【前回のあらすじ】
・マッシブーンが萃香を倒した
・博麗霊夢が目を覚ました
・再来する霊夢とマッシブーンの殺し合い
追記 後半の宝石を魔理沙に変更しました。
(本当に人間か……?)
黒くつぶらな両目は博麗霊夢を見続けていた。霊力は無尽蔵を思わせる程に多く、気取らせた者の背筋を凍らせる。
(博麗霊夢……恐らく、歴代最強の巫女だ。)
マッシブーンの姿をした者は理解した。これまでに一度だけ博麗の巫女を乗っ取ったことがあったが、それとは比べ物にならない霊力量。というのも、今の彼女には霧雨魔理沙の加護があり、それが一時的に霊力を倍近くにしていた。
人間の限界を遥かに超えた存在。故に思うことがあった。
(もし、以前不意を突いた時に殺害が出来たのなら、このような面倒にはならなかっただろう。あの日、獣になって博麗霊夢に喰らいつき、そしてこのマッシブーンとやらに妨害されたのだ。)
数週間前の失敗を思い出しながら、マッシブーンの姿をした者は拳を握り締めた。
(だが、代わりに素晴らしいものが見れた。途中で途切れていたが、記憶も見た。あのように自然に溢れた景色があるのか。見たことのないものに満ちた世界があるのか。そう思ったものよ……。)
両拳が震えるほど握り締めた化け物は、右目に博麗霊夢を、左目に外の世界を映した。
(これだから、俺は外を強く渇望するのよッ!)
マッシブーンが可能な限りの全力で、博麗霊夢に飛びかかった。巨大な重たい身体からはとても想像のつかない速度で、固く握ったパンチを叩き込もうとする。
それを、勘を働かせた霊夢が容易く上空に避けた。風圧が博麗神社の正面を吹き飛ばす。避けながら、一回転して彼女はお祓い棒の先端の紙垂をマッシブーンに叩きつけた。
咄嗟に両腕でガードしたマッシブーンだったが、爆発的な霊力が衝撃となって彼を襲い、四本脚を浮かせて後方に吹っ飛ばされた。
森に突っ込み、どかんと大きな音を出して木にぶつかる。勢いは弱まったものの、受け止めた木は折れた。さらに後退りしながらやっと止まる。
「俺を祓うつもりか?」
独り言を呟いた瞬間、マッシブーンを襲ったのは霊力によって作られた何十本もの針だった。彼は全て両拳で弾き、前方で距離を取っている霊夢に急接近した。
刹那、博麗霊夢は至極冷静に結界を張った。薄橙色の壁にどががががとマッシブーンが連打する。
ぱりん!
結界を破壊したマッシブーン。だが、がら空きの腹筋に、霊夢がお札を六枚同時に霊力で貼り付けた。
(……!)
貼られたお札が一斉に光り出す。途端に、彼は全身を鎖で縛られたように動けなくなった。
「好機をあげるわ」
まるで死んでいるかのような顔をし、黒い両目で真っ赤な怪物を見つめながら、博麗霊夢は言った。
「今すぐその身体から出て行けば、あんたを殺しはしない。少しでも抵抗をするのなら、あんたは愚か者だわ。いつだって私はあんたを殺せる。」
彼女はお祓い棒の先端を突きつける。少し力を入れれば、マッシブーンの屈強な肉体さえも貫いてしまうだろう。それだけの強さが、今の博麗霊夢にはあった。
しかし。
ビリッ、とお札の一枚が勝手に破れ始める。
「随分親しんでいたようだな?」
マッシブーンが力を込めると、耐えきれなくなったお札が一枚、完全に破れて燃え尽きた。
「今、お前は確実に俺を殺すことができる。しかし、出来ない……。甘さを捨てられない。もしも出来なければ……」
次々に彼を止めているお札は破れていく。二枚目、三枚目、四枚目と燃えてなくなる。霊夢はお祓い棒を壊れるほど握り締め、だが少し震えた左手は、突き出したまま前に動かせない。
「嬲り殺されるのみよ!博麗霊夢!」
ぼぉっ。とうとう最後のお札が燃え尽きた瞬間、霊夢は即座に後方へ下がりながら陰陽玉を放とうとした。
(……!)
しかし、撃てない。現在の陰陽玉の所持権は博麗綾子にある。隙を逃さんとマッシブーンはすぐさま腕を伸ばし、首を摘まんで地面に叩きつけた。
「ゔっ」
霊夢は声を上げ、化け物を睨む。首元を押さえつけながらマッシブーンの姿をした者は叫んだ。
「そうだな……この生温い場所では腑抜けるのも当然か。外の世界へ行こうじゃないか、博麗霊夢。大結界を少し弄ってくれれば、俺はお前を生かしてやってもいい。」
「……あんたも、同じじゃない……」
「少し同じかもな。だが八雲紫が来る前にお前をどうにかしなければならない。俺が甘いかどうか確かめてみるか。」
そう言って真っ赤な怪物は、何の加減も無しに力を込めた。
「ぐっ……!」
いかに魔法の加護がある博麗霊夢であっても、マッシブーンの怪力には身動きができない。
「さらばだ、博麗の末裔。」
無機質に言葉を放ったのちに、怪物は拳を振りかぶった。
しかし、拳が博麗霊夢を貫く寸前、奇妙なことが起きる。
「私のダイヤモンド!」
階段をジャンプですっ飛ばし、怒り狂うままに全速力でやってきた白いポケモン、フェローチェが叫びながら着地した。
「返しなさいよッ!!」
そして次の瞬間には、音速を超えたスピードでマッシブーンの振り上げた腕を蹴り飛ばす。肩ごと千切れそうなダメージを喰らい、マッシブーンは吹っ飛んだ。
四本足でずざざっと着地したマッシブーンは、見知らぬ誰かに邪魔をされた怒りで叫んだ。
「誰だお前はァ!!」
「忘れたフリしてんじゃないわよ!!」
同じくフェローチェが叫んだのを機に、マッシブーンがその巨体から想像し難いスピードで突っ込む。が、更に倍以上速いフェローチェが先手を打って技を使用した。
格闘タイプ最強格の技、『とびひざげり』である。
「オラァ!!」
もろに喰らったマッシブーンが、血を吐いて凄まじい勢いで後方にぶっ飛ぶ。優雅に眺めながら、フェローチェはスラッと立って息を吐いた。
「フゥ〜〜……復讐完了。」
「……助かった……わ」
「あら、マッシブーンの飼い主じゃない。何であの飼い犬に噛まれてたのよ?脳筋にはもっと教育した方がいいわ。代わりに私が躾けてあげる。」
「……逃げて。アイツは……」
「あんたこそ逃げてなさいよ。まるで殺されそうだったわ。」
話も聞かずに、フェローチェはマッシブーンの方へと走り去った。瞬く間に遠ざかる背中を見ながら、博麗霊夢は目を伏せる。
(………)
曇り空の下、肌寒さに震える手で彼女はお祓い棒を落とした。カランカランと音が鳴る。
彼女は──
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私は──
ずっと後悔している。
初めて出会った日、彼を殺そうとしたこと。そして庇われたことを。
「あんた……」
私には理解できなかった。あの夜、私はマッシブーンを殺そうとして、そして別の妖怪に襲われた。『宙に浮く程度の能力』で浮いたから無傷でいられたけれど、あろうことか彼は私の代わりに妖怪の攻撃を受けた。
自分を殺そうとしていた相手を助けた?冗談じゃない。それで逆に殺されたらどうするのだと思った。
だから、目の前で致命傷を負って倒れている彼に、やり切れない気持ちで私は聞いたのだ。
「何で庇ったのよ。」
彼は答えた。
「何も……お前らに限ったことじゃないってわけだ。」
細い口から真っ赤な血液を流しながら、彼は答えた。
「心ある者の特権だろ?」
「……馬鹿ね、あんた。」
寒さの中、噴き出る汗を拭いもせずに、私はマッシブーンに言った。でも彼はもう返事をしなかった。
「………」
私は、焦りと、怒りと、やるせなさで沢山だった。彼は馬鹿だったのだ。殺そうとした私をただの親切心で庇い、そのせいで自分が命を終えることに何の悔いも無い様子だった。残された私は、こんなにも悔いに満ちているというのに。
勘は冴えていた。曰く、彼を生かすには自分の血を飲ませる必要があると。
「……勝手に満足して……」
私は静かに息を呑み、二の腕をゆっくりと彼の針状の口先に近付ける。そして、呼吸を何度かした後に、自ら腕を押し付けた。
「死のうとしてんじゃ無いわよっ!」
注射だなんて比ではない、とても大きな針が私の腕に突き刺さる。
痛い。とても痛かった。血がどくどくと流れ出し、私は苦悶の表情を浮かべて叫んだ。
「……吸って!」
返事は無い。意識を失くした彼は血を吸わない。
「お願い!早く!私の血を吸って!」
真っ赤な血は針を伝い、彼の顔に溢れ落ちる。必死になって私は叫んだ。
「吸えっ!吸えっ!」
息を吸って、真夜中の静寂を厭わずに、私は大きな声で叫んだ。
「吸えっ!!」
すると、ようやく彼は私の血を飲み始めた。ごくごく。ごくごく。
「……ゔっ……」
急速に死へと近付いている気がして、数十秒と経たずに私は腕から針を引っこ抜いた。どぼどぼと血が出たので、焦ってすぐに片手で押さえた。ズキズキと痛む。
「萃香に、運んでもらわなきゃ……」
頭がふらふらとする中、私は神社に向かって飛ぼうとした。
(……?)
しかし、私は飛べなくなっていた。
それから数日後。大きな傷跡を白い布で覆い、私はマッシブーンの旅立ちを見送った。と言っても、天狗と話をつけた後はまた会えるけれど。
彼の胸と魂には、霊力の溜まり場を作ってある。遠い場所からでも私の霊力で彼に干渉することができるのだ。例えば、胸から狼煙を上げさせる。これで帰ってもいいと合図をするつもりだ。
包帯の巻いてある自分の腕を静かに押さえながら、私は萃香の横で独り言を呟いた。
「それにしても、案外辛いものね……空を飛べないってのは。」
「一体どうしたってのさ。お得意の勘は?」
「……マッシブーン。あいつに血を吸わせてから飛べなくなったのよ。」
「へぇ。どうするんだい。」
「どうもしない。萃香、あんたマッシブーンに言うんじゃないわよ。」
「はいはい。人間は隠し事が好きなんだろ」
伊吹萃香は呆れながら、霧になって紅魔館の方角へとふわふわ消えた。恐らく彼を眺めて暇を潰すのだろう。勘だけれど。
そう、私の勘は滅多に外れない。私の能力は彼に奪われた。それは勘。返してもらう方法を理解した。それも勘。だが、方法が方法なだけに返してもらうつもりは無い。もしかしたら一生返されないかも、と思う。
能力の喪失。この事はマッシブーンには絶対に言わない。消えたタイミングなどを根掘り葉掘り聞かれ、自分が能力を奪った可能性を見出せば多分気にするからだ。そうなっては面倒。だから言わない。
それから長い時間が過ぎて、私を殺そうとしてきたもう一人の魔理沙を庇うことになった。まるで彼の真似事だ。
勘違いしてほしくないのは、あくまで私は魔理沙の本気を受け止めるという約束を守りたいだけ。約束は守らなきゃいけないから嫌いだ。
気付くと私は真っ暗な場所にいた。
「よう!お目覚めだな?」
突然聞き覚えのある声で語りかけてきたのは、紛れもない霧雨魔理沙だった。
「本来ならお前は私の魔法で数百年眠ってたんだぜ。けれど、何とかして私たちが時間を短縮させた。んで、お前は数日で起きれるようになったって訳だ。」
口元に笑みを浮かべながら明快に話す私の友人。そして、次にはにわかに信じ難いことを話した。
「今から真面目なことを言う。今、マッシブーンは魂を乗っ取られて、そんでお前を殺そうとしてる。」
「はぁ……?」
「この件は私や悪魔が絡んでるわけじゃない。その上、お前の霊力は一時的に増幅されてるし、オマケに魔法で守られてる。後はお前の心次第ってことだ。」
「どういうことよ。」
間を置いて魔理沙は問いかけた。
「霊夢。マッシブーンを殺せるか?」
「嫌だわ」
「そりゃそうだ。私だって嫌だ。でもこのままじゃお前は殺されちまう。それも、お前なら分かってるんだろ。」
「………」
私は俯いたまま何も喋らなかった。お構いなしに魔理沙は話す。
「アイツは乗っ取られたままずっと暴れてやがる。さっきはお前を殺そうとした。あの伊吹萃香も今や劣勢だ。このまま暴虐の限りを尽くすことをアイツは望んでないだろうよ。私たちもすぐに向かうが、結局お前が決断することになるだろうな。」
最後に、魔理沙は暗い顔を誤魔化すように片手で覆った。やがて私に真顔を見せてから、彼女は言った。
「殺すか、殺さないのか。どっちを選んでもいいんだ。霊夢。」
そして私は目を覚ました。
最悪の気分で。
そこから先は、まぁ、私はマッシブーンを殺しきれずに、呆然と倒れていたという訳だ。
結局、中途半端な気持ちのままマッシブーンと戦っていた。もし、彼を乗っ取っているものが悪霊なら祓えたのに。霊力を浴びせても効果は無かったから、悪霊の類ではない。
「……約束……」
か細い声で聞こえた四文字は、無意識に私の口から出た言葉だった。
「……嫌いって、言ったじゃない」
薄暗い空に飲み込まれそうになりながら、倒れたままの私は呟く。
「馬鹿……。」
やがて、左手をぎゅっと握り締めた。