ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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兄さんの事を思い出した

 実は俺は兄の墓参りに行った事がない。

 

 

「悪いな、カエデ。付き合ってもらって」

「ううん。大丈夫よ。今日は暇だったし」

 正確には、今日初めて兄の墓参りに来た───というのが正しいだろうか。

 

「ハンターってもしかして暇なの?」

「ツバキだってハンターじゃない。あー、でも、ツバキはハンターのお仕事の他にも色々やる事が多いわね」

 兄が死んでから俺は、人の死という物から逃げてきた。怖かったのだろう。

 

 今だって怖い。

 

 

「よーし、こんなもんか」

「綺麗になったわね」

「ウチの親はガサツだからな。ご先祖様や兄さんもさぞ汚い墓にお怒りだったろうよ」

 遺骨を埋めた墓石を綺麗にして、ジニアがやっていたように花や果物を置いた。

 

 何処かの誰かの教えによれば、仏さんになった人達は別の世界で俺達を見守ってくれているとかなんとか。

 正直良く分からん。

 

 

 だから、これは俺にとってケジメである。

 

 

「ちょっとさ、集会所行きたいんだけど」

「私は良いけど。クエスト?」

「いや、ミノトさんに会いたい───何その顔」

「……何でもないわよ」

「えー。いや、話を聞きたいんだよ」

 俺がそう言うと、カエデは「話って?」と首を傾げた。

 

 

「兄さんの話」

 今日は少し、兄の事について話そう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 俺には二つ歳上の兄がいた。

 

 

「兄さん、ハンターになったのか」

「そうだ。お前より一足先にな」

「狡い。俺も早く兄さんみたいにハンターになりたい」

 兄は優秀な人間だったと思う。

 

 俺よりも背が高くて、頭も良かった。

 人望もあったし、ただかけっこが早い俺なんかよりもずっと努力をしてきた人間である。

 

 ただ、俺と変わらないのは───子供の憧れとしてハンターの道を進んでいた事だ。

 

 

「まだツバキには早いな。ほらこれ見ろ、今日倒したモンスターの素材だ。これをあげるから、しっかりウツシ教官と修行しろよ」

「あの槍で倒したの?」

「これは操虫棍だ。それで、これは俺の相棒」

 そう言って、兄は猟虫と呼ばれる虫を俺に見せてきた。

 

 俺は当時───それどころかここ最近まで操虫棍と呼ばれる武器が猟虫と共に戦う武器だという事を知らなかったのである。

 相棒だと虫を紹介されて、俺は兄の気が狂ったのかと思った。

 

 

「アイルーじゃないの?」

「オトモはまだかな。でもほら、俺の相棒も頼りになるんだぞ」

「このムシケラが?」

 キモい───とは思わない。

 

 俺はまだその頃、別に虫が嫌いではなかったから。

 

 

 

「父さん、兄さん今日は帰ってこないの?」

「ん? あー、そういえば今日は遅いな」

 ある日。

 兄さんがハンターになってから半年経った頃の事。

 

 クエストに出掛けた兄が、夜になっても帰ってこない。

 ハンターの仕事は危険な仕事である。どんな事だってありえるが、俺達家族は兄を心配していなかった。

 

 

 兄に限って、そんな事がある訳がない。

 

 

 俺達はそうやって、ハンターの仕事を軽く見ていたのである。

 

 

 

 翌日。

 里の広場は大騒ぎになっていた。

 

 イズチ討伐に向かったツツジが帰ってこない。

 大社跡で何かがあったに違いない。

 狩場を封鎖して対策を。

 

 直ぐに話は里中に広がる。

 里から狩場───大社跡へと続く道は封鎖されて、ハンターも向かう事が出来なくなった。

 

 

 兄は小型モンスターの討伐に向かっただけの筈である。

 なのにどうしてこんな事になるんだ。

 

 

「ツバキ! お兄さんが!」

「……ツー君、大丈夫なの?」

 幼馴染み二人が家に来て、不安そうな顔をしている。

 

 兄は二人にとっても憧れ───いや、俺達の憧れだった。

 皆でハンターになる。その目標だったのだから。

 

 

「しょうがない。俺が助けにいってやるか」

 そして俺は、その頃まだ何も知らなくて───

 

 

「───ならぬ」

「どうしてだよ里長!」

 兄を助けに行くと言ったら、里長やゴコクのじっちゃんに止められた。

 

 

 その時二人が何故俺を止めたのか、当初言われた言葉を俺は理解出来なかったけど───今なら分かる。

 

 曰く───小型モンスター数匹が相手程度なら、もし危険な状態になってもギルドが契約している野良のアイルー達が助けてくれる事が殆どらしい。

 もしそうでないなら、手に負えない数の小型モンスターか───または大型モンスターが狩場に現れたという事だ。

 

 そうなれば、しっかりと準備をしたハンターにクエストを依頼するのが普通である。勿論、狩場に初心者ハンターや一般人───ましてや子供が向かう事なんて許される訳がない。

 

 

 ───でも、そんな事は俺には分からなかった。

 

 

「兄さんがその辺のモンスターに負ける訳ないだろ」

 夜。

 俺は親や里の人達の目を盗んで狩場へと向かう。

 

 かけっこは得意だ。かくれんぼも得意だ。

 兄程ではないが、俺だって出来る。里を抜け出すのは、難しい事じゃなかった。

 

 

「……流石に見付からないな。てかここどこだよ」

 ただ、俺は今も昔もハンターじゃない。

 里を投げ出して狩場に来ても、出来る事はモンスターの餌になる事だけだろう。でも当時の俺は、そんな事も理解出来ていなかったんだ。

 

 

「……虫?」

 ふと、目の前に薄く月のように光る虫が現れる。

 

 虫はその綺麗な見た目とは裏腹に、激しく俺の前で暴れるように飛んでいた。まるで、何かを伝えたいかのように。

 

 

「なんだ───」

 音がする。

 

 何かを踏んだ音。俺ではない。

 太めの枝を踏んで、それが潰れたような音だった。

 

 

 背後から聞こえたその音にビックリして、俺はゆっくりと振り向く。

 

 

「───ひっ!?」

 化け物(モンスター)が居た。

 

 俺よりも兄さんよりも、大人達よりも大きな巨体。

 片腕だけで俺よりも大きいソレは、硬い甲殻に覆われたその両腕を振り上げる。

 

 

「やばいでしょ!!」

 反射的に俺は地面を転がって、そのモンスターの攻撃を避けた。

 

 青色。

 今思えば、そのモンスターこそ俺とカエデが再開した日に倒そうと思っていたモンスターだったに違いない。

 

 

「なんだこのデカいの!?」

 アオアシラ。

 それが、そのモンスターの名前である。

 

 

「兄さん! 兄さんどこだよ! おい!」

 必死に逃げながら、俺は兄を探した。走っていると、目の前にまたさっきの虫が現れる。

 

 

「なんだよお前は……!」

 ふと、虫が横に逸れた。

 

 反射的に虫を目で追うと、不自然な光景が視界に入る。

 

 

「虫……?」

 沢山の虫が、一箇所に集まっていた。

 別に虫が嫌いじゃなかった俺からしても、その光景には嫌悪感を感じてしまう。

 

 ただ、モンスターも知らない内にいなくなっていて。俺は群がる虫達が気になって足を前に進めた。

 一匹の虫が、やっぱり俺を導くように目の前で飛んでいる。

 

 

「───なんだよコレ」

 だけど、俺の視界に映ったのは無惨にも肉片になった兄の姿だった。

 

 一瞬見ただけでは、ソレが何かすら分からない。

 血と肉の塊。兄が持っていた槍のような武器───操虫棍と、相棒と言っていた虫が視界に入る。そうして、やっとその肉片が兄だという事が分かったのだ。

 

 

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!?」

 それからの事はよく覚えていない。

 

 兄に群がる虫を追い払おうとして、肉塊になった兄の姿にどうしようもない気持ちが抑えられなくて。

 俺は確かその場から逃げたんだっけ。

 

 

 翌日、モンスターは里のハンターによって討伐されて兄の死体が里に帰ってくる。

 それは死体と呼べるような物でもなかった。肉と骨が付いている何かと言った方が分かりやすいか。

 

 

 

 アオアシラという大型モンスターは、熟練のハンターからすれば危険なモンスターではない。

 ハンターになって二年のカエデすら、一人でアオアシラを討伐したというのだからそれは間違いではないだろう。

 

 しかし、兄は死んだ。

 危険なモンスターではない───そんな訳がない。あんな巨大な生き物に、人間が勝てる訳がない。どれだけ凄い狩人でも、あの大きな腕に潰されたり、鋭い牙で噛みつかれれば簡単に死ぬ。

 

 

 俺は怖くなった。

 

 兄の死体に虫が群がる光景を何度も夢に見て、虫が嫌いになった。

 

 いつしかハンターになる夢を諦めて、約束も破って、気が付いたらジニアもカエデもハンターになったいた。

 

 俺は何をしてるんだろう。

 

 

 

「───こんにちは、ミノトさん」

「……ツバキさんにカエデさん。クエストですか?」

 集会所。

 俺が話し掛けると、ミノトさんは書類仕事に打ち込んでいた手を止めて視線をあげながらそう言った。

 

 ここ最近で、俺もやっとミノトさんとヒノエさんの区別が出来るようになってきたと思う。俺が薄情という訳ではなく、双子というのはそういう物なのだ。

 

 

 本当に似てるな、二人は。

 

 

「あ、いえ。今日はミノトさんに話を聞きたくて。……それと、ヒノエさん伝えで申し訳ないんだけど、この間はすみません」

 俺はカエデと再開した時、集会所でミノトさんに取った行動を謝る。

 

 俺と兄はどちらかというと似てないと思うが、それでも兄弟というのは双子でなくても似ている所があったりする物だ。

 ミノトさんも俺の事を兄さんと間違えたのだから、俺がヒノエさんと彼女を間違えるのも許して貰いたい。

 

 

 それはそれとして、俺の兄を知っている人に「その人はもう居ませんよ」なんて言葉は流石に苦だろう。

 

 

 

「……いえ。気にしておりません。それより、わたくしに聞きたい事というのは?」

「兄の事を聞きたくて」

「ツツジさんの」

 俺の言葉を聞いて、ミノトさんは少しだけ目を見開いてから片手を近くの椅子に向けた。立ち話もなんだからという事だろう。

 

「ありがとうございます」

「……ツツジさんの話を聞きたいとは言いますが、自分のお兄さんの事は弟である貴方の方が私より分かっているのではありませんか?」

「それもそうよね。どうしてミノトさんなの? ツバキ」

 ミノトさんの言う通りだと、俺の行動に疑問を示すカエデ。そんな二人に向けて、俺はこう口を開いた。

 

 

「俺はあの日から全部怖くなって、兄さんの事から逃げて来たんだ。墓参りだって、今日初めて行った。……兄さんがどうして死んだのだとか、何も知らないんだよ」

 俺がそう言うと、カエデは俯いてミノトさんは一度目を瞑る。

 

「……ハンターになって、その話を聞く覚悟が出来たという事ですね」

「そんな所ですかね」

 まだハンターにはなってないけどね。

 

 

「分かりました。お話します」

 ミノトさんはそう言って、少し遠い所に視線を向けた。彼女は再びその視線を下げながら目を瞑ると、思い出すように口を開く。

 

 

「……ツツジさんは将来有望なハンターでした。あの若さ……今のツバキさん達と同じ歳の片方から見ても成長の早いハンターだったのです」

「優秀だった、のか。いや……でもそれを言ったら兄さんと同い年のカエデはアオアシラだって倒してるんだぜ?」

「ツバキはイャンクック……だっけ? 飛竜も倒してるのよね」

 そんな事言いましたねそういえば。ちなみにイャンクックは飛竜じゃない。

 

 

「平均からしたら、という話です。実はカエデさんとジニアさんは、わたくしがこれまで見て来たハンターと比べても劣らない程優秀なのですよ。……そして、ツツジさんも生きていれば貴方達と肩を並べられる程に優秀なハンターでした」

「そうだったのか……」

 むしろ、カエデ達が凄いと言われているのにも驚いた。やはり俺は相当置いていかれているらしい。

 

 

「……ですが、この自然というのは残酷です。人には予測も出来ないような災害が起きる事もあります。わたくし達でも、それを止める事は出来ない」

 不慮の事故だったと、ミノトさんはそう言う。

 

「───あの日、ギルドの調査ではアオアシラは大社跡に居ない筈でした」

「それを知らなかった兄さんは、アオアシラに見付かって殺されたと」

「……全て、わたくし達の責任です」

 そう言って、ミノトさんは視線を下げた。

 

 

 確かにギルドはハンターの安全を保証───とまで言わなくても、想定外の事が起きないように最善を尽くしている。

 その例外で兄が死んだというのだから、兄が死んだのはギルドのせいという理屈は分かった。ミノトさんが俺に後ろめたさを覚える気持ちも、分からなくはない。

 

 

「……でも、ハンターってのはそういう物ですよ。命を賭けるって、そういうものですよ。そうでしょ?」

「……そうですね」

 だから俺は、兄の事でギルドを恨むつもりはない。

 

 俺が知りたいのはただ一つ。

 

 

 

「兄さんってさ、モテた?」

 ツツジ兄さんがモテたかどうかだ。

 

「はい?」

「え、今それを聞くの!? なんで!?」

「今これ聞かないで何聞くんだよ! 自分の兄さんがモテてたかどうか知りたいだろ普通!」

「待って! 普通そこじゃないわよ! 絶対そこじゃないわよ!!」

 素人は黙っとれ。コレは俺にとって重要な話である。

 

「ハンターはモテる。……俺はそう聞いたんだ」

「誰に!? 誰にそんな事書いたのよ!?」

「……そうですね」

「ミノトさん!?」

 ミノトさんの予想外の反応に、カエデは目玉を落としそうになった。というか、俺も驚いている。

 

 

「ツツジさんは、モテたと思います。……本当に、優秀な方でしたから」

「……ありがとうございます。ミノトさん、今度うさ団子でも奢らせてください」

「……遠慮致します」

 一瞬でフラれた。

 

 

 ただ、聞きたい事は聞けたので良しとしよう。俺はカエデを連れて、集会所を後にした。

 

 

「……ねぇ、結局なんだったのよ」

「兄さんがちゃんとハンターだったって事を、知りたかったんだよ」

 帰りの道中、納得のいってなさそうなカエデに俺はそう答える。

 

「ちゃんとハンターだった?」

「兄さんは確かに()()の憧れだったかもしれないけど、()は正直兄さんの事を見てなかったんだよ。先にハンターになったって言っても、直ぐに俺が追い付いて、追い越してやるって思ってた。……兄さんが立派なハンターだって事を、気にしてなかった」

 俺は、俺の自尊心で周りの人間全員が俺を頼りにしてくれていると思っていた。

 兄さんも、俺を頼りにしていると勝手に思っていたのである。

 

 

「俺があの時、もっと早く兄さんを助けにいけば───なんて思った事もあったけどさ。あの時の俺に何が出来たよ。()の憧れのハンターだった兄さんに出来なかった事が、あの時の俺に出来る訳ないだろ。……だから、少し安心した」

「……そっか」

 ゆっくり歩いた。

 

 もう一つだけ、聞いておこう。

 

 

「……カエデが操虫棍を選んだのは、やっぱり兄さんの影響なのか?」

「あー、それは───」

 カエデは視線を逸らして頭を掻いた。彼女が歩くのをやめたので、俺も立ち止まる。

 

 

「───実は、関係ない」

「そうなのか?」

「里を出て、私に狩りを教えてくれた人が操虫棍を使ってただけなのよ。……正直、ツツジさんの使ってた武器の事は忘れてたわ」

「なんだそれ。……兄さんさ───」

 なんでもない会話。

 

 正直、あの日から俺はこんな日が来るなんて思っていなかった。

 

 

 

 俺は、兄さんが死んだのは自分のせいだって思っていたのだから。

 

 

 

「───兄さんさ、俺よりモテてないじゃん」

「あはは、そうかもね」

 だから、こうやって今は前に歩ける。歩いていくんだ。

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