【前回のあらすじ】
・殺害未遂
・藍の炎が効かないマッシブーン
・萃香とのリベンジマッチが始まる
カラン。
階段を一段下る音が響くと、マッシブーンはすぐに後ろへと下がった。
「そう怖がるなよ」
大きなツノを頭に生やした少女が、笑いながら言った。
(しくじった)
彼は先程言葉にしたのと同じように、心の中で呟いた。
(まさか、三大妖怪の二角……酒呑童子と白面金毛九尾の狐があの巫女を守っていたとは。しかも、目の前に立ちはだかるのは……)
マッシブーンは鬼の少女を見上げている。
少女──伊吹萃香はニコニコと笑いながら、自分の背丈ぐらいの大きな瓢箪を片手で背負い、カランカランと階段を降りていた。
かつて酒呑童子の名を馳せた、伝説の鬼。伊吹萃香はマッシブーンに少しずつ近付いている。
(鬼門だ。)
徐々に迫り来る、避けようのない鬼門。マッシブーンは拳を握って身構えた。
「──霧になってさ、お前のことをずっと見てたんだ。紅魔館の時も、人間になってた時も、永遠亭に出かけてた時も。」
カランカラン、と伊吹萃香は長い階段を降りながら言葉を発した。
「初めは興味本位だったさ。それが藍に頼まれて、近頃は監視になった。お前が何か変なことをしないかってずっと見てたんだ。心当たりあるだろ?」
そう言われて、マッシブーンは神社周辺の森の中での出来事を思い出した。あの時、彼は見つけた人間の血を吸おうとした。しかし何処からともなく現れた萃香が止めていた。
「私が見込んだ通り、あんたはいい奴だったよ。紫が惚れるのもまぁ納得いった。だからさ……」
カラン。
伊吹萃香がもう一つ階段を降りた瞬間、彼女は視界から消え失せた。
(何っ……?)
あの日、森で突然現れた時から引っかかっていた疑問。それは伊吹萃香の能力について。
(奴は霧になれる。霧になれるだけだ。完璧に姿を眩ませる能力では無い筈だ……)
彼は不思議に思わずにはいられなかった。
マッシブーンは思考する。
その思考が、彼の足を引っ張った。
「お前誰だよ?」
背後から声が聞こえる。
マッシブーンは背筋をぞくっとさせながら、振り向くと同時に攻撃した。小さな鬼を殴ろうとした拳は空振りし、次には彼の針状の長い口が思いっきり蹴り上げられていた。
(……!)
体重334Kgの真っ赤な身体が宙に浮く。たった一つの蹴りで上空に打ち上げられたマッシブーンを、空に現れた萃香が地面に殴り飛ばした。
地面に叩きつけられ、ドガァッと石畳がひび割れる。息をする暇も無く、次には巨大な両手が彼を押さえつけた。
「本物はどこだい?殺さないでやるから言いな。」
大きくなった伊吹萃香が、みしみしとマッシブーンを親指で押し潰しながら地響きのような声を出した。
「言わないと殺すぞおおおおお」
萃香は両手に力を込めながら、ニヤニヤと笑いながら息を吐いた。
ぐぐぐ、とマッシブーンが起き上がる。鬼の力で押さえ付ける巨大な親指をものともせずに、彼は脚立のような四本脚で立とうとした。
「相変わらず酒臭い。」
「誰だよお前は?」
もうすぐ立ち上がれるという所で、マッシブーンがいきなり本気を出した。巨大化した萃香の指に素早く長い口を突き刺そうとする。
が、巨大な伊吹萃香は丸ごと霧になって消えた。石畳に小さな穴が空いて砕ける音がした。
(大きくなると弱くなるのは変わっていない。そして完璧な姿の消失……。)
マッシブーンは推測する。辺りをもやもやと漂っている霧。今は消えてはいないが、先程完全に消えていたのは確かなこと。
(あれはやはり霧の能力だ。極限まで露散することにより、姿も妖力も完全に消せると見た。酒呑童子……衰えるどころかあの頃より進化している。)
マッシブーンが棒立ちになって考えていると、萃香が堂々と姿を現して言った。
「で、本物はどこさ?言わないと本気出しちゃうよ。」
「とっくに死んでいると言ったら?」
「殺すしか無いね!弔いにお前をさぁ。」
そう言いながら、萃香は瓢箪から酒をラッパ飲みした。彼女はごくごくと軽快に喉を鳴らす。
「そういうのじゃないだろう。」
マッシブーンは言った。軽薄そうに見える彼女に、彼女がどこまでも軽薄であることを告げた。
「酒呑童子……お前はただ、この俺と全力で戦ってみたいってだけだ。お前のことだ、そうだろう。」
マッシブーンが話し終わると同時に、萃香は瓢箪の口をきゅっと封じた。ふぅ、とため息を吐きながら瓢箪を地面に置く。それから彼女はにこりと笑いかけた。
「さぁて」
伊吹萃香は霧になって消えた。
「どうだと思う?」
彼女が横で囁いた瞬間、マッシブーンの拳は彼女の顔面を貫いた。否、当たったと思いきやそれは霧となり、空を切った。
「はっはぁ!!」
再び元に戻った萃香が、目を大きく開けながら猛攻撃を仕掛ける。応じて、マッシブーンが同じくらいの速さで彼女の拳骨を殴った。
二人はトップレベルの強さを有している。
しかし、僅かに。
「おらぁっ!!」
マッシブーンの方が劣っている。とうとう隙を突かれて腹に衝撃を加えられた彼は、博麗神社の階段の下へと吹っ飛んだ。
「ぐぁっ……」
腹筋と背筋への衝撃にマッシブーンが動けなくなっていると、まるで鬼が金棒を扱うように、萃香は拾った瓢箪を振りかぶった。
かろうじて受け止めたマッシブーンとの力比べが始まる。ぐぐぐと彼が押し返せば、伊吹萃香は瓢箪を蹴りながらより力を込めた。
「知ったかぶるなよ雑魚!お前は何も分かっちゃいない!私は本気で弔ってやりたいし、本気でお前を殺したいと思ってるのさ!そして霊夢を守る!綾子と約束したことだしなぁ!」
不意に萃香は霧となった。競り合う敵がいなくなったマッシブーンが、前のめりに倒れる。
「ほら、精々足掻けよ?」
隙だらけになった背中を、現れた萃香が思いっきり蹴った。
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(小鬼が……!)
蹴られたマッシブーンが四本脚を地面に擦らせる。振り返ると、伊吹萃香はまたもや瓢箪で攻撃を仕掛けていた。
(スペルカードだなんて玩具を使い出した時、お前はすっかり耄碌したと思い込んでいた。それがどうだ、全くお前は変わっていない!)
ぶおんと横に振られた瓢箪を、マッシブーンは飛んで避けた。そのまま右手で拳骨を作り、伊吹萃香の頭に目掛けて振り下ろした。
どがぁっ、と地面に亀裂が走る。萃香を殴りつける瞬間、彼女は霧になって消えてしまった。
(神出鬼没の攻撃、絶対無敵の防御……技というよりは卑劣、敵を圧倒することに酷く長けている!)
遠くに再び現れた伊吹萃香は、瓢箪の口を俊敏な動作で開け、浴びるように酒を飲む。とても殺し合いの真っ只中には見えなかった。
そこにマッシブーンが迫る。心底敵を舐めたような態度の萃香に、手を伸ばして飛びかかった。
すると彼女は、酒を飲んだまま瓢箪ごと霧になって消えた。
(だろうな)
何も無い空間に飛び込んだマッシブーンは、彼女の霧を浴びながらタイミングを見計らい、背後を屈強な赤い腕で薙ぎ払った。
が、萃香は出てこない。依然マッシブーンは警戒しながら周りを観察した。
マッシブーンの黒くつぶらな両目は、通常の人間より遥かに視野が広い。彼の死角といえば真後ろだけであり、正面は勿論、右も左も常に見えている。
そんな彼の目が捉えたのは、自身に向かって大量の木々が左右から飛んでくる景色だった。
(奴の能力か……!)
マッシブーンは理解した。これは伊吹萃香の攻撃である。
彼女の能力──『密と疎を操る程度の能力』
は、万物の密度を操ることができる力。物体をマッシブーンに向けて密集させることなど造作もない。
一斉に襲ってきた大量の自然。マッシブーンが上空へ逃げようとすると、四本脚が言うことを聞かなかった。
(小賢しい!)
これもまた伊吹萃香の能力によるもの。マッシブーンは物理的にその場に萃められた。
どがががががと真っ赤な肉体が木の葉に埋もれる。枝や葉が彼に傷をつけることは有り得ないが、少量のダメージに加えて身動きが取れなくなる。何とか抜け出そうとした矢先、大きな影が彼を覆った。
どかあああああああああん!
大岩に、マッシブーンは潰された。伊吹萃香が萃めて落としたものである。轟音が鳴り響いた。
神聖な参道はごつごつした岩に塞がれ、参拝に来る人々を歓迎するように並んで生えていた木々は根っこごと抜かれ、しばらくは近付けないほど台無しになっている。
やがて、大岩が徐に動き出した。
「くっ……」
下から脱出したマッシブーンが、疲弊しているように片手を地面についた。
そこに、悪鬼羅刹の頂点が現れる。
「そろそろ死ぬか?」
伊吹萃香は瓢箪を置き、マッシブーンの正面に堂々と立っていた。片手で体を支えていたマッシブーンは、ぐぐぐと重い動きで立ち上がる。
二匹は向かい合った。
先に、動いたのはどちらか。
マッシブーンだった。
自身が放てる最高のスピードと威力で、彼は目の前の小さな少女を殴り殺そうとした。
だが少女は霧となる。
霧は、恐るべき物怪に、かつて悪名を轟かせた酒呑童子に、鬼の怪力と狡猾な能力を兼ね備えた最悪の敵に化ける。そして囁く。
曰く、お前が下であると。
「おらぁっ!!」
伊吹萃香が狂気の笑みを浮かべながら叫び、その拳はマッシブーンの腹に致命傷を与えた。
マッシブーンは吹っ飛んだ。ずががががががががががが、と細い木を巻き込んで森の中を転がり続けた。
そして細長い口からは、真っ赤な血をぴゅうっと吐き出した。
(こりゃ勝てない)
マッシブーンは心の中で呟きながら、やっと止まった身体を立ち上がらせた。
(しっかし恐ろしいね)
森の奥のマッシブーンを見つめながら、萃香は勝手に感心していた。
(お前には妖力が一切無い。純粋な身体能力だと完全に負けてる。勇儀を思い出しちゃうよ。)
敗北したような感想を思い浮かべる萃香。だが腹の奥では自身の勝利を確信している。
ほとんどの妖怪は妖力で身体能力を強化している。当たり前のことだ。わざわざ妖力を使わないだなんて真似は、生きるか死ぬかの殺し合いでは誰もしない。剣士が剣を研がないのに等しい。なまくら刀では皮膚さえ切れない。
伊吹萃香は妖力のほとんどを肉体強化に使用している。その状態の彼女は、確実にマッシブーンの上を行っていた。
(勝てないって分かっただろう?でもね、お前は絶対に私から逃げられない。)
心の中で独りごつ萃香。
(私が
かつての酒呑童子は笑みを浮かべた。身体中に妖力を巡らせ、気力は敵を倒すことに満ちている。
久しぶりの殴り合いが、こんなにも愛おしい。自分でも気付かない程、彼女は戦いに飢えていた。
少女はまだ一つの傷も負っていない。油断するなというのは可笑しな話だ。伊吹萃香は勝利を確信している。
だが、突然彼女に小さな動揺が走った。
気付けば敵はいない。
この奇怪な事実に、彼女はやっと笑うことをやめた。伊吹萃香は依然として能力を使用し、マッシブーンを萃めている。
「あ?」
つまり、逃げられない状態で、マッシブーンは逃げたのだった。
次回は11月以降に再開します。いつかまた読んでください!