【前回のあらすじ】
・フランが雷神と戦い、胸を刺されたがマッシブーンの血を飲んで回復した
・雷神を破壊しようとしたが、大技に敗れて黒く焦げた死体となった
・死に際にフランが使った能力でマッシブーンが蘇った
追記 人里の章の回想の最後の文章を、泣いた→隠したに変更。セリフ追加「ぐあっ!!」
「………」
大きな扉。乗っ取る者にとって長年の付き合いであるそれを、両手で押す形で触れている天満大自在天神──実際は乗っ取ったことのある姿の一つである──は、顔を強張らせていた。
「何故開かない。」
博麗霊夢の魂の世界に繋がるはずの扉は、未だしんと開かず立ち塞いでいた。
「先程開かなかったのは、小娘とマッシブーンがいたからであろう。奴等は既に死んでいる……応えろ、扉。」
雷神は何十本もの槍に刺された屍と、熱に焼かれて黒く焦げた屍を頭に思い浮かべた。
(………)
あれらは確かに死んでいた。僅かな動きさえ見せなかった。また、到底生きている姿とは言えない。
「フッ」
自らを鼻で笑った雷神は、余計な考えを頭から排除した。今度は残存している神力で肉体の強化を行い、扉を無理矢理開かせようとした。
その時、頭に電流のような危機察知が流れた。
雷神は、額から一滴の汗を垂らした。
次には頬を、目尻を、鼻を、様々な場所を、汗が流れていた。そして禁忌を破るように、徐に、錆びついた機械を動かすようにぎぎぎと後ろを見た。
遠くには、赤い魔物がいた。
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雷神が、扉の前で一瞬身体を強張らせた。それから一秒と経たないうちに、目の前に接近したダイヤモンド状態のマッシブーンが拳を放っていた。
インファイト。
距離を無視した最強の技。
「貴様ァッ!!」
がががががががががっががっががっががっががっがっがががっがが。
凄まじい威力の一撃が、猛スピードで無数に叩き込まれる。即座に神力を巡らせ、全力で拳をぶつけ始めた雷神は、六段階まで上昇した攻撃力にやがて太刀打ち出来なくなることを悟る。
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「ぐあっ!!」
雷神の拳が砕けて尚、マッシブーンは『インファイト』を放ち続ける。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
腕によるガードごと、マッシブーンは上半身を全力で殴り続け、拳は時折扉を強く叩いた。骨を砕きまくり、雷神が血を吐いて叫んでもなお、連続する拳が彼を磔にする。
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真っ赤に染まった扉の前で、マッシブーンは荒い呼吸を繰り返していた。
足元には、敵であった者が奇妙な姿勢で力無くぐったりと倒れ込んでいる。血も吸わずに、マッシブーンはその場を走って立ち去った。
(……舐めていた……。死んだ者にも使えるのか……小娘が欺きおって……)
薄れゆく意識の中で、雷神はもう一度大きな血の塊を吐いた。
(……動けん……有り得ん……この雷神が……負……け……)
再び蘇った彼は、必死に四本脚を動かしていた。来た道を戻るように、どこまでも真っ暗な魂の世界を走り続けて、ようやく遠くの方に少女の形をした炭の塊を見つけた。
マッシブーンは脚の先でブレーキをかけ、速度を完全に落とし、疲れ果てて眠っているかのような少女に、そっと近付いた。
「フラン……」
怪物に似つかない弱々しい声が、息をしていない少女の名前を呼んだ。
彼には分からなかった。どうして自分が蘇ったのか。それを知る方法はあった。魂と魂が直接触れ合い続けると、互いに互いの記憶が共有される。
マッシブーンは両手で少女の指に触れた。少しでも力を加えれば崩れてしまいそうだった。慎重に、繊細に、真っ黒な指に触れ続けて、やがて何かが見えてきた。
初めて会った日以来に見るフランドール・スカーレットの記憶が、濁流のようにマッシブーンの頭に流れ込む。
一杯の親愛と、決死の抵抗と、最期の遺言。全てを見終わった後の彼は静かに、震える片手で目元を強く強く押さえた。
胸が張り裂けそうになっても、乾いた目から涙は出なかった。
(まだだ)
震えが止まったマッシブーンは徐に立ち上がった。
(俺が死ぬことで……乗っ取りの連鎖を終わらせる。霊夢は乗っ取られないで済む……)
呼吸が徐々に加速する。彼は無理矢理拳を強く握り、自らの胸に付けた。
(すまない……フラン。)
マッシブーンが自身に技を発動する──
その直前だった。
"待って!"
幻聴か。彼には博麗霊夢の叫び声が聞こえた気がした。
そして彼の背後に、三本の宝剣が飛んできた。すぐさま彼は振り向いて裏拳で剣を弾く。もう二本はマッシブーンの横を過ぎたかと思えば、片方の剣をいつの間にか何者かが握っていた。
大嶽丸。かつて鬼神として名を馳せ、雷神を殺したことにより乗っ取られた者。
彼女が横に剣を振りかぶり、防御と特防が六段階下がった彼の胴体を、真っ二つに斬った。
「ははは……」
煌びやかに光る宝剣が濁った赤色に濡れ、死の臭いが充満する。大嶽丸は堪えきれないという風に笑い出した。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
笑いながら、彼女は怪物の切断された上半身に手のひらを付ける。
「もう一度生き返ってみなよ、マッシブーン。今度は吸血鬼の力を借りずにさ。」
そして緩やかな力で、彼の背中を押した。
(……?)
だが、上半身がずり落ち、真っ赤な血飛沫が吹き出ることはなかった。
(……確かに斬った筈だが……切断面が癒着している……)
驚異的な再生力──ではなかった。
マッシブーンは既に技を発動していた。
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HP1。どんな攻撃でも必ず『こらえる』技。それにより、斬られたマッシブーンの身体は生命をかろうじて維持する為に肉体の分離を堪えた。攻撃を完全に防ぐ手段もあったが、敢えて、その技を発動していた。
「馬鹿が」
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マッシブーンが、背後も確認せずに『きしかいせい』を放った。それは体力が減っているほどダメージが増す技。最大時の威力はタイプが一致していることも含めてギガインパクトさえも超える。
顔面に放たれた裏拳は大嶽丸の頭をぐしゃあっ、と粉々にした。首から上を失くした身体は奇妙な動きで血を撒き散らしながら転がり続ける。
「死んでる奴に言え……」
屑野郎、と告げる前に、マッシブーンは先程斬られた後に付いた腹を押さえて激しく呼吸をし始めた。
真っ暗な地面にカランカランと落ちた宝剣が、光を失う。
その瞬間、大嶽丸の頭は復活した。
「ははははは!」
寝転びながら乾いた笑い声を出す五体満足の鬼神に、マッシブーンは動揺せざるを得ない。
「即死とはね……どこからそんな力が湧くんだよ、お前。」
「……誰だ……テメェ」
「私?かつて鬼神と呼ばれていた鬼。大嶽丸。今まで乗っ取ってきた中では……そうだな、お前を除けば三番目に強いかな。」
暗い地面の上で大の字になっていた彼女は、手も足も使わず神通力によって起き上がり、裸足で仁王立ちした。
「安心しなよ。天満大自在天神は死んだ。さっき試したが、もう雷神になることはできない。全く大した奴等だよ。けれど、雷神の魂が完全に滅びた後……私は鬼神になっていた。」
大嶽丸は神通力で二つの宝剣を操り、腰の鞘に納めた。
「雷神と同じように。この鬼神の姿も、本来なら数分間でさえ維持できない。でも今の私の感覚じゃあ、その制限が初めから無かったみたいに感じている。」
言い終わった後、大嶽丸は目を細め、はははと笑った。
「気付いたんだよ。この魂の世界では、肉体に縛られていた頃の常識は通用しない。確証は無いが、恐らくはそういうことだ。」
鬼神大嶽丸──の姿をした乗っ取る者は、腹に手を当てて小さく肩を揺らしている満身創痍のマッシブーンを両目で見つめる。
そして、口を横に大きく開いて断言した。
「お前は、
マッシブーンの身体が酷く強張る。不気味な笑みと共に、言葉は語られた。
「弱者を狩るのは強い奴だ。強い奴を狩るのは、それよりも強い奴だ。私が乗っ取ってきた奴等は、歴史に名を、弱者に恐怖を刻んできた奴ばかり。鬼神大嶽丸も一つの強者の姿に過ぎない。私を殺した先にあるのは、さらなる絶望だけ。」
彼女は宝剣に手をかけながら言った。
「そもそもお前、私を殺せないだろう?満身創痍だ、見れば分かる。仮に全ての私を殺してもお前は惨めに自害するしかない。ハハハ……生き地獄と言う他無い。」
短く笑いながら、大嶽丸は真っ直ぐマッシブーンを見つめる。
「とっとと楽にしてやろう。」
乗っ取る者が姿形を変貌させる──
「お前にとって、最も相応しい姿でな。」
目の前に現れたのは、マッシブーンと全く同じ見た目をした、マッシブーンだった。
途端に彼は、元々揺らしていた肩を更に大きく上下させた。真っ黒な瞳が、悍ましい感情を込めて瓜二つな魂を覗いた。
彼は低い声で、唸るように警告した。
「その姿をやめろ」
「お前が先にやめたらどうだ?」
マッシブーンの姿をした乗っ取る者は、軽々とそう言った。
「あ……?」
一瞬だけ、彼にとってその言葉は理解の範囲外にあった。何を意味するのか、全くもって不明だった。
しかしそれも一瞬だけだった。
目が大きく見開かれた。
口は小さく開いた。
(コイツ)
唾をごくりと飲んだ。
頭の中を古い記憶が駆け巡った。
(
暗闇に、一人の人間が立っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
思い出すのは、初めて人里に行った時のことだ。
そこでは、俺は子供を攫い人里を襲った妖怪として八雲藍に捕えられた。んなことはしてないぜと誤解を解いた後、一つのルールを教わることになる。曰く、人里には人間の姿でないと入れないと。
「そのまま動くなよ。今から貴様を人間に変化させる。ついでに悪事を働かぬよう、弱くするからな。」
「人間になれんのか?俺」
「無論。何だ、願ってもないように聞こえるな。」
藍は冗談混じりのような言い方で、俺の背中に忙しなく何かをしている。目を瞑っている俺は暗闇の中、四本脚で立ちながら待っていた。
「──よし、いいぞ。」
そう言われると、二本足で立っている俺の身体の感覚は、かなり異なるものになっていた。
筋肉を九割九分一度に削がれたような、細くて貧弱な肉体。目を開けた時の視界の狭さ。薄肌色の小さな手のひら。ごわごわと動く口。
山積みの記憶に埋もれていた、──
「………」
「………」
藍も霊夢も、揃って俺を見ながら押し黙っていた。
「そんなに嫌か?人間の身体は。」
「何でもねぇ。」
藍が困惑したように言う。馬鹿野郎、数万年ぶりの身体だ。あんまり懐かしすぎて、あの時はつい片手で顔の上半分を隠した。
「──この身体には二つの魂があった。一つはマッシブーンの魂、もう一つは人間の魂。ある日、片方の魂の中身は消え、空の器のみが残った……」
コイツは、分かりきったことを、とうの昔に清算したことを、嬉々として俺に言った。
「お前なのだろう?生き残った
くくくく、と無表情で笑い出すコイツが、マッシブーンの姿をしているだけで吐き気がする。
「同じ穴の狢じゃないか。私もお前も……全く同じ、乗っ取る者だ。」
呼吸が速くなった気がした。まるで心臓に槍を突き立てられているような。目の前の屑は気にも留めずに続けた。
「人間だ。弱き者だ。一度生を終えたはずが、強者の身体を奪い、そして生き永らえる。素晴らしいじゃないか。誰だって永遠を生き、自由な意思で終わらせられる命が欲しいものだ。そうだろう?」
黒くつぶらな瞳が俺を見つめる。息が落ち着かないまま俺は、俯きながら偽物に言った。
「お前が何を言おうと」
顔を上げ、両目を見開く。
「フランを惨たらしく殺したお前を、博麗霊夢を乗っ取ろうとするお前を、必ず殺す」
「くっくっく」
わざとらしく笑いながら、奴は右前の足を一歩進ませた。
「やってみろよ、ヒョロガリ。」
近付く言葉に、強く歯軋りをした。
(クソッ……人間から戻れねぇ!偽物でも目の前にマッシブーンがいる、それが俺を人間にしやがる!)
奴が右後ろの足を一歩進ませた。俺は拳を握り、胸を強くドンと叩く。しかし何も起こらない。
(勝ち目がねぇ!余計なこと考えんな、霊夢が乗っ取られる!マッシブーンになれ!なれってんだ!)
胸を強く叩き続ける。奴が左の前と後ろの足を同時に前に出す。汗がどろどろと身体中を流れる。
(……分かってんだ……)
視界には、真っ黒な地面しか映っていなかった。
(俺はマッシブーンじゃない……)
何にも疲れ切ってしまって、いつの間にか地面に膝を付いていた。
(俺に、なれるわけねぇ。)
呼吸する音が聞こえる。心臓がドクドク波打っている。
どうして俺は息を吸って、臓物を動かして生きている。数万年前からずっと、アイツの代わりに生きて、アイツの身体を使って、どんな苦難も打ち破ってきた。全部、アイツのものだった。全部奪った屑野郎は、ここにいた。
きっともう、二度とマッシブーンには戻れない。
目の前の偽物に頭を消し飛ばされることが、既に決まっていることのように思えた。
真っ直ぐに立ち昇る。
胸の中心から、青白い狼煙。
「何だ……?」
目の前の偽物の動きが、正体不明を探るために止まった。
青白い靄は一つの塊となり、膨張しながら一つの形を成そうとした。
その後ろ姿は、よく覚えている。
真っ直ぐな髪に付けた大きなリボン。
左手に持つ長いお祓い棒。
冬は寒そうな巫女服。
ここにいないはずの少女──
博麗霊夢。
彼女と出会い、神社を旅立ったあの日に。胸に作られた霊力の『溜まり場』から、博麗霊夢は現れた。
残り3話
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