筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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【前回のあらすじ】
・紅魔館は平和だった。
・白玉楼は平和だった。
・永遠亭は平和(?)だった。



五十九、 王手 弐

 

 

 事の発端はこうだった。

 

「なぁ。お前って何でマッシブーンを嫌ってるんだ?」

 

 妹紅が適当に尋ねた言葉に、フェローチェは実に嫌そうに顔を歪めた。

 

「……あのヘドバン犯罪者のことを思い出させないでくれる?」

「ほらそれ。何でだよ。」

 

 妹紅はもう一度理由を聞いた。彼女自体、父親の人生を滅茶苦茶にされてしまった恨みから蓬莱山輝夜に執着している。しかし、マッシブーンが何か恨みを買うようにはとても思えなかった。

 

 フェローチェは三本指を立てた。

 

「3Kよ。」

「?」

「キモい・キモい・キモい。別に汚くは無いし臭くは無いわ。近付いたらフルーツっぽい香りさえする。そこも含めてキモいのよアイツ。」

「それだけかよ。見た目は……まぁ戦闘に特化してるよな。」

 

 妹紅が言葉を濁すと、輝夜がぴょこっと会話に参加してきた。

 

「虫みたいよね。あれが無表情で勢い良くぶん殴りに来たら、私怖すぎて動けないと思うわ。」

「そうでしょ輝夜!分かってくれる?あんなのが私の美しすぎるウルトラデザートに来たら住民総出でぶっ殺そうとするのも当然でしょ!?」

「良いわねそれ、私も真似しましょ!今度から妹紅が来たらウサギたち全員で踏み殺すよう命令するの。これぞ、ワニと比率が逆になった『因幡の白兎』ね。」

「ウサギ共が消し炭になっていいならやれば良いさ。」

「いやーんもこたんこわい!」

 

 ニヤニヤと笑った輝夜の顔に、イラついた妹紅が思いっきり拳をぶち込んだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 笑いながら吹っ飛んだ彼女を横目にフェローチェが憤怒する。

 

「ちょっと!百歩譲っても輝夜の顔を殴るのは許さないわよ!」

「いいじゃん。私らは減らないんだよ。」

 

 妹紅がそう言った瞬間、彼女は既に顔を強く蹴られていた。

 

「がっ!」

 

 片足が浮いたままフェローチェは大声を出した。

 

「輝夜とアンタを一緒にしないでくれる!?」

 

 血濡れた顔面を手で抑えながら、藤原妹紅にはフェローチェの怒りが別の形として伝染していた。

 

 彼女の異常なまでの『美』への執着。故に命を狙われたマッシブーン。それからズキズキと痛む顔。怒りがふつふつと湧き出す。

 

 妹紅は立ち上がって、フェローチェに聞こえるぐらいの声で話した。

 

「そんならさぁ!今日はお前が戦えよフェローチェ!」

「はぁー?」

「輝夜を傷付けられたく無いんだろ!じゃあ代わりにやろうぜ!ちょうどお前と戦いたかったんだよなぁ!」

「……いいわよ。ちょうど私もストレス発散したかったから。」

 

 こうして一人と一匹は戦うことになった。

 

 

 

 

 広大な竹林のバトルフィールドで、フェローチェと妹紅は対峙していた。

 

「ルールは簡単だ。戦えなくなったら負け。とは言え私は再生するから、死にかけになったら自分で言う。」

「まどろっこしいわよ。輝夜に審判してもらったらいいじゃない。」

「アイツはお前に贔屓しそうだしなぁ」

「輝夜はそんな美しくないことはしないわ。」

 

 フェローチェが輝夜の方を見ると、同時に彼女は顔を逸らした。

 

「輝夜?しないわよね!」

「分かってるわよ。」

 

 じっと妹紅が疑いの目を向けると、輝夜がへっと馬鹿にするように笑った。綺麗な舌打ちの音が鳴り響き、フェローチェが戦いの始まりを宣言する。

 

「じゃ、行くわよ。」

「あぁ。」

 

 互いに淡白な言葉を交わし合った。

 

 交わされた瞬間のことだった。

 

 フェローチェが、十メートル程離れた距離から足を踏み込み、瞬時に藤原妹紅の目の前に接近していた。

 

 (速──)

 

 咄嗟に妹紅が腕でガードしようとし、それよりも速くフェローチェが左足を上げ、凄まじい速度による勢いを保ったまま妹紅の顔面を蹴っ飛ばした。

 

「ぐぁ」

 

 妹紅が奇妙な声を出して背後に吹っ飛んだ。フェローチェは首から上を消し飛ばすつもりで蹴ったが、かろうじて首の骨が綺麗に折れる程度に済んでいる。

 

 (王手。)

 

 竹藪に少女が突っ込んで地響きのような音が鳴ると、更にフェローチェは妹紅を目掛けて走り、そのスピードのまま彼女を右足で貫いた。

 

 グロテスクな音が鳴り続ける。フェローチェは何も気にせずに妹紅を蹴り続け、死体は訳の分からない状態になった。

 

 勝負は呆気なく終わった

 

 ──かに見えた。

 

 妹紅を中心に大きな火柱が発生すると、気付けばフェローチェは空に打ち上げられていた。

 

「あつッ!」

 

 真っ白な身を焦がそうとする炎にフェローチェが嫌そうな顔をすると、彼女は何者かに思いっきり蹴られ、元のバトルフィールドにずどぉぉぉんと突っ込んだ。

 

 藤原妹紅は不死身である。そして、その再生の力と炎の能力は、混ざり合って特異なものへと変貌を遂げた。

 

 火柱を立てると共に完全復活する『リザレクション』。異常な速度での再生を果たした妹紅は、楽しそうに両目と口を大きく開きながら、大きな火の玉をフェローチェに向けて放った。

 

「危なっ」

 

 真っ白な異世界の怪物がすぐさま避けると、火球は爆発して辺り一帯を燃やした。ごぉぉぉと燃える炎がどんどん大きくなる。しばらく襲って来ない妹紅を警戒しながら、フェローチェは炎の先を見つめていた。

 

 彼女の予想は正しかった。不死を活かした正面突破。突然、藤原妹紅は燃え盛る炎を突っ切ってフェローチェに殴りかかった。

 

 妹紅の全力のパンチに対し、素早く全力のキックを放つフェローチェ。

 

 太陽と月は拮抗し、互いに動きを止めた。

 

「やるじゃん!」

「アンタがね!」

 

 一人と一匹が拳と足をぶつけたまま張り合っていると、フィールドを覆い尽くそうとする炎はますます燃え盛り、いつの間にか竹林が全焼する危機に陥っていた。

 

 その時。

 

 蓬莱山輝夜が、『永遠と須臾を操る程度の能力』を使用する。一瞬にして辺りは白い煙に包まれ、炎は消え去った。

 

 そして、妹紅とフェローチェの側にはスペシャルゲストが立っていた。

 

「妹紅?」

 

 優しい声色で呼びかけられた藤原妹紅は、声の主の方を向いて戦慄する。

 

「竹林を燃やすなって言ったわよね。」

 

 にこにこ笑顔の八意永林が腕を振るうと、戦いはゲームオーバーとなってしまった。

 

 

 

 

「おいおい、先生にチクるんじゃねーよ輝夜。」

「妹紅が火遊びなんかするから悪いのよ。随分本気になってたみたいね。フェローチェちゃんのこと殺す気だったんじゃない?」

「ちゃんは止めなさい輝夜。」

「しこたま蹴られたんでな。なぁ?」

「いくら本気になってもアンタじゃ殺せなかったけどね。」

「あー?」

 

 後始末は忘れずに。二人と一匹は、焦げてしまったり枯れたりした草をだらだらと引っこ抜く作業の最中だった。

 

 フェローチェが憎まれ口を叩きながら、黒焦げになった草を両手に掴んで言った。

 

「ま、思ってたよりは強かったわ。」

 

 妹紅が意外そうに彼女の方を見る。彼女は目を合わせずに言った。

 

「私に蹴りを入れられるとは大したものね。ま、勝負は私の勝ちだけど。」

「……蹴り入れただけで褒められるとはな。じゃあ口をぶっ刺したマッシブーンが優勝だ。」

「黙らっしゃい!アイツはいつか私がぶっ殺してやるんだから!」

 

 ハハハと笑う妹紅を睨みながら、フェローチェは両手に力を込めて黒い物質を粉々にした。

 

「ただでさえアイツに勝てないってのに……能力さえも消えるだなんて、一体私が何をしたって言うのよ……?」

「おい、なんかブツブツ言ってるぞ、輝夜。」

「フェローチェちゃんは不安定なのよ、妹紅。」

「ちゃんは止めなさいって!」

 

 真っ白な異世界の女王はその美しさに似合わない怒鳴り声を上げた。

 

 フェローチェは考えた。自身の『ダイヤモンドに近付く程度の能力』が消えた理由について。あれは確か、マッシブーンと戦った後に消えていた。彼の口にダイヤモンドを砕かれるまでは、能力は手中にあったのだ。

 

 一度壊されると、再びダイヤモンドになれるまでに時間がかかる。最初はそう思っていたが、数日経っても能力は戻らない。

 

 フェローチェは必死に考えた。ダイヤモンドへの変身能力を会得したのは偶然ではない。きっとマッシブーンにも能力があって、何か彼の特徴などと関連のある力だと考える。

 

 そして、彼女は『血』に辿り着いた。

 

 (……血。)

 

 マッシブーンは蚊をモチーフに作られたポケモン。ならば、血を吸うことに関連のある能力に違いない。

 

 (血を吸うことによって何かが起きる?)

 

 フェローチェは考えた。もし、自分の能力が消えた瞬間が、体に口を刺された時ではなく、血を吸われた時だとしたら──。

 

「………」

 

 最早、彼女の頭は一つの事にしか働いていなかった。彼女の視線は一つの憎き存在にのみ注がれていた。フェローチェは立ち上がり、ぼそりと呟く。

 

「奪ったの?」

 

 彼女が見る方角にあったのは、博麗神社だった。赤い鳥居が彼女のゴールであり、赤い怪物が彼女の抹殺すべき敵であった。

 

「私のダイヤモンドを、奪ったっての?」

 

 フェローチェは激怒した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 その頃、博麗神社では。

 

「ふぅ……」

 

 真っ赤で奇妙な生命体は、神社に似つかない姿でため息を吐いていた。

 

「人っ子一人来ない。随分大きな声で閑古鳥が鳴いているな」

 

 言いつつ、彼は退屈を紛らわすようにホウキで境内を掃除していた。マッシブーンが巫女の仕事をやるようになってからというもの、参拝客が一人も来ていない。元々危険な道のりを歩かなくてはならないこの神社は滅多に人が来なかったが、凶悪な鬼やマッシブーンが住み着いているという事実が拍車をかけていた。

 

「……暇だ。」

 

 独り言を呟きながら彼はホウキを埃っぽい倉庫に直した。腕をぐぐぐと曇り空に向かって伸ばすと、彼は一仕事終えたという達成感を抱いた。

 

 マッシブーンは縁側から神社の中に入っていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 襖を開けると木の擦れる音が鳴った。

 

 博麗霊夢は目を覚まさない。

 

 彼女はもう数日前からずっと寝たきりだった。マッシブーンが見下ろしている少女は、決して苦しんでいる様子は無く、むしろ心地良さそうにしている。

 

 霧雨魔理沙の魔法は、彼女を眠らせ、彼女を完璧な状態に保った。身体は清潔なまま、怪我や病気も常に治し、健やかな呼吸を繰り返させる。

 

 故に博麗霊夢は眠り続ける。死にはしないが生きているとも言えない状態で。

 

「………」

 

 マッシブーンは一呼吸を終えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ………

 

 冬の寒々しい夜の日。

 

「あーあ……」

「何よ……一人くらいお賽銭くれたっていいじゃない……」

「はー辛いわー。むしゃくしゃするわー。誰かに八つ当たりしたいわー……」

「ん?」

 

 空にウルトラホールができた日。

 

「突っかかって抜け出せねぇ。」

「おーい。ちょっと引っ張ってくんない?身体がつっかえちゃってさぁ。」

「あのー……俺の言葉伝わってる?」

「ぐ"お"お"お"お"お"お"お"!?」

 

 博麗霊夢が庇われた日。

 

「あんた……何で庇ったのよ。」

「何も……お前らに限ったことじゃないってわけだ。」

「心有る者の特権だろ?」

「……馬鹿ね、あんた。」

 

 明くる日、旅立ちの日。

 

「いいのか?」

「いいの。……私はあんたを退治しないと約束する。あんたも……ちょっとは自分を大事にしなさい。不快なのよ、だから約束。」

「さっさと行きなさい!」

「おう!約束は必ず守るぜ!」

 

 それから少し時間が経った。

 

「……ちょっとマッシブーン!!緊急事態よ!!さ、賽銭箱にお金がめちゃくちゃ入ってるわよ!!」

「うーん……そりゃ凄いな、うん。ねむい。」

 

 紅魔館で貰った退職金を、マッシブーンは全て賽銭箱に入れた。

 

「馬鹿っ!馬鹿っ!馬鹿ーっ!!」

「ぐおえ」

 

 人里に行かないという約束を破って、博麗霊夢に死ぬほどビンタされた。

 

「巫女の修行とか、サボってばかりだったからでしょうね。神様が天罰でも寄越しやがったのよ。」

「ふーん……だからって飛べなくするとはな。頭の固そうな野郎だ。」

 

 葬式に向かう時、能力が消えた本当の理由を博麗霊夢は隠した。

 

「信じてくれる?」

 

 魔法の森の夜、博麗霊夢は全ての記憶をマッシブーンに見せた。

 

 それから、誰かの真似っ子をするように。

 

 少女は友達を庇い、意識不明となった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ………

 

 マッシブーンは眠っている博麗の巫女を見下ろしていた。

 

 そうして何分経っただろうか。記憶を失ったらしい彼が何を思うのか、誰のことを思っているのか、誰にも想像がつかなかった。

 

 天候は怪しくなってきた。

 

 人里では、これは雨が降るぞと道行く者たちが歩く足を早めている。紅魔館でも、永遠亭でも、魔法の森でも、誰かが同じ空を見上げていた。

 

 何か、不穏な感じのする曇り空だった。

 

 まるでこれから大きな出来事が始まるかのようだった。

 

 すぅ……。すぅ……。

 

 博麗霊夢は静かに眠っている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

 マッシブーンは眠る少女の顔に拳を振りかぶり、

 

 博麗霊夢を殴り殺そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 喪失異変 ─前編 完

 

 





(王手)
最終的な勝利を得るまであと一歩の段階。相手の死命を制するような決定的な手段。
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