ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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俺は虫が嫌いだ

 地を這う。

 血と肉の匂いがした。

 

 

 群がる何か。

 俺も、その中に向かって行く。

 

 虫が居た。

 

 

「なんだ、コイツら」

 群がる虫。

 近付きたくないと思いつつも、身体は勝手に進んでいく。

 

 両手で虫達を掻き分けて───

 

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!?」

 そこには血と肉だけがあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!? ど、え、お……ゆ、夢か」

 飛び起きる。

 

 

 太陽が眩しい。

 どうやら、何も予定がないからと昼まで寝ていたようだ。今の夢はそんな怠惰な俺への罰ってところか。

 

 

「おはよう、ツー君」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 そして隣には半裸の幼馴染が居る。コレも罰か。

 

「そんなに驚いてどうしたの?」

「逆に聞くけど朝起きたら野郎が隣に半裸で居たら驚かない?」

「興奮する」

「待って。今なんて?」

「冗談だよ。ツー君の反応が面白いからやってるだけ」

 なんて悪趣味な奴。

 

 

「……それより、うなされてた気がするけど。どうかしたのかい?」

「ん? あー、いや。なんか嫌な夢を見た気がするけど。……お前のせいで忘れた」

「なるほど。なら、僕の美しい肉体を見て癒されてくれ」

 そう言いながら布団を出てマッスルポーズを取るジニア。昔はヒョロヒョロなチビだったのに、今や俺より何もかもがデカい。

 

「気持ち悪い。悪夢に出てきそう」

「酷い。泣くよ?」

「泣け」

「うわぁぁぁぁぁああああああん!!!! びえぇぇぇぇぇぇええええええん!!!!」

「やかましいわ!!」

 なんというか、頼もしくなっちまって。

 

 

「で、今日は何」

 コイツの意味不明な行動は置いておいて、態々家に上がり込んできたのだから、俺はジニアも何か用事があるのだろうと踏んだ。

 

 しかし帰ってきた答えはというと───

 

 

「暇だったから遊びに来たよ」

 ───これである。

 

「先日お前を見直した俺の気持ちを返して」

「え、何々? 僕褒められた?」

「目を輝かせるな気色悪い」

「ほら、最近三人で会えてなかったじゃないか。せっかくカエデが帰ってきたのにさ」

 俺が呆れていると、ジニアは両手を上げながらそう言った。この言い分だと、つまり───

 

 

「遊びに来たわよー!」

 ───カエデも今日は休みか。

 

 

「三人でこうして揃うのって久しぶりね」

「いらっしゃい。ゆっくりしていきなさい」

 もはや不法侵入の二人にお茶を出す父親。この家に住むの不安になってきたよ。

 

「最近忙しかったからね」

「らしいな。二人共頑張ってるようで」

 お茶を飲みながらそう言うと、カエデが「そうね。でもツバキもおじいちゃんからの秘密の任務でしょ?」と口を開いて俺はお茶を吹き出しそうになる。

 

 そんな物はない。ある意味秘密だけど。

 

 

「お、おう。それなりには」

「流石ツバキね。私達なんてまだまだ」

 全然俺の方がまだまだですよ、はい。あとお父さん、笑いを堪えてないでとっとと部屋から出て行ってくれ。

 

 この里では確かに俺はハンターという事にはなっていた。

 ここ最近からずっとこの嘘は守られていて、今も俺が本当はハンターじゃない事を知っている人は少ない。

 

 

 両親は俺がまたハンターを目指しているのが嬉しいようである。

 息子を一人失っているが、子供にはなりたいものになって欲しいのだとか。親心というのは複雑だ。

 

 

「で、俺は暇人だと思われてる訳か」

「そ、そういう訳じゃないわ! ただ、ジニアが今日はツバキが暇そうだっていうから」

「ジニア」

「あはは、でも実際()でしょ?」

 暇だけどね、あなたね。

 

 

「はぁ。まぁ、今日は良いけどな」

 畑も放置で良いし、特にイオリに修行の約束をしている訳でもない。

 こんな時期である。偶に集まれる時くらい、幼馴染達と集まるのも悪くはないか。

 

 

「───とはいえ、俺の家に娯楽はないぞ」

「それじゃ、広場に遊びに行きたいわ。ほら、アイルー!」

「うん。ネコをモフモフするのも悪くはないね」

「あのアイルー達はオトモとして雇ってくれる人を探してるだけだからね。モフモフされる為にあそこにいる訳じゃないからね」

「それじゃ、出発!」

「聞いてないし」

 両親はゆっくりしていけと言っていたが、我が家には何もない。

 適当にぶらついて、茶屋で飯でも食べてくるのが正解だと。両親には悪いが出て行かせてもらおう。

 

 

 

 ───そんな訳で、俺達は広場にやってきた。

 

「───地獄絵図か」

 ───しかし、そこは広場ではなく地獄である。

 

「ま、待って!」

「待つニャー!」

 広場を飛び回る何か。ソレを必死に追い掛けるイオリとオトモ達。

 

 ソレは青白い光を漏らしながら、広場中に散っていた。

 

 その数を数えるのも億劫になりそうな数の、広場に群がる大量の()

 これがこの地獄絵図の注釈である。

 

 

「わぁ、翔蟲がいっぱい」

「キモッ」

 広場で群がるように翔ぶ虫の正体は、カムラの里のハンター達がこぞって力を借りていると言われている翔蟲という虫だった。

 カムラの里のハンターは丈夫な糸を出す事が出来るこの虫の糸を使って、文字通り空を翔たり糸を使った技を使ったりする。

 

 そんな翔蟲だが、虫なので普通にキモい。俺は虫が嫌いだ。

 

 

「可愛いわよ!」

「え、何処が? この大群の何処に可愛い要素がある?」

 百歩譲って単体で見たら可愛いと言う人も居るかもしれない。

 しかし、俺が虫を嫌いな事を置いておいてもこの大群を見て可愛いなんて感情は出て来ないよ。良くても戦慄だよ。

 

「これは大惨事だね。イオリ」

 流石のジニアも目を細めながら、広場を走り回っていたイオリに声を掛ける。

 イオリは目の前から逃げていく翔虫に珍しく溜息を吐きながら、俺達を見付けるや一瞬目を輝かせた。

 

 嫌な予感がする。帰りたい。

 

 

「ジニアさん、ツバキさん、カエデさん。こんにちは。今ちょっと見ての通りで」

「いや分かるよ、大惨事だ。俺達が気になってるのは、なんでこんな事になってんのかって事ね? うわ、キモ」

 目の前を通り過ぎる翔蟲達。こうも群がられると嫌でもあの光景を思い出した。

 

 

「実は、僕も良く分からないんですよ。今朝ここに来た時はこうなっていて」

「は? 朝からこれなのか」

 どうしよう鳥肌立ってきたよ。俺が鳥でも虫は絶対食わんけど。

 

「どこから集まってきたのか……。このままにする訳にも行かないし、とりあえず捕まえようと思って」

「手伝うわよ」

「マジ?」

「イオリが困ってるんだから、()()()あげなきゃ」

 その言葉に俺は弱い。

 

「……分かった」

「ありがとう、三人共。お昼はご馳走しますよ」

「歳下にご馳走されてたまるか。イオリにはいつも世話になってるからな」

 俺がそう言うと、カエデが「いつも世話に?」と首を傾げる。

 俺は「良いからやるぞ」と誤魔化して、大量の虫の群れに視線を送った。

 

 

「キモ……」

 普通にトラウマとか関係なく、コレ生理的に無理だろ。

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「ダメに決まってるじゃない」

「デスヨネー」

 となると、自力で広場に群がる翔蟲を集めないといけない訳だ。

 本当に今日中に終わるのかと思っていたのだが、俺はここでカエデの実力を目の当たりにする事になる。

 

 

 

「───何それキモ!!」

「わーい、皆集まってー」

 カエデの周りに群がる翔蟲達。

 群がるというか、殆どカエデが覆い尽くされていた。いや、コレはトラウマがなくても新しいトラウマになる。

 

「ちょちょちょちょちょ、カエデ……大丈夫? 食べられてない?」

「───」

「虫の羽音のせいで何言ってるか分からないよ!?」

「大丈夫!!」

「どこが大丈夫なの……」

 戦慄だよ。

 

 

 俺が二、三匹必死に翔蟲を捕まえていた横で翔蟲の女王になっていたカエデ。

 ジニアですら十匹捕まえただけの時間で、カエデが捕まえた(?)翔虫の数は言葉通り数えられなかった。

 

「カエデは虫に好かれる体質なようだね」

「何その嬉しくない体質」

「そんな事ないわよ、おかげで狩りの役に立ってくれる虫達と仲良く出来るんだもの」

 カエデの謎の力を垣間見る。エンエンクといいお前はそういう星の元に産まれたんだな。

 

 ちょっとカエデに近付きたくなくなった。

 

 

「───とりあえず、これで全部だね」

 巨大な籠をいくつも用意して、翔蟲をその中に入れておく。イオリ曰く、里長に相談したら里の方でなんとかしてくれるのだそうだ。

 

 しかし、どうしてこんな事になったのか。

 

 

 

「やあ、少年少女達。精が出るね」

 広場で疲れ果てて倒れている俺達四人の前に、丁度やってきたロンディーネさんが声を掛けてくれる。

 いつも通り凛とした表情の彼女は、その雰囲気を壊さないまま笑い「船の上から見ていたよ」と笑顔を見せてくれた。

 

 どうやら俺達が虫に遊ばれていたのを見られていたらしい。

 

 

「……見てたなら助けて下さいよ」

「航海中だったものでね。それより、興味深い現象が起きていたようだが……何かあったのかな?」

 言葉通り興味深そうに訪ねてくるロンディーネさんだが、生憎俺達にも原因は分からないままである。

 

 

「……なるほど。自然とそうなっていた、か」

 顎に手を置いてそう言葉を漏らすロンディーネさん。彼女は少しの間考えてから「しかし」と言葉を続けた。

 

「───しかし、物事には必ず理由がある。この現象に意味がないのなら、それこそが異常な事だ」

「それは確かに」

 彼女の言い分は最もである。しかし、俺達には翔蟲がこんな場所に集まる理由を想像する事も出来なかった。

 

 

「何か、ヒントはないですか?」

「ヒントか。……うむ、ヒントになるかは分からないが。生き物が同時に行動するという事は、それらの生き物が生息している地域に何かがあったと考えるのが正しい考え方だ」

 カエデの言葉に、ロンディーネさんはそう答えてくれる。

 

 翔蟲が生息している地域───そもそもこの辺りに、何かがあった。

 

 

 数日前の里長の話といい、この件はうさ団子と違ってただの珍騒動という訳ではなさそうである。

 

 

「ありがとうございます、ロンディーネさん」

「いいや。役に立てたなら嬉しいよ。また声を掛けても良いかな?」

「勿論」

「今度は僕とお茶でも───」

「機会があれば、喜んで」

 ジニアに大人の対応が出来る女性、やっぱり格好良いね。

 

 

 さて騒動もひと段落した訳だが、せっかくの貴重な集まりだ。もう少し遊んでおきたい所である。

 翔蟲集めがあそびだったのかどうかはともかくとして。

 

 

「何する?」

 買ってきたうさ団子を頬張りながら、俺は広場で言葉を溢した。カエデは団子を口に入れたまま「ふぐー」とだらしない言葉を漏らす。

 

「ちゃんと食べてから喋りなさい」

「ごめんなさいお母さん」

「誰がお母さんじゃ」

「アレ、見て」

 うさ団子の二股の串を広場の端に向けるカエデ。その先には、先程撮り逃したのか翔蟲が一匹迷子になっていた。

 

 一匹だけなら可愛い物である。いや、さっきの地獄絵図のせいで錯覚してるな。

 

 

「取り逃がしていたようだね」

「僕、捕まえてきますよ」

「良いよイオリ。カエデがやるから」

「なんで私なのよ」

「良いからいきなさい」

「分かったわよお母さん」

「だから誰がお母さんじゃ」

 俺に言われた通りに歩いていくカエデ。すると、翔蟲は導かれるようにカエデの元まで飛んで来た。

 

 アイツ変な匂いでも出してるんじゃないの。

 

 

「これが適材適所という奴だ。分かったかイオリ」

「分かったよ、ツバキさん」

「そこはお父さんじゃろがい」

 なんてふざけていると、カエデが翔蟲を連れて帰ってくる。

 

「連れてきたわよ」

 こっち向けるな。

 

「ウチでは飼えません」

「そんな事言わないでよお母さん」

「もうこのネタ良いわ」

「突然冷たい!?」

「で、どうする。焼いて畑の肥料にする?」

「しないわよ!」

 翔蟲を庇うようにしてそう言うカエデ。とはいえ広場に放っても迷惑だし、また里長に押し付けに戻るのも面倒だ。

 

 

「そうだ! 今日はこの子で修行しない? イオリはツバキにハンターの修行をさせて貰ってるのよね」

「え? あ、え、えっと、はい!」

 ごめんイオリ。本当にごめん。

 

「だとしたら、イオリは翔蟲の使い方が全然なんじゃないかしら。ツバキは凄いハンターだけど、虫が嫌いで翔蟲の使い方は教えてもらってないんじゃない?」

「……あ、えーと。はい。そうですね」

 いや、イオリ君は多分俺より翔蟲使うの上手いからね。そもそも俺はイオリに何も教えてないからね。

 

「……ほんとごめん」

「ツバキさん、カエデさんの前だよ」

 そりゃそうだけども。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。俺の弟子にケチを付けようってか」

「翔蟲が使えるのと使えないのでは、狩りの有利不利が全然違うのよ」

 それは、オサイズチとの狩りを見て重々承知している訳だが。

 

 

「せっかくだからツバキも教えてもらったらどうだい? 翔蟲の事に関しては、ツバキよりもカエデの方が詳しいよ」

 翔蟲以外も殆どそうだけどね。それを分かっていて言っているジニアが憎い。

 

 しかし、他にやりたい事がある訳でもなく。

 俺は渋々カエデから翔蟲の事について教えて貰う事にした。

 そういえば、これまで色んな人に色んな事を教えて貰っていたがカエデに何かを教わるのは初めてかもしれない。

 

 

 翔蟲そのものが生理的に無理だが、もしかしたら何処かで役に立つかもしれないと思うと───カエデの説明を聞く態度は自然と前のめりになる。

 

「───こうすると、翔蟲は糸を出しながら飛び出してくれるから」

「不思議な虫だな、翔蟲は」

「可愛いわよねぇ」

「いや、キモい」

「ちょっと!」

「でも、役に立つ事は分かった」

 曰く。

 このいとはそんじょそこらの事で切れたりはしない。場合によっては、ジニアがやっていたようにモンスターの擬似的な拘束まで可能な代物だ。

 

 

 この糸を命綱と考えるなら、これほどまでに頼もしい後もないだろう。

 

 

 

「ほら、可愛いわよ。良く見てよ」

「近付けんな気持ち悪い」

 ───まぁ、俺はその命綱を掴めない訳だが。

 

 

「里のハンターは皆仲良くしてるんだから!」

「里のハンター、ねぇ」

 兄さんもそうだったのだろうか。

 

 

 ───じゃあ、なんで兄さんは虫に群がられて食われてたんだよ。

 

 

「いや、マジで。無理」

「もー!」

 やっぱり俺は、虫が嫌いだ。


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