ハンターになったらモテると思っていた【完結】   作:皇我リキ

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その日少年は命を奪う意味を考えた

 その日、俺は思い出した。

 

 

「───よう、五日ぶりだな」

 ヤツらに三乙されられ続けた恐怖を。クエストの契約金だけが消えていく屈辱を。

 

 

「愛弟子! 頑張るんだ!」

「うぉぉおおお!!」

 俺は夢か幻でも見ようとしていたのだろうか。

 

 俺は知っていた筈だ、現実って奴を。

 

 

 

「く、くそ! なんでだ!!」

 普通に考えれば簡単に分かる。こんなデケェ奴には勝てねぇって事くらい。

 

 

「なんの成果も得られませんでしたぁぁあああ!!」

【クエストに失敗しました】

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「どうしてイズチ一匹倒せないんですかニャ?」

 里の広場。

 イオリの世話するオトモアイルーの一匹が、おやつのバナナを右手に持ちながらそう言った。

 

 

 この広場でイオリから武器の扱いを学び始めて数日。

 俺はイズチという小型モンスターへのリベンジを果たそうとクエストに向かったのだが、再び惨敗してきたのである。

 

 ちなみに里で俺はハンターとして扱われているが、一人では危険なので相手がイズチ一匹だろうとウツシ教官が付いてきてくれていた。応援してくれたが、結果はこの有様である。

 

 

「太刀の扱いはそれなりに良くなったと思うんですけどね」

 と、頭を抱えるのは俺に太刀の振り方を教えてくれたイオリだ。この数日間、広場で俺の事を見ていてくれた第二の師匠である。

 

「でも、ただ太刀を振るだけとモンスターに攻撃を当てるのは違いますから。気長に行きましょう」

「それがそうもいかないのよな」

「……と、言いますと?」

「明後日、俺はカエデとイズチの討伐クエストに行く事になってな」

「ツバキさんはバカなんですか? カエデさんに付いた嘘を守る為にこうしてるっていうのに」

「待ってくれ!! 話を聞いてくれ!! 俺だって何も考えずに二つ返事でオーケーした訳じゃないの!! これには深い、深ーい事情があるんだ!!」

 細目で俺を見るイオリに、俺は必死になって事情を話す事にした。これにはちゃんとした理由があるんだよ。

 

 

 それはつい先日の事。

 

「ツバキ、おはよう。今日は畑? それともイオリの修行?」

「今日もイオリの修行だな。アイツもやる気があって困るぜ。その後畑の手伝いも行かないといけないってのに」

 今朝方家に訪ねて来たカエデに、俺は困ったような表情でそう答える。

 

 困ってるのはイオリの方だし、これはイオリじゃなくて俺の修行だし、畑は手伝いではなく本業だ。

 今日もイオリにうさ団子を奢らないといけない。

 

 

「ツバキは本当に働き者ね。ハンターの仕事も家の手伝いも、里の子供達の相手までして。……私もハンターとして負けてられない」

 やめて。

 

「私もツバキとクエストをこなしてみたいけど、私なんかじゃツバキの隣にいても邪魔になっちゃうかしら。……少しでもツバキに追い付けるように頑張らなきゃ」

 いやそんな事ないからね。お前はもう俺の事なんて追い越してるからね。

 

 

「な、なんなら……だが。今度、俺とクエスト行くか? 色々教えてやるぜ」

「本当!?」

 その時は、本当に口が滑ったんです。見栄を張ったんです。色々教えてやるぜってなんですか。何を教える事があるんですか。畑仕事の事なら教えてあげるけど。

 

 

 

「───と、そんな訳で」

「どこに深い事情があったんですか? ツバキさんが見栄張ってやらかしただけですよね」

「ソウデス」

「やっちゃって」

「ニャー!」

「ワンワン!」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 イオリのオトモ達にもみくちゃにされる俺。して、イオリも鬼ではない。ある程度お仕置きが終わるとオトモ達を下がらせて、俺の手を引いてくれた。

 

 

「どうしましょうか」

「とにかく、明後日カエデとクエストに向かうまでにイズチくらい倒せるようにならないとヤバい」

「困りましたね」

「本当だ」

「本当ですよ」

 本当にすまないと思っています。

 

 

 試しに太刀を素振りしてみるが、イオリ曰く特に問題はないようだった。

 だけど俺は、イズチには勝てなかったのである。

 

 理由を聞かれたが、そもそも相手は動いているのだ。素振りとは違う。

 そう答えると、イオリは顎に手を当てて目を細めた。今更だが何故俺は年下の少年にここまでお世話になっているのだろう。プライドとは。

 

 

「難航しているようだな、少年」

「ナニヤツ!?」

 そうしていると、突然女性の声がして俺は振り向いた。これ以上里の人に俺とイオリの関係がバレるのは不味い。

 

 奢るうさ団子の数が増える。

 

 

「怪しいものではない。私はロンディーネ、行商人をしている者だ」

「どちらさま……?」

 振り向くと、そこには颯爽とした態度の美人なお姉さんが立っていた。里の人ではない。里にこんな美人さんがいたら俺が覚えてない訳ないから。

 

「ロンディーネさんは態々異国から来て下さってる行商人さんなんですよ。この広場に船着場を設けて、行商の許可を里長に貰ってる人なので怪しい人ではないです」

「なるほど。……初めまして、俺はツバキ。この里一の男前です」

「なんでそんな堂々とした自己紹介が出来るんですか?」

 モテたいから。

 

「ふふ、元気の良い少年だ。して、君の悩みをふと聞いていたんだが」

「待って、俺がハンターじゃない事を里の人にバラす気か!?」

「そんな無粋な真似はしないさ。私から一つ、アドバイスをしようと思ってね」

 そう言って、ロンディーネさんは広場にいたオトモアイルーを一匹抱き抱える。おいそこのネコ俺と代われ。

 

 

「動く相手への練習相手ならこうして此処に居るじゃないか」

「ニャーーー!!!」

「いや俺もそこまで鬼じゃないですけど!?」

 笑顔でとんでもないことを言うロンディーネさん。俺は必死にアイルーを助けようとしたが、彼女は鮮やかな身のこなしで俺から離れて「冗談だ」と笑った。

 

 冗談ならそのアイルーを離してあげて。

 

 

「して、こうして君の攻撃は私に躱された訳だが。……私がこうしてアイルーを捕まえていれば、君の攻撃も当たると思うのだがどうだろうか」

「……えーと、つまり? ドユコト?」

「動く相手でも、止まっていれば当てる事が出来る」

 頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべる俺の横で、イオリはそう静かに答えてロンディーネさんは「そういうことだ」と頷く。

 

 相手は動く、当たり前だ。

 ならば相手を止めれば良い。相手が止まっている時に攻撃すれば良い。彼女が俺に教えてくれたのはそういう事らしい。

 

 

「……なんとなく分かった気がする。ありがとう、綺麗なお姉さん。でもなんで行商人のお姉さんがこんな風に教えてくれたんですか?」

「気まぐれ、かな。君が立派な狩人になったら私の所によると良い。行商人としておもてなしさせてもらおう」

 そう言って、ロンディーネさんは船に戻っていく。

 

 

 動いている相手に攻撃が当たらないのは当たり前だ。

 イオリに教えてもらう前は、止まっている相手にすら攻撃が当たらなかったが今は違う。

 

 

「そうなるとどうやって相手を止めるか、ですかね」

「俺に良い考えがある」

「嫌な予感しかしません」

「ま、見てなって。俺は明日、イズチを倒す!!」

 そう言って、俺はとある人物に連絡する為に広場を出た。

 

 

 明日イズチを倒し、その翌日のカエデとのクエストを成功させる。俺の嘘を貫き通す為に。

 

 

 

「───ツー君、本当にやらないといけないのかい?」

「お前の力が必要なんだ、ジニア」

 翌日、大社跡。

 

 俺は幼馴染みでハンターのジニアと二人で大社跡に来ていた。

 ウツシ教官はというと「俺は用事があるからね。ジニアになら任せられるから、二人で頑張っておいで」と俺の事を放置している。

 

 愛弟子とは。

 

 

「僕が囮になってイズチに襲われている間に、ツー君がイズチを倒す。もしかしてツー君、僕の事嫌い? 泣くよ?」

「嫌いだけど?」

「ぴえん」

「冗談はさておき、お前はイズチを止める。俺が狩る。オーケー?」

 作戦はこうだ。

 

 ジニアが背負っている大槍、ハンターの武器である()()()はその槍と大きな盾で戦う武器である。

 大槍によるリーチの長い攻撃と、大楯によるガードの硬さが売りの武器だ。

 

 今回はこのガードの硬さを活かして、ジニアに囮をやってもらう事にしたのである。

 イズチがジニアに構っている間に俺が狩るという完璧な作戦だ。

 

 

「一つ良いかい?」

「なんだ?」

「明日はカエデとイズチを倒すんだよね? カエデとも同じ戦法を取るつもりなの?」

「俺もそこまで馬鹿じゃない。そこは考えてある、任せろ任せろ」

 勿論この戦法は操虫棍使いであるカエデと二人では使えない。そこはそこで上手くやるのが俺である。

 

 俺はジニアの肩を叩いて「心配するな、お前は俺の為に囮になってれば良いのよ」とベースキャンプから歩き始めた。

 

 

「ツー君」

「あ?」

 しかし、ジニアは着いてこようとはせずに俺の名前を呼ぶ。そんなに囮になるのが嫌なのだろうか。

 

 嫌だわな。俺だったら断るもん。

 

 

「いやごめんて」

「ツー君はカエデに付いた嘘を本当にする為にハンターになろうとしてるの?」

 俺は名義上のハンターという嘘を付いているが、ジニアは俺が付いた嘘の目撃者だ。

 そしてコイツは俺がハンターへの志を一度諦めた事を知っている。

 

「ハンターにはならない、ツー君はそう言っていた。どうしてまたハンターになろうと思ったんだい?」

「モテたいから」

「ツー君は知ってる筈だ。命が奪われる怖さを。そんな理由でハンターになろうなんておかしい!」

 俺に詰め寄ってそう言うジニア。

 

 

 そうだ。俺は知っている。

 兄の死体をこの瞳で見て、人は───命は簡単に失われる事を知って俺はハンターが嫌になった。

 

 

「ツー君は背負えるのかい? 仲間の命を、そして……奪う事になるモンスターの命を」

 命を奪われるかもしれない。命を奪う事になる。

 

「二年前のあの日から、ツー君は血を見るだけで泣くようになった。カエデも出て行ったのに、ツー君はハンターになるのをやめてしまった。……また、血を見る事になるんだよ?」

 コイツは俺の心配をしていたらしい。

 

 

 俺にとって命とはトラウマだ。

 奪われるのは怖くて、あの頃はその逆にすら怯えていたのを思い出す。

 

 

「……なめんな」

 ただ、俺はそう言ってジニアの手を引いて歩いた。大社跡の奥まで進むと、さっそくイズチを一匹見付ける。

 

 

「行け」

「ツー君」

「俺を信じろ」

 そう言ってジニアを蹴飛ばすと、その音で気が付いたのかイズチは俺達にその牙を向けた。

 

 鋭い爪、鈍く光る眼光。

 小型モンスターというが全長は俺達よりも大きい。噛まれたら怪我どころではすまないだろう。

 

 

 そしてこのイズチも生きていて、もしかしたら家族がいて弟とかいるかもしれない。

 少なくとも群れを作って生きる彼等には、俺達の里のように家族当然の仲間がいる訳だ。

 

 

 

 俺は今からその命を奪う。逆に、奪われるかもしれない。

 

 

 

 狩人に必要なのはその覚悟だ。

 あっても死ぬが、なければ死ぬ。

 

 

「ツー君!」

「……ジニア、俺はな───」

 ジニアに攻撃をしようとして、大きな盾に弾かれたイズチ向けて太刀を振り下ろした。

 

 ロンディーネさんの言う通り、こうして止まっている相手になら簡単に攻撃を当てられる。

 鋭い切れ味の太刀がイズチの首筋を捉え、振り抜くと同時に鮮血が飛び散った。

 

 

 鳴き声にもならない悲鳴。

 血を流しながら倒れるイズチの前に立って、太刀を振り上げる。そして───

 

 

「───俺はな、その覚悟くらい昔から出来てる」

 ───その命を絶った。

 

 

 

 

 二年前。

 兄の死を見てからというもの、俺は血を見るのも虫を殺すのも嫌だった時期がある。

 

 なんで殺されなきゃいけないんだ。

 俺達はただ生きてるだけで、今目の前で飛んでいる羽虫だってただ生きてるだけだと。

 

 

 命を奪うのが、奪われるのが、怖い。

 

 

「ハンターになるのを諦める?」

「ごめん、ウツシ教官。俺には無理だ」

「そうか」

「それじゃ、俺はこれで───」

「待ってくれツバキ」

「教官?」

「……ツバキの体力なら、畑仕事とかにも活かせる。ツバキがハンターじゃなくても、俺にとっては自慢の弟子だよ」

 そう言ってくれたウツシ教官とはその後二年も言葉を交わさなかったけど、俺はその言葉があったから家の畑を手伝う道を選んだのだろう。

 

 だけど、その言葉で俺は少しだけ前に進む事が出来た。

 

 

「めっちゃ虫いる……キモ」

「ハハハ、そうだな。ツバキ、殺しといてくれ」

「ひぇ!? お父様!?」

 家の畑を手伝う過程で、どうしてもしなければいけなかったのは害虫の駆除である。

 

 害虫というが虫は虫だ。生きている生き物だ。俺達と同じだ。

 俺は虫が殺せなくて、父親に泣きつく。

 

 

「虫が殺せない?」

「コイツらだって、兄さんと同じだって……思って。兄さんを食ってたのを思い出すから虫は嫌いだけど、それでもコイツらだって───」

「なるほどな。……ツバキ」

「父さん?」

「ハンターはモンスターの命を奪うだろう? でも、モンスターもハンターや人々の命を奪う。それは分かるな?」

「……分かる、けど」

「理由が分からないか」

 なんで殺されるんだ、なんで殺さなきゃいけないんだと。子供だった俺はその理由が分からなかった。

 

 

「生きる為さ」

「生きる為?」

 その答えを教えてくれたのが、畑仕事である。

 

「モンスターが人間や他の生き物を襲うのは、自分の住処や家族を守る為だ。それはハンターも同じ、人々を守る為にハンターはモンスターの命を奪う。……この虫が居ると、作物がやられて収穫が出来なくなる。そうするとこの作物を待ってくれている里の人達が、大袈裟に言えば飢えて死んでしまうんだ」

 父親はそう言って、作物の草を食べようとしていた虫をその手で潰した。

 

 

 簡単に、その命は散る。

 

 

「生き物はね、自分達が生きる為に何かを奪わなければいけない時がある。それは、決して誰もが望んでやっている訳ではない事を覚えておいてほしい。……ツツジを殺したモンスターを、恨んだりしちゃいけないよ」

 初めから俺にそのつもりはなかった。

 

 けれど、父親のその言葉のおかげで、俺に畑仕事を勧めてくれた教官のおかげで、俺は命と向き合う事が出来る様になったのである。

 

 

 

「ツー君……」

「奪う覚悟は出来てる。死にたくないからハンターをやるのは嫌だったが、死なない為に───死なせない為にこうしてまたハンターを目指してんだよ。心配すんな、バカジニア」

 そう言って、俺はイズチの鱗を剥いだ。奪った命を無駄にしない為に。

 

 

「何突っ立ったんだ。帰るぞ」

「あ、いや。そうだね……ツー君は、昔から立派な狩人の魂を持ってたもんね」

 よく分からない事を後ろでボヤくジニアを他所に、帰路に着く。

 

 

 

 少しだけ、狩人に近付けただろうか。

 震える手を抑えながら、俺は里の広場で待っているイオリ達にクエストの結果を報告しに行くのであった。

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