妙な気配を感じた。
「虫か、はたまた翔蟲がまた迷い込んできたか」
畑仕事の最中、自分以外誰も居ない筈の畑で耳に残る音がして俺は一度作業を中断する。
「それかフクズクか、ジニアが俺を驚かせようと隠れているのか」
流石にジニアがここにいるのは考え過ぎだが───いや、アイツならもう何をしてきてもおかしくない。
それはともかく、俺の畑に無言で入ってきた不届き者は成敗あるのみだ。
俺は音の聞こえた場所に向けてゆっくり歩く。
ウチケシの実を栽培している為に少し背の高い草が並ぶ場所。その草を掻き分けて、俺は音を出した主を探した。
虫だったら嫌だな、なんて思いつつ───虫だったらそもそも殺さないと畑を荒らされるし。
そうして少し進むと、何か硬いものに足が当たる。
茶色い、細めの木のような何かがそこにはあった。
「なんだこれ」
目を細めてその茶色い棒のような物を見ていると、それはゆっくり持ち上がり俺に向けて進んでくる。
「ひぃぃ!? 妖怪!? 妖怪の類か!?」
棒のお化けか。なんかこう、傘に足が生えた妖怪が居るって聞いた事あるけどそれか。
───なんて驚いていると、その棒は俺の真横に進んでその全貌を明らかにした。
巨大な茶色の毛玉。
それが、フゴと鼻息のような鳴き声を漏らす。
「え、フゴ?」
人の足より太い四本の脚。大きな鼻に、人の腕よりも大きな二本の巨大な牙。
妖怪ではない、
「あばばばばばばばば!?」
イズチの二、三倍はありそうな巨体。鋭い牙も相まって、その巨体が体当たりしてきただけで俺の命なんて簡単に潰れてしまうという事を一瞬で理解する。
理解した所でどうしようもない。俺は今ハンターの武器も持っていなければ、持っていたってコイツに勝てるかどうかは微妙な所だ。
「アイェェェェエエエ!! モンスター!? モンスターナンデ!?」
俺は咄嗟にそのデカイブタに背中を見せて逃げる。手には鍬を持っているが、こんな物でなんとかなる訳がない。
当たり前だが、モンスターは俺を追いかけてきた。
このまま走って逃げ切る? 鍬で戦う? 死んだフリをする?
頭の中で様々な選択肢が浮かんでくるが、どれを選んでも死ぬ気がする。
「なんでこんな所にモンスターが居るんだ!? ここは里の畑だぞ!?」
こんな事はこれまで一度もなかった。あったとしても、それは俺の預かり知らぬ所でハンターが問題を解決してくれていたのである。
「───ぐへっ、ぐぼぉぉっ」
焦って走っていると、俺は畑仕事に使う道具に足を躓いて地面を転がった。
動きを止めた俺を見て、モンスターは巨大な二本の牙を光らせながら今にも突進しようとしているかのように地面を前脚で蹴る。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!! 本気でヤバい!! 誰か助け───」
「ツバキ伏せて!!」
俺が悲鳴をあげようとしたその時、背後から聞こえてくるそんな声。
同時に、俺の頭上を一匹の巨大な虫が通り過ぎた。
その虫は青白く光りながら直進して、モンスターに糸を向ける。
「翔蟲……?」
その虫───翔蟲はいくつもの糸でモンスターの身体を縛った。こうなればモンスターはそう簡単には動けない。
「やぁぁ!」
「カエデか!?」
そして翔蟲から遅れてきた声。
背後で地面を蹴る音がして、操虫棍で飛び上がったカエデはモンスターの背中に飛び移る。
「この……! ツバキから……離れな、さい!」
翔蟲から出た糸を上手く引っ張って、モンスターの頭の位置を変えるカエデ。そうしてから彼女はモンスターのお尻を蹴り飛ばして、勢いで直進したモンスターは木に激突してひっくり返った。
「大丈夫? ツバキ!」
「お、おう……。助かった」
「畑仕事で武器も防具も持ってなかったもんね。でも、私が居るから大丈夫よ!」
頼もしい表情で武器を構えるカエデ。
お前は俺が武器さえ持っていればあのデカイモンスターに勝てると思ってくれてるんだな。無理ですよ。
「大丈夫なのか、カエデ」
「わ、私だってブルファンゴくらい狩れるわよ! 小型モンスターくらい、一人でも大丈夫!」
待って、アレ小型モンスターなの? ブルファンゴって名前なのね。
いや、俺が心配してたのはそういう事じゃないからね。これじゃ俺がカエデを馬鹿にしてるみたいだけど、コレ本来馬鹿にされるのは俺だからね。
俺は小型モンスター相手に何も出来ず震えていたという事か!!
「あ、いや、小型モンスターと言えど気を抜くなよって事だ」
「流石ツバキね……。分かったわ、真剣にやる!」
でも俺は本当の事なんて言えない。俺は本当はハンターなんかじゃなくて、お前に嘘をついて───
「モミジ、お願い!」
カエデの腕に止まっていた巨大な虫───マルドローンのモミジが、体を起こして頭を振っていたブルファンゴに向かっていく。
ブルファンゴはモミジが鬱陶しいのか、その牙で周りを飛ぶムシケラをなんとかしようとするが、素早く飛ぶモミジを捕まえる事は出来なかった。
そんなモミジに構って周りの見えていないブルファンゴに向けて、カエデは操虫棍を構えながら駆ける。
一閃。
叩き付け、回転切り、ブルファンゴの背後からその刃を叩き付け、ブルファンゴが悲鳴を上げた時にはもう遅かった。
連続で叩き込まれた刃は確実にブルファンゴの命を奪っていく。ブルファンゴが体勢を整えようとする前に、その身体はもう動かなくなった。
「───ふぅ、なんとかなったわね」
「助かった。ありがとな、カエデ」
「い、いや。こんなの、たまたま私が狩場から帰ってきたら変な声が聞こえたから覗いてみただけで……そんな、ツバキみたいに立派な事はしてないわ」
いや、俺は何も立派な事はしてないからね。その変な声というか悲鳴を漏らしていただけだからね。
「私も、ツバキみたいに色んな人を助けられるようになりたいから。それにツバキなら別にブルファンゴを倒せなくても、一人で逃げて家に武器を取りに行く事くらい出来たと思うし。お節介だったかもしれないわね」
いや普通に命の恩人です。
「あ、あはは……ま、まぁな。……ところで、さっきの凄かったな。こう、翔蟲の糸でモンス───ブルファンゴをまるで操っていたみたいだった」
「あー、あれはなんか焦ってなんとなくやっただけで。自分でもよく分からないわ」
天才か? 天才系なのかお前は? それともタダのバカなのか?
「……それにしても、里の端っことはいえこんな所にブルファンゴが現れるなんて。この前の翔蟲といい、やっぱり何か変よね」
「そうだな。お前も大社跡に行くなら気を付けろよ」
なんて偉そうに言うが、俺は今さっきカエデに命を救われたばかりだ。気をつけるのは俺である。
「そうね。とりあえず、このブルファンゴの事は里長に報告しなきゃ」
「あ、俺も付いていく。最初にアレを発見したのは俺だしな」
とにかく今は自分に出来る事をするしかない。
俺はそう思って、カエデと共に集会所に向かうのだった。
◆ ◆ ◆
ブルファンゴの事を里長に伝えると、里長は俺達二人を褒めてから真剣な表情で何処かへ行ってしまう。
俺は悲鳴を上げていただけというのは置いておいて、何故か貰ったお小遣いでカエデと集会所でお茶をする事にした。
「カエデは今日は暇なのか?」
「うん。私は昨日の夜から今朝方まで大社跡を探索していたから、今日は休ませて貰うわ」
「徹夜って事か。……帰って寝なくて大丈夫?」
「今寝たら夜眠れなくなって生活リズムが崩れちゃうし。ハンターの不規則な生活でも、出来るだけ生活リズムを整えるのが身体を丈夫にする秘訣だって教わったから」
立派な事を言いながら「ふぁぁ」と欠伸をするカエデ。
お前は偉いな、なんて心の中で思うが───俺にそんな事を言う資格はない。
「───やぁ、ツー君とカエデ。デートかな?」
そうやって二人で話していると、背後から嫌味な声が聞こえてくる。振り向くと、防具を着て武器を背負ったジニアがイケメンにのみ許される髪を掻き上げる仕草をして立っていた。
「何でお前はそんなに視界に入るだけでムカつくの?」
「酷い」
「で、デートなんてそんな! そんなんじゃないわよ! 私がツバキとデートなんて! そんなんじゃないわよ!」
「酷い」
項垂れるジニアと俺。そこまで言う事なくない? お前俺の事嫌いなの? 俺はジニアの事嫌いだけど。
「ジニアはこの後クエストなの?」
「うん。カエデの後継で、大社跡の捜索だよ」
カエデの問い掛けにそう答えるジニア。ここ最近里の周りもおかしいし、これは大事な役割だろう。
「気を付けてね」
「勿論。ツー君も何か一言ちょうだい」
「ガキかテメーは」
愛されないと動けない人間なのかコイツ。
「コレが最後になるかもしれないんだよ?」
「縁起でもない事言うな」
「確かにそうだね。……でも、これは冗談じゃなくて本気だ。僕はこの仕事に命を掛けてるから」
真剣な表情でそう言うジニア。コイツのこうやって格好良い所が俺は嫌いだ。俺はそんな事、言えないから。
「バカか」
だから、俺はそう言ってジニアの頭にチョップを入れる。
「酷い」
「もしなんかあっても、そん時は俺が助けに行ってやる。こう見えても逃げるのは得意だぞ。囮にはなる……と、思う」
「あはは、ツー君は頼もしいね」
全然頼もしくないからね。
「ツバキなら何が出て来ても倒してくれるから安心ね。その時は私も邪魔にならないように援護するわ」
いや、倒せないからね。邪魔なのは俺だからね。
「───まぁ、そう言う事だ。命大事に」
「うん、分かったよ。ツー君が居るから安心してクエストに行けるね」
「人の話聞いてないねこの人。良いから気を付けてとっとと行ってこい」
「うん、行ってきます。またね、ツー君。カエデ」
イケメンにのみ許される爽やかな笑顔で手を振りながら、集会所を後にするジニア。
俺とカエデはしょうがない奴を見る目でジニアを見送るが、それからしばらくしてタイミング悪く三バカが集会所にやってきた。
「お、ツバキングじゃーん。ねぇ、ジニア様知らない?」
「ジニア様、今日はクエストだから見送りしようと思ったんだけど」
「まだ来てないんですかね?」
エーコとビーミとシーナは、それぞれ花束を持って俺達に話しかけて来る。
なんでそんな豪華な花束持ってるの? 里から出て行く人を見送るレベルの花束なんだけど。アイツクエスト行っただけだからね。遅くても明日までには帰って来るからね。
「おはよう、三人共」
「おはようございます! カエデ!」
「カエデちゃんはツバキ君とデートしてるの?」
「で、デートじゃないわよ!」
「だよねー、ツバキングよりジニア様だよねー」
何この人達喧嘩売ってるの。
「あのアホはもう出発したぞバカ共」
「そんな!」
「マジで!? 出遅れたぁ!!」
「コレは撤収ですね。帰宅時間を予想して出迎えの準備をしましょう!」
ジニアだけ愛されてて狡い。ハンターになったらモテるんじゃないの? 俺もハンターだよ? 嘘だけど。
「なんでジニア様が出発する時に教えてくれなかったんですか!」
「なんで俺が態々お前達にジニアが出発するのを教えてあげないといけないの!?」
「だってツバキ君ばっかりジニア様に構って貰えてるんだもん! 狡い!」
「狡いのはジニアだからね!? 俺は別にアイツに構ってもらっても嬉しくもなんともないからね!?」
「ジニア様ってもしかしてツバキングみたいな人が趣味? あたしらもツバキングみたいになりたい!」
「それはそれで問題があるだろバカ!!」
「あはは、ジニアはモテるわね」
本当にな。
三バカをどうにかあしらって、俺とカエデはまた二人で話しながらジニアを待ってみる事にした。
せっかくだし三バカ達じゃないが出迎えてやろうとなった理由は、単にカエデが家に帰ると寝てしまって生活リズムが崩れてしまうからだとかなんとか。
別に俺達はジニアを盛大に出迎えてやる程アイツを愛してはいない。
別に嫌いじゃないよ、と思った所で───よくよく考えてみると割と嫌いである。俺はアイツが憎い。
「───それでジニアの奴がよ、俺の布団の中で半裸になってて……カエデ?」
そんな訳で時間を潰す為に話していた訳だが、ふと気が抜けてしまったのかカエデは集会所の机に突っ伏して寝てしまった。
外を見てみるとお日様も隠れて空は暗くなっている。少し早いかもしれないが、カエデも疲れてるのだから早めに寝るくらいが丁度良い。
「……眠ってしまったのですね」
「あ、ミノトさん。どうもこの通りで」
ただ、寝てしまったカエデをどうしようかと考えて居ると集会所で仕事をしていたミノトさんが話しかけてくれた。
何か妙案を聞ければ良いが。
「このネコタク用のたんかで家まで運んでさしあげ───」
「それは冗談で言ってるんですよね?」
「はい?」
真顔でボケないで。そんな風に運んだらカエデの両親に凄い心配されるわ。
「ヒノエさんじゃないんだからふざけてないで真面目に───」
「……んぅ、ツバキ〜、助けてぇ」
俺がミノトさんにツッコミを入れていると、後ろでカエデがうなされ始まる。どんな夢を見ているのか分からないが、やはり疲れているらしい。
「ツバキさん、助けてあげて下さい」
「……俺はその言葉に弱い」
仕方ないと思いつつ、俺はカエデを背負って彼女の武器も手に取った。
すると帰る事を察したのか、そこら辺の壁に泊まっていた猟虫───マルドローンのモミジが俺の頭の上に乗る。
「ひぃぃぃ! キモ!!」
だから嫌だったんだ。しかし、カエデをそのままにする訳にもいかないし、しょうがない。
「それでは、お気を付けてお帰り下さい」
「ありがとうございますミノトさん。ジニアが帰ってきたらそれはそれで宜しくお願いしますね」
「はい、勿論」
そう言って俺は集会所を後にする。すると、見計らっていたかのように今度はヒノエさんが俺達を出迎えてくれた。
「あらあら、可愛い寝顔ですね」
「よく俺達が出て来るタイミングで集会所の前に……。まぁ、見ての通りで」
「……むにゃむにゃ、ツバキぃ」
はいはいツバキですよ。
「……んぅ、ツバキ……ジニア、私達三人で……立派なハンターにぃ……んー」
「はいはい、まず俺がハンターになってからね」
「ご立派になられて」
「まだまだですよ。俺はまだ、ね」
「そんな事ありませんよ」
何を根拠にそんな事を言うのか。しかし、ヒノエさんの言葉には何処か説得力のような物を感じる。
「……んぁ〜、三人で、リオレウスを倒すのよぉ」
リオレウス。
この世界で最も名の知れた大型モンスターだ。その竜を討伐した物は、一人前のハンターとして扱われるとまで言われている。
俺達にはまだ早過ぎる話だ。
「……三人で、ご飯」
「はいはい、ジニアが帰ってきたらな。明日はお前もジニアも休みだろ。だから、その時な」
「……んぅ、やったぁ」
本当に寝てるのかどうか。ヒノエさん曰く幸せそうな寝顔をしているカエデを連れて彼女の家まで歩く。
「そうだな、明日は三人で飯でも食うか。偶には俺が奢ってやろう。……なに、俺も別にハンターじゃないが働いていない訳ではない。畑仕事という立派な仕事があるからな」
「……んぁ〜、おやすみぃ」
「だから、明日な」
そう言って、俺は彼女を送り届けた。
フクズクが木の上で鳴く夜道を歩く。少しだけ明日を楽しみにしつつ、俺は少しだけ気が向いて集会所の出口でジニアを待つ事にした。
本当に、たまたま気が向いただけである。別にジニアなんかに優しくしてやろうと思った訳ではない。
「……アイツ、遅いな」
───ただ、ジニアは翌日になっても帰ってくる事はなかった。
読了ありがとうございました。
最終章です。このまま最終回に向かうので、応援のほどよろしくお願いします。感想評価等お待ちしております。