筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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【前回のあらすじ】
・霊夢が乗っ取られそうになってる
・乗っ取れない?
・マッシブーンは生きていた



六十六、 天敵

 

 

 その頃、紅魔館では。

 

「小悪魔、男の番を用意したわ」

「は……?」

 

 パチュリー・ノーレッジが親指で指した方向には、魔法陣で召喚されたらしい気弱そうな男の子が体操座りをしていた。しかし、何故か自分がパートナーを求めていることになっている小悪魔は抗議の代わりに困惑する。

 

 きょとんとしてパチュリーは言った。

 

「あら、男に飢えていた訳じゃなかったのね?日頃の感謝を込めたサプライズプレゼントのつもりだったのだけれど。」

「気持ちはありがたいです……が、その方は帰してあげてください。」

 

 ふぅ、と息を吐いた大図書館の魔女は指をパチンと鳴らした。するとペコリと会釈をしながら男の子は魔法陣と共に消え去った。

 

「えっ、何なんですか?」

「……男に飢えてるんでしょ?マッシブーンから聞いたのよ。貴女が『タマ……たま』って呟いてた*1って」

「えっ!?呟かないですよそんなこと!」

「男の睾丸を妄想したんでしょ?このスケベサキュバス」

「スケベでもサキュバスでもありませんっ!」

「おかしいわね……マッシブーンの聞き間違いかしら。」

 

 首を傾げるパチュリーだったが、やがて小悪魔が何かに気付いたように立ち止まり、あっと声を漏らして言った。

 

「……いや、確かに言ったかもしれません。それって、マッシブーンさんが司書として雇われて、魔理沙さんが窓ガラスぶち破って突っ込んできた時のことですよね?」

「詳しく説明してくれてありがとう。そうね、その時の事だとマッシブーンは言っていた。」

「あぁ!そうでした。その……タマタマ?って呟いたのは多分……アレですよ。」

「……あ、そういうことね。」

 

 納得したパチュリーが、頭の中の記憶を遡る。そして何でもないことのように言った。

 

()()()()()()()()()って話?」

「そうなんです!普通の魂と空っぽの魂……一つの身体に二つあるだなんて、これまで妹様以外に誰もいなかったんですよ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そうか。」

 

 真っ黒な空間。

 目の前に在る大きな扉。

 マッシブーンに掴まれている、一つの魂。

 

「そういうことか……」

 

 魂は全てを理解したかのように呟く。これまで、『他者を乗っ取る程度の能力』で生きながらえてきた元凶は、博麗霊夢に指した筈の王手を、既に乗っ取って亡き者とした筈のマッシブーンに指されていた。

 

「……道理で、奇妙な記憶だった。故に、記憶を失くしたように振る舞わざるを得なかった。樹々の生い茂る世界で暴虐の限りを尽くし、ある日突然現れた人間に絆されていった、この記憶……。」

 

 魂は答えを出す。

 

「お前には、魂が二つあったのだな?私が乗っ取ることの出来る魂は一つだけ。偶然か、運命か……私は、お前ではなく、外れ(ハズレ)の魂を乗っ取ってしまったのか。」

 

 言い終わったその瞬間、マッシブーンは魂を掴んでいた手を離し、全力でぶん殴った。

 

 パキンとガラスが割れるような軽快な音が響く。魂は粉々になって遠くへと飛び散った。

 

「また助けられちまったな」

 

 真っ赤な怪物が呟く。特性、ビーストブーストが発動して筋肉が膨張する。更に強くなった彼の力を、発揮すべき相手はもういない。

 

 しかし、目線の先には殴り飛ばした魂が、何故か博麗綾子の姿となって何度も息をしていた。

 

「何だ、まだ死なねぇのか?」

 

 マッシブーンは面倒そうに呟く。地面にお祓い棒を突き立てながらしゃがみ、冷や汗を流している巫女は巫女らしからぬ口調で言った。

 

「……何故?」

「あ?」

「知っているだろう、私の力について……。お前が私を殺せば、今度こそ私はお前を乗っ取るぞ。」

「あぁ。乗っ取ってみろよ」

「……?」

 

 呆気なくマッシブーンは言い放った。乗っ取るとは、すなわち死。自我を失い、身体を奪われ、好きな様に使われること。結果、この暗黒の世界から脱出し、今度こそ博麗霊夢を乗っ取られてしまうこと。それを、やってみろとマッシブーンは言った。

 

 何故だ。博麗綾子の姿をした者は余計に疑問を抱きながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 しかし、立ち上がった彼女を、まるで無慈悲に足払いするように。マッシブーンが言い放った。

 

「分からねぇのか?」

 

 そしてすぐさま少女に近付き、大きな人差し指と中指で喉を貫いた。

 

「〜〜〜〜ッ!!!!」

 

 驚愕の表情と、ぶわっと掻いた汗。引き抜かれた瞬間に噴き出た血液が、博麗綾子を死へと誘う。喉が潰れれば叫ぶことも叶わない。即死も免れられない。

 

「お前が俺を乗っ取る前に、俺が自害すればいいだけだ。簡単だろ?」

 

 淡白にマッシブーンが答え合わせをする。まるで自身の命などどうでも良いように。

 

 (そんなことが……できるのか……?)

 

 目の前の敵は、理解の外にいる者だった。

 

 一つしか無い命を、捨ててもいいと謳うのだ。

 

 (あぁ……)

 

 薄れゆく意識の中、乗っ取る者は倒れかけながら考えた。

 

 (お前は……私にとって、最も乗っ取ってはいけない天敵だった)

 

 唯一、永遠に生きる筈の妖怪を終わらせることができる存在。自身の死も厭わずに敵を抹殺できる存在。屈強な肉体と精神力を兼ね備えた、強き存在。

 

 しかし、彼よりも強い者はいる。

 

 誰もが平伏す神を知っている。

 

 (ならば私は、天の力を見せよう──)

 

 地面に倒れ込む寸前、博麗綾子の姿形は変貌し、最強の雷神に姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 模倣

 天満大自在天神

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴたりと、倒れかけていた身体が停止した。まるで時が止まったかのように。しかし、数珠で結んだ白い髪だけがだらんと垂れ落ちて揺らめいた。

 

 そのまま時間が巻き戻るように、暗雲の色をした天満大自在天神の身体はぐぐぐと前に姿勢を正す。やがて仁王立ちとなった雷神の背中に、六つの雷太鼓が具現した。

 

 威風堂々とした立ち振る舞いは、背丈2.5メートルの巨体によって裏付けられている。無尽蔵のような神力を感じ取ったのだろうか、マッシブーンはすぐさま最大限に警戒した。

 

 そして目にも留まらぬ速さで、雷神はマッシブーンに近付き、その屈強な胸筋を殴ろうとした。

 

 (!)

 

 咄嗟に両腕でガードしたマッシブーン。殴られた勢いのままにずざざと後退したが、その身体が妙に痺れている。

 

 (コイツ……フェローチェを瞬殺した奴か。)

 

 腕の痙攣を抑えながら、マッシブーンは次なる攻撃に備えて両腕を構えた。

 

 一方の雷神は、何かに気付いたように大きく目を見開いていた。沈黙は続き、マッシブーンは警戒を解かないままでいる。

 

 やがてにやりと笑った雷神が、足元に黄色い紋章を展開した。

 

「どうやら俺は」

 

 雷神を中心に描かれた紋章は、瞬く間に真っ暗な地面に広がり、マッシブーンの足元にまで届くと、半円状に彼らを包み込んだ。

 

「雷神を我が物としたらしい。」

 

 何か、まずいものに閉じ込められた。理解こそマッシブーンはしていたが、出られそうにないことも理解する。

 

「──知っての通り、俺はこれまでに乗っ取ってきた者の模倣をすることができる。ただし、魂の格が高ければ高いほど、姿を維持することが難しくなる。直前に乗っ取った者の姿でいるのは平気だがな。」

「随分とお喋りだな」

「喋りたくもなるだろう。現実世界では三十秒と持たなかった、この雷神の姿……。感覚で理解したのだ。どうやらこの場において、俺は永久に雷神の姿を模倣できる。」

 

 白髪を揺らし、愉快そうに雷神は笑う。黄金色に支配された空間において一層彼は偉大に見えた。ひとしきり笑顔を見せた後、彼は無表情に戻り、冷めたように呟く。

 

「いかに貴様が強くても、この天満大自在天神に敵う者は存在しない。貴様が少しでも動いた瞬間、俺は絶え間なく雷を浴びせる。考える間も無く、貴様は灰の山と成り果てるのだ。」

 

 雷神の言葉に嘘偽りは無い。結界の起源である、この空間支配に呑まれた者は詰みと言っても過言では無い。

 

「言葉を返そう。」

 

 神力が満ちている。無数の矛先が向いている。

 

「死ぬ前に、何か言いたいことはあるか?」

 

 雷神は尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「温泉って気持ち良いよな。」

 

 マッシブーンは言った。

 

「は……?」

「少し前に、霧雨魔理沙が作った温泉に入ってよ。俺には浅かったが、ウルトラジャングルにいた頃を思い出したぜ。」

「………」

「あぁ、思い出したと言えば。あの日温泉に入った時、俺は霊夢の記憶を全部見せてもらったんだった。アイツが生まれた時から、今までのこと、他人に抱いている感情、俺に言えない秘密。実感は無かったかも知れねぇが、アイツは俺に自分の全てを見せてくれた。」

 

 マッシブーンが片腕を押さえる。それは、記憶の中では、彼が霊夢の血を吸った部分。そして拳をぎゅっと握った。

 

「嬉しかったぜ。」

「……惚気か?」

「違ぇよ。つまり、博麗霊夢は俺の大切な人間だ。だから、お前には絶対に乗っ取らせねぇ。アイツの記憶を、お前には絶対に見せてやんねぇ。そう決めたんだよ。」

 

 話を静かに聞いていた雷神は、嘲笑するように言った。

 

「では、勝たなければな。この俺に。」

「まぁ、勝てるだろうな。俺が見た霊夢の記憶の中には、お前を圧倒することができるヒントがあった。」

 

 その言葉に、真顔になった雷神が少しだけ目を見開く。マッシブーンは構わずに答えた。

 

「アイツは俺に隠していたんだ。自分の能力が消失したことについてな。消えたタイミングは血を吸われた時。それも、消えた訳じゃねぇ。……俺は奪っちまってたんだ。」

 

 自分の口の先を掴みながら、マッシブーンは確かめるように言った。

 

「霊夢の空を飛ぶ力を。レミリアの未来を見る力を。フランの何でも破壊できる力は、もう一つの人格ごと。そして最後に……フェローチェの力を。」

 

 その時、彼の全身が──

 

 キラキラと、輝き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つくづく運が悪いなお前。」

 

 無色透明に輝くマッシブーンが言う。

 

「知ってるか?()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 炭素のみで構成された鉱石は、電気を一切通さない絶縁体。美しい光沢と超高度を兼ね備えた、ダイヤモンド・マッシブーンがここに爆誕した。

 

 びしっ、と指を指しながら、怪物(天敵)は言う。

 

「さぁ、お前が最期の言葉を遺しやがれ!」

 

 

*1
『九、 魔女と魔法使いと師匠』より。

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