ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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ハンターになったらモテるって聞いた

 俺は虫が嫌いだ。

 

 

「俺様の畑に来た事を後悔するんだな。……死ねゴラァぁぁあああ!!!」

 アリ、バッタやイナゴ。その他多数。虫は農産物を食い荒らす農家の敵である。あと気持ち悪い。

 

「あ、ミミズちゃん! よーしよし、よーしよし、お前はウチの畑の女神だぜ。大きくなるんだぞぉ」

 ミミズは好きだ。畑の土を良くしてくれる。あと釣りの餌になるしな。

 

 

 それとカエルも好きだ。畑の虫を食べてくれる。あと釣りの餌になるらしい。

 知り合いの漁師の話ではガノトトスという魚を釣る為の餌になるとか。ガノトトスがなんなのかは知らない。

 

 

「おー、なんて大きなミミズちゃんなんだ! お前はこの畑の主だな。よーしよし、これからもウチの畑を頼むぞ」

 ところで───

 

 

「ツバキ、こんな所で何してるの?」

「───か、カエデ!? なぜ此処に。てか、なんだその腕に着いてるキモい虫!!」

 ───俺は虫が嫌いだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 カエデが里に帰ってきて二日。

 

 

「───家の畑のお手伝いまでしてるなんて、ツバキは偉いわね。ハンター業だって大変なのに」

「ま、まぁな。副業って奴? ハッハッハッ」

 俺は未だにカエデに本当の事を言えないでいる。

 

 俺の本業はハンターではなく農家だ。

 そもそも俺はハンターではない。農家だ。

 

 

「……で、そのキモい虫はなんだ」

「この子? この子はモミジっていうの。可愛いでしょ」

「いや名前を聞いた訳でもないし可愛くもないからね。その虫はなんだ。なんでそんな虫を腕に引っ付けてるのか聞いてるの」

「可愛いのに」

 可愛くない。

 

「なんでって言われても、私が操虫棍を使うからとしか答えられないわよ。逆に操虫棍使いで猟虫を連れていない方がおかしいじゃない? マルドローンって種類の猟虫なんだけど、知らないの?」

 言いながら彼女は俺に背を向けて、その背に背負った身の丈程の薙刀のような武器を見せ付ける。

 

 

 操虫棍という武器らしい。俺はハンターじゃないから知らないけど。

 

 

「確かにな。いや、知ってるよ。うん。まるどろーんね。まるどろーん」

 もう一度言うが俺はハンターじゃないからそんな事は知らない。だがカエデの中では俺は既にハンターという事になっているのだ。

 

 嘘というのは一度付くと取り返しのつかない事になっていくというのを、俺は今凄く実感している。

 

 

「……で、何の用だ?」

「一緒にクエストに行こうと思って。里中探したのよ?」

 この広い里で俺を探す為に女の子が時間を掛けてくれた。こんなに嬉しい事はあるだろうか。

 

 ない。

 だって里中の女の子の大半はジニアの虜だから。死ね。

 

 

 ただ、それはクエストのお誘いでなければの話である。

 

 

「今日は忙しくてな……。じ、ジニアと行ってきたらどうだ? アイツ()ハンターになってるんだぜ」

 俺()ハンターじゃないけどね。

 

「そっか、分かったわ。また誘いに来るわね」

「お、おう」

 本当に困った。

 

 

 その後カエデとジニアが狩場に向かうのを陰で歯軋りしながら見送って、俺は里の茶屋で休憩を取ることにする。

 

 集会所の側にあるこの茶屋の団子は格別だ。

 俺は嫌な事があると直ぐにここに来てしまう。ストレスには美味しい物を食べるか寝るが一番だ。

 

 

 カムラの里名物うさ団子。

 天辺の団子に可愛らしい顔が描かれているそれを、一気に口に放り込んでお茶で流し込むのがこの里流の食べ方である。

 

 

「頂きま───」

「ねーねー、ツバキってカエデちゃんと付き合ってるんだよね?」

「───ゴフッ、ごほっ、ごぉっへぇぉぁっぼへぇ」

 ───と、うさ団子を飲み込んだ直後の俺に一人の少女がとんでもない爆弾発言をしてきた。

 

 俺は死にかけた。

 

 

「よ、ヨモギ。勘違いするなよ。……俺は別にカエデの事なんて好きじゃないんだからね!」

 少女の名前はヨモギ。

 茶色い髪を団子型の櫛で纏めた女の子で、この茶屋の看板娘である。

 

「そうなんだ。でも、さっきジニアとカエデちゃんが一緒に歩いてるのを凄い顔で見てたよ?」

「それは俺がジニアを殺したい程憎んでるからだ」

「仲が良いんだね!」

 もしや人の話聞いてないなお前。

 

 

 カエデへの好意がない訳ではない。

 そもそもの話だが俺は昔モテていた。過去の栄光という奴だ。

 

 しかし、今の俺に彼女もいなければ農家をやっているのも理由がある。農家は関係ないけど。

 

 

 

「カエデちゃんとジニアとツバキって本当に仲が良かったよね。ツバキとカエデちゃんはお似合いだったし。カエデちゃんが帰ってきてくれて良かったよ!」

 俺は昔、カエデと付き合っていた。

 

 

 付き合っていたというが、実質とか自称とかそういう曖昧な関係である。

 何度も言うが俺は昔モテていたのだ。それは勿論、カエデも俺の事が好きだった(に、違いない(と、俺が思っているだけかもしれないが))。

 

 事実、俺とカエデは毎日一緒だったし、里の人達も───こうしてヨモギが言うようにほぼ里中から公認の関係だったのである。

 

 

 そして何度も言うが俺はモテていた。

 カエデとそんな関係なのは里中公認だった訳だが、それでも俺は他の女の子達に好意を寄せられていたのである。告白だってされた、エーコやビーミやシーナに。断ったけど。

 

 

「……そうだな、帰ってきてくれて良かった」

 で、何故俺が今こうなってるのか。

 

 それは勿論あの喧嘩別れが原因だ。

 

 

 俺がハンターになるのを諦めて、カエデと喧嘩してそのまま彼女は里を出て。

 里で一番のハンターになるなんて言っていた俺が情けなく逃げ出したあの日から、俺はモテないし彼女もいない農家になったのである。

 

 農家は関係ない。俺が悪い。農家は立派な仕事だ。

 

 

「俺はカエデと付き合ってる訳じゃない。……俺は里中の女の子の物だからな」

 そして昔モテていた名残の謎の自尊心だけが残っているのが、このツバキというしょうもない人間の名前である。自分で言ってて死にたくなってきたよ。

 

 だから、俺とカエデの関係は結局の所幼馴染止まりだ。昔がどうだとか、喧嘩して帰ってきたのがどうだとか関係ない。

 

 きっと彼女は俺の事をなんとも思ってないのだろう。

 

 

「里中の女の子の物? 私はツバキ要らないよ?」

「え、何? お前俺の事嫌いなの? 泣くよ?」

 泣いた。

 

 

「───やあ、ツバキ」

 茶屋で一人号泣している俺の背後から、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

 振り向くとそこには、竜の頭部のようなお面を手にした男性が立っていた。

 

 

「……ウツシ教官?」

「うん。久し振りだね、ツバキ」

 彼の名はウツシ。

 この里で狩人───ハンターの育成を担当している人である。

 

 里でハンターを目指す者なら必ず世話になる人だからか顔が広いのは勿論、俺自身も昔はハンターを目指していたのだ。死んだ兄だって彼にはお世話になっている。

 しかし、俺は二年前ハンターになるのを諦めてウツシ教官とはそれきりだった。里で横切っても、俺は挨拶もろくにしていない。

 

 

 だから、久し振り。

 

 

「な、何か用ですか?」

「うん。里長とギルドマスターがツバキを探していてね。俺が呼びに来たって訳だ」

 若々しい笑みを浮かべながらそう言うウツシ教官。

 

 なるほど、里長とギルドマスターが俺を呼んでるのか。なるほどね。

 

 

「ん? 今なんて?」

「里長とギルドマスターがツバキに聞きたい事がある、と言ったんだよ。おそらく、()()()の事じゃないかな」

「二日前の事か、なるほどね。なるほど。なるほ───ど!!」

 俺は走って逃げる。茶屋の机に代金だけ置いて。

 

 

 二日前の事といえば、俺がギルドカードを偽造して狩場に出て行った時の事だ。

 当たり前だが狩人でない者にモンスターの討伐は認められていない。普通に怒られる事である。

 

 

「里長怖い!! 里長怖い!! 里長怖い!!」

 ところで関係ないけど里長は怖い。里長は俺のお爺ちゃん世代の歳なのに、身の丈程の大太刀を振り回す筋肉ゴリマッチョのおっさんだ。もう見た目が怖い。

 

 しかし、俺は農家だが足には自信がある。

 子供の頃ガキ大将をやっていたのは伊達ではないのだ。

 

 

「よし、ここまで逃げれば───」

 抜け道を駆けて細い道まで走る。狩人といえど、そうそう簡単には追い付───

 

「相変わらず気が早いな、ツバキ。だが、里長はこっちだよ」

 何故か目の前にウツシ教官。

 

 

 ───追い付くどころか追い抜いていたウツシ教官に抱えられ、俺は里の集会所に拉致された。

 コレがハンターの力か。駆けっこですら負けたら俺に残る取り柄がなくなるのでやめて欲しい。

 

 

「ツバキ、来たか」

「待っておったでゲコよ」

 集会所。

 

 ハンターの集う酒場で、二人の男性が座り込む俺を見下ろしている。

 

 

 一人はこの里の長。ゴリマッチョおじさん、フゲンさんだ。

 

 もう一人はこの集会所のギルドマネージャー。里の狩人達が受けるクエストを管理している竜人族の爺さん。ゴコクのじっちゃんである。

 ゴコクのじっちゃんは里長と違って優しい人だ。いや里長が優しくない訳じゃないが、じっちゃんは里中の子供のおじいちゃんみたいな存在なのである。

 

 

「あの、えーと、ですね。先日の件ですが、僕はこう、なんというか、気の迷いといいますか───」

「ツバキよ」

「はい!! なんでしょう里長!! 僕が悪かったです!!」

「まずは座れ、茶でも飲みながら話そうではないか」

 見た目通りの渋い声でそう語る里長。俺はその声に逆らう事も出来ず、黙って椅子に座った。

 

 じっちゃん助けて。

 

 

「ツバキよ」

「はい!! もう一思いに殺してください!!」

「二日前、お前が狩場で見たモンスターの姿を覚えておるか?」

「はい?」

 真剣な表情で俺の顔を覗き込みながらそんな言葉を漏らす里長に、俺は頭が真っ白になって首を横に傾げる。

 そんな俺の隣で、ウツシ教官がポーチから一枚の絵巻物を取り出して開いた。

 

 そこには、禍々しい鬼火のような物を纏うモンスターの姿が描かれている。俺はそのモンスターに見覚えがあった。

 

 

「……あの時の」

 二日前、俺とカエデがアオアシラと間違えてちょっかいをかけてしまったモンスターにとても似ている。

 

 

「やはりか。……ゴコク殿」

「奴が現れたとなれば、信じる他ないでゲコなぁ」

 俺の言葉を聞いてじっちゃんに視線を送る里長。じっちゃんは見た事もない真剣な表情で、目を細めて視線をどこか遠くに逸らした。

 

「百竜夜行が近付いている」

「百竜夜行?」

 続くウツシ教官の言葉に、俺はどこかで聞いた事のあるその言葉を聞き返す。

 

 

 五十年ほど前に里を襲った大災害。

 カムラの里は次に起こるその百竜夜行に備え、狩人でない者にも武器や迎撃設備の扱いを訓練してきた。

 里を壊滅寸前まで追い詰めた災害。百竜夜行とは、それ程までに恐れられていた事なのである。

 

 

「俺が見たアオアシラのお化けみたいなのが、じっちゃんが昔から言ってた百竜夜行ってやつの原因なのか?」

「いや、それは分かっていないんでゲコよ。ただ、奴は夜行が起こる度に現れるでゲコ」

「里長、この事は」

「無論。だが、まだ判断するには早い。使いを出し、事実を見極めなければならん」

 俺がじっちゃんに話を聞いている間に、ウツシ教官と里長が何やら今後の話をし始めた。

 

 

 俺が呼ばれたのはあの時に見たモンスターの事を聞きたかったからなのか。

 と、なると俺は怒られなくて済むのかもしれない。

 

 

 よし、帰ろう。

 

 

「なんか難しそうな話だし、それじゃ俺はこれで───」

「待て、ツバキ」

「ヒィィッ!?」

 立ち上がった俺の肩を掴んで座らせる里長。力が強過ぎて逃げられない。

 

 

「まだ別の話がある。……ツバキ、何故狩人でないお前が狩場に出向いた」

「デスヨネー」

 怒られない訳がなかった。

 

 そもそもの話、狩人でない者が狩場に出向くのは禁止されている。理由は簡単、危ないから。普通に死ぬから。

 

 

 二日前、俺はギルドカードを偽造して里の外から来たハンターのフリをしてクエストを受けた。

 カムラの里はそこら辺の村と違い人口も多い。里のハンターも多ければ、里の外から来るハンターも大勢いる。

 

 その中に紛れ込めば、多忙な集会所で一人こっそり狩人ではない農家がクエストを受けてもバレはしない。

 けど、それはその場限りの話だ。クエスト中に倒れた俺が里に帰ってきた時点で「なんで農家が狩場で倒れてんだよ」という話になる。

 

 

 そもそも───

 

 

「カエデの奴がな、ツバキが狩人になったと喜んでいたぞ。……どういう事だ」

 ───そういう事だ。

 

 俺は農家である。ハンターではない。

 カエデは俺が狩人ではなく農家だという事を知らないのだ。そんなカエデに俺は嘘をついたのである。

 俺をハンターだと思ってるのはカエデしかいない。里長からすれば、どういう話だという事だ。

 

 

「……その、見栄を張りまして」

「ほう」

 怖いからその反応やめて。

 

 俺は、里長とじっちゃんとウツシ教官に事の真相を全て話す。

 帰って来たカエデに合わせる顔がなくて咄嗟に付いた嘘。直ぐにバレる嘘だ。

 

 ───いや、待てよ。

 

 

「ハッハッハッハッハッ! ツバキ、なるほどな!」

「ツバキもまだ可愛い所があるでゲコね」

「うん。青春だね!」

 おかしい。

 

「……今朝、カエデが俺を狩りに誘いに来た。里長はカエデと話したんですよね?」

「そうだな」

 それはおかしい。

 

 

「……ならなんで、カエデに俺の嘘がバレてないんですか? 里長は、カエデに俺がハンターじゃなくて農家だって教えなかったんですか?」

 カエデが里長達に「ツバキがハンターになった!」なんて変な事を言い出せば、俺の嘘は簡単にバレる筈である。

 

 俺の両親も同じような状況で、俺の嘘に付き合ってくれたっけか。

 

 

「男はな、格好付けたい時があるものだ」

 相変わらず迫力のある図体と表情で、俺の肩を叩きながらそう言う里長。

 

 つまり、俺の両親と同じ事をしてくれたという事だ。

 

 

「……俺の嘘をバラさないでくれたんですね。でも、なんで?」

「ツバキ、お前がハンターへの志を諦めた理由は知っている」

 二年前。

 

 

 兄の死を目にした俺の心は折れてしまったのである。

 

 里一番のハンターになるとか言っていた男が、それだけでこの有様だ。

 

 

「そして、お前のハンターへの志が大きかった事も知っている」

「里長……」

「お前はまだ、迷っているのではないか?」

 約束を思い出す。

 

 

 ──約束するぜ。この村に危機が迫った時、この村の誰かが助けを求めた時、お前達が助けを求めた時。俺が必ず助けてやるってな──

 ──うん。ツバキ、約束だよ──

 

 

 俺がハンターになりたかったのは本当だ。

 今だって本当は、俺は───

 

 

「でも俺には、怖いのを我慢してハンターになる理由がないんですよ。今更、昔の約束を守る為に動ける程、俺は立派な奴じゃない。だけど───」

 だけど俺は───

 

 

「───ハンターになりたいのだけは、本当です」

 子供の頃の約束だけじゃない。

 

 切磋琢磨した兄との思い出、憧れ。

 子供の頃からの自尊心以上に、俺はハンターという存在に憧れていたのだから。

 

 

「……でも俺は、約束も守れないし幼馴染みに嘘をつくしょうもない奴なんですよ」

「ツバキ」

 里長は、視線を俺に合わせてその鋭い眼光を真っ直ぐに俺に向ける。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった。

 

 

「自分の気持ちに嘘を吐きたくないのならば、嘘を本当にしてしまえば良い。本当を嘘で塗り固めて、嘘を本当にしてしまえば良い。……そういう、前に進み方もあるのだ」

「ど、どういう意味ですか?」

 里長の言っている意味が分からない。

 

 嘘を本当に、本当を嘘で塗り固める。つまり、どういう事だ。

 

 

「お前はハンターへの憧れが、恐怖を超えるための理由が欲しいのではないか?」

「……そう、ですね」

 俺がハンターになる事を諦めたのは、恐怖が故である。それを超える理由さえあれば、俺も───

 

 

「ツバキ! ハンターはモテるぞ!」

「は?」

「ハンターはモテるでゲコよ」

「は?」

「ハンターはモテる」

「は???」

 三人は口を揃えてそう言った。

 

 

 あぁ、つまり、そういうことね。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ツバキはなんでハンターになったの? 私が里を出て行った時、ツバキはハンターにならないって言っていたのに」

「あー、それな───」

 嘘を本当に、本当を嘘で塗り固める。

 

 

「───なんか、ハンターになったらモテるって聞いた」

「えぇ……」

 俺はハンターになった。

 

 カエデに付いた嘘を本当にする為に。

 ハンターへの恐怖を、嘘で塗り固めて。

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