ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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ただひたすら前に走った

 揺れる焔。

 禍々しい色をした火が、昼間なのに暗い林の中を照らしていた。

 

 木の枝の折れる音がする。

 その音よりも大きく聞こえる自分の心音を誤魔化すように胸を叩きながら、俺は深呼吸して息を整えた。

 

 

「……マガイマガド、なんでこんな所に居るんだよ」

 大社跡の奥地。

 ガルクの鼻を頼りにカエデを探して大社跡を歩いていると、モンスターの気配に敏感なアイルーが俺に危険を知らせてくれる。

 

 木陰に隠れた俺の視界に入ったのは、カエデが帰ってきたあの日───この大社跡で俺達を襲ったモンスターだった。

 

 

「お前ら音立てるなよ。絶対だからな。言っとくけどこれ振りじゃないからね。本当、頼むから音立てるなよ」

 俺の言葉に、オトモ二匹は首を縦に振ってくれる。

 

 木の枝でも踏んでみろ。アイツにバレて何もかも終わりだ。

 気を引き締める。緊張して息を呑んだその直後───

 

 

 プゥッ

 

 

 ───オナラが出た。

 

 

「あばばばばばばばばばばばばば」

 力み過ぎた!! やばい!! マジやばい!! 本当にやばい!! 死んだかも!! 

 

 口を押さえる俺に、目を丸くして震えるオトモ二匹。

 しかし、マガイマガドは俺達には気が付かずに通り過ぎてくれる。

 

 

「た、助かった……のか?」

 その姿はまるで、何かを探しているようだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 オナラで死にそうになったがひとまず安心。

 

 

「───じゃ、ないわな。カエデを探さないと」

 問題はそこじゃない。

 マガイマガドはカエデと戦っていた筈である。しかし、それが何かを探しているかのように歩き回っていた。

 

 奴が探していたのはカエデか、それとも逃げたジニアか。

 

 

 嫌な予感が頭を過ぎる。

 どちらにせよ事実として、マガイマガドが二匹いるなんて事になっていない限り───今マガイマガドはカエデと戦っていない。

 

 

「そっちなのか? そっちはもう獣道ですらないぞ」

 先を進むガルクの後を追っていると、モンスターの通り道ですらない場所に案内された。

 俺がガルクを止めようとするが、ガルクは自信のありそうな顔で首を縦に振る。

 

「……分かった。お前を信じる」

 ガルクの鼻はジニアも見付けてくれたし折り紙付きだ。そんなガルクを信じて木々を掻き分け先に進もうとすると、ふと視界を青白い光が通り過ぎる。

 

 

 それはマガイマガドが纏う不気味な光ではなく、まるで星の光のような綺麗な光だった。

 

 

 

「……翔蟲」

 光の正体。

 それはカムラの里のハンター達が好んで力を借りる生き物(環境生物)の一種である。

 翔蟲は人の身体すら支えることの出来る強度の糸を出す事が出来て、カムラの里のハンターはその糸を利用して狩りを有利に進めるのだとか。

 

 俺はまだ本当のハンターではないし、そもそも虫が嫌いだからハンターになっても用はないけど。

 

 

「なんだよ、お前」

 ───ただ、その翔蟲は俺に用があるとでも言いたいかのように視界の中でユラユラと揺れていた。

 

 俺が声を掛けると、翔蟲は迷わずに真っ直ぐ木々の奥に向かっていく。

 ガルクに視線を向けると、ガルクは首を縦に振ってその翔蟲を追いかけた。

 

 

「冗談だろ……」

 嫌な予感がする。

 

 

 嫌な景色が頭を過った。

 

 

 

 血と肉の匂い。

 群がる光。

 

 これは俺の錯覚か。

 

 

 

 違う。

 

 

「……カエデ」

 翔蟲に導かれたその先に、光が群がっていた。

 

 

 

「カエデ……カエデ……!! カエデ!!」

 ──凄い、ツバキ。やっぱりツバキは凄いよ!──

 辞めてくれよ。

 

 

 ──少しでもツバキに追い付けるように頑張らなきゃ──

 頼むよ。

 

 

 ──私も、ツバキみたいに色んな人を助けられるようになりたいから──

 俺はまだ───

 

 

 ──信じられない──

 ───お前との約束を守れてない。

 

 

「カエデ……!! くそ、どけ!! どけよ!! カエデに触るんじゃねぇ!! どけぇ!!」

 群がる光を手で描き分ける。

 

 翔蟲に光蟲。大きい虫から小さい虫まで。

 何かを包み込むように群れる虫達を、俺は必死になって掻き分けた。

 

 

「カエデ……カエデ!!」

 そこにやっぱりカエデは倒れている。全身ボロボロで血だらけで、意識もない。

 

「……ぅ、うぅ。もう……食べられないよぉ」

「───は?」

 けれど、彼女は生きていた。

 

 

「……寝言?」

 苦しそうな表情をしているが、彼女はしっかりと息をしている。怪我は酷いが命に関わりそうな怪我はしていない。

 身体を貪られたり、食いちぎられたりしている形跡はどこにもなかった。

 

 あれだけの虫に囲まれていたのに。

 

 

「───うわっ。……モミジ?」

 ふと、巨大な虫が視界に入る。それはカエデの操虫棍付属の猟虫、マルドローンのモミジだった。

 

 翔蟲やその他の蟲も、またカエデに群がってくる。

 しかしそれはカエデを食べようとしたりしている訳ではなく、まるで母親が子供を寝かし付けるように包み込んで───俺はそんな虫達に暖かさを感じてしまった。

 

 

「気持ち悪い……けど、まさかお前達……カエデを守ってくれてたのか? まさか……あの時も───」

 ふとそんな疑問が口に出る。

 

 二年前。

 大社跡で見付けた兄の死体。

 あの時はもう血と肉の塊だった。だけど、カエデはこうして生きている。

 

 

 

 ふと、里の広場で翔蟲が大量発生した時の事を思い出した。

 虫に好かれてるのか、虫の女王にでもなったのか、翔蟲に群がれるカエデの姿。彼女は虫に好かれているのだと、ジニアも言っていたっけか。

 

 

 

「お前ら、マジか……」

 ずっと、勘違いをしていたのかもしれない。

 

 俺は虫が嫌いである。

 それは今も変わらない。勘違いだったとしても、そもそも近くで見たらコイツら気持ち悪い。

 

 

 けれど、あの時も今も、蟲達は守ってくれていた───俺達を助けようとしてくれていたんだ。

 

 

 

 それが何故かは分からない。

 聞く話によれば雷光虫と呼ばれる虫は、天敵であるガーグァと呼ばれるモンスターから身を守る為にジンオウガと呼ばれる大型モンスターに力を貸すらしい。

 

 俺達人間に力を貸してくれる翔蟲も、それと同じようなものなのだろう。

 それにカエデは妙に虫にモテるし、兄さんも操虫棍を使っていたっけ。

 

 

 

「……ありがとな、お前ら。うわよく見たら顔キモ」

 だとしてもキモいんだけどね。

 

 

 

 

「───さて、やる事は決まったな」

 カエデの容態を見て、俺はこれからするべき事を整理した。

 

 まずカエデの容態だが、ジニアよりは酷くない。

 切り傷は多いが骨に異常は無さそうである。意識がハッキリしないのは、ギリギリまでマガイマガドと戦っていたからだろうか。

 ビーミと勉強しただけの素人意見ではあるが、少し寝て体力が回復すれば歩けるようにはなる筈だ。ヨモギ特製のうさ団子もある。

 

 問題はその時間がないという事。

 

 

「……近いな」

 木が薙ぎ倒される音。

 

 禍々しい雰囲気を漂わせるそれが、辺りを彷徨いているのがここに居ても分かった。

 

 

 マガイマガドはカエデを探している。

 なんとかジニアを逃す時間を作ったカエデだが、力尽きてこの場所に逃げて来た。そして、それを虫達が守っていた。そんな所だろう。

 

 しかしここがマガイマガドに見付かるのも時間の問題だ。

 

 

「俺がやるべき事は一つ。……カエデ、お前を助ける事だ」

 ここまで一人で頑張ってきた立派な狩人の頭を撫でる。俺にそんな事をする資格はないかもしれない。

 

 けれど、今度は俺が助けてやる番だ。

 

 

 

「さて、行くか。……おっと、お前らはここでお留守番な」

 俺が立ち上がると付いてこようとしたオトモ二匹に俺は「待て」をする。

 

「お前達はいざって時にカエデを助けてやってくれ。正直、小型モンスターとかなら俺がいるよりもお前達がここにいる方が安心出来る。……モミジもな」

 カエデに寄り添っているモミジにも言葉を掛けると、モミジは身体を縦に振って答えてくれた。

 オトモ二匹は少しの間顔を見合わせて心配そうな顔を見せるが、主人の意見を尊重してくれたらしい。首を大きく縦に振ってくれる。

 

 

「俺はマガイマガドをなんとかする。……いや、倒せるなんて微塵も思ってないしなんならどうしたら良いのかまだ分からないけども。一つだけ分かってるのは俺がここにいても何もならないし、マガイマガドにこの辺りをウロウロされるのはマズイって事だ」

 大社跡の奥まできてしまった以上、俺一人でもマガイマガドから逃げるのは難しい。

 

 カエデを運ぶにせよ体力の回復を待って歩かせるにせよ、マガイマガドをなんとかしなければ俺達に道はなかった。

 

 

 

「任せろ。俺は里一番のハンターになる男だぜ? これが終わったら、お前達は里一番のハンターのオトモになるんだ」

 二匹の肩を力一杯抱いて、俺はそんな虚勢を漏らす。

 

 

 正直自信はない。

 けれど、やらなきゃいけないという事だけは確かだ。

 

 別に手がない訳じゃない。

 俺にはハンターになったらモテると聞いて、一生懸命培ってきた技術と知識と人脈がある。足りないのは実力だけだ。一番必要なものがない。

 

 

「───カエデ、待ってろ。今()()()やるから。……行ってくる」

 そう言って俺はカエデを置いて一人で歩いた。

 

 

「ツバキ」

 俺を呼ぶ声が聞こえた気がする。だけど、振り向かない。

 

 

 大丈夫。絶対に助けるから。

 

 

 

 

 

 

「───無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!! 無理でぇぇぇす!!! 無理ぃぃいいい!!! バカかお前!!! 無理に決まってんだろ!!! 無理!!! 死んだ!! 死ぬ!」

 数刻後。

 クソ程情けない絶叫が大社跡で木霊していた。

 

 

「辞めて!!! それは流石に死ぬ!!! もう少し手加減してくれてもよくない!? お前こんな小さな生き物に本気出して恥ずかしくないの!? てか背中の太刀邪魔なんだけど!! 捨てて良い!? コレ捨てて良い!?」

 追いかけてくる巨体。

 

 怨虎竜───マガイマガド。

 カエデと再開したあの日、アオアシラを狩ろうとしていた俺達を襲ったモンスターである。

 

 

 思えばあの日も俺はこんな風に情けなく叫んでいたっけか。

 あの日と違うのは、俺にそれなりの準備がある事だ。

 

 そういえばあの日のあの時、俺がなぜ助かったのか。もしかしたら───なんて考えて首を横に振る。今は死なない事に集中しろ。

 

 

 

 俺の目的は一つ。

 マガイマガドをこの大社跡から遠ざける事だ。

 

 撃退出来ればいう事はないが、俺にそんな技術も実力もない。

 俺に出来るのはこうやって逃げ回って、自分自身を囮にしてマガイマガドを大社跡から引き離す事くらいである。

 

 

 現状まだ目的達成には程遠いが、大社跡から引き離す事さえ出来ればカエデやジニアだけでも助かる可能性は高い。

 その後の事はその後考えれば良い。俺だって死にたい訳じゃないが、俺に出来るのはこのくらいだ。

 

 

 

「……っ、はぁ……くそ……! 全身棒みたいだ。やべ、無駄にはしゃぎ過ぎたかな」

 これでも体力には自信がある方だが、それでも俺はただの農家である。

 

 ロンディーネさんから譲ってもらった強走薬の効果で自分でも意味の分からない程にスタミナが溢れてくるが、それでも人間限界がある訳で。

 足も痛ければ意識は朦朧としているし、身体の中がグチャグチャにかき回されているような感覚で今にも吐きそうだ。

 

 どれだけ走っただろう。

 そんな事を考えて、一瞬だけ気が散った。そうすると心臓を直接握り潰されたような激痛が走って俺は地面を転がる。

 

 

「ガッ───ゃ、やっべ……!!」

 何がどれだけ走っただろう、だ。まだ全然足りない。まだ俺は何も出来てない。まだカエデを助けられてない。

 

 

 こんな所で死ねない。

 

 

「こんな所で───」

 地面を転がって揺れる視界の中で、マガイマガドが真っ直ぐに跳躍してくるのが見えた。

 

 オサイズチとすら戦った事がない俺でも分かる。

 アレに踏み潰されたら、それだけで死ぬ事くらい。

 

 

「───くそ!!!」

 血反吐を吐いた。

 

 身体は起き上がらない。諦めかけたその瞬間、俺の目の前でマガイマガドが突然()()()()()()()()()動きを止める。

 

 

「……何?」

 しかし、俺の視界にはマガイマガド以外には何も映っていなかった。

 

 ───いや、違う。

 

 

「糸」

 糸だ。

 人間の体重すら支える事の出来る丈夫な糸。それが何重にも蜘蛛の糸のように重なって、マガイマガドを止めていたのである。

 

 

「……お前ら」

 視界に入る青白い光。

 

 翔蟲が三匹、俺の真横にピタリと着くように羽ばたいていた。

 

 

「なんだよ、手伝ってくれるなら初めからそう言ってくれよな……。てか、凄いな。マガイマガドを止めるなんて」

 死ぬかと思って苦笑い気味に、後退ってマガイマガドから距離を話しながらそんな言葉を漏らす。

 強走薬の効果が切れたのか足がガタガタ震えているが、翔蟲の力があればあるいはなんとかなるのではないだろうか。

 

 

「よしお前ら、そのままアイツを拘束するんだ!」

 絡まる糸に身動きを封じられて暴れるマガイマガドを指差して、俺は翔蟲達にそう命じようとした。

 

 ───しかし。

 

 

 プチプチと、まるで糸が切れる音───ではなく普通に糸が切れて音がなる。

 世の中そんなに上手くいくはずが無いのだ。

 

 

 

「デスヨネー! 逃げるぞお前ら!!」

 正直もう限界である。しかし、俺にはそれ以外の選択肢がない。

 

 そうして振り向いた直後。

 視界に入ってきたのはマガイマガドと比べるとあまりにも小さな───しかし、俺からするとあまりにも強大なモンスターだった。

 

 

「イズチ!? こんな時に、お前達の相手なんかしてられないっての!!」

 眼前に獲物()を囲い込むように広がるイズチが三匹。小型モンスターのイズチだが、俺からすれば一匹でも手に余る。

 

 

「……勘弁してくれ」

 正面にはイズチが三匹。背後には翔蟲の糸から脱出したマガイマガド。

 八方塞がりとはよく言ったものだ。

 

 それでも俺はどうにかしなければいけない。

 俺に出来る事は考える事だけである。その時間もないのが現状だが、そんなどうしようもない状態で先に動いたのはマガイマガドだった。

 

 

 鮮血が散る。

 

「イズチを……食った?」

 響き渡る悲鳴。

 俺を飛び越して、正面にいたイズチをその牙で屠ったのは俺を追っていた筈のマガイマガドである。

 そのマガイマガドはイズチ一匹を亡き者にすると、左右で威嚇するイズチを一匹ずつ踏み潰して口に咥えながら、唖然とする俺を睨んだ。

 

 

「大食いさんなのね……。それとも、俺はお前の獲物ってか? 俺以外にお前はやらせないってか? そういうの、物語のライバル関係じゃ鉄板だけど……俺は勘弁してもらいたいぜ」

 虚勢を張るが、正直な所もう限界である。

 

 

 ここで諦めてもカエデは助かるだろうか。いや、そうじゃないだろ。

 

 

 

「───ま、ここで決着を付けるのも悪くないわな」

 背中の太刀に手を伸ばした。

 

 俺は物語の主人公じゃない。

 突然力が覚醒したり、都合の良い才能もない。

 

 

 だから俺に出来る事は、最期まで戦う事だけである。

 諦めずに最後まで。一瞬でも気を抜くな。

 

 カエデが、ジニアが、少しでも助かる可能性に向けて突き進め。

 

 

「俺は諦めが悪いんだ。俺は絶対に二人を助け───」

 瞬間。

 視界が揺らぐ。身体が宙を舞った。

 地面を転がって木に叩き付けられる。何が起こったか分からない。去勢を張っている間にマガイマガドにやられたのか。

 

 しかし、激痛に歪む視界の中でマガイマガドは俺を見ていなかった。

 それにマガイマガドは動いていない。

 

 なら、俺に攻撃してきたのは───

 

 

 

「アレは───」

 ───視界に映るもう一匹のモンスター。

 

 蒼い毛並みに剛腕。身体の一部を覆う甲殻が特徴的なそのモンスターは、俺とカエデがあの日に本来挑む予定だったモンスターであり───

 

 

 

「───アオアシラ」

 ───兄を殺したモンスターである。

 

 

 二匹の咆哮が大社跡に木霊した。

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