筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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【前回のあらすじ】
・博麗霊夢たちが力を貸し、マッシブーンは乗っ取る者を倒した
・乗っ取られる前に毒で自害しようと試みた
・再会を約束した少女、八雲紫に救われた



エピローグ
七十三、 千年杉との再会


 

 

 かつて、彼が少女に会った瞬間、彼の世界が彩りを取り戻した。

 

 例えば、真っ暗な空間に取り残されていた。そこに少女がやってきて、手を差し伸べられた。彼女の小さな手のひらに触れると、緑に溢れたジャングルや湯気を漂わせる温泉が再び意味を成した。

 

 あの時と同じように。

 

 彼を救うため、金髪少女一号は手を差し伸べる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 真っ暗闇の中にいた。太陽が沈み切ったウルトラジャングルのような、寂しい場所である。

 

 ここにも、あの時と同じように。いつしか空が裂けて、ウルトラホールが開いて、ぼろぼろな金髪の少女が降ってくるのだろうか。いや、降ってくるはずは無い。何故ならここは現世ではなくて、俺は既に死んでいるからだ。

 

 だから、いかにも怪しげな服を着ていて、白い帽子を被った目の前の金髪少女は多分、地獄の閻魔なのだろう。

 

 (……いや……)

 

 違う。他の誰でもない。

 

 この少女は──

 

 

 

 

 

 

 

 

「一号!!」

 

 

 

 

 長い夢を見ていたようだった。

 

 でなければ、生きているはずはない。がばっと朽ちたはずの身体を勢い良く起こすと、かかっていた布団が俺にくっついてきた。空気はひんやりとしていて、上半身は一気に肌寒くなる。

 

 雀の鳴く声が聞こえた。心臓の拍動も。

 

 (……生きてる……のか……?)

 

「おはよう」

 

 俺の叫び声を聞いてか、すーっと小気味良い音で襖が開き、何本もの尻尾を揺らした八雲藍が朝の挨拶をしてきた。

 

「四日も寝ていたな。身体はどうだ。動くか?」

 

 あまりに平和で穏やかだった。呆気に取られて固まっていたが、やがて返事が出た。

 

「……おう。全く問題ない。」

「そうか」

「なぁ!」

 

 居ても立っても居られずに、俺は少し大きな声を上げてしまった。気を取り直して、続けて言った。

 

「会いたい奴がいるんだ。」

「……それは誰だ?」

「俺に手を差し伸べた、金髪の美少女!」

 

 俺がそう言った瞬間、彼女はふっと目を細め、はははとしばらく笑った。

 

「その前に、私の主と話してこい。」

 

 ひとしきり笑った後、藍はそう言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 外の廊下に出ると、まず目に入ったのが立派な庭園だった。馬鹿みたいに木が生い茂っている地元のジャングルとは全く違い、匠の手が入っている。ここが荘厳な和風の屋敷であることがすぐに分かった。

 

「立派だろう。腕の良い庭師に頼んでいる。」

「あのウブそうな白髪頭の娘か?」

「そうそう」

 

 藍と話しながら歩いていると、廊下の先に橙がいた。元気にマッスルポーズで挨拶されたので、俺もマッスルポーズで返事をする。しばらく無言で心を通じ合わせていたら、紫様を待たせるなと藍にどつかれた。

 

 八雲紫。以前、昔話をした時に聞かされたが、今の金髪少女一号の名前がそれらしい。良い名前だ。俺のなんかよりもずっと。大体一号ってなんだ、雑すぎるだろうが、と心の中の自分をぶん殴ってみる。

 

「着いたぞ」

 

 他愛無い話を繰り返していると、気付けば一つの部屋の前で俺たちは止まっていた。

 

「ここが紫様のお部屋だ。私は朝食を用意してくる。後は水入らず、な。」

 

 そう言って踵を返した彼女が、にやりと笑った気がする。何を期待してやがると言おうとしたが、既に何処かへ行ってしまった後だった。

 

 さて、目の前の襖にそっと指を掛けたが、酷く重いように感じた。

 

 

 "絶対絶対!会いに来ないと許さないから!貴方が来るまで!ずっと恨んでるから!"

 

 

 (あの約束から、千年も待たせちまった)

 

 彼女と最後に別れた時の泣いていた顔を、脳裏に浮かばせる。あれから本当に長い時間が経ったものだ。

 

 (千年分恨んでるってことか……?)

 

 何か、恐ろしいことが起きる予感がした。俺の勘は当たったことが無いはずだが、最近は割と的中している。色々と心配しても仕方が無い。俺は彼女に呼ばれているらしいのだから。

 

「お邪魔しまーす」

 

 少しビビりながら俺はすーっと静かに襖を開けた。

 

 すると。

 

 (……寝ている……な。)

 

 和風の室内にある、こじんまりとした机。

 

 そこに顔を乗せて目を瞑っている金髪の少女。すぅすぅと小さな寝息を立てている。人形のように綺麗に整った顔は、少し大人びてはいるが相変わらず。背丈は随分と大きくなっていた。

 

 言いようの知れない、胸が温かくなるような感情を抱きながら、俺は彼女を起こさないよう慎重に近付いた。

 

 すると、どうやら起こしてしまったらしい。少女は寝息を止めて目を擦り出した。

 

「……藍。彼の様子は……?」

 

 目を瞑りながら欠伸をして、眠そうに彼女はそう言った。

 

 それから溜息を吐いて、彼女は目を開けた。

 

「………………………?」

 

 ぴたりと動きを止めた少女は、しばらく目を合わせたまま固まっていた。

 

「………………………………」

 

 瞼を大きく開いて、信じられないものを目にしているような彼女に、俺は何も言わない。かけるべき言葉が見つからなかったのだ。決して面白がってる訳じゃない。

 

「ちょっと待ってて」

 

 彼女は静かにそう言い、奇妙な音と共に地面に裂け目を作り出し、落下しながら消えていってしまった。

 

「えっ」

 

 すーっと裂け目が閉じると、思わず声を上げた俺は一人きりになった。

 

 起きがけのマッスルボディに慄いたのだろうか。俺がうろうろしながら待っていると、突然すすすと入り口の襖が開く。そこから彼女が何事もなかったかのように入ってきた。

 

 先程まで身につけていなかった白い帽子を被り、どことなく綺麗になった少女は妖艶な笑みを浮かべて言った。

 

「──ごきげんよう、異世界の観光客さん。私の名前は八雲紫。この幻想郷を創った者の一人よ。」

(無理だろ)

 

 先程の隙だらけの姿を無かったことにする気なのか。だが、恨まれているだろうし、とりあえず俺は彼女の妙に余所余所しい言葉を受け入れることにした。

 

「式神から色々と聞かせていただきましたわ。私が眠っていた間に、野蛮な住民たちが残酷にも貴方を襲ったそうですわね。それから、他にも命を狙われた。全ては私の管理不足によるもの。深くお詫び申し上げます。」

 

 そう言って八雲紫は頭を下げた。次にはゆっくりと顔を上げ、神妙な面構えをしていた。

 

「けれど。貴方は幻想郷を呪うどころか、寧ろ幻想郷を救ってくれましたわ。博麗大結界の破壊を目論む者を、私に代わって退治してみせた。本当に、本当に、感謝してもしきれません。」

 

 彼女は微笑し、暗い顔をして俯いた。それまでの調子を崩して、積み上げた塔を瓦解させ、あの頃と同じ声で俺に言った。

 

「完璧な世界を見せたかったわ」

 

 彼女は言った。

 

「貴方に、この世界を好きになって欲しかったの。」

 

 俯きながら言った。

 

「理想は上手くいかないものね……」

 

 少女はしばらく俯いたままでいた。長く垂れた金髪が、朝日に照らされてなどいないのに、キラキラと光ったように見えた。

 

 勘違いをしているのなら正さなくてはならない。伝えなければならない。俺がここに来てから、殆ど全てを愛しているということを。

 

「十分だ、八雲紫。そもそも初めはお前も俺を殺そうとしてきた。」

 

 ゆっくりと顔を上げた紫に、俺ははっきりと断言した。

 

「でもよ。俺はお前が、お前が創った幻想郷が、幻想郷の住民が大好きだ!心の底からな。」

 

 俺は親指を立ててサムズアップをした。

 

 大きく目を見開いた少女は、何かを堪えるような顔を一瞬した後、ふっと微笑んだ。

 

「ねぇ」

 

 彼女は腹を決めるように間を置き、言葉を口にした。

 

「私の名前、忘れちゃった?血鬼。」

 

 そう言わせてしまった時、俺こそとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。

 

 彼女に恨みなど一つも見えない。ただひたすらに、千年の間、俺を待っていてくれたのだ。その名を呼ばれるのを、きっと待っていた。

 

 答えなければならない。全身全霊、全力で、大地を揺らすように。

 

 俺は一息吸い、彼女の名前を思いきり叫んだ。

 

「一号ッ!!」

 

 金髪少女の視線を釘付けにし、俺は言った。

 

「お前がいないと、死ぬほど寂しかったよ。」

 

 恥を忍んで、本音を漏らした。

 

 彼女は、堪えていたものを噴火させるように、顔を歪めてぽろぽろと涙を流した。透明で綺麗な水滴を伝わせながら抱きついた一号を、そっと抱きしめ返した。

 

「私もよ……!」

 

 かくして、遠い昔の約束は守られたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 魔法の森にぽつんと建っている道具屋──『香霖堂』には様々な客が訪れる。と言っても、一日に数人、来るか来ないか程度。

 

 今日は双子のような金髪の魔法使いが二人、やってきていた。

 

「それでさぁ!私たち二人になっちゃってさぁ!酷い目に遭ったぜ!先にお前に見てもらえば良かったなぁ」

「危ないものには手を出すなってな!見るからにやばかったんだよな、あの魔導書みたいなの。あ、ワインでも飲むか?」

「君たち、盗まないという選択肢は無いのかい。」

「借りてるだけだぜ?」

「借りてるだけだぜ!」

 

 黒い帽子を外した霧雨魔理沙たちは同時に言った。懲りてないなとため息を吐く店主、森近霖之助はべらべらと元気いっぱいに声を出す二人の話を聞いていた。

 

 その頃、店の外では。

 

「ここでいいのかな……?」

 

 小さな半妖の少女、クワが物を運んでいた。ゆっくりと腰を下ろし、大きな四角い箱のような機械をどすんと置く。

 

「ふぅ。」

 

 白い息が空を舞う。気温はまだ寒い。霖之助から貰った手袋をじっと見つめた後、彼女は顔を上げた。

 

 すると、一人の人間の男がすたすたと歩いてきた。お客様かと思ったクワは、明るい笑顔で挨拶をする。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 男は少女と目が合うと、しばらく真顔のまま立ち止まり、静かに微笑んだ。

 

「目の調子はどうだ?クワ。」

 

 ざわ、と胸の奥が揺れる。突然、クワの目の前が真っ暗になったように思えた。数週間前の盲目を患っていた頃の記憶が蘇る。

 

「悪いな。前は気付けなかった。」

 

 暗闇の中のその声を、忘れるはずはない。自身の母親を見つけるために奔走し、奇妙な宗教団体から自分を救い出し、親代わりとしてたくさんの愛情を与えてくれた神さま。思い出がぽつぽつと目の奥から浮かび上がるみたいだった。

 

「ま」

 

 よろよろと立ち上がった少女が、清らかな涙を流しながら、その名前を呼んだ。

 

「まっしぶーん、さん」

 

 人間の男が近付き、しゃがんでからクワを弱い力で抱きしめる。その瞬間に少女の涙腺が無抵抗になった。

 

「……うぁ……あぁ……!かま……かまいたちさん……が……!!」

 

 ぼろぼろと涙を流しながら、クワはずっと伝えなければならないと思っていた言葉を必死に絞り出した。

 

「おがあざんだっだんです!おがあざんでしだ!でも……しんじゃっで……」

 

 男は少女を強く抱きしめた。その着物に子供のようにしがみつき、胸に目元を押し付けながら、クワはとうとう抑えられなくなって号泣した。

 

「ゔあああああああああああああああ!!」

 

 あの日の死別と重なる。不器用ながらも見守り、盲目を治す薬を作って貰い、謝りながら亡くなってしまった母親。

 

「あああああ…………」

 

 嗚咽を漏らし続ける彼女を覆う身体は、いつの間にか大きなものに変わっていた。ぼふんと音がしたが、目を瞑っているクワは気付いていない。

 

 真っ赤でムキムキな怪物──マッシブーンが自分をぎゅっと抱きしめていることに、目を開いたクワはやっと気付いた。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

 感情のジェットコースター。突然、泣き声は叫び声に変わった。何しろトラウマの存在が急に少女とゼロ距離でいたのだ。何しろ、博麗神社にもう一度行こうとしても、この化け物がいるせいで行くことが憚られたのだ。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

「落ち着けクワ!俺だ!」

 

 絶叫する彼女に声は届かない。何事かと思いっきり扉を蹴っ飛ばした魔理沙たちがマッシブーンを発見した。

 

「どうした!あ!?起きたのかお前!何してんだ!」

「お前少女愛好者なのか!?気持ち悪いぜ!」

「違ぇよ馬鹿!感動の再会なんだよ!クワ、俺だ!マッシブーンだ!」

「…………へ?」

 

 素っ頓狂な声を出して、クワは押し黙る。

 

「あ…………」

 

 このごつごつとした熱のある感触も、やけに低い声も、クワは覚えていた。それはまだ目が見えなかった時、神社で出会った神様が、自分を抱きしめて人里までひとっ飛びしてくれた記憶。この暖かさは、あの時と完全に一致している。

 

「……!!」

 

 クワは恐ろしい事実を理解した。この怪物こそがマッシブーンの本当の姿であり、それを自分は二度も恐ろしくて逃げたのだ。

 

「あ……!ごめんなさい!ごめんなさい!怖がっちゃってごめんなさい神さま!!」

「どうしたどうしたぁ!俺は何も気にしてないぞぉ!拒絶されたのはこれで三回目だぜ!」

「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

「一回離さないと魔法を使うぜ?」

「あ、ごめんなさい」

 

 マッシブーンは冷静にクワから距離を取った。魔理沙のうちの一人がやれやれという顔をする。

 

「意地悪だなお前。この女の子も盲目だったんじゃ気付けるはずないだろ?」

「あれ、面識あったか?」

「魔法」

「便利な奴だな。本気で気にしてはいねぇよ。だから謝るんじゃねぇ、クワ。鎌鼬に次会ったらぶっ殺されちまう。」

 

 焦って謝罪を繰り返していた少女の顔が途端に曇る。次がもう無いことを、恐る恐るクワは伝えようとした。

 

「あ……あの……かまいたちさんは……」

「知ってるぜ。そうそう、アイツからお前への伝言貰ってるんだ。」

「えっ……!?」

「でもよ、直接言われた方が嬉しいよな?」

「えっ、あの」

「魔理沙、どっちでも良いから霊夢を呼べ!」

「「はいよ!」」

「あの」

「えっ何?どこよここ」

「あの!追いつけなくて!」

「かくかくしかじか」

「成程ね……というかあんた、起きたなら帰ってきなさいよ」

 

 さっき起きたばかりだぜと反論するマッシブーンに、居間でだらだらと過ごしていたらしいところを召喚された霊夢が、地面の上で横になりながら食べかけの煎餅をひょいっと口に放り込んだ。

 

「しょうがないわね。あんたたち二人とも、私の霊力増やしなさい。」

「「了解!」」

「クワ、貴女の母親には何度か助けられているわ。これでお礼になるか分からないけれど、一度だけ母親に会わせてあげる。……いつまでも屍人を追うのは駄目よ。今日だけ特別。」

 

 そう言い、博麗霊夢は霊力を滾らせる。

 

 やがて目の前の霊力の塊が形を成し、クワの母親、鎌鼬が風神として神降ろしされ──

 

  ──されなかった。

 

「あれ……」

「……ど、どうしましたか。」

「拒否されちゃったわ。貴女の母親に。」

「えっ!?」

「……代わりに言葉を預かってる。まずはマッシブーン。」

「あ、俺?何だよ今更、感謝の言葉なんていらないぜババァルクウ」

「"余計なことをするな"ですって。」

「んだとテメェ!」

 

 マッシブーンはぷんぷん怒って両拳をぶんぶん振り回した。

 

「次。いるんでしょ?萃香。」

「──おっ、私?」

 

 突然、何も無かったはずの場所に霧がもくもくと集まり、小さな鬼──伊吹萃香が現れた。

 

 鬼といっても、シンボルマークの角はぽっきりと折れている。マッシブーンは一瞬心模様を曇らせた。それを察知した萃香が笑いながら彼に言う。

 

「もっと喜びな。私の角を折るってのは大層な名誉さ。こんなの数週間でまた伸びるけどね。」

「……爪みたいな感じか。」

「そうそう。ま、今度は飲み比べで勝負と行こうじゃない。断ったらお前の角を引っこ抜いてやる。」

「望むところだぜ」

 

 彼女のいう角とは恐らく触覚のこと。こんな細い角があるかとマッシブーンは思ったが、とりあえずがしっと握手を交わした。

 

「萃香。あんたへの伝言だけど」

「はいはい。どんな罵倒だろうね」

「"今まで世話になった。ありがとう。"……らしいわ。」

 

 瞬間、伊吹萃香は面食らったが、すぐに真顔になってへらっと笑顔を見せた。

 

「直接言いに来なよ。鎌鼬」

 

 彼女は足元に目線を落とし、隠れるように霧となって消えた。流石は酔いのプロである。

 

「最後よ。クワ。」

「は、はい。」

「……私が言ってるんじゃないわよ。"泣き虫が治るまでは会わない"って言ってるわ。」

「うっ……」

 

 それから、と霊夢が間髪入れずに口を開いた。

 

「"愛している"、ですって」

 

 クワが両目を見開き、視界いっぱいに彼女の幻影を捉える。

 

 それから、込み上げてくるものをぎゅっと堪えて、大きな返事をした。

 

「はいっ!」

 

 霊夢は思わず微笑み、マッシブーンは控えめに親指を立てた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 長いこと話した後、俺はクワにこのまま香霖堂に住むのかと聞いた。彼女は少しだけ間を置いた後、居場所をくれた店主に恩返しがしたいのだと言った。俺は強く頭を撫でて、たまにお互いに遊びに行くことを約束した。

 

 夕方、空はオレンジ色に染まっている。神社に近付くと、石畳の階段や道が廃墟のようにボロボロになっていた。

 

 乗っ取られていた俺が暴れた痕跡だ。これから修復だの、お礼参りで忙しくなりそうだった。俺はぴょーんとひとっ飛びして、風情ある階段を無視した。

 

「ただいまー!」

「誰もいないっての」

 

 霊夢にツッコまれながら博麗神社の襖を開けると、同時にぱっと部屋の明かりが灯る。ちゃぶ台の上には何故か湯気を立てているご飯やおかずがずらりと並んでおり、正座で座っている美少女がいた。

 

「お帰りなさーい♡」

「おう、ただいま」

 

 にこにこと笑顔を浮かべている金髪少女一号。それから、ことりと小さな音を立てて料理を置いた八雲藍。あと、ぐうぐう眠っている橙。

 

 どうやら博麗神社は八雲家に占領されたようだ。横に並んでいる霊夢は見たことないぐらいに顔を引き攣らせ、萃香はべろべろに酔っ払っている。

 

「あれぇここ紫の家?」

「マッシブーン、こいつら退治するわよ」

「物騒ねぇ。私から彼に頼んで、一緒に食事をする約束をしたのよ。冷めないうちに食べましょう?藍のご飯は絶品よ。」

 

 今日ここでとは聞いてなかったけどな、と独りごつ。温かそうな晩御飯をちらりと見て、霊夢はため息を吐きながら手を洗いに行った。

 

「──話したいのはね、血鬼。貴方が所有している能力についてよ。」

 

 中華風のご馳走を人間の姿で平らげた後、腹を膨らませた俺は縁側で一号と一緒に座っていた。

 

「貴方は恐らく、他者の能力を奪える力を持っている。自覚はしているかしら?」

「……つい最近分かったばかりだぜ。すまんな、意図的に奪ったワケじゃないんだ。」

「知ってるわよ。それで、霊夢たちに返すことはできる?」

「それもすまない。血を吸えば奪えるっぽいんだが、返す方法は分かんねぇ。」

「仕方ないわね。あまり妖力は使いたくないけれど、鏡に聞きましょう。」

 

 そう言うと、一号はぱっと立ち上がり、目の前にスキマを開いて上半身を突っ込んだ。

 

「鏡に聞くとは何だと思ったろう?」

「知っているのか藍」

「紫様は境界を操ることにより、鏡が真実を映し出すようにすることができるんだ。それによって私たちはお前の戦いを見守っていた。私には到底辿り着けない至高の領域よ。」

「ほー」

 

 便利な力だが、境界を操るってなんだ?恐らく俺の頭には理解できないので、一号がスキマから帰ってくるまで無心で待つことにした。

 

「………」

 

 というか、上半身だけ突っ込んで下半身が無防備な今の状態から早く戻ってほしい。

 

「お前、まどろっこしいぞ。」

「あ?」

「早く紫様と親密な仲になれ。」

 

 突然何を言い出すのかと思えば、急に藍が人間状態の俺の手首をがしっと掴んだ。そしてあろうことか、手の甲を一号の臀部にくっつけやがった。

 

「なっ……!」

 

 ふにっとした感触が腕から脳に走る。何してんだと叫ぼうとすれば、既に藍は脱兎の如くその場から走り去っていた。

 

 同時に、一号がスキマから出てきた。ぐるりと俺の方を向いて、じーっと恥ずかしそうに見ている。俺は伸ばさせられた手をすぐに引っ込めて、無言の視線を冷や汗掻きながら浴びていた。

 

「……違う、違うぜ一号。」

「何が違うの?」

「藍がやったんだ」

「藍なんていないわよ」

「アイツ逃げやがった。」

「……あの子はそんなことしないわよ。」

(クソッ……あの狐野郎……!)

 

 良き信頼関係が築けていて大変素晴らしい。俺に濡れ衣を着せることもお茶の子さいさいか。

 

 一号は顔を紅潮させている。人間の身体になってからというもの、俺もやぶさかではない。だが違う。例えいつかそうなるとしても、そこに至るには俺の勇気を振り絞らなければならない。あの悪戯狐にしてやられることなど、あってはならない。

 

 何かとんでもないことを口に出しそうな雰囲気が漂ったので、俺は非常に焦った。

 

「貴方が望むなら……」

「待て!鏡に聞いたらどうだったんだ一号!」

「え?あぁ……うん。そうね……」

 

 しょんぼりした顔になった一号が、少しの間だけ沈黙した。それから複雑な感情の籠った表情をした後、俺に微笑して言った。

 

「えぇ、能力を返す方法は分かったんだけれど……秘密よ。」

「?」

「しばらくは貴方が持っていて頂戴。何とかする方法を探してみるわ。」

 

 それっきり、能力を返す方法について語られることはなかった。

 

 

 

 

 明くる日。一号に送り届けられて神社に帰ってきた俺は、その日から再び観光を始めた。

 

 まずは紅魔館。……に行ってる途中、射命丸文に捕まった。俺が乗っ取られている間は博麗神社の周りに大きな結界が張られていたらしく、何があったんだと興奮気味に聞かれた。途端に萃香が現れたので、彼女は一目散に飛んでいった。冷たい風が痛いぜ。

 

 気を取り直して紅魔館。あの時声をかけてくれたレミリアや咲夜、フランに礼を言って回った。フランと遊んだり図書館で本を読んだり、メイドの仕事を少し手伝ったりレミリアと紅茶を飲んだ。帰り際に感謝の言葉と一緒に輸血パックを渡されたので、ありがたくその場で飲み干したら変な顔をされた。

 

 次は人里。マッシブーンのままだと食事が取れないので人間の姿で行き、きつねうどんや団子を藍と一緒に食べた。妖夢と幽々子がいたので挨拶しに行くと、また大食い大会が開催されていた。が、幽々子は出禁らしい。大人しく俺たちと食事を取ることに。屋台の焼き鳥を全て平らげ、まだ昼間なのに店主を帰らせていた。

 

 その次は永遠亭。道中、妹紅を仲間に入れて歩いていると、大量のウサギたちが竹林を案内してくれた。永林に会うと鎌鼬の昔話を沢山聞かされたが、俺は彼女についてやはり何も知らなかったのだと思った。帰り際に荒々しい風が吹いたが気のせいだろう。

 

 翌朝、博麗神社でのんびりしていると、フェローチェがやってきた。そういえば昨日は会わなかったし、大事な話があると言っていた気がする。彼女と話していると、とんでもない事実が発覚した。生きてきた数万年の中で最も驚いたかも知れない。涙を流しながら抱きついてくる人間の彼女と、俺は等身大で様々なことを話した。

 

 次は、太陽の畑。

 

 次は、冥界。

 

 次は、妖怪の山。

 

 次は……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「zzz……」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 目を覚ますと、マッシブーンの寝息と萃香のいびきが耳に入ってくる。いや、耳に入ってきていたと言うべきか。若干目覚めが悪いのだから。

 

 私は寝巻きを脱いで、さっさと巫女服に着替えた。肌寒さに目が覚める。白い息をはっと吐き、朝日を拝みに外へ出た。

 

 ここのところ、マッシブーンは飽きもせずにずっと何処かへ出かけている。私からすれば変わり映えのない幻想郷を、それは楽しそうに。

 

 彼の観光に、終わりはあるのだろうか。

 

 

 

 

「………」

 

 そんなことを思っていたからか。

 

 まだ朝焼けもしていない夜明け前。

 

 静けさに包まれた暗闇を切り裂くように、空に一つ、大きな穴がぽっかりと開いていた。

 

 

 

 

「おいおい、ウルトラホールじゃねぇか。」

「!」

 

 ばっと私は後ろを振り返った。さっきまで眠っていたはずのマッシブーンがそこに立っている。いや、私が呆然と立ち尽くしていただけなのか。既に空はオレンジ色の朝日を迎えていた。

 

「霊夢、いつ開いたか分かるか?」

「……昨日の夜は無かったでしょ。私が起きた時には、既に開いてたわよ。」

「だよな、ありがとう。」

 

 彼は短く礼を言う。

 

 そして、背中の羽をぶぶぶぶと動かし出した。

 

「えっ──」

 

 彼が別れの言葉も無しに、四本脚に力を込めている。

 

 

 

 

「マッシブーン!」

 

 きっと私の声は届かなかったに違いない。

 

 彼は轟音を響かせ、大きな穴の向こう側へと旅立ってしまった。

 

 

 

 





 次回 最終話 『勘』
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