ハンターになってもモテませんでした
空を覆い尽くすかのような巨大な翼が、日の光を遮った。
「バゼルギウスの尻尾デカ過ぎんだろ!!」
「突然どうしたの、ツバキ」
思いのままに叫んだ俺を見て、カエデが若干引き気味にそう聞いてくる。
「分からん。なんか突然叫びたくなった……。で、アレがバゼルギウスで良いんだよな?」
人は時に何故か突然叫びたくなるものなのだ。
それはともかくとして。
俺は、我が物顔で大社跡の空を闊歩する一匹の巨大な飛竜を指差す。
爆鱗竜───バゼルギウス。
松ぼっくりみたいな丸さの巨大な飛竜だ。
グラビモスみたいな図体の癖に空を飛んでるもんだから、自分の目がイカれたのかと思ったね。
ただ、それは間違いなく空を飛んでいる。
流石にサイズだけならナルハタタヒメの方が上だが、それでもデカいもんはデカいのだ。
「うん。アレがバゼルギウスだね。百竜夜行のおまけって感じで大社跡に迷い込んだみたいだ」
鬱陶しいくらいサラサラの金髪を風に靡かせながら、ジニアがそう言う。
百竜夜行。
里の危機を引き起こしていた古龍は討伐したが、その余波はしばらく続きそうだ。
「あまりにも要らない
グチグチ言いながらも、俺達はバゼルギウスを追いかけて歩く。
文句は言うが、あんなデカい松ぼっくりが里の近くに居るのは頂けない。
迷い込んできたバゼルギウスには悪いが、里の安全の為に討伐させてもらおうか。
「ん? ツバキ、アレ見て」
歩きながら、カエデが空を飛ぶバゼルギウスを指差した。いや、バゼルギウスだよ。もう知ってるからね。
「バゼルギウスがうんちしてる」
「バゼルギウスがうんちしてる!?」
何言ってるのこの人。何言っちゃってるのこの人。
仮にも年頃の女の子がうんちとか言うんじゃありません。
「いや、本当だ……。うんちしてる」
「ね? うんちしてるでしょ」
「うん。うんちしてる……」
しかし、空を見上げてみると確かにバゼルギウスはうんちをしていた。
何やら身体を震わせて、人の頭くらいの大きさの何かを地面に落としていっている。
フクズクのうんちでも頭の上に落ちてくると最悪なのに、バゼルギウスのうんちなんてもうこの世の終わりだろ。
というか大きさ的にも冗談じゃなく危ない。頭がうんちに包まれるとか最悪だ。
あんなのが里に来たら里中うんち塗れである。公害が過ぎるだろバゼルギウス。
「……うわ、煙出てるよバゼルギウスのうんち。ジニア、匂い嗅いできて」
「え? 普通に嫌。そういうのはツー君の仕事でしょ?」
「お? なんだ? 喧嘩売ってる? イケメンにそんな事やらせんなって?」
「うん」
「お前マジで後で覚えてろよ。カエデ、行け。言い出しっぺ」
「えぇ……。絶対臭いよ」
「ここでカエデに振るような男だからツー君はモテないんだよ」
「なんか言った?」
「何も」
「もー、しょうがないんだから」
文句を言いながら、カエデは石見たいなバゼルギウスのうんち(?)に近寄った。あまり臭い匂いはしない。
「うーん、これ本当にうんちなのかな?」
確かにバゼルギウスはうんちをしていたように見えたが、目の前に何個も転がっているそれは、あまりにも形の整った───全て同じ形のうんちである。
そんな事があるのか。
「なーんか、嫌な予感がするんだよな」
「臭くないんだよね。突っついてみようかな」
嫌そうな顔をしながら、カエデがうんちに指を向けた次の瞬間───
「わぁ!?」
「はぁ!? うんちが爆発したんだけど!?」
バゼルギウスのうんち(?)は音を立てて爆発する。燃え上がる空気。普通に危ない。
「なんでうんちが爆発したの!?」
「心臓飛び出るかと思った……。え、何……うんちを爆発させるモンスターなの? 怖過ぎる」
もしそうなら史上最低最悪なモンスターだ。怖すぎるので俺は家に帰る。もう既に嫌だ。
「それは爆鱗だね。バゼルギウスは爆発する鱗を持っていて、ソレを空から落として攻撃したりするらしいよ」
「なんで当たり前のように爆発してから解説してんの!? 爆発する前に言えよ!! 危ないでしょ!!」
「面白いかなと思───いや、ほら、身を持って危険を知れば警戒しやすいでしょ?」
「おう、ありがとうなジニア!! お前も身を持って思いしれ!!」
「危ない危ない危ない!! 本当に危ない!!」
バゼルギウスのうんち───もとい爆鱗に、ジニアの頭を持って近付ける。
泣き叫ぶジニアを他所に、カエデは爆鱗を眺めながらこう口を開いた。
「ばくりん……っていう名前のうんちなの? びっくりしたけど、爆発するうんちなんて珍しいね。とりあえず二人共、うんちで遊ぶのやめてよ。子供じゃないんだから。そんなにうんち好きなの?」
「爆鱗だって言ってるでしょ。うんちじゃないの。鱗なの。子供じゃないんだからうんちうんち連呼すんな」
俺がそう諫めると、カエデは顔を真っ赤にして俺の肩を沢山叩く。普通に痛いからやめて欲しい。
「───さて、気を付ける事も分かったし。もう少し観察して作戦練ったら、遊んでないで討伐するぞ。一応里の命運が掛かってんだからな? 忘れるなよ」
爆発で転がるジニアを他所に、俺は両手を叩いて二人に切り替えるように促した。
雰囲気だけではモンスターは討伐出来ない。
幼児のようにうんちで盛り上がってしまったが、ここからは本気で狩りに集中しよう。
◆ ◆ ◆
うんち。
「待て待て待て待て!! なんだこのうんちの量は!! 快便過ぎんだろ!! バゼルギウスのうんち!! 快便過ぎんだろ!!」
「だからうんちじゃないって話じゃなかったの!? うんちなの!? どっちなの!?」
爆鱗がうんちかそうでないかすら分かってないカエデの事は置いておいて。
いざバゼルギウス討伐の為に動いた俺達を待っていたのは、想定以上の苦戦だった。
ちなみに爆鱗がうんちかそうでないかといえば、確実にうんちである。これはもはやうんち以外の何者でもない。
「くそ、足元うんちだらけでまともに動けねぇ! しかも踏んだら死ぬうんちだ。ここが地獄か!?」
苦戦の理由は勿論うんち───ではなく、爆鱗だ。
バゼルギウスは身体を震わせる事で、自分を中心に爆鱗を大量にばら撒く事が出来る。
それが予想よりも遥かに広範囲かつ、密度も高い。
バゼルギウスに近付けば、足元はうんちの地雷だらけという事だ。字面がもう最悪である。
「───熱!! くそ、普通に冗談じゃなくあぶねぇ」
バゼルギウスのタックルを転がって避けると、背後でうんちが爆発した。
熱に焼けるマガイマガドの甲殻を使った装甲。その辺の適当な装備を着ていたら火傷していたかもしれない。
「ツー君!」
「大丈夫だ、問題ない。お前もうんち踏むなよ!!」
「言い方が最悪だね!!」
ジニアに注意しながら、俺はうんちを踏まないように踏み込む。
バゼルギウスの腹部は大量のうんち───ではなく、爆鱗が付いている訳だ。
こいつは尻尾や腹部から生成した爆鱗を使って攻撃してくる。非常に厄介だが、爆鱗を生成する為の器官は柔らかく、バゼルギウスにとっては武器であり弱点でもあった。
そこを突くように、爆鱗を避けながら太刀を振り下ろす。
里長から貰った里の宝刀。
代々里を守って来た一太刀が、バゼルギウスの腹部を切り裂いた。
「手応えあり……!」
悲痛の声を上げるバゼルギウス。その背後から、カエデが「隙が出来た!」と跳び上がる。
腹部と同じ、爆鱗を生み出す尻尾を切り裂く操虫棍。
俺はカエデにバゼルギウスの意識が行かないように、足に太刀を叩き付けた。
バゼルギウスは唸り声を上げながら身体を回転させ、質量そのものを武器に周囲を薙ぎ払う。
カエデの前に立ったジニアの盾が弾き飛ばされる程の威力。どちらかと言うと爆鱗よりもこっちの方が危険だ。
爆鱗は気を付ければなんとかなるが、爆鱗を気を付けていると他が疎かになる。今も、ジニアが居なければカエデが危なかった。
「ナイスジニア! 後で飯を奢れ!!」
「逆じゃない!?」
「俺より格好良い所見せた罰な!!」
「酷過ぎる」
「ジニアありがとう!」
言いながら散開。バゼルギウスの注意を分散させつつ、隙を窺う。
「俺、か」
バゼルギウスと目が合った。
生き物は本能的に弱い相手が誰か分かっているのかもしれない。
俺は確かにカムラの里の猛き炎とまで呼ばれ、マガイマガドや百竜夜行の原因だった古龍をも討伐している。
けれど、それは里の皆やカエデ達の手助けがあったからこそだ。
皆は俺を凄いハンターだと言ってくれる。光栄だ。
しかし、こうして俺は今苦戦している訳で。不甲斐ないと思う、けれど───
「───狙われるって事くらい分かってんだよ!!」
───自分の弱さは、自分が一番知っている。
俺の周囲に張り巡らされる糸。
里の皆なんて言ったが、俺には他にも頼もしい仲間がいた。
それはアイルーやガルク、そしてこの翔蟲である。
虫が大嫌いだった俺だが、なんやかんや彼等には助けられるようになった。
今でも苦手な物は苦手だけど、翔蟲も大切で信頼出来る仲間である。
翔蟲が出す糸は人の体重はおろかモンスターの身体を引っ張る事すら出来る代物だ。
それを自分の周囲に張り巡らせ、目を瞑る。
何かが糸に触れた時、その時だけに集中すれば、俺にだってタイミングは掴めるという物だ。
───水月の如く、柔靭にして艶なる一刀。
糸に奴が触れる瞬間、俺はソレだけに集中して刃を振る。
放たれた斬撃は完璧なタイミングでカウンターとしてバゼルギウスの身体を切り裂き、俺はバゼルギウスの身体を受け流すように離脱して太刀を鞘に収めた。
「流石ツバキ!!」
「お、おう!! 余裕よ!!」
目一杯意地を張る。正直、生きた心地はしない。
それでも、ずっと前に決めた事だ。
里を、里の皆を、大切な人達を守る為に───こうして見栄を張り続けると。
それが、俺のハンターとしての生き方だから。
「さて、そろそろ倒れてくれると嬉しいが」
冷や汗を拭いながら、俺はバゼルギウスの表情に視線を向ける。
竜の瞳は怒りに燃えたぎっていた。今にも炎を吐きそうな顔に漏らしそうになりながら、俺は背中の太刀に手を向ける。
そう簡単には行かないらしい。
「あ?」
「逃げる?」
しかし、バゼルギウスは翼を広げてその巨体を浮かせた。
どこにそんな力があるのか分からないが、人の家よりもデカい生き物が空を飛ぶ。
そこは竜の領域だ。俺達が逆立ちしたって、そう簡単に届く場所ではない。
あっという間に飛び上がったバゼルギウスは、空中で身体を翻した。逃げる気だろうか。
「里に向かわれちゃうと良くないよ!」
「分かってるが、飛ばれるとどうしようもないな」
これでもそれなりに体力を削った筈だから、ここから里まで飛んで行くなんて事はないだろう。
そうなると安全な場所で身体を休める気か。
体力を回復される前に討伐したいが、行き先の予想が付かない。
「待って、二人共。逃げる訳じゃないかもしれない」
そんな事を考えると、ジニアが顔を真っ青にしながらランスを背負って駆け出しでそう口を開いた。
続いて彼は空を飛ぶバゼルギウスを指差す。
バゼルギウスは逃げた訳ではなく、一度距離を取ってからこちらに向かって来ていた。
「なんでこっち来てんの」
「なんかうんちしてない?」
「だからうんちじゃなくてアレは爆鱗だと何度も───うんちしてる!?」
カエデにツッコミながら空を見る。
バゼルギウスは空から、爆鱗───うんちをばら撒きながら俺達へと迫って来ていた。
「そんなのありかよ!! に、逃げろぉぉおおお!!」
悲鳴を上げながら三人で逃げる。
それはもう全速力だ。空からうんちが降って来るんだぞ。逃げるだろ。逃げるしかないだろ。
走る。
獣道を、必死に走る。
舗装された道なんてのは、里の外にはありやしない。
この世界は俺達ちっぽけな人間が生きていくのに優しくないのだ。
しかし、それでも生きていくには走るしかない。
何の為か。
生きる為、糧を得る為、己の力を示す為、大切な者を守る為、そして───
「くそ!! 俺はモテたかっただけなのにぃぃいいい!!」
モテる為である。
「なんで逃げるのよ!!」
「んなもん決まってるだろ!! うんちだぞ!! 空からうんちが降って来てるんだぞ!!」
「あはは、なんかいつもこんな感じだね」
本当にそうだ。
俺はいつもこう。なんか何処かで締まらない。これだからモテない。
くそ、ハンターになったら格好良くなってモテると思ったのに。実際はこの様ですよ。どうしたら良いんですか。
「こうなったら仕方ない。二人共、アレをやるよ!」
「分かったわジニア! アレね!」
「待って!! アレって何!? 俺なんも聞いてない!!」
俺の言葉は無視して、何故かカエデが俺の身体を突然持ち上げる。
あの頃から俺だって鍛えてそれなりに重くなった筈なのに、そんなヒョイと持ち上げられると悲しいよ。
ていうか何をする気なの。アレって何。え、本当に怖いんだけど。
「行くよ、二人共!」
「待って!! 何が行くの!?」
「それ!!」
「ぎゃぁぁあああ!!」
宙に舞った。
ジニアの翔蟲の力で、ジニアの盾をジャンプ台のようにしてカエデは俺を抱えたまま飛ぶ。
そして彼女は自分の翔蟲と操虫棍の射出機能で空中───竜の領域へと躍り出た。
「これが死か!?」
「ツバキ!! あとは任せた!! モミジもお願い!!」
言いながら、カエデは猟虫のモミジと俺を空中に投げ飛ばすようにしてバゼルギウスの眼前に連れて行ってくれる。
バゼルギウスも自らの領域に俺なんかが突然現れて目を丸くしていた。
お前も驚いてるかもしれないが、俺も驚いている。ここが地獄か。
ただ、ここまで来てしまったのならもうやるしかない。
俺はもう何もかもを諦めて、背中の太刀に手を向けた。
「なんとかなれぇぇえええ!!」
あまりにも情けない声と共に、そのクエストは幕を閉じる。
クエストクリアだ。
◆ ◆ ◆
カムラの里。
和な情景。
「ヨモギ!! 俺の団子がなんか無くなってるけど!?」
「さっきシーナちゃんが持って行っちゃったよ? また間違えちゃったのかな」
「なんで止めてくれないの!?」
「人のうさ団子を取るなんて、良くないですね」
「あ、ヒノエさん落ち着いて。大丈夫だから。マジで」
少し前まで、この里はモンスターの大襲来───百竜夜行に飲み込まれて滅びる寸前だったのである。
「イオリ!! エーコとビーミを見なかったか!? パンツを覗き見したらラージャンくらい激昂して今追われてるんだ。匿ってくれ!!」
「馬鹿なんですか!? ツバキさんはやっぱり馬鹿なんですか!?」
「愛弟子よ!! そういう事なら俺に任せてくれ!!」
「ウツシ教官!! ありがとう!! 流石俺の師匠だぜ!!」
「うむ、やはりここか。少年の声は大きいから良く聴こえてくるな」
「ロンディーネさん!? まさか二人からのスパイか!? 辞めて!! 俺を売らないで!! どうせひいきにしてくれとか言うんでしょ!? 分かってるからね!!」
この里が救われたのは、きっと俺一人のおかげではない。
「ツバキよ! 丁度探しておったのだ。お前に頼みたいクエストがあってな」
「嫌です。他を当たってください」
「そんな事言わず。これは、ツバキにしか頼めない重要なクエストなんだゲコよ」
「いや、本当に嫌です。その手の頼み事でロクな目に会ったことないんだよ!!」
「ツバキさん、そうは言わず。私からもお願いなのです」
「はい!! 分かりましたミノトさん!! 任せて下さい!!」
けれど、多少平和になった今だからこそ思うのだ。
「そんじゃ、行くぞお前ら」
「ふふ、またこの三人だね」
「私達最強の幼馴染三人なら何処までも行けるよ!!」
「腐れ縁三人組だろ……。ま、良いけどさ」
この里を、これからも守りたいと。
「そんじゃ、一狩り行きますか」
だから、これから何があっても───ずっと一緒に。