●●●●●●●ある。

 

 ●●●は●●●●だった。●●●マッシブーンの肉体は、この●●●●が●●●を握っている。●●●は低いが、肉体には何の影響も及ぼさない。

 

 悪魔は、同時に●●●●憶を見た。

 

 

 

 

 ツー、と鼻血が悪魔から垂れた。悪魔の顔面を、血と汗が繰り返し流れている。

 

「あは」

 

 悪魔は真っ黒な空を見上げながら、口を大きく開けた。

 

「あっははははははははははははっはっはっは!!」

 

 フランがびくっとする。気が狂ったような笑い方だった。しかし彼女は、気でも狂わせなければ釣り合わない程面白い存在に出会っていた。

 

 彼女の魔法はあらゆる事象を理解することができる。マッシブーンの記憶は勿論、彼にまつわる情報やこれから起こることも全て理解していた。

 

 彼女は鼻血と汗を真っ黒なハンカチで拭き取り、フランに話しかけた。

 

「気が変わりました。貴女たちを元の場所に帰します。私の眷属にしておくには、あまりに勿体無いですからね。」

「……いいの?寂しかったんでしょ?」

「貴女ほどではありませんよ、吸血鬼のお嬢さん。これからとても面白いことが起きます。もしも何かあった時は、精一杯抗いなさい。」

 

 加えて彼女は言った。

 

「貴女は気付いていないようですが、その規格外の力は再生と破壊を司るようですね。貴女がその気になれば、誰かの生と死を自由に操ることも可能でしょう。」

 

 悪魔は低くしゃがんだ。そしてフランの手の中のロケットペンダントに触れ、それを微かに光らせた。

 

 しばらく光った後、ロケットペンダントは元の銀色に戻った。悪魔はにこりとフランに笑いかける。

 

「私から一つ、貴女のペンダントに素敵な魔法をかけました。」

「何したの?」

「苦しくて辛い時、少しだけ力が湧いてくる魔法です。きっと貴女を助けてくれるでしょう。大切に持っていて下さい。」

 

 フランは繰り返し中に入っている写真を見ていたが、悪魔に言われるとペンダントを閉じてから元気に返事をした。

 

「もちろんよ!ありがとう!大切にするわ、悪魔さん!」

「ベリアルとお呼び下さい。フランドール。」

 

 悪魔は最後にフランの頭を撫でて、彼女に手を振った。

 

「私は貴女たちを見守っていますよ。いつかまた会いましょうね。その時は、是非お土産を──」

 

 

 

 

 マッシブーンは目を覚ました。

 

「あ?」

 

 彼は血を飲み込んだ後、復活しない悪魔を倒したと思い込み、帰り方と戻ってこない両腕に困っていた。するとまた視界が暗転して、何が何やら分からないまま戻ってきたのだ。勿論、両腕も元通りだった。

 

 地下深くの密室は、ロウソクの火が消えて闇に包まれている。彼の背後の魔法陣が光って、パチュリーと小悪魔が乗り込んできた。

 

「ゲホゲホ!ゲホゲホゲホゲッホ!?」

「"アンタ!触れてないでしょうね!?"とパチュリー様は言ってます!」

「ゲホッ!」

 

 喘息を拗らせたパチュリーがずかずかと歩き、手に持っていたランタンを突き出して周りを照らした。

 

 すると、黒い本があった場所には小さな灰の山ができていた。本はどこにも無い。

 

「ゲホッ……?」

「"あら……?"」

「通訳いらないだろ」

 

 かくして、魔法使いの小さな騒動は幕を閉じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 もはや夜も明けようとしている頃だった。空はまだ薄暗く、足元はよく見えない。足元が見えない理由は、マッシブーンも魔理沙もお互いに誰かを抱えていたからだった。

 

 早朝5時の博麗神社に、一人と一匹は立っていた。熱心な参拝客はこの時間にさえ来るものだが、今日はぱたりと来ていない。寒いのもあるだろう。魔理沙は肌寒さを感じる前に、魔法で体温を上げていた。

 

「霊夢を眠らせた魔法ってのはそんなに万能じゃないんだ。」

 

 金髪の少女が話し出す。

 

「100年も1000年も、身体は永遠を保ったまま眠り続ける。凍ってるのと近いだろうな。凍ったカエルは溶けない限り姿勢を変えないし、動かないまんまだろ?そんで霊夢の場合、身体を覆ってる氷が最高に硬いって感じだぜ。」

 

 マッシブーンは寝息を立てている博麗霊夢を抱えながら、魔理沙の声を聞いていた。

 

「けれど、もう少しで起きるって時には無敵じゃなくなる。そん時は危険なんだ。」

 

 何か言いたそうに、彼女は目を伏せた。

 

「といっても……私が生きているうちに起きてくれたら、ありがたいんだけどな。普通は何百年も眠るらしいし……。」

 

 呟きながら霧雨魔理沙は、悪魔の本によって創り出された霧雨魔理沙を抱えていた。彼女もまた疲れ切ったのかすうすうと眠っている。まるで瓜二つの双子だった。

 

「私はコイツとしばらく研究をするぜ。なぁに、私が二人いたらどんな魔法だって開発できるだろうよ。」

 

 魔理沙は少しだけ笑った。どこか遠慮を含んだ笑い方だった。

 

「生き急ぐなよ」

「分かってる」

 

 マッシブーンの言葉に、霧雨魔理沙ははっきりと返した。そしてまた言葉を綴る。

 

「だからさ。それまではお前が霊夢を守ってくれよ。私は研究で忙しくなるだろうし……なんか、合わせる顔がねーんだ。」

 

 マッシブーンは何も言葉をかけなかった。魔理沙はしばらく黙り、やがて言葉を放った。

 

「それじゃ、頼んだぜ……。」

「任せとけ。」

 

 博麗霊夢を抱えたまま、マッシブーンは親指を上げてサムズアップをした。

 

 

 

 

 それから一日後のこと。

 

 朝、マッシブーンはホウキで神社周辺を掃除し、休憩時間になるとペンを持ったまま何かをずっと考えていた。妖怪の山から帰ってきた伊吹萃香が不思議そうに見ている。

 

「なんだい?紙なんか用意して、手紙でも書く気かい?」

「おう。いつお前らに会えなくなるか分かんねぇだろ。」

「馬鹿だねぇお前!お前がそう易々と死ぬわけ無いじゃないか!私が言うんだから間違いない。うん。」

 

 萃香がそう言いながら、喉に酒を流し込んだ。ごく、ごく、ごくと軽快な音が鳴る。

 

「だといいんだがな」

 

 マッシブーンは呟いた。

 

 彼は紙の上にインクの染み付いたペン先を置いた。さらさらと何かを書いている。

 

 萃香は気にも留めずに、酒を浴びるように飲んだ。

 

「やーれやれ。人間の文化は分からないもんだねぇ。酒を飲む方が100倍楽しいだろう?な、酒飲もうよ!マッシブーン!」

 

 萃香が手に持っていた大きな瓢箪をばこんと赤い背中にぶつけた。手にされていたペンがころころと転がり落ちる。

 

 いてっ!だの、急に何だ!だの、普通はリアクションがあるものだろう。萃香は待っていたが、一向にマッシブーンは喋らない。彼女は声をかけた。

 

「どした?」

 

 マッシブーンからの返事はない。

 

「ん〜?」

 

 萃香は紙とペンをどかし、机の上で胡座をかいた。マッシブーンの視界いっぱいに伊吹萃香が映る。だが、反応は無い。

 

「キスしちゃうぞー」

 

 悪酔いしている萃香が、口を尖らせてゆっくりと近付けた。唇が触れようとしたその時、マッシブーンはやっと言葉を発した。

 

「──誰だ?」

「え?」

 

 博麗神社の中に、鬼の素っ頓狂な声が響いた。

 

 博麗の巫女が眠り続けている。この件は絶対に知られてはならない。後継もいない。幻想郷の守護者としての巫女の仕事は、八雲藍によって臨時にマッシブーンが任命された。

 

 しかしマッシブーンは、きょろきょろと辺りを見渡しながら奇妙な言葉を放った。

 

「ここ、どこだ。何でここにいるんだ?」

「はぁ?」

 

 彼に何かが起きている。彼という支柱までもが、ぼろぼろと崩れかけている。

 

 それは観光の終わりを意味した。呆気なくも儚くも、異世界からやってきた彼の観光録が終わろうとしていた。

 

 冬の季節は過ぎ、やがて春が訪れる。

 

「すまない。本当に分からないんだ。」

 

 奇しくも手紙は書き終えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 俺が愛するお前らへ

 

 じゃあな。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 Good night dear friend(おやすみなさい 親愛なる友人へ) 完

 

 







【予告】
記憶を失くしたマッシブーン
目を覚まさない博麗霊夢
その異変は喪失異変と呼ばれた


次回 最終章『喪失異変 前編』
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