【前回のあらすじ】
・マッシブーンと八雲紫が再会を果たした
・しばらく幻想郷で過ごし続けた
・ウルトラホールが開き、マッシブーンは帰ってしまった
がしゃんと鋭い音を立てて、お茶の入った湯呑みが割れた。
「ふ ふふ」
八雲紫は目を細め、恐ろしい笑みを浮かべている。
「逃すわけないでしょ?血鬼。」
そのまま地面のスキマに吸い込まれるように消えた紫は最後までぞっとするような顔をしていた。多分、地獄の底までだって追いかけるのだろう。はぁ、と私は白い息を吐いた。
最終話 『勘』
マッシブーンが元の世界に突然帰ってから、既に三日が経とうとしていた。
同時に八雲紫が姿を眩まし、八雲藍は滅茶苦茶になって動揺している。数日後には帰ってくると伝えても落ち着かずにウルトラホールとやらの前でうろうろしていた。
さて、私は特に焦ることなく、まずは伊吹萃香に声をかけた。にやっと笑って快諾してくれた彼女が霧になって幻想郷中に散らばる。当然、以前起こされた異変のような真似はさせない。単純に、関わりのある人や妖怪を招待するように頼んだ。
次に人里に行って買い出し。彼が前に賽銭箱にじゃらじゃら入れてくれた金貨がまだ残っている。いつもの酒屋からいつもの倍ぐらい高い酒を何本か買おうとすると、お祝いごとかいと言われた。
それから食材。鍋用の野菜と豚肉、天ぷら用の山菜や鶏肉、後は新鮮な卵とかお米とか。風呂敷に詰め込み、3回くらい往復してようやく買い出しを終えられた。
日が落ち始める頃には、既に大勢の人妖が各々の酒や食材を持って集まってきていた。少し埃被った長机を出すと、妖怪たちが側に座ってべらべらと話し出す。既に酒をがぶがぶ飲んでいる鬼がいたから、ちょっとくらい辛抱しなさいと拳骨を喰らわせた。
(準備は整ったわよ)
日は暮れた。すっかり肌寒い夜となっている。用意したのは、身体の芯から温まるような豪勢な大宴会。
(さっさと帰って来なさい。)
空に開いたウルトラホールの前に立ち、私は真っ赤な筋肉お化けが再び現れるのを待っていた。何だか一番最初の初冬を思い出す。
「本当に帰ってくるの?ま、約束を破るような奴じゃあないよね。」
「霊夢、マッシブーンと紫様は何分後に帰ってくる。」
「あと1分くらいかしら。」
「……到底根拠となり得ない筈なのだがな。どうして分かるんだ?」
萃香や藍と話しているうちに、神社の中にいた奴らがぞろぞろと集まってきた。
皆、同じ空を見つめている。
あんたの帰りを待っている。
「私の勘よ。」
藍の質問に答えると、大穴から勢い良く誰かが飛び出そうとしてきた。
「ぐおっ!」
呻き声を上げたマッシブーンは、ウルトラホールに突っかかって抜け出せられない様子だった。よく見ると、逞しい腕の中に笑顔の八雲紫を抱いている。
ひょいっと紫が境内に降り立って、交代するように私がマッシブーンの元へと飛んで行った。
「霊夢!悪いがちょっと引っ張ってくれねぇか?」
「あんたね」
私は両手でマッシブーンの左右の中指を掴み、しっかりと握って全身に霊力を込めた。
それから、有り余るくらいの怒りも込めて、思いっきり引っ張ってやった。
「急に帰ってんじゃないわよ、この馬鹿っ!!」
「ぐああああああああああああああ!!」
彼の叫び声がしばらく鳴り響き、他の奴らも私を引っ張って、大きなカブを引っこ抜く童話のようになった。
「──ふぅ、助かったぜ。ただいま!」
「理由を聞かせてもらおうかしら。」
私の背後でそうだそうだという声ががやがやと湧き出した。何故かマッシブーンと合流したはずの紫の声も聞こえる。
「あっちに色々残してたんでな。これはお土産だぜ。」
どすんと背負われていた大きなカゴが石畳の上に置かれる。そこには大量の見たことがないフルーツが山積みになっていた。
「これがモモンの実、これがオボンの実で、こっちがクラボの実だ。そんでこっちが……」
こんな調子で、彼はカラフルな果物を次々に私たちに紹介した。
「んで、これがダンベル。あと愛読書たち。あとよく使ってた神器と、スッゲェ便利な人造品……とかが入ってる特性のモンスターボール。
カゴの中に入っていたあれやこれやをひとしきり出した後、マッシブーンは立ち上がって私たちに言った。
「まぁ、要は……こっちに移住させてくれって話だ。急いで必要な物を取りに行かなきゃいけなかった。心配かけてすまん!」
彼が頭を下げるのと同時に、パチパチパチと大きな拍手が夜空に響いた。誰も、彼を歓迎しない者なんていなかった。私も一緒に混ざって拍手をした。
「かんぱーーーーい!!」
ようやく、マッシブーンが幻想郷の住人になることを記念する宴会が始まった。人間の姿になった彼はばくばくと山菜の天ぷらや蕎麦を食べ、鍋で暖まっては誰かと話して笑顔になっていた。
「ほらぁ、約束守れマッシブーン!」
「分かった分かった!引っぱんな、千切れるぜ!」
「お前語尾が被ってんだよ!真似してんじゃねぇ!」
「オラー!」
「いてぇなお前ら!」
「咲夜さん、酔いすぎて魔理沙さんが二人に見えますよぉ」
二人の魔理沙に箒で叩かれている彼が元の姿に戻った後、萃香との飲み比べが始まった。二匹とも酒を湯水のように飲んでいく。どっちが勝つかで揉めて妹紅と輝夜が殺し合いを始めそうになっていたので、永林が見えない速度の手刀で気絶させていた。
「」
「」
「手慣れてるわね」
「でしょう?」
「………」
「こわ〜」
永遠亭のウサギ2匹が冷や汗を掻いているのはさておき、酔ったらしいマッシブーンがぐうぐうと眠っている。まだ飲み足りない萃香が上等そうなワインを飲み干そうとしてレミリアと喧嘩になる。
更に酔っているフランがマッシブーンのクチバシにキスをして、レミリアの怒りの矛先がマッシブーンに向いた。
「貴様ァァァァ!!フランの純潔を奪っておいて狸寝入りだとおおおお!!」
「お嬢様、恐らく爆睡です」
「起きろおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うるさいわレミィ」
「うるさいお姉さま!」
てんやわんやの騒ぎになって、思わず顔が綻ぶ。紫に頬を突かれたので指をへし折ろうとしたが逃げられた。
「霊夢……もう少し紫様に優しく接してくれよ。」
「人間には反抗期ってのがあるのよ」
「それが終われば紫様をぎゅっと抱きしめてくれるのか!」
「想像つかないわね」
アリスがくすくすと笑った。一応、育ての親みたいなものだから紫には感謝している。秘密だけれども。私は日本酒を盃に注いでぐいっと飲み干した。
あんなに並べられていた料理も、真夜中に差し掛かる頃にはすっからかんに消えていた。各々が持ってきた酒も、空になって床を転がっている。
流石に酔いが回ってきた。周りにいる殆どの人間や妖怪は、帰宅するか神社で寝ているかだ。朝になったら叩き起こして追い出そう。ぼんやり考えながら、私は目を瞑った。
大騒ぎしている連中を見るのも、豪華な食事やお酒にありつくのも、たまには悪くない。毎日宴会があったら辟易してしまう。時々、何かを祝うからこそ、宴会は良い。
(今日は、あんたが主役。)
ここに住むことを決めてくれたあんたに。
全部守ろうとしてくれたあんたに。
朝、目が覚めたら、ありがとうって言いたい。
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丑三つ時、神社の床に寝転んでいたフランドール・スカーレットがパチリと目を覚ました。
むくりと起き上がり、しばらく呆然とした後、とことこと羽を広げて歩き始める。
辺りは黒い絵の具で塗り潰したように真っ暗だった。夜目が利かなけれは何も見えないだろう。真冬の寒々しい風が吹いていた。フランは気にすることなく、足元でぐたりとしている妖怪や人間たちを避け、一匹の怪物の側に立った。
真っ黒な瞳や銀色のクチバシはこの世の者とは思えない、真っ赤でムキムキな筋肉お化けは穏やかに眠っていた。大きな上半身を縁側に預け、膨張した腕を豪快に広げている。
彼を見つけて、嬉しそうに微笑んだ彼女は静かに口を開いた。
「じゃあね、マッシブーン。」
真っ赤な目を爛々と光らせた少女は、最後の別れの挨拶をしたつもりで、元の寝床へと歩き出した。
その異変は喪失異変と呼ばれた。
数々の強者たちの能力が消え、一匹の観光客の記憶さえもが消えた事件。
真相はこうだった。観光客が血を吸うことで能力は奪われていた。記憶は失われたのではなく、何者かに乗っ取られていたのだった。
結局、黒幕は観光客によって退治され、彼は正式に幻想郷の住民となった。八雲紫の『境界を操る程度の能力』によって、彼が奪っていた能力は全ての持ち主に返され、これにて異変は解決した。
半年後。
夏も終わりかけというのに、真昼間は太陽がジリジリと刺してくるように日光を浴びせてくる。蝉の鳴き声がミンミンミンと聞こえてくる。
ずずずずず。
「巫女の味噌汁はやっぱりうめぇな」
どうしようもなく蒸し暑い真昼間に、ずずずと味噌汁を吸う者がいた。博麗神社に居候している幻想郷の住民、マッシブーンである。側には博麗霊夢もいた。
「こんなに暑いのによく飲めるわね。」
「暑いのは得意だぜ!太陽に飲み込まれてもへっちゃらだ。」
「冗談に聞こえないわ」
風が吹いて、チリンチリンと風鈴が鳴った。彼女が湯呑みに入っている冷たい水をごくごくと飲み、ちゃぶ台に置いてから大きく息を吸う。
「「ハァ……」」
霊夢とマッシブーンが同時に大きなため息を吐いた時、一人と一匹はお互いに顔を見合わせた。
「お前は?」
「私は、最近信仰心が全然集まらないから。暑いって言ったって早朝と夕方は涼しいのに。」
「何でだろうな。俺も手伝ってんだぜ?気さくに話しかけたり、人里で布教を叫んだりよ」
「……原因が分かった気がするわ。で、あんたは。」
「最近血が飲めていなくてだな……」
「あら、味噌汁じゃ満足できないの。」
「味噌汁は身体のプロテイン、血液は心のプロテインだぜ。」
相変わらず意味不明な例えね。ぼんやりと呟きながら博麗霊夢はマッシブーンを見つめた。蝉と風鈴の音だけが、夏を名残惜しむように響いていた。
少女は、包帯を巻いていた腕に触れた。深く刺された痕は塞がっている。また同じ場所を、同じ者に傷付けられることを、彼女は許した。
「いいわよ。ほら。」
「でもよ、血を吸ったら能力を奪っちまう。」
「いいから。」
「……紫に頼めばいいか。」
マッシブーンは感謝しながらのそりと立ち上がった。
その時、赤い鳥居をくぐって境内を歩く少女がいた。
「──あっついなぁ。冷えたお茶くらいは出してくれるでしょうか。」
長い緑色の髪を揺らし、巫女服姿の少女はぼろぼろの階段を律儀に登っていった。
「この神社を頂けば、幻想郷の信仰心は全て私達のもの!なんですが……揉めるでしょうね。ま、私達が負けることは有り得ません。強気に行きましょう、風祝の早苗!」
元気に自身を鼓舞した少女──東風谷早苗は、気合いの入った笑顔でようやく長い階段を登り終えた。
「たのもー!」
彼女が勢い良く叫ぶと、遠くに見える博麗神社の中には……
巫女である博麗霊夢と、その腕から血を吸っている真っ赤な化け物がいた。
「………」
早苗はフリーズした。微動だにせず、日差しが降り注ぐ炎天下で立ち尽くしていた。
すっとマッシブーンが口の針を抜いた瞬間、博麗霊夢は用意していた布で傷口を押さえながら早苗の方を見た。マッシブーンも早苗の方を向き、気さくな挨拶を叫んだ。
「博麗神社にようこそ!俺はマッシブーン!」
その瞬間、ぴくっと東風谷早苗が身体が動いた。そして全身から汗を流しながら、一歩踏み出す。
彼女はマッシブーンを何も恐れてなどいなかった。寧ろ、顔には歓喜を滲ませている。
早苗は目をきらきらと輝かせ、蝉の鳴き声に負けないくらいに叫んだ。
「……まっ、ままままっままままま、
しーんと、霊夢とマッシブーンの間には怪訝な空気が漂った。そのうち霊夢が声を発する。
「誰?」
「ど、どうして私の相棒が現実に!?私の3DSから飛び出してきたんですか!?まさか私に会うために!!」
「……お前、ポケットモンスターサンムーンorウルトラサンムーンをプレイしたことがあるのか……?」
「それ造語じゃなかったのね」
「マシたろ〜〜〜〜う!!!!私ですよ、サナエですよぉ!!」
「おい!それ多分別個体だ!聞いてんのか!」
まるで感動の再会のように目を潤わせながら走ってきた早苗に、彼は手で待ったをかけた。しかし緑髪の少女は止まることを知らない。あっという間に懐に潜り込み、彼女はマッシブーンの鍛え抜かれた腹筋に抱きついた。
「人を覚えていないって、あんた意外に薄情ね。」
「違ぇよ!ファーストコンタクトだ!」
「んなっ、私を忘れましたかマシたろう!貴方とはシングルバトル1000時間を共に歩んできた筈です!」
「相当やってるぜこの廃人」
恐るべきプレイ時間にマッシブーンは慄いた。そのマッスルボディに笑顔でぺたぺたと触り続ける早苗に、霊夢が口を挟む。
「それで、何?参拝客かしら。多分違うわよね。」
はっとした早苗が手を止め、少しだけ一人と一匹から離れ、挨拶を始めた。
「──初めまして、私は東風谷早苗。お察しの通り、貴女と同じ巫女です。」
「へぇ。うち以外に神社なんてあったんだ」
「本当か?俺も聞いたことがないんだが。」
「知らないのは当たり前です。最近、外の世界から神社ごと妖怪の山に引っ越してきたので!」
「……何だと?」
彼女の言葉にマッシブーンが反応する。
「どうしましたか?マシたろう。」
「妖怪の山に新しく神社ができたってことか?」
「はい、そうなりますね。」
「成程!昂ってきたぜ!」
マッシブーンは拳を握りしめ、博麗霊夢に言った。
「今から俺は新しい神社に行く!止めてくれるなよ霊夢!」
「誰も止めないわよ。」
「ウチの子になってくれるんですか!」
「いや?」
「えー」
残念そうな顔をした東風谷早苗に、マッシブーンは言った。
「観光だ、観光!最近暇してたんでな。まだまだ終わらないぜ、
マッシブーンが羽をぶぶぶぶと動かす。
遠くからひっそりと見ていた八雲紫が、嬉しそうに微笑んだ。
「行くぜ、お前ら!」
新たな観光に向けて、彼が飛び立とうとする──
その時だった。
「……待ちなさい、マッシブーン。」
まだ、幕は降りない。最後に一悶着あるのは、どんな物語でもお決まりと言えよう。
「能力、返して貰うわ。」
ふわっと浮いた彼女は今、マッシブーンに血を吸わせたことで能力を奪われている。
能力を返す方法。八雲紫は知っていたが、決して誰にもその方法を伝えなかった。しかし、博麗霊夢はとうに分かっていた。
一体何故なのか。
ともかく、博麗霊夢は能力を奪い返すことにした。
マッシブーンの長い銀色の嘴の先に、彼女はそっと唇を触れさせる。
つまりは、口付けをした。
「!?」
マッシブーンは酷く驚いた。到底有り得ない出来事が目の前に起こった。すぐ近くにいた東風谷早苗は目をまん丸にし、遠くの八雲紫は更に口をぽかんと開けている。
マッシブーンは羽を使わずに浮こうとした。しかし浮けない。彼女の言う通り、本当に能力が返されたことが分かった。
「……何で方法を知ってんだ?」
「決まってるでしょ」
「……クックック」
あまりに感嘆してしまい、マッシブーンは笑い声を上げた。
博麗霊夢も得意げに笑い、同じ言葉を想う。
そして、お互いにサムズアップをした。
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「「
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当たり前とは掛け離れた、七転八起の物語は、真っ赤なポケモンの楽しい観光録は、ここで終わり。
どうか、いつまでも続かんことを。
筋肉蚊の楽しい幻想郷観光 完
ご愛読ありがとうございました。
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追記 あとがきを活動報告の方に移しました。