嵐が吹き荒れる。
対は何処
その日、カムラの里周辺を大きな嵐が襲った。
対は何処
その嵐は、里だけではなく世界そのものを包み込むように広がっていく。
我は狂飆
滝のような雨。
並べて薙ぎ
薙ぎ倒される木々。
楽土が辻の淵と成らん
追い立てられるモンスター達。
同日、大社跡で一匹の竜が里にまで聞こえてくるような咆哮を上げた。
◆ ◆ ◆
晴天である。
「昨日の嵐が嘘みたいだな」
畑に落ちているゴミを拾いながら、俺は視線を持ち上げてそう言った。
雲一つない晴天。
しかし、俺の畑は嵐によって運ばれて来た木の枝やらなにやらでゴミまみれである。
幸い嵐への対策はしておいたので作物が全滅なんて事にはなってないが、それでも倒れてしまった苗から滴る雨水の虚しい事よ。
「……こんなもんか。ハンターになったらこの畑どうするかねぇ。いや、兼業か」
ある程度ゴミを拾い終わってから、俺は自分の畑を少し眺めて再びそのまま視線を上げた。
何度見ても雲一つない晴天である。
「ん?」
ただ、雲一つないなんてのは語弊があって、かなり遠くに視線を向ければ何処かしらに雲がある訳で。
その遠くの雲の中で、何か巨大な物が動いた気がして目を凝らすと───
「ツバキぃ、ここに居たか。やっと見付けたし」
突然背後から声を掛けられて、俺はその何かを見失ってしまった。
なんだったんだろうか、今のは。
「……な、なんだ? エーコか。こんな所で何してんの?」
「それはこっちの言葉だし。あんたハンターになったんしょ? なんでここにいんの?」
声を掛けてきたのは、赤い髪をカエデと違って腰まで伸ばした女の子───エーコである。
「……いや、えーと、親の畑の手伝い」
「偉いじゃーん、ハンターなっても畑手伝うとか働き者だし」
小さな頃はよく一緒に遊んだ仲だが、今ではこうして話し掛けられる事は珍しくなった。いや、珍しいというかそんな事最近あっただろうか。
「そ、そうか……で、何用?」
そんな彼女が俺に話し掛けて来たというのは、つまり───
「───俺に惚れたか」
───やはりハンターになったらモテるという事か。
ふ、遂に来ちまったよモテ期。
「んな訳ないじゃん」
「泣くよ? んじゃ何。なんなの、冷やかし?」
「ちょっとさー、付き合ってくんない?」
「付き合う……だと」
やはり、来ていたよモテ期。
なんだよエーコの奴、恥ずかしがらなくても良いんだぜ。俺の事が好きになっちまったなら、素直にそう言えば良いのにさ。
「おう、任せろ。付き合おうぜ!」
「オッケー」
よっしゃぁぁあああ!!! 彼女ゲット!!! やったぁ!!! ハンターになって良かった!!! まだハンターじゃないけどぉぉおおお!!!
そして即デートという事なのか、エーコは「着いてきてー」と俺の手を掴んで歩き出す。
おいおい、こういう時はちゃんと恋人繋ぎで歩くもんだぜ。恥ずかしがるなよ。
「───ツバキ連れてきたよー、ジニア様」
「あん? ジニア様?」
そんな訳でエーコに連れて来られた先───里の端の方にある民家の前にはジニアが立っていて、俺の手を適当に離したエーコはジニアに抱き着いて「ちょージニア様の役に立っちゃったもんねー」と満面の笑みを見せた。
あ、付き合ってってそういう事ですか。
「や、ツー君。ちょっと手伝って欲しい事があったからエーコに呼んでもらったんだ。……鬼みたいな顔してるけど、何かあった?」
「お前を殺す」
「あまりにも唐突」
なんなのコイツ。なんなの。なんでコイツばっかりモテるの。コイツがハンターだからか。俺も里ではハンターって事になってる筈なんですけどね。
やっぱり本物のハンターじゃないとダメですか。
「……まぁ、今回は許そう」
「何故怒ってるか分からないけど、特に用事とかなかった?」
「あー、とりあえず畑の仕事は終わらせたから問題ないけど。手伝って欲しい事ってなんだ?」
「コレ、見て欲しいんだけど」
そう言ってジニアは親指を背後に向けて横目で指先の物に視線を送る。
彼の背後には民家がある訳だが、その民家───嵐の影響か半分くらいバラバラになっていた。
「……うわ。これ、住んでる人大丈夫だったのか? ここ誰の家だっけ」
「あたし」
エーコの家だったよ。
「……だ、大丈夫だったのか?」
「あたしと両親は潰れてない方の部屋に居たからね。けど、ばーちゃんが潰れちゃって大変だったんだよねー」
「大変だったで済まなくない!?」
「でも家が潰れた途端に里長が来て、ばーちゃんを一瞬で助けてくれたんだよね。マジハンターすげーって感じ。筋肉里長流石だったわ」
いや里長凄過ぎだろ。あの嵐の中他人の家守ってたのかよ。本当に人間か。
「んでそん時さ、あたしが驚いてたら里長が『ハンター、否。男ならこのくらい出来て当然だ』って言ってたんだよね。マジパネェ男。ツバキも出来んの?」
出来る訳ないだろ。
「出来るよ」
出来る訳ないだろ───しかし、俺には女の子の前で見栄を張らないと死ぬ呪いが掛かっているのである。そんな訳もないだろ。
「つー訳で、ばーちゃんは無事だったんだけど家がこの通りだからさー。困ってた所をジニア様が来て瓦礫の掃除手伝うよって言ってくれた訳! マジジニア様聖人って感じ!」
「と、いう訳でツー君。手伝ってもらって良いかな?」
聖人ジニア様の手伝いをするのは死ぬ程嫌だが、エーコの家族も困ってるし仕方がない。
人を助けるのもハンターの仕事だし、そもそもハンター以前にそれは男の仕事だ。
あと此処で良い所見せてあわよくばモテたい。
「任せろ、俺は里一番のハンターだからな」
「よ、ツバキング! あたしはここで団子食べながら応援してるからな」
「出張茶屋だよー、お団子は如何? 作り立てのうさ団子が食べられるよー!」
冷やかしてくるエーコと、何故か荷車を引きながら団子を売っているヨモギを他所に俺とジニアは瓦礫を退かす作業を始める。
「ツバキングって何」
「格好いあだ名だね」
「格好良いか?」
「ところでツー君って力持ちだよね」
「話を逸らすな」
「二年間ハンターを続けてた僕よりも腕力あると思うよ」
「……畑仕事舐めるなよ。筋肉だけは無駄にあるからな俺。あとエーコに聞こえるから辞めろ。俺がハンターじゃないってバレるだろ」
「いやいや、ツー君はどこからどう見ても立派なハンターだよ」
満面の笑みでそう言うジニア。
俺の何処がハンターなんだ。
畑仕事してから家の瓦礫の掃除してる人間だぞ。
「……お前の方がよっぽど立派なハンターだよ」
ふと、ジニアとカエデが力を合わせてクリアしたオサイズチ討伐のクエストを思い出す。
俺は本当に見ているだけだったし、真似をしろと言われて今の自分に出来るか分からなかった。
本物のハンターへの道のりはまだ遠い。
「───ぬぉぉぉおおおお!!!」
「頑張れツー君!」
「頑張るんだ愛弟子!」
数時間後。
最後の大物を持ち上げる俺を、ジニアと何故か教官が応援してくれている。
いや応援してるのかコレは。完全に冷やかしだろ。教官はともかくジニアは手伝えよ。
「でりゃぁぁぁああああ!!!」
最後の一つ、多分家の柱だった木を持ち上げて、俺は瓦礫を集めた荷車にその柱を投げ付けた。
もしかしたら俺、大剣とか使えるかもしれない。
いや、太刀の方が格好良いしモテそうだから太刀にするけど。
「……つ、疲れた」
「お疲れ様、ツバキン君」
「色々混ぜた変な呼び方は辞めろ。というかお前途中からサボってたろ」
「ごめんごめん、休憩してたらエーコが離してくれなくて」
死ね。
「里の人の手伝いをするなんて偉い! 流石俺の愛弟子だ!」
「いや教官はなんで居るの? 暇なの?」
「ちょっと愛弟子に用事があってね。付き合ってくれるかい?」
「え、教官まで俺の事を? ウホッ。……じゃなくて、俺にそんな趣味はないです」
「ジニアも、里のハンター全員に招集が掛かってるんだ」
俺のボケは華麗にスルーされてジニアにも声を掛ける教官。
ついにモテ過ぎて来るところまで来てしまったかと思ったが、全くそんな事思っている場合でもないらしい。
里のハンター全員に招集が掛かるって一体どういう事だろうか。そもそも俺はハンターじゃないが、そこは教官も一応気を遣ってくれてるのだろう。
「なるほど、分かりました。エーコ、悪いんだけど残りは家族の人達と出来るかい?」
「オッケー、ありがとねジニア様。ツバキングも! ありがとう!」
「その呼び方気に入ったの?」
「ツバキング!」
「分かったから」
しかし、ありがとうか。なんだか悪い気がしない。
人の為に何かをするというのは、畑仕事だって立派な事だ。だけど、こうして面と向かってお礼を言われるのはやっぱり嬉しい。
きっと本物のハンターは、もっと色んな人に褒められたりお礼を言われたりするんだろう。
早くハンターになりたい。そんな事を思うのだった。
「───集まってくれたな、皆」
筋肉里長こと、里長のフゲン。彼は全員が集まったのを確認して、閉じていた目と口を開く。
「今日集まってくれたのは他でもない、昨日の嵐についてだ」
里長の声に「嵐について?」と誰かが首を傾げた。
何故ハンターを集めて嵐の話をしているのだろうか。アレはモンスターではなくて、自然現象である。
人間が何をどうしたって、ソレを倒す事は出来ない。
「昨日の嵐を起こしたのは、モンスターという事ですか?」
ふと、ジニアが目を細めてそう言った。
何を言っているのか分からない。モンスターが嵐を起こした、そんな事があり得るのか。
「……うむ、鋭いなジニア。里の者にはまだ公表していないが、百竜夜行の兆しありという文が俺の元に届いている。この事と関係あるのかは分からないが、昨日の嵐はつい前日まで里の気象予報士にも予測出来なかった……予兆のない嵐だ」
この里の気象予報士は優秀で、ある程度の天気なら数日前に予測出来る。
その気象予報士が、嵐を予測出来なかった。
「そんな事が出来るのはモンスター、否───古龍に他ならない」
「……こりゅう?」
聞いた事のない言葉に俺は首を傾げる。里のハンター達は俺と同じ反応をしたり驚いたりと、どちらにせよ想像していなかった言葉のようだ。
「嵐を呼ぶ、嵐を巻き起こすモンスター。……クシャルダオラや、ユクモ村付近に現れたアマツマガツチというモンスターの可能性も」
教官が顎に手を向けてそう言うと、さらに集まったハンター達は響めきだす。
聞いた事もないモンスターの名前に、俺はどう反応したら良いのかも分からなかった。
「鎮まれ」
深い声が、辺りを一瞬で静寂に満たす。
「この事について、ゴコク殿から話がある」
「皆、良く聞いてくれでゲコよ」
里長の言葉に続いて、巨大なカエルの上に乗った竜人族のおじいちゃん───カムラの里のギルドマネージャー、ゴコクのじっちゃんが口を開いた。
「この事に付いてはまだ諸々が調査中でゲコ。この嵐が本当にモンスターの仕業なのか、この嵐が百竜夜行と関係あるのか、それもまだ分からない話でゲコよ。……しかし、ハンター諸君には心の準備をしてもらいたくてこの話をしたでゲコ。今は焦らず、時が来た後に己の使命を全うして欲しいでゲコ」
じっちゃんのその言葉で、その招集は解散となる。
大多数の人達が離れて行ったのを確認してから、俺は里長とじっちゃんに話し掛ける事にした。
どうも気になる事があるからである。
「里長、じっちゃん。ちょっと」
「おう、ツバキ。ぬかりはないか? 修行はどうだ」
「おかげさまで、と言いたいところだけど分かりません。……っていう話をしたいんじゃなくて」
里で俺がハンターじゃないのを知っているのは里長とじっちゃんに教官、後はジニアとイオリと行商人のあの人くらいだ。
俺を此処に呼んでくれたのは里長達の気遣いだろうが、俺だって将来はハンターになる男である。役に立つ情報かどうかは分からないが、言わずにはいられなかった。
「どうしたでゲコか、ツバキ」
「今朝、遠くの雲の中になんか巨大な生き物みたいなのが見えたんだよ。さっき言ってた
「雲の中に、巨大な生き物か」
俺の言葉を聞いて、里長は目を細めて視線を俺の後ろにいたウツシ教官に向ける。
「ウツシ」
「はい、分かりました里長。早速調べてみます」
「え、いやいや。そこまで俺の話に信憑性がある訳でも」
「いや、ツバキ。お前は目が良いからな」
「それに、今は少しでも情報を集めたいでゲコ」
なるほど。少しでも役に立ったなら、俺も話した甲斐があるってものだ。
「それじゃ、愛弟子。俺は少し里を出るけど、修行は頑張って続けるんだ」
「おう」
「ツバキ、修行って?」
そんな話をしていると、突然カエデが話し掛けてくる。具体的な話は伏せながら話していたから良いが、突然話し掛けられたので少しビックリした。
「え、えーとアレだ。さらに強いハンターになる修行」
「ツバキ、もうハンターとして凄いのに。偉いわね」
いや全然偉くないからね。
「お話、よろしいですか?」
さらに、今度はまた別の女性が俺に話し掛けてくる。いや、本当にモテモテだな俺は。
で、確かこの人は───
「……えーと、ヒノエさんか」
「正解でーす。ふふ、ツバキさんにやっと覚えて貰いました」
やだ何その反応可愛い。俺の事好きなの? 結婚して。
「先程ゴコクさんに話していらしたお話、私にも聞かせて欲しいのです。うさ団子でも食べながら」
デートじゃん。
「任せて下さい! めっちゃ話しましょう! 凄く話しましょう! 根本から作物の末端まで話しましょう!!」
「ちょ、ツバキ!?」
カエデが何故か驚いているが、俺は今それどころではないのだ。
いや、今朝からおかしいと思ってたんだよね。やっぱり始まってるよ俺のモテ期。この時期を逃す手はない!!
「───カエデ、ジニア。お前達二人にもしてもらいたい事があるのだ」
俺がヒノエさんと茶屋に向かおうと歩いている途中。里長のそんな言葉が耳に入る。
ただ、その後の言葉はヒノエさんとのデートが楽しみで耳に入ってこなかった。
「───これより数日、二人も含めた数人のハンターに交代で大社跡を偵察して欲しい。事は、思っていたよりも深刻やもしれん」
「分かりました、里長」
「数人って事は、ツバキもですか?」
「いや、ツバキには他の役目がある」
「さ、流石ツバキね。分かりました、私も頑張ります!」
───だから俺は、この後何が起こるのか全く想像も付かなかったのである。