大社跡。
ここは昔、その名の通り巨大な神社が建っていた。
その規模から見るに、多くの人々がこの土地で暮らしていたのだろう。しかし、それはもう遥か昔の話だ。
この地に何があったのか、俺は知らない。
しかし想像することは出来る。
何を想像するのか。一つだけ言える事は───この地は既にモンスターの世界だという事だ。
人は無力である。
モンスターは強大で、強靭だ。倒す事は勿論、追い出す事だって難しい。それを踏まえれば、この地に何が起きたのかを想像するのは容易いだろう。
「───俺は無力だ。そんな事は知ってる」
目を開いて、前を見た。
ジニアが帰って来なくて、ウツシ教官がボロボロになって帰ってきて、カエデも居なくなって───
「今、俺に出来る事をやる。それだけだ。……よし、やるか」
大社跡のベースキャンプで、用意してきた物を一通り整理してから俺は立ち上がる。
「頼むぜ、相棒」
俺がそういうと、俺の後ろで待機していたオトモアイルーとオトモガルクが視線を上げて答えてくれた。
そんな二匹の姿を見て、俺はここに来る前の事を思い出す。
「───イオリ!! 力を貸してくれ!!」
───里の広場。
大怪我をして動けなくなったウツシ教官と話した後、俺は里を走り回ってジニアとカエデを助ける準備をし始めた。
その第一歩がイオリの助けである。勿論、俺もハンターじゃないがイオリもハンターという訳ではない。
だから俺がイオリに頼みたかったのは、彼の本当の仕事での話だった。
「ツバキさん……。はい! 僕に出来る事なら!」
「イオリ、オトモを譲ってくれ! タダで!」
「タダで」
「うん、タダで」
イオリはオトモの雇用やお世話を仕事にしている。お爺さんにどう思われているか心配しているらしいが、彼の仕事だって本当に立派な仕事だ。
オトモはハンターの助けになる。ハンターの助けになるという事は、里を助ける事にもなるんだ。
イオリの仕事は里にとって必要不可欠である。現に、今ここで俺がイオリを頼りにしているのだから。
「出世払いで! 出世払いで払うから! 頼むイオリ。今はなんとか力が欲しいんだ」
俺に出来る事は限られているから、今は自分に出来ない事をどう埋めるか考えるのが先決だ。
オトモはなんなら俺よりも強い。小型モンスターくらいなら、俺が戦うよりオトモが戦った方が良いくらいだろう。
だから今の俺には、イオリのオトモの力が必要だった。
「……あはは、ツバキさんには敵わないなぁ。……出世払いですよ!」
「おうよ!」
「この二匹を連れて行ってあげて下さい。広場でずっと、ツバキさんの事を見ていたから」
そう言って、イオリはオトモアイルーとオトモガルクを一匹ずつ俺の前に連れて来てくれる。
俺は「よろしくな、相棒」なんて言いながら、立派な目付きをした二匹の頭を撫でた。
「ツバキさん……!」
「おう?」
「僕、ツバキさんの事信じてるから!」
「おう」
片手を上げて、次の目的地に急ぐ。時間はない。
その次に寄ったのは、ヨモギの茶屋だ。
俺はヨモギに小銭をぶち撒けながら、彼女が作ったばかりのうさ団子を奪うようにして口に放り込む。
「え、ちょ、ツバキさん!? なんで!?」
「ヨモギ、今すぐスタミナの付く団子を作ってくれ。あとお土産で怪我とかしてる奴に良い団子も作れ!」
「突然来て注文が雑だよ!? あと、今は他のお客さんが───」
「はは、何か急いでいそうじゃないか。私は構わないよ」
俺の言葉に唖然とするヨモギを他所に、一人だけいたお客さんがそう声を漏らした。
凛とした表情のそのお客さんは、俺が里を抜け出す前に会えたら良いなと思ったいた一人である。
「丁度良かったロンディーネさん。俺にちょっと投資しない?」
「おっと、こんな所で商談とは。良いだろう、その話乗った」
「ツバキさんまだ何にも言ってないよ!?」
すかさず入るヨモギのツッコミ。ただその手はうさ団子を作る為に動き続けていた。
「───二人共ありがとう。この恩はいつか必ず返す!」
そうして二人から必要な物を受け取った俺は、ビーミと待ち合わせている里の出入り口に向かう。
ビーミにはエーコとシーナを連れて来るように頼んでおいた。彼女は約束通り、里の出口に二人を連れてきてくれている。
「ツバキング!」
「私達を呼んでどうする気なんですか?」
「連れて来たよ、ツバキ君」
「よし、集まったな三バカ共。良いか? 今からジニアとカエデを助けにいく。お前ら手伝え。嫌とは言わせん」
俺がそういうと、三人は一瞬唖然とした表情になったが───それぞれ決意の表情でこう口を開いた。
「分かったよ、ジニア様の為ならあたしらは何でもする」
「モンスターとは戦った事ないけど! 頑張るよ!」
「私に任せて下さい! モンスターハンターの小説も良く読んでるんです!」
「いやお前らバカなの? だから三バカとか言われてんだよ。誰もお前らに大社跡に着いてこいなんて言ってないからね」
呆れてそう言うと、三人は再びポカンと口を開いて固まる。
三バカはバカだが、ジニアを想う気持ちは本物だ。アイツを助ける為なら本当になんでもするのだろう。
悔しいがアイツはモテるし俺はモテない。
でも今はそれで良かった。アイツがモテモテじゃなきゃ、この三バカはこうして手伝ってくれる事もなかったかもしれない。
「んじゃ、あたしらに何をして欲しい訳?」
「ジニア様を助けてくれるんだよね?」
「もしかしてエロい事ですか! ジニア様を助けてくれる代わりに私達にあんな事やこんな事を要求するつもりですね!」
「シーナお前ちょっと黙ろうか」
俺の事なんだと思ってるの君。
「お前達にはな───」
「そこで何をしている、ツバキ」
俺が口を開くと同時に───三人を呼んだ目的があっちから現れる。
筋肉モリモリマッチョ、本当に年寄りなのか分からない覇気を漂わせ、
「───あのおじいちゃんを止めて欲しい」
「「「無理!!!」」」
「無理じゃねぇヤれ!! エロい事でもなんでもして良いからとにかくあのおじいちゃんを止めろ!! じゃないと俺が二人を助けに行けないの!!」
「やっぱりエロい事じゃないですかぁ!!」
大社跡に二人を助けに行く為に一番必要なのは、そもそも里から出る事を禁止されているこの状況で里を出て大社跡に向かう事である。
俺には
里長が俺を見張っていてもおかしくはない。俺が里を出るには、里長をなんとかする必要があった。
「……ツバキ。ツツジの時とは違うのだ。相手はアオアシラですらない。ウツシが遅れを取った相手なのだぞ」
「……そんな事は分かってる。けどな里長、俺は約束したんだよ。皆を助ける───二人を助けられるハンターになるってな」
俺はもう約束を破りたくない。
あの約束を、あの時出来なかった事を、もう二度と後悔しない為に───
「ならぬ。ツバキ、今のお前ではまだ無理だ」
「そうだよな。そんな事は分かってる。……だから変わるんだよ、俺はな───」
俺は何も出来ない。そんな事は分かってる。でも、だからこそ変わるんだ。
「───俺はな、ハンターになるんだよ!!」
───また二度と後悔しない為に、俺はハンターになる。そう決めた。
「ってな訳で……喰らえ!!」
俺は三バカと里長に背中を向けながら、球体のアイテムを地面に叩き付けて走る。
その数瞬後、俺の背後で光が弾けた。
「「「「目がぁぁぁああたあ!!!!」」」」
閃光玉。
光蟲と呼ばれる発光する虫を利用したアイテムで、使うと視界が真っ白になるような光を放つ事が出来る。
これはハンターがモンスター相手に目眩しで使う事もできるからか、それなりに需要のあるアイテムだ。ロンディーネさんとの
「ま、待つのだツバキ! ならぬ!」
「頼んだぞ三バカ! そのおじいちゃん止めといてくれ!!」
「「「いや私達今目が見えないけど!!」」」
なんて言いつつも、三バカは手探りで里長を捕まえて、三人で取り囲んでくれた。
いくら里長が強くても、女の子三人を無理矢理引き剥がして怪我をさせるなんて事はないだろう。
当然なんとかして三人を落ち着かせて追いかけてこようとするだろうが、その時にはもう遅い。俺は駆けっこには自信があるし、それに───
「そんじゃ、頼むぜ相棒!」
俺は並走するガルクに飛び乗るようにして、その背中に身を預けた。
「……父さん母さん、悪い。俺、行くよ」
疾走。疾風の如く。
こうして俺は、ガルクに乗って里から抜け出す事に成功したのであった。
☆ ☆ ☆
アイテムの整理を終わらせて、俺は覚悟を決めて立ち上がる。
もう既にここは里の外だ。
この世界はモンスターの世界だと、誰かがそんな事を言っていたのを思い出す。
俺達人間はこの世界の主ではない。
だけど、だからといって逃げて戦わないのは違う筈だ。きっと戦う事を辞めたら、この大社跡のように本当にモンスターの世界に飲み込まれてしまう。
「俺はハンターになる。……よし」
真っ直ぐ前を向いた。まずは自分に出来る事を整理する。
俺はそもそも戦えない。
家から防具と武器は持って来たが、これが役に立つとは思わない事だ。
武器を家に取りに行った時、両親はなんとも言えなさそうな顔をしていたのを思い出す。
絶対に帰ってくると約束をした。
二人を連れて帰る。その為にはまず二人を見付けなければならない。
「お前ら、これの匂いでジニアの居場所とか分からないか?」
俺はそう言いながら、ポーチに入れて来たパンツを取り出した。ちなみにこれはジニアのパンツである。
なんで俺がジニアのパンツを持っているのかって、それはお前アレだよ。
ジニアの家に、何かジニアの匂いが付いてそうな物があるか聞いたらコレが出て来た。あの親にしてあの子供って感じである。
ちなみにカエデの家で間違えて「カエデのパンツありませんか」と聞いたらドン引きされた。当たり前である。
カエデの家からはカエデの靴を借りてきた。オトモが混乱しても困るので、これは後でいい。
「お?」
二匹にジニアのパンツを見せると、アイルーは酷い表情をして───ガルクはキリッとした表情で振り返る。
オトモガルクは鼻が良いのか、コイツが賢いのか。ガルクは俺が何も言わずともゆっくりと歩いて「着いてこい」とでも言うように少しだけ振り向いた。
「……頼むぜ。行くか」
人のパンツの匂いでゲンナリしているアイルーを連れて、俺はガルクに着いていく。
少しだけ歩いて、自分の心臓の鼓動が早くなっている事に気が付いた。
今更何を怖がっているのか。
他でもない、それはモンスターが突然現れたりする事じゃなくて───二人の安否の問題である。
ジニアが里を出てから二日、カエデが里を出てから半日以上が経っていた。
二人がもう既に死んでいたって、なんらおかしくないだろう。それでも、俺は二人を信じてここに来た。
「ジニア、助けに来たぞ。お前言っただろ、俺が居るから安心してクエストに行けるって。……だから生きてろよ。死んでたらもう一回ぶっ殺してやるからな」
去勢を張って、ガルクの後ろを進む。
ふと、ガルクが唐突に走って俺はそれを追いかけた。
「───ジニア! おい、ジニア!!」
───ガルクが走っていったその先に、一人の男が倒れている。
金髪の、いけ好かないモテる顔。
見るだけでムカつくこの顔を見間違える訳がない。けれど、今だけはムカつくよりも───俺はその顔を見て安堵していた。
「……ツー、君?」
ボロボロの防具。血だらけの身体。
けれど、ジニアは表情を歪ませながらも俺の名前を呼ぶ。
「生きてるか。そうかそうか生きてるか」
「あはは……どうやら、これが幻覚でないなら、そのようだね」
不器用に笑うジニアの言葉を無視して、俺は彼の容態を確認した。
確かに身体は傷だらけだが欠損や大量出血はない。それよりも打撲が多く、骨折の可能性も低くないだろう。
俺がどうした物かと少し考えていると、オトモアイルーが荷物から大きめの布を取り出し───そこら辺の少し太めの枝を二本ブーメランで切り落として簡易的な担架を作り出した。天才かこのネコ。
「でかしたぜ。よし、このバカをとりあえずベースキャンプに連れてくぞ」
「ツー、君……僕は……大丈、夫……だから、カエ───」
「うるせぇ、とりあえず喋るな。今はお前を助けるのが先だ。安全な所で、お前がどれくらい大丈夫か見て次どうするか決める。お前は今黙って助けられてろ」
俺がそう言うと、ジニアは黙って目を瞑る。
二人共絶対に助けるんだ。
俺は一人だって死なせない。
オトモ達と共に、俺はジニアを連れて一度ベースキャンプに戻ってくる。
ジニアの容態は見た目よりも悪くはなかった。むしろ大袈裟なくらいだろう。
一番大きな怪我は左足が骨折してそうなくらいで、出血も小さな切り傷が多いくらいだ。
これなら別にそこら辺に寝かせておいて放っておいても大丈夫だろう。なに、痛いだろうが死にはしない。人様を心配させたお前にはそれくらいの罰が必要だ。
「───で、カエデはどこに居るんだ?」
「……僕はツー君達が見たっていう、あのマガイマガドというモンスターに襲われてね。必死で逃げ回ってたんだ」
ウツシ教官の言う通り、やはり大社跡にはあのモンスターが彷徨いているらしい。
「……それで、なんとか身を隠しながら逃げていたんだけど運悪く見付かってしまってね。足をやられて動かなくなって……もうダメだと思ったら、カエデが来てくれたんだよ」
「カエデが……」
その時、カエデがもう少し遅れていたらジニアは助からなかったかもしれない。
あの時、カエデが一人でも大社跡に向かってくれたおかげで、今こうしてジニアは生きている。
アイツは本当に凄いハンターだよ。
「カエデがマガイマガドの気を引いてくれている内に、僕はなんとか這ってでもベースキャンプに向かおうと思ってね。……そしたら、やっぱりツー君が来てくれた。ありがとう」
「礼ならカエデに言ってくれ。俺は結局こんなに時間が掛かったからな。……さて、お前の言い分から察するにカエデはあのマガイマガドって奴と戦ってるって事か?」
「分からない。……でも、アイツは僕を追っては来なかったよ」
カエデがやられてしまったなら、次は足が動かなくてトロトロと逃げていたジニアを襲うのが普通だ。
でも、ジニアは無事にベースキャンプの近くまでたどり着いている。
それはつまり、マガイマガドはまだカエデと戦っているか───もしくはカエデを追いかけている筈だ。
「……正直なところ、カエデにもツー君にもマガイマガドの力は大き過ぎる。僕も本当は……カエデを置いて行きたくなかった。けれど───」
「けれど?」
「───カエデが言ったんだよ。……ツバキが来るから、それまで耐えるだけだからって」
「俺が……」
ジニアのそんな言葉を聞いて、俺は昨日カエデに言われた事を思い出す。
──信じられない──
彼女は昨日、俺にそう言って里を出た。
もしかしたらあの言葉は、俺が受け取った意味とは違う意味で漏らした言葉なのかもしれない。
「……カエデは俺の事、まだ信じてくれてたのか?」
俺がハンターなんかじゃないって、そう言った事をカエデは信じないと言ったのか。
だから俺は必ずここに来るって、彼女はそう信じて、勝てる訳もない相手にジニアを助ける為に時間稼ぎを買って出たのだろう。
俺が来ると信じているから。
「……あのバカ野郎」
立ち上がって、俺はポーチの中からカエデの靴を取り出した。その匂いをガルクに嗅がせると、ガルクは真っ直ぐに大社跡の奥を見る。
「……ツー君、本当に行くのかい? 僕は確かに逃げてきてしまった。カエデを置いて、一人で。でも……分かってるだろう?」
「俺じゃ確かにマガイマガドは倒せない。戦ったって、なんなら役にも立たないし足手纏いだ。……そんな事は分かってる」
「なら……」
「───でもな、俺にだって出来る事はある。……それ以前に、やらなきゃいけない事があるんだよ」
俺がそう言うと、ジニアは少し驚いたような表情を見せてからゆっくりと目を瞑りながらこう口にした。
「……そう言ってくれると信じてたよ」
「嘘こけ」
今驚いてたろ。
「ツー君」
「なんだよ」
「カエデを助けて来てくれ。……お願いだ」
「任せろ」
そう言って俺は立ち上がる。
ガルクの鼻は優秀だ。態々ジニアにカエデやマガイマガドの場所の手掛かりを聞く必要もない。
問題は今カエデがどんな状態かである。
悪い予感が過ぎって、俺は頭を横に振った。
「行ってくる。そこで待ってろ」
もう一度ベースキャンプを出る。
今度はジニアと同じように簡単にはいかないかもしれない。そもそも自分の力が足りないかもしれない。既に間に合っていないのかもしれない。
それでも俺は走った。
幼馴染み達との約束を守る為に。