【前回のあらすじ】
・ダイヤモンドに変身して電気を無効化、雷神の天敵となったマッシブーン
・深い傷を負ったマッシブーンがフランの血を吸うことで回復した
・二匹で倒すと宣言。フランがきゅっとして雷神の魂を掴んで破壊しようとしている
真夜中、丑三つ時。
この時間だけ、二匹はお互いに会話をすることができる。
フランドール・スカーレットのもう一つの人格。狂気と呼ばれ忌み嫌われていた少女が、ある日血を吸われたことで、能力と共にマッシブーンの中に入った。
それからしばらく経った後のことだった。
「きゅっとして〜〜……」
彼女が有する能力──『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』により、マッシブーンの魂が掴まれている。彼は停止したまま動かない。否、動けない。
文字通り、彼は命を握られていた。なので、ニコニコと笑顔で自分の魂をもみくちゃにし、やがて手を離した無邪気な金髪少女に忠告をした。
「駄目だぜフラン」
「どかん?」
「俺が死ぬぜフラン!!」
弄びにやけている少女にマッシブーンは気が気でない。ドキドキが治まった後、彼はフランを肩に乗せて話をした。
「しかし、お前に掴まれるとマジで一切動けねぇな。そのうえ一撃必殺だろ?最強だぜフラン!」
「えへへ。もっとほめて!」
「最強!最高!サイコパス!!」
「……サイコパスっていかれてるって意味でしょ。」
「おまけに博識!悪かったフラン、俺に手を向けないでくれ。」
両手を上げ、降伏のポーズをとるマッシブーン。フランは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ふん。そうだよ、私っていかれてるもん。」
「うん」
「否定してよ!」
「そう卑屈になるんじゃねえよ。少なくとも今のお前はまともだ。」
「……そうかな?そうかも。でも昔の私は違う。お姉さまのお気に入りの人間を殺したり、マッシブーンを殺そうとしたり……。あーあ、昔の私を殴ってやりたいもん。」
フランは自分の握り拳を見つめて呟いた。黙って横に座っているマッシブーンに、彼女はぽつりと聞いた。
「なんかさ、なにかを壊したくなる時ってない?」
「……俺には無いな。」
「そっか。私、たまにこの力を使いたくなる。どかーんってすると、ニヤけちゃうくらいスッキリするんだよね。最初は物をどかーんってして、それが気持ちよくて……」
それで、お姉さまのお気に入りの人間に手を出した。フランはその言葉を吐き出すことなく飲み込む。今の彼女には、それがどれだけ罪深いことなのか分かっているからだった。
代わりに彼女は言い訳をするように言葉を放った。
「なんで、こんなものが私にだけあるのかな?」
もしも、初めからこんな力が無ければ。破壊衝動など存在せず、誰かを壊すこともなく、親愛なる姉に愛されていたかも知れない。フランはそう思わずにはいられなかった。
少し間を置いて、マッシブーンは言う。
「"こんな力、無い方が良かった"って思ってるだろ。」
「うん。」
「でもな、お前のその力は、お前を不幸にするためにあるんじゃないと思うぜ?」
「……えっ。」
「それは無差別に誰かを殺すものじゃねぇ。病でもねぇ。使い方はお前に委ねられてんだ。だから、その力はお前が正しいと思うことに使えばいい。今までのお前が間違ってたんなら、さっさと反省して、更生しやがれ。」
どこかぶっきらぼうな彼の言葉に、フランは体操座りをしながら顔を上げた。細長い銀色の口は正面を向いていたが、黒くつぶらな目には決意したような少女の顔が映っていた。
「過去のお前は殴れねぇが、今のお前は殴ってやれるだろ?」
「……うん。もし間違ったら、マッシブーンに殴ってもらう!」
「そういう意味じゃないぜフラン」
怪物の目に映る表情は、既に晴れやかなものに変わっていた。
(今は、よかった……。持っててよかったって、強く思える!)
自身を遥かに超える強さの雷神──天満大自在天神の魂を掴んだフランドール・スカーレットは、両目と額の辺りを強張らせ、一矢報いられる喜びに口元を綻ばせていた。
(私の力は、マッシブーンを助けるためにあった!)
ぎゅうっと握り、瞬きすらできない雷神に、マッシブーンが屈強な両腕をひたすら動かした。
「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
ドトドドドドトドドドと敵をひたすらに殴る。
「まだまだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
叫び、ががががががががががと敵を拳を叩き込む。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「マッシブーン!止まって!」
呼び止めるフランの声にはっとした怪物が、ようやく雷神を殴る手を止めた。
(効いてねぇ……!?)
あれ程ぶん殴ったはずの雷神は、傷一つ負っていない。ただ魂を掴まれた時の体勢と表情を保ったまま、その場に停止しているのみ。
(……フランに握られてる間は攻撃が効かねぇのか?それならマズイぜ……)
マッシブーンが最悪の未来を想像していると、フランはそれに従うように叫んだ。
「大丈夫!私が殺す!」
「待て、フラン!乗っ取られるぞ!」
「よく分かんないけど、死ぬ気なんでしょマッシブーン!そんなのダメ!私がコイツ殺して、私が死んじゃえばいいの!」
「馬鹿言うんじゃねぇ、待て!」
彼の静止の言葉も聞かずに、フランが手を開く。
「ど──」
雷神は自由の身となり、目玉をぎょろりと動かした。
気付けば、フランドール・スカーレットは金色の稲穂畑の上に立っていた。
「あれ」
空は呆れかえるほどに広々とした晴天。先程の真っ暗闇の世界とはまるで違う。
「なに、ここ……。」
風に吹かれ、ざわざわと騒ぐ一面中の稲穂を眺めていると、フランの心は豊かになった気がした。
「マッシブーンはどこだろ?」
笑顔を浮かべた吸血鬼が、居るはずのない彼を探す。
「何しやがったお前。」
雷神は離れ、マッシブーンは突然眠ったフランを横目に見ながら言葉を放つ。
「案ずるな。目を合わせた者に夢を見せる力だ。攻撃にはならんが、無力化するにはこれが一番良い。」
「……お前、何でも出来るじゃねぇか。」
「神である身ならばな。しかし……貴様が哀れでならんな、マッシブーン。」
雷神は自分の手を開いたり閉じたりし、軽い笑みを浮かべる。全回復した膨大な神力は静かに立ち昇っていた。
「小娘の能力は、貴様に削られた俺の神力を完全なものにしてしまった。気力も体力も漲るようだぞ。」
フランの能力は 掴んだ相手の魂を破壊する。ただし、掴んだ際に魂を完全に修復してしまう。マッシブーンの助けになりたいと願っていた少女は、寧ろ敵を万全な状態にしてしまった。
「心配してんのか?」
無色透明に輝くマッシブーンは、ダイヤモンドの瞳を雷神に向けている。その目は無機質であり、もしや目の前の神を軽視しているように見えるかも知れなかった。
「安心しろよ。お前を殺すには十分だ。」
断言してみせる怪物に、雷神のボルテージが上がる。
「減らず口が……」
身体に満ちる最高峰の神力を雷に変換し、天満大自在天神の身体は眩い黄色に淡く光った。靡く神力は今にもマッシブーンに襲いかかりそうに不安定な動きをしている。破顔一笑、嬉しそうに歯を見せた雷神が叫ぶ。
「それでこそだッ!!」
ドォォォォンと太鼓を同時に二つ鳴らし、彼の身体二つ分の莫大な神力が解放される。大きな翼が現れたかのようだった。それらを纏い、極限まで自己強化を果たし、バチバチと神力を溢れ出させ、拳を握った雷神は無色透明の木偶の坊に目を向けた。
(貴様を砕く!俺の最高の一撃で!結界を張る隙すら与えん、最高の速さによって!)
目を向けたのは一瞬であった。動くのも、また。雷神は少し前傾姿勢になったかと思うと、音を置き去りにし、強く踏み込んでマッシブーンに最強の一撃を放とうとした。
刹那。
強烈な違和感。
それ自体が致命傷を与えるかの感覚。
天満大自在天神の危険予知が、けたたましく『死』の警告を鳴らした。
(…………!!)
突然の予感に、雷神は踏み止まることができない。かろうじて、ほんの少しだけ速度を落とせた程度。拳は止まることなく、マッシブーンの胸を砕こうとした。
キィィィィィィィィィィンと、鼓膜を破るような鋭い音が鳴り響いた。ダイヤモンドになったマッシブーンの身体には、ヒビ一つさえ入っていない。
「なんだ」
マッシブーンが拳を振りかぶる。
「案外弱ぇな」
[ PP 9 / 30 ]
敵から受けたダメージを二倍にして返す技──『カウンター』が、雷神の胸に放たれた。
ズドォォォォォォォォンと地鳴りのような音を起こし、目を見開いた雷神は大量の血液を吐いた。遥か遠くへと吹っ飛び、折れた骨や傷付いた内臓を必死に神力で回復させようとする。
(隠していたのか)
意識を失いそうになる中、雷神の姿をした者は思考する。
(俺を致命に至らしめる一撃を──)
目の前には、遥か遠くに離れた筈のマッシブーンが、無機質な目をして拳を放っている。
[ PP 8 / 30 ]
インファイト。距離を無視して相手の懐に潜り込み、敵を粉微塵に破壊する一撃を、何度でも喰らわせる。
(お前は!!)
ずがががががががががががと殴りまくるマッシブーンに、神力で全身を覆った雷神は必死に耐えようとした。息が止まるかのようだった。いつ殴り終わるのか。いつ、殺意は己を脅かすのか。五秒は永劫の時に思えた。
最後の一撃が雷神の顔を貫こうとし、彼は頭から地面に激突して転がるように吹っ飛んだ。
有り余っている神力は、無色透明の怪物から逃れることに一心に。
ビリッと音が鳴ったかと思うと、一瞬にして雷神の姿をした者は暗闇に消え去った。
マッシブーンは何も無くなった場所を見つめて立ち止まり、ふと気付いたように元の場所へと戻ろうとした。
彼がしばらく四本脚を動かしていると、だんだんと眠りこけている金髪の吸血鬼が見え始めた。横になってあどけない顔を見せる彼女に、ダイヤモンドの状態を解いたマッシブーンは肩を軽く叩いて話しかける。
「──おい、フラン!フラン、大丈夫か!」
「……ん……マッシブーン……」
「起きたか、良かったぜ。大丈夫か?変な夢とか見てねぇか。」
「……私、寝てたの?キレイな夢だったよ。あれ、アイツはどうしたの……」
「安心しろ、お前の分まで思いっきりぶん殴ってやったぜ!アイツ、逃げやがったんだ。今からぶっ殺しに行ってやる。」
「そっか……。私、役に立てなかったんだ。」
「んな訳ねぇよ。十分だ!」
ぽんぽんと金色の頭を撫でると、フランは少しだけはにかんだ。
(役立たずじゃない。お前がいたおかげで、この間の悪魔だって倒せたんだ。)
霧雨魔理沙が使用した禁術の中の悪魔たちも、禁書の中にいた親玉の悪魔も、マッシブーン一匹だけでは確実に勝てなかった。
(今もだ。血を吸わせてくれなきゃ俺は負けていたかも知れねぇ。お前には助けられてばかりだ、フラン。)
片方の手で少女の頭を撫でる。片方の手で、強く拳を握る。
(来いよ雷神……お前がどんな手を使ってこようと、俺は
遠くを見ていた両目は、再びフランの方を見た。絶対に彼女を守ってみせると、心に誓う。
(やってやろうぜ、マッシブーン。)
己を鼓舞する言葉を、胸の内で呟く。その時、不意に彼の両目はぼんやりと紅く光り始めた。
以前、レミリア・スカーレットから受け取った、彼女の血液が詰まっている輸血パック。紅魔館から帰った次の日の朝、その少し不味い血を飲んだ時に、レミリアの能力は消えてしまった。
否、奪ったのだった。千年以上前、マッシブーンが金髪少女一号──八雲紫と接触した時に発現した能力、『能力を奪う程度の能力』により、血を吸われたレミリアの能力は無意識のうちに奪われていた。
彼女の『運命を見る程度の能力』。それはマッシブーンによって、初めは鎌鼬という妖怪に使われた。そして今もまた、フランドール・スカーレットの運命を、彼は無意識に覗き込んでいた。
運命の中のフランドール・スカーレットは、全身が黒焦げになって横たわっていた。
美しかった金色の髪の毛は焦茶色に染まり、艶やかな肌は焦げて炭化し、とても残酷な姿をしていた。
そして、地獄の運命は眼前から消えた。
「フラン」
マッシブーンは静かに彼女の名前を呼んだ。
「なぁに?」
にこりと笑う少女の頭が、僅かに震えている手で撫でられた。
彼はゆっくりと手を離し、すぐにダイヤモンド状に変身した。
(野郎)
血が滲む程に両拳を握る。
(俺にこんなものを見せて、生きていられると思うなよ)
憎悪に満ちた両目が、雷神の幻視を追う。
音が聞こえた瞬間。姿を見せた瞬間。マッシブーンはppが尽きない限りインファイトを放つ。今度は逃がさない。
そう、考えていた矢先だった。
天満大自在天神が徐に近付く。マッシブーンという最大の敵を排除するべく、近付く。
雷神が迫るのは、前方か。後方か。左右か。どれでも無い。
上空だった。
彼らを見下ろす雷神は、自身が有していた全ての神力を用い、
これまでの彼が『奥義』に辿り着けなかった理由。それは、格上の敵が現れなかったことに他ならなかった。二度と神力が回復しないことを対価に、神力量を著しく増幅させ、大量の神槍を創り出す奥義。
雷神が手をかざすと、十本の槍が縄を編むように一つになり、稲妻を纏った
奥義
天満大災
マッシブーンの目がフランを見た。
真っ暗な空から此方を指す、大量の槍。吸血鬼の少女は目を大きく開いたまま動かない。
その胸元を、怪物は掴んだ。
力の限り投げ飛ばす。
驚いた顔のフランが、マッシブーンを見つめた。無表情のマッシブーンが、フランを見つめる。
二匹の目が合った。
(やめて……)
フランドール・スカーレットの顔が歪む。
(やめて!)
何も起こっていないというのに、悲痛な顔をした金髪の少女。マッシブーンは安心させたかったが、親指を立てたり、頭を撫でたりするだけでは解決出来ないことを理解していた。
一本目の槍。
マッシブーンが振り返った瞬間、彼の胸を貫いた。
血濡れた槍は真っ暗な地面に突き刺さり、マッシブーンを磔にする。
二本目の槍。
マッシブーンの腹を貫いた。
三本目の槍。
マッシブーンの右肩を貫いた。
四本目の槍。
マッシブーンの首を貫いた。
五本目の槍。六本目の槍。
七本目、八本目、九本目、十本目、十一本目、十二本目、十三本目、十四本目、十五本目、十六本目、十七本目、十八本目、十九本目、二十本目、二十一本目、二十二本目、二十三本目、二十四本目、
身体の隅々に穴が空いている。握っていた拳からは力が抜け、くたりと指を伸ばしている。歪な格好で上空を眺めているようなマッシブーンには、二十四本の槍が突き刺さっていた。
既に彼の身体はダイヤモンドではなく、元の鮮やかな赤色に戻っていた。血を流していることを隠すかのような赤だった。彼の視界には、目を見開いて茫然としている逆さまのフランがいた。
最後の力を振り絞り、マッシブーンは傷の無い腕を伸ばした。幾許か震えるのを許しながら、腕を横に伸ばした。
その腕に、二十五本目の槍が突き刺さった。
「さて」
死体となったマッシブーンの目の前に、空から見下ろしていた雷神が降り立つ。
「残るはお前だ、小娘。」
フランドール・スカーレットの精神は酷く乱れた。
主人公交代……?
次回
『神に抗う鬼一匹』