筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

73 / 82
九章 『???』
六十五、 愉悦の終わり


 

 

 雨が降っている。

 

 私の目元を、奇妙な雨が伝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

          扉が開く

 

 

    オマエ

 

 

              

 

 

 

 

         乗っ取られる

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、頭の中に浮かんだ言葉の羅列に、私はぞくっとした。

 

 すぐさまマッシブーンの側から離れ、頭に流れ込んだものについて思考する。

 

 オマエは、乗っ取られる?

 

 呼吸を繰り返す。勘は冴えている。分かっていたことだが、やはりマッシブーンは乗っ取られていた。次は私の番か。

 

 能力は恐らく……

 

 殺してきた者を乗っ取る、といったところか。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

──まずは、あの博麗霊夢という巫女に惜しみない拍手を贈ろう。

 

 よくぞ、私を殺してくれた。これにてマッシブーンとしての私は死ぬ。そして今度は博麗霊夢として生きるのだ。何故そうなったのかを、相手など最早いないが、語るにはある人間の話をしなければならない。

 

 人間は幼い子供だった。名前すらもう思い出せないが、他の子供より背が小さく、足がとても速かったので、まるで妖怪のように気味悪がられていたことをよく覚えている。

 

 あの狭い村で惨めに生きることに嫌気が差し、人間は無我夢中で走った。飲まず食わずで走り続け、疲れ果てて妖怪に捕まり、頭から食われれば助かりようがない。ある人間の一生はそこで終わった。

 

 そのはずだった。

 

 次に目を覚ますと、人間はどこまでも黒い世界に立っていた。光は無いが、広げた手のひらがよく見える。そして、目の前にある大きな扉が。

 

 ぎぎぎと音を立てて開く。意識は吸い込まれる。人間は、自分を食った妖怪の記憶をゆっくりと飲み込む。そして気付けば、人間は妖怪に変わっていた。

 

 妖怪は真っ先にどこか見覚えのある小さな村を襲った。喰らった血肉と悲鳴は心地良く、忘れられない。更なる獲物を求めて走っていると、人間だった妖怪は若い陰陽師に退治された。

 

 妖怪は、気付けば陰陽師に変わっていた。恵まれた地位。優れた人柄。もてはやす人々。醜い子供だったことは夢だったのだ。妖怪として人を喰っている記憶も、夢だった。そう納得して陰陽師は充実した人生を送った。

 

 ある日、真実を映し出す鏡の噂を聞いた。噂は本当だったようで、何年もかけてやっと見つけ出せた。鏡に問えば、人間は初めから陰陽師だったのではなく、魂を乗っ取ったのだと知る。

 

 他にも様々なことを知った。人間──いや、私には命を奪ってきた相手の魂を乗っ取れる力があること。あの真っ暗な世界は魂が存在する世界であり、扉は他の世界への出口だということ。記憶を全て見た瞬間、乗っ取りが完遂され、元の魂の中身が消えることなど。とても、とても衝撃的だった。

 

 人々の為に尽くし、最後は孤独に老いて死のうと考えていた私だったが、すっかり気が変わっていた。他者を乗っ取り、殺され、乗っ取ることの繰り返し。その循環を享受することにした。私は人間にも妖怪にも神にもなれる。涙が出るほどに素晴らしい力だ。散々虐げられてきた私には、当然の報いだろう?

 

 数年後、偉大な陰陽師は妖怪の巣窟に足を踏み入れ、その一生を終えた。衰えた体を捨て、新たな一生を迎えるために。

 

 

 

 

 丸くて小さい、本来の魂の姿になった私は、これまで何度も見たことがある大きな扉の前にいた。扉が開かれた瞬間、私は博麗霊夢の身体に移り、彼女の魂を飲み込む。飲み込まれた者は、どういう訳か全く抵抗の意思を失う。そして記憶を最後まで読み取った時、彼女は私に乗っ取られるのだ。

 

 私とて誠実に生きようとしていた時はある。乗っ取った者がどんな生き方をしていたかを理解し、忠実に再現していたことが大半だ。しかし、博麗綾子を乗っ取って以来、私の中を大きな虚無が埋め尽くした。

 

 『退屈』だ。幻想郷という狭い世界に閉じ込められ、私は酷くうんざりしていた。よって、博麗霊夢となり、博麗大結界を破壊する。それが私の退屈凌ぎだ。

 

「長かったな……」

 

 独り呟きながら、扉が開くのを待つ。マッシブーンとやらの記憶は、今までに奪った誰よりも記憶を得るのに時間がかかった。そして誰よりも興味深かった。

 

「ククッ」

 

 愉快さに笑いが止まらない。そうだ、外の世界に出たら、まずはあの密林の世界に行こう。渇ききった心が次第に潤うことを夢想する。

 

「さぁ、開け。」

 

 間も無く、扉は開かれる。真っ黒な世界に眩い光が満ちる。

 

「私に見せろ……外の世界を!」

 

 叫びにも似た声に呼応するように、扉はぎぎぎと音を立て──

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         |         

         |         

         |        

         |        

         |         

         |        

         |        

         |        

 ──扉は、開かなかった。     

         |        

         |        

         |        

         |        

         |         

         |        

         |        

         |        

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 代わりに、宙に漂う矮小な魂を。

 

 背後から握り潰すように、大きな手で掴んだ者がいた。

 

「扉は開かない。」

 

 そこにいたのは、真っ黒な瞳や銀色のクチバシはこの世の者とは思えない、真っ赤でムキムキな筋肉お化け。

 

 

 

 

「死ぬ前に、何か言いたいことはあるか?」

 

 マッシブーンの怒りに満ちた言葉が、乗っ取る者を戦慄させた。

 

 

 

 

 九章

『幻想郷に魅入られた男』

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。