【前回のあらすじ】
・マッシブーンの昔話を聞いた
・亡くなったはずの博麗の巫女がいた
・萃香は昔を思い出した
博麗綾子が現れてから二日後。その日は八雲藍が神社に現れることなく、空は少しだけ曇っていた。
「「ハァ……」」
博麗神社周辺の、森の奥の場所にて。人間の男二人は疲れ果てたようなため息を出した。
「なぁ、人里に戻ったら助けてくれるんじゃねぇかな?」
「まさか。俺たちゃ放火魔の指名手配だ。捕まって酷い目に遭うのはごめんだぜ。」
「今よりマシじゃねぇかな……」
二人が何をしているのかというと、何の変哲もない小石を集めることだった。
彼らは人里から逃げて以来、一度も帰っていなかった。放火事件を起こしたリーダーが自分たちのことをバラしている可能性があるし、何よりもあの赤い化け物が恐ろしい。
逃げた先にいたのは、光の三妖精だった。赤、黄、青の順から、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。
初めは悪戯程度に迷わされていた彼らだったが、行く場所が無いことを妖精のうちの一匹に伝えると、彼女たちは自分たちの住処に住まわせてくれた。ただしペットとして。
現在、男二人は暇潰しの遊びに使われていた。内容は至ってシンプル、どっちが多くの小石を集めるか。
「コラー!一緒に仲良く拾わないのー!アンタたち敵でしょー!」
「もっと真剣に拾いなさーい。」
「負けた方は石を全部食わせるからねー!」
上空から三匹のヤジが飛んでくる。勘弁してくれ、俺たちは童話のオオカミか、と思う二人だった。
しかし、突然妖精たちはピューッと一目散に逃げてしまった。何かを見つけた後、わなわなと震えて飛び去ってしまったのだ。二人はそれに気付かずにだらだらと小石を拾っている。
やがて、原因がのしのしとやってきた。
「おい、お前ら」
「「………」」
二人を覆った影の正体は、真っ黒な瞳や銀色のクチバシはこの世の者とは思えない、真っ赤でムキムキな筋肉お化けであった。彼らは見上げてフリーズをし、目をかっぴらいて叫んだ。
「「うわああああああああああ!!!!」」
異世界から来た筋肉蚊、マッシブーン。彼こそが二人の恐る妖怪、唯一匹だった。
二人は片手の小石を散らばせ、すぐに背後へと逃げた。しかし人間の何倍も素早いマッシブーンに容易く捕まってしまう。
「ひいいいいいいいい!!すんませんすんませんすんません!」
「頼む!殺さないでくれ!」
「おいおい、勘違いするんじゃない!俺の口を見ろ。どう足掻いてもお前たちなんか食えないだろう。」
とは言っても、首根っこを掴まれた彼らはパニックになっている。
「あああああの時みたいにリーダーみたいに捕える気だな!?クソッ!」
「何だ、知り合いだったのか。すまんな、俺は今記憶が無いんだ。」
「な、なに……?」
男のうちの一人が、冷や汗を流しながらも冷静に言葉をかけた。
「じゃ、じゃあ俺たちのことは知らないのか。」
「あぁ。お前らのことは知らない。俺はここに散歩をしにきただけだぞ。」
「じゃ、じゃあ何の用事で俺たちを……?」
二人の疑問は晴れなかった。記憶を失ったという戯言を仮に信じるとして、何故自分たちは初対面の怪物に捕まっているのか。考えているうちにマッシブーンが話し出した。
「おおそうだ。頼みがあってな。」
「と、とりあえず離してくれねえか」
「いや、すぐに終わる。」
彼は大人しくなった二人の首根っこを捕まえたまま、淡白に言葉を放った。
「俺に血を吸わせて欲しいんだ。」
「えっ。」
「良いよな?」
呆然とする一人の首に、マッシブーンは針状の口を近付けた。
「──やめとけやめとけ。」
突如として、彼の口にしがみついた形で現れたのは伊吹萃香だった。マッシブーンの動きは止まる。
「逃してやりな。思い出したらきっと後悔するよ?」
マッシブーンがしばらく黙った後に二人を解放すると、二人は一目散に逃げていった。
「お前、あいつら吸い尽くすつもりだったろ。この幻想郷で人を殺したら怖い狐に燃やされるってのは常識だよ。」
「……いや?しかし優しいんだな。」
「人間をなるべく殺すなって、友人と約束しただけさ。気まぐれなんでね、三日も続かないだろうがね。」
「それは……どうなんだ。約束した者として。」
二匹は一緒に並んで元の神社へと歩いた。数分で博麗神社に辿り着くと、萃香が彼の背中をドンドンと叩いてから言った。
「血が欲しいんだろ?そんなら私が取ってくるから、大人しく掃除でもしときなよ。」
「取るって?何だ、人間を一匹攫ってくるのか。」
「ははは。昔の鬼じゃあるまいし。そんな事しなくても吸血鬼の館に行けばいいのさ。」
萃香が紅魔館に向けて歩き出す。からんからんと下駄の音を響かせると、彼女は振り返ってマッシブーンに忠告した。
「いいかーい?大人しくしてなよー。」
「おーう。とびっきりの血をくれよー。」
同じ調子でマッシブーンは言葉を返した。
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その頃、紅魔館では。
「……行くわよ?」
「うん……。ゆっくり触ってね。」
吸血鬼姉妹、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットが何やら話し合っていた。
「ねぇ、本当にいいの?」
「いいのよお姉様。初めてなんだから、失敗したっていいの。その方が深く記憶に残るんじゃない?」
「うーん……だけど……」
「ほら。爪を立てないで。指の腹でそっと触って……。」
緊張気味にレミリアが呼吸を繰り返している。そんな姉を、フランは宥めるように声をかけていた。白熱しているからか、二人の身体は妙に火照っている。
「じゃあ、行くわよ……」
「うん……」
レミリアがそっと触れると、フランは嬉しそうに笑った。
「とりゃあ!」
ジェンガ*1である。
レミリアが勢い良く細長い積み木を取ると、たちまちにどんがらがっしゃん!とジェンガの塔が崩壊してしまった。
「あああああああああああ!?私のジェンガーーーー!!」
「キャハハハハハハハハハ!!アッハハハハハハハおかしーー!!」
「お前!崩れると分かっていたな!?罰を与えてやろう!姉を嵌めた罰をなぁ!」
「キャーーーーーーーーー!!」
レミリアとフランが、子供の喧嘩のように戯れ合っている。その様子を、広い地下室の入り口近くから見ていた十六夜咲夜が、目元をハンカチで隠した。
(……今ではこんなに仲睦まじく……。私、美しい姉妹愛に感動です……。)
彼女の目からぽろりと垂れた忠誠心を、誰にも見せることなく彼女は拭った。
(本当にマッシブーンには頭が下がらないわ。だけど……)
咲夜には不安に思うことがあった。先日の件から、マッシブーンとレミリアの間には小さな亀裂が走っていた。溝ができた理由は、マッシブーンの中の
(大丈夫なのかしら。妹様の狂気は今……)
銀髪の少女が澄まし顔で不安を抱いていると、妖精メイドが長い階段を頑張って降りてきた。*2
「メイド長!お客様がいらっしゃいました。」
「今手が離せないわ。いや、目が離せないわ。代わりに皆で対応してくれる?」
「それが、レミリア様に用事があると言うのです。何でも血が欲しいとか。」
「……誰が来たのよ。」
「えーっと、確か──」
「──また来たのか。それで、何の用事だったか?
「そう時間はかからない。マッシブーンが血を欲しがっている。取引をしよう。」
呼び出されたレミリア・スカーレットはフンと鼻を鳴らした。一声で咲夜に透明な容器に入った血液を複数用意させると、藍の金貨や銀貨と交換した。
「貴様がわざわざ雑用をするとはな。あの暇そうな鬼に任せれば良かっただろうに。」
「本当は萃香に行かせたかったが、あれには仕事がある。」
「仕事?あのぐうたらが?酒を飲むことか。」
「まさか。とても重要な仕事だ。数週間前から任せている。」
「ふぅん。あの酔っ払いに何かできるとは思えんな。」
馬鹿にするように笑ったレミリアに、藍ははっきりと述べた。
「伊吹萃香にも、一つか二つ得意なことがある。恐らくは私より優れていることだ。普段は使えんが、その時が来ればどんな者にも劣らない。」
「……酒はまぁ分かる。もう一つは?」
黙った藍を前にして、レミリアはしばらく考え込んだ。本当ならばさっさとフランの所へ戻るつもりだったが、気まぐれに推理を始める。
やがて彼女はピコンと思いついた。
「不法侵入か!」*3
「敵を圧倒することだよ。」
藍は少しだけ微笑んだ。レミリアはほどなくして不満気な顔になった。
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その頃、白玉楼では。
「……行きます。」
「えぇ。」
幽々子が返事をすると、魂魄妖夢が剣を構える。静かに精神を研ぎ澄ますと、彼女は自身が斬れぬものなどあんまり無いようにさえ思えた。
踏み込むタイミングは不意であった。ひらりと葉っぱが舞い落ちた瞬間。水がちゃぽんと波紋を立てた瞬間。冷たい風がひゅるりと吹いた瞬間。否。彼女が一種の勘のようなものを働かせた瞬間である。
そして剣は振るわれた。
「………」
剣はぴたりと止まる。修行用の藁人形に、半分だけ刃が食い込んでいた。まるで彼女が半人前であると告げるかのように。
「今日も駄目でした。」
「いいのよ〜妖夢。焦らず焦らず、ね。貴女は私よりずっと上手なんだから。」
真剣な顔をしたまま、妖夢は刀を鞘に収めた。ちゃきっと小気味良い音が鳴ると、へなっと気が抜けた妖夢はふらふらと幽々子の元へ歩いた。
縁側に辿り着くと、彼女は幽々子の膝に頭を乗せて寝転んだ。従者としてあるまじき膝枕である。妖夢は悔しそうに歯を食いしばった。
「幽々子様……私、何十年素振りをしても、師匠に追い付ける気がしません……!」
「先は長いわよ。妖忌だって長年修行をしていたから強かったのよ?おまけに私の世話までね。」
「世話なら私もしてます……!」
「そうねぇ」
のんびりと言う幽々子の視線は、一つの呪われた藁人形へと向いていた。
古くから魂魄家の剣士の修行に用いられる人形は、斬っても斬っても勝手に修復するというイワクツキの代物だった。藁人形はとても頑丈で、並の者では一切刃を通せない。
妖夢はこれを、家宝である白楼剣で斬ることのみを許されていた。理由は分からない。聞こうにも、前任者の魂魄妖忌はもういない。
……否。実際は妖夢の半霊としてすぐ側にいるが、以前の宴会の一件で気付いた西行寺幽々子以外は誰も知らない。
「そうだわ!貴女の半霊に手本を見せてもらうのはどうかしら?」
「えっ!?」
思わず起き上がって大声を出した妖夢。唯一事情を何となく知っている幽々子が、のっぺらぼうの半霊をからかうように提案した。
「きっとね、その半霊はとても剣が上手だと思うの。ねぇいいでしょ。」
「あはは!この子に剣が振るえるものですか!ねぇ?」
そう言った妖夢が半霊を抱きしめようとすると、するりと真っ白な塊は避けた。ここ最近の妖夢の悩みは半霊の思春期だった。食事も風呂も、お手洗いの時や寝る時まで一緒だった半霊が、近頃は妙に離れたがる。彼女は頭を悩ませていた。
妖夢が小さくため息を吐いて言った。
「……仮にこの子が優れた剣士なら、是非指南してもらいたいものですね。剣は私のものを貸しましょう。」
「らしいわよ、半霊さん?貴方だって妖夢に剣を教えたいわよね。」
幽々子が半霊に問いかけると、ふわふわ浮いていたそれはしばらく空中で静止した。
何かを考え込んだ後、真っ白な塊は藁人形の方へと浮きながら進んだ。そして小さな爆発音と共に青白い煙を立たせ、半霊は見えなくなった。
「な、何ですか!?」
焦った妖夢が立ち上がって剣を構えると、煙は段々と晴れ、一人の男が姿を現した。
男は青年の姿をしていた。若いのに、真っ白で短い髪をしていた。筋肉質な裸体には数多の傷を刻んでおり、歴戦の剣士であることを強く表している。
妖夢はパニックになった。まさか、今までずっと共に暮らしていた半霊が、こんなとんでもない破廉恥な姿をしていたとは。その横で幽々子は微笑みながら感心していた。
(……成程、考えたわね。貴方の若かった頃を妖夢は知らないもの。これじゃあ妖忌だと気付かれないわ。)
魂魄妖忌は、まだ自分が半霊になっていることを妖夢に知られたくないらしい。幽々子はシンプルにそう結論づけた。
「刀を貸して貰おう。」
裸の青年が手を伸ばすと、妖夢は恐る恐る白楼剣を預けた。刀はよく手入れされている。妖忌は真顔で、しかし満足気に受け取って言った。
「日々、側で拝見させて貰っていた。悪くはない。されど未熟。更に道を進む為には、更に熟した者の手本が必要になる。私がかつて同じだったように。」
かつての師が白楼剣を構える。
「──よく見ておきなさい」
一言呟いた後、魂魄妖忌は両手に力を込めた。
藁人形は立ったままでいる。音も無く静かに、余りに水平に断ち斬られた為、藁の上半身は下半身に乗っかったままでいた。妖夢ではいくら試せど半分までしか食い込まなかった刃が、とうに超え、気付けば鞘に納められている。
(流石の腕前ね。惚れ惚れしちゃうわ。)
久しぶりに目にした圧巻の剣術に、幽々子はパチパチと拍手をしていた。そうして数秒間続けていたが、妖夢が固まったまま動かないことに気付く。
(……あっ。妖夢は大丈夫かしら。自信を失ってなきゃいいんだけれど……)
幽々子はピンク色の髪を指先で触りながら妖夢の様子を伺った。
魂魄妖夢は、片手で鼻を押さえていた。
覆った手のひらから赤黒い雫がぽたぽたと零れ落ちる。残心を取ったままの妖忌は振り返らない。様々な理由が絡み合い、妖夢は鼻血を出していた。
「あっ……」
半霊少女は一文字を口から出すと、顔を真っ赤にして白玉楼の奥へと走って行ってしまった。
「し、失礼します!」
こうして彼女は立ち去り、鼻から出る血を綺麗に拭き取った後、ぽつんと立っている魂魄妖忌(若い頃のすがた)を興奮しながら褒め称えた。
その間、西行寺幽々子は何かを察していた。
(これは……)
何やら凄い勢いで実の祖父に話しかける孫娘は、ただ優れた剣術についてのみ興奮しているのでは無いらしかった。妖忌は剣を返すタイミングと半霊に戻るタイミングを同時に見失い、妖夢の質問などに淡白に答えている。
若く面の良い全裸の剣士。対するは、男性経験がゼロに等しい純朴な辻斬り少女。
幽々子はふっと微笑んだ。
(恋の予感ね)
その後、かつての師匠と恋する少女がどう接していくのかは、誰も知らない話である。
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その頃、永遠亭では。
「じゃ、行くわよ。」
「あぁ。」
広大な竹林のバトルフィールドで、フェローチェと藤原妹紅は対峙していた。
次回で前編終了です。