ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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ハンターになんて絶対にならないと思っていた

 走る。

 獣道を、必死に走る。

 

 

 舗装された道なんてのは、里の外にはありやしない。

 この世界は俺達ちっぽけな人間が生きていくのに優しくないのだ。

 

 しかし、それでも生きていくには走るしかない。

 

 

 何の為か。

 生きる為、糧を得る為、己の力を示す為、大切な者を守る為、そして───

 

 

 

「俺はモテたかっただけなのにぃぃいいい!!」

 モテる為である。

 

 

「なんで逃げるのよ!!」

 隣を走る赤髪の少女が、必死の形相で俺を睨みながらそう叫んだ。今話しかけるな。死にたいのか。

 

「んなもん決まってるだろ!! あんなのに踏み潰されたら死ぬからだわ!!」

「村を出る前はアオアシラくらい余裕だって言ってたじゃない!!」

「お前にはアレがアオアシラに見えるのか!? アレがアオアシラに見えるのか!! そうかそうか!! ハンターの修行の前に眼の治療をして来いバァァァカ!!!」

「今バカって言った!?」

 眉間に皺を寄せて俺を睨む少女だが、俺も彼女も足を動かすのだけは辞めない。

 

 

 身体が本能的に分かっているのだろう。足を止めたら、死ぬと。

 

 

 

 轟く咆哮。

 四足歩行で走る巨体。背中を覆う強靭な甲殻。角を持つ鬼のような頭部。

 人の何倍───否、人が住む家よりも大きな巨体。それが、俺達を今追い掛けている存在だった。

 

 

 モンスター。この世界の支配者である。

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 死ぬぅぅううう!! 嫌ぁぁぁああああ!!!」

「ツバキ、もう少し静かに出来ないの!? 気が散るんだけど!!」

「気が散る前に俺達の身体が散る所なんだよ静かに出来るかボケ───うおぉぉぉおおおお!! 近い近い近い!! 追い付かれる!!」

 視線を少し後ろに向けると、さっきまで叔父さんの家の畑くらいあった距離が実家の小さな家庭菜園場くらいの距離になっていた。

 

 分かりにくいので簡単に言うと、10メートルくらいね。

 あ、これ死んだわ。父さん母さん、先に逝く親不孝をお許し下さい。

 

 

「死にたくないよママぁぁあああ!!!」

「情けない声出さないで───って、ひゃぁぁ!!」

 どうしてこんな事になったのか。

 

 

 何を間違えてしまったのか。

 

 

 

 俺はただ、モテたかっただけなのに───

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 時は数時間前に遡る。

 

 

 カムラの里。

 たたら製鉄が盛んな山紫水明の里で、俺はこの里で生まれ育った。

 

 ここは五十年位前に百竜夜行と呼ばれる災害で壊滅寸前まで追い込まれたものの、復興を成し遂げ今は平穏に人々が暮らす里である。

 

 

 勿論平穏なのは里の中だけだ。

 里の外はモンスターの世界である。狩人───ハンターと呼ばれる人々がそんなモンスターを討伐したり追い払ってくれるおかげで、人々は平穏に暮らす事が出来ていた。

 

 でも俺はハンターが嫌いである。

 

 

「……つまんね」

 畑仕事。

 

 これが俺の生業だ。

 今年で十六になる俺は、そろそろ独り立ちしなければならない歳だろう。

 こうして畑仕事を初めて早一年。嫌でも慣れてしまえば、これが自分の仕事だと言うしかあるまい。

 

 

 ただ、俺はそれがつまらなかった。

 

 

「これはウチケシの実、これは火薬草」

 収穫して、また種を植えて、収穫しての繰り返し。

 大事な仕事だという事は分かっている。誰かの助けになっているのも知っている。

 

 だけど、そうじゃない。

 

 

 俺は昔ガキ大将だった。

 里の子供達の中では一番背が高くて、足も早くて、喧嘩も強くて。

 

 よく虐められていた幼馴染二人を助けるのが俺の日課で、俺の周りにはいつも人が集まってくる。

 物心着く頃には里の子供達を纏めるガキ大将になっていた俺は、当たり前のように大人になったらハンターを目指そうとしていた。

 

 

 村や大切な人達を守る為に強大なモンスターと戦う。

 そんな格好良い存在に、純粋な子供達が憧れない訳がない。

 

 

 だけど大人になるにつれ、俺は現実を知った。

 ハンターなんて普通の人間がこなせる仕事ではない。

 

 俺はガキ大将で子供達のヒーローだったけど、普通の人間だったのである。

 

 

 

「……さて、今日は帰るか。疲れた」

 俺は今日の収穫物を手に、里の中央にある自宅へと向かっていた。

 繰り返しの毎日。俺は畑を管理してるだけで商売をしている訳ではない。こうやって作った物を持ち帰っては商業を営んでいる両親に託すだけである。

 

 

「ツー君!」

 帰り掛け、ハンターの集う集会所と呼ばれる───謂わば酒場から出てきた長身の男が片手を大きく振って話しかけてきた。

 

 金色の髪に整った容姿。

 しかしその身には、強靭なモンスターを倒して手に入れた素材で出来た防具を纏っている。

 

 

 ハンターだ。

 

 

「誰ですか? 旅の方ならそこの酒場で案内を頼むと良いですよ?」

「ひ、酷いなツー君。二日間会ってないだけなのに僕の顔を忘れるなんて」

「嫌味だと気付けバカ。こっちが馬鹿馬鹿しくなるわ。……何のようだジニア」

 ツー君、と俺を呼ぶこの男。

 

 昔、俺がガキ大将だった頃に鼻水を垂らしながら俺に着いてきた幼馴染二人の内の一人である。名前はジニア。

 あの頃は大人しくて泣き虫で俺の背中ばかり追いかけていたチビだったのに、今や俺の身長を遥かに抜き───立派な狩人として成長したのだ。

 

 

「ツー君に合わせたい子がいてさ」

 ちなみにツー君とは俺の名前───ツバキから来ている。子供の頃の呼び方がそのままこの歳になっても呼ばれるのは苛立たしい。

 

「テメェまた新しい女か。死ね」

 昔、俺はモテていた。

 

 

 ガキ大将。

 子供達のヒーローだった俺は、近所の女子からモテモテだったのである。チヤホヤされていたのである。

 

 しかし、今は違った。

 誰も近所の農家のチビなんて相手にしない。

 

 

 皆のヒーロー、村のハンター。イケメン。

 このジニアという男は、俺から全てを奪った男である。

 

 俺に告白してきたエーコもビーミもシーナも、今や全員この男の虜だ。死ね。

 

 

「違う違う。いや、新しい彼女はまた出来たんだけど、それはまた今度として」

 そしてコイツはこういう奴である。死ね。

 

 

「帰って来たんだよ! カエデが!」

「……あ?」

 俺には仲の良かった幼馴染が二人いた。

 

 一人はこのカス、ジニア。

 もう一人は───

 

 

 

「泣くなカエデ。俺が取ってきてやるから」

「あ、危ないよツバキ! あんな高い木に登ったら死んじゃう!」

「大丈夫大丈夫。俺は最強だから。なんたって俺は、里一番のハンターになる男だからな!」

 子供の頃、俺がまだガキ大将だった頃。

 

「───ほら、取れたぞカエデ!」

 鈍臭くて直ぐに転んだり、買ってもらった団子を直ぐにフクズクに取られるカエデという名前の女の子の幼馴染がいたのである。

 

 

「ツバキは本当にハンターにならないの?」

「ならない」

 しかし彼女は二年前、ハンターになると言ってこの里を出て行った。

 

「俺達なんかがハンターになれる訳ないだろ。辞めとけ」

 俺はお前には無理だって何度も止めたのを覚えている。

 ハンターになるのを辞めた俺の知らない所でジニアがハンターになって、カエデまで俺を置いていってしまった。

 

 

「ツバキなんてもう知らない!」

 殆ど喧嘩別れみたいな別れ方をした彼女の顔を思い出す。結局俺は彼女を止める事も出来なかった。

 カエデがハンターになる為に修行に出て二年、そんな彼女が帰って来たらしい。

 

 

 

「カエデが、ねぇ」

「どうしたのツー君? 会いに行かないの?」

 合わせる顔があるだろうか。

 

 

 彼女は多分、立派な狩人になって帰って来たのだろう。対して俺がこの二年何をしていたかというと、畑仕事だ。

 

 

 合わせる顔がある訳がない。

 

 

「畑仕事だぞ」

「え?」

「俺の仕事は畑仕事だぞ!?」

 里一番のハンターになる男とか言っていた奴が、知らない間に農家になってたら笑われるだろ。恥ずかしいわ。会う訳ないだろアホか。

 

 

「という訳で俺は帰───カエデ?」

 ふと振り向く。

 

「ツバキ……」

 短めの綺麗な赤い髪。同じく赤い真っ直ぐな瞳。

 

 里の新米ハンターが身に付ける防具を身に纏ったその少女は、ハンターというには華奢なその身を俺に向けて固まっていた。

 

 

 二年ぶりの再会である。

 

 

 ここは里の集会所前。

 狩人になった彼女が居ても、なんらおかしくない。

 

 

 突然ジニアに聞いた話で心の準備が出来ていなかった俺は、手に持っていた収穫物をポーチにねじ込んで彼女の元へ歩いた。

 

 

 

「立派なハンターになったようだな、カエデ。実は俺もハンターになったんだぜ」

 嘘である。

 

「え、ツバキ。ハンターにはならないって───」

「気が変わったんだ。俺はもう立派なハンターよ」

 嘘である。

 

「あの日お前に怒られて気が付いたんだ。俺はやっぱりハンターになるべきだってな。そして俺は今さっき、イャン……いやん? いゃんくくす、いゃん?」

「イャンクック?」

「そう、そのイャンクックを倒してきた所だ」

 嘘である。

 

「凄い、ツバキ。やっぱりツバキは凄いよ!」

「だろ」

 嘘である。

 

 

 思春期男子。

 それは、異性の前で格好付けたくなる者なのだ。

 

 子供の頃、モテにモテまくっていた俺は謎の自尊心が非常に高く育ってしまったのである。

 その結果。今でも俺はモテると思っているしモテたいと思っているのだ。女の子に恥ずかしい所を見られたくないのだ。格好付けたいのだ。里の女子全員にモテたいのだ。それは二年間里から離れていたカエデだって例外ではない。

 

 実際は里の女子皆ジニアの虜だけどね。死ね。

 

 

 

「じゃあさ、ツバキ。一緒にアオアシラの討伐に行かない? 帰ってきた私の実力を見て欲しいの。……そして、また前みたいに三人で───」

「良いぜ」

「ツー君?」

 もう一度言う。

 

 俺は思春期男子だ。

 

 

 それが全ての失敗の始まりだったのである。

 

 

 

 

 そして時は現在。

 

 俺達はアオアシラの討伐というクエストを受けた。

 狩人だった兄の装備を倉庫から拝借し、兄のギルドカードを少し書き換えてクエストを受注。

 

 

 里の近くに迷い込んだアオアシラというモンスターの討伐。

 これが俺達が請け負った仕事である。

 

 ちなみにアオアシラは図鑑で見た事しかない。けど、ジニア曰く「モンスターの中では小さい方だから大丈夫だと思うよ、頑張ってね」との事なので大丈夫だと───思っていた。

 

 

 

「いや小さい方ってなんだ!! これが小さい方ならデカい奴は山と同じ大きさってか!! そんな生き物が居るわけないだろバカか!!」

「確かに普通のアオアシラより大きいかもしれないけど、大丈夫! アオアシラなら私は一度討伐成功したことあるから!」

「そもそもアレはどう考えてもアオアシラじゃねーだろ!! アオアシラは角なんか生えてないの!!」

 アオアシラ(?)から逃げる俺達。

 

 そもそもノリでクエストに来てしまったが、それはそれとして。

 

 

 早速モンスターを見付けた俺とカエデはソレがアオアシラだと思ってちょっかいを掛けてしまったのである。

 遠目で見たらそんなに大きくないし、四足歩行で背中が甲殻で覆われているという特徴は一致していた。

 

 しかし、いざ近付いてみたらどう考えてもそれはアオアシラではなかったのである。一瞬考えたけど、ソイツが口から炎みたいなのを漏らした時点で俺達は同時に逃げた。生存本能という奴である。

 

 

 

「なんか確かによく見たらアオアシラじゃない気がする!」

「よく見なくてもアオアシラじゃないわ!!」

「とりあえず、あの岩の上まで登って逃げるわよ!」

 そう言ってカエデは、視界の先にある犬の頭のような形をした岩を指さした。

 

 

 見上げるような高さのあるその岩は、完全に崖になっている。

 

 

 俺はカエデが何を言っているのか分からなかった。

 

 

 

「人間に出来る範囲で作戦を提案して頂いて宜しいでしょうか!?」

「翔蟲で一気に登るだけじゃない!」

「かけりむ? なにその技。忍術?」

「翔蟲よ! この子達!」

 そう言ってカエデは、腕に引っ付いたなんか気持ち悪い巨大な虫を俺に突き付けてくる。なんだその虫。キモ。

 

「え、もしかして……翔蟲連れて来てないの!?」

「そんなキモいペット連れて来るわけないだろ!! 何の役に立つんだよ!! 近付けんなキモいわ!!」

 虫は苦手だ。てかこの状況でそんなムシケラに何が出来る。

 

 

「……っ、もう! しょうがないわね!」

 そういうとカエデは俺の手を掴んで、俺に抱き着くように身体を密着させた。あ、女の子の感触がする。でもあんまり大きくないね。

 

 とか言ってる場合じゃない。

 

 

「跳ぶわよ!!」

「何をする気だぁぁあああ!!」

 身体が浮いた。

 

 

 カエデの腕にくっついていた虫が飛び出しながら糸を垂らし、カエデはその糸を掴んで高く跳躍する。

 もう一匹、同じ姿の虫が飛び出して同じ行動をもう一回。

 

 

 見上げるような崖。

 巨大なモンスターが小さく見えるような高さまで、彼女はその虫の力を借りて俺を抱き抱えたまま登り切ったのだ。

 

 

「……ふぅ、ありがとね」

 虫を撫でながら崖下を覗き込むカエデ。崖の下では、アオアシラのママみたいな奴が角を生やして俺達をに並んでいる。

 

 もしかして俺達がアオアシラを討伐しようとしたから怒っているのかもしれない。いや、違うわ。やっぱりどう見てもアオアシラじゃないわ。

 

 

「アレ、よく見るとアオアシラじゃないわね」

「だから何度も言わせるな」

「それじゃ、アレはなんなのかしら……」

 そんな事を俺に言われても分からん。俺はハンターじゃない。

 

 ノリでここまで来てしまったが、よく考えなくても俺にはあの化け物どころかアオアシラだって倒せるか分からないのだ。

 ここは里に逃げて、正直に話そう。

 

 

「とりあえず、帰ろうぜ。アレは俺達新米ハンターになんとか出来る相手じゃないだろ」

 俺は新米ハンターでもないけどな。

 

「ねぇ、あのモンスター、登って来てない?」

「は?」

 言われて、俺は下を覗き込んだ。

 

 

 それだけで俺の腕よりも太い強靭な爪。

 口から炎みたいなものを漏らしながら、そのモンスターは崖に爪を立てながら登ってこようとしている。

 

 

「ぴゃぁぁぁああああ!!!」

「に、逃げた方が良いわね。飛び降りるわよ!」

「いやこの高さから落ちたら死にますけど!?」

「ハンターなんだから大丈夫よ!」

 なんだその謎理論は。ハンターだろうがなんだろうがこの高さから落ちたら人間は死ぬわ。

 

「お、俺はここで助けを待つぞ! アイツだってそう簡単に登って来れる訳じゃ───」

「ツバキ、危ない!」

「───は?」

 それは一瞬の出来事だった。

 

 

 崖を登ってこようとしていたモンスターが身を振ったかと思えば、紫色の炎のような何かが崖の上まで飛んできたのである。

 カエデはその炎から俺を庇い、声にならない悲鳴をあげてその場に倒れた。一瞬「逃げて」と掠れた声を漏らして。

 

 

 

「……カエデ? おい、カエデ! カエデ!!」

 その身を揺すっても返事はない。ただ苦しそうに表情を歪めている。

 

 生きているが、このままじゃ危ない。

 

 

 俺は何をしてるんだ。

 

 

 俺はただ、モテたかっただけなのに。

 

 

 

「……責任は取る。俺も男だからな」

 どうせ死ぬ。

 

 

 あの日からずっと分かっていた事だろう。

 だったら、今くらい格好を付けてもバチは当たらない。俺は、ハンターにならなかったのだから。

 

 

 

「ここで待ってろ、きっと助けは来るから」

 気休めに、農場で取れた新鮮なウチケシの実を気を失っている彼女に無理矢理咀嚼させ、俺は崖の下に視線を落とした。

 

 

 モンスターは未だに崖を登ろうとしている。

 ここから飛び降りたら、人間は死ぬ。

 

 飛び降りなくても、俺は死ぬ。

 

 

 なら、答えは単純だ。

 

 

 

 さっきの虫がカエデを心配そうに見ている。

 キモい。だけど、食べようとしてる訳じゃないなら良い。

 

 

「カエデの事よろしくな」

 そう言って、俺は崖から飛び降りた。モンスターの頭上に向けて。

 

 上手くいけば俺が降って来た衝撃でモンスターを崖の下に落とす事が出来る。

 そうでなくても、モンスターが俺を狙って崖から降りてくれればそれで良いのだ。

 

 

 これが上手くいこうが上手くいかまいが、俺は死ぬ。

 でも、こうしないとカエデまで死ぬ事になるかもしれない。それだけはダメだ。

 

 ──ツバキ……助けてよ、ツバキ───

 ──俺はハンターになるぜ。そして、お前達も村の皆も、俺が全員守ってやる──

 約束したのだから。

 

 

「しかし、まぁ───」

 ───死ぬ前にモテたかった、なんて思う。

 

 

 

 衝撃に、俺の意識は飛び散った。

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