月より団子という言葉を知っているだろうか。
見る事しか出来ない月よりも、食べる事の出来る団子の方が自分にとって利になる物であり、風流よりも実利を尊重するという意味である。
どちらかと言うと花より団子という言葉の方が主流だ。
しかし、今は月より団子という言葉を使わせて貰おう。なぜなら、俺は今まさに月見の最中だから。
「団子うめぇ」
「流石、ヨモギちゃんの作ってくれたうさ団子だね。それにしてもやっぱりツバキは物知りで、私知らない事ばかりでビックリしちゃったわ」
満月の夜。
俺はカエデと月見をしながら、ハンターが使うアイテムの勉強会をしていた。
彼女は俺を物知りというが、今日俺が話した内容は全て数日前に教官やイオリ───そしてジニアに教えてもらったアイテムの使い方そのままである。
「ま、俺様天才だし」
天才は大タル爆弾を蹴ったりしない。
「ツバキって昔から色々な事知ってるわよね。月より団子? だっけ。そんな言葉、私は知らなかったわ」
「それはお前の知見が低過ぎるだけだからね」
「もしかして馬鹿にした?」
「してないよ」
お前がバカで本当に助かってるぜ。だからバカにはしてない。感謝してるくらいだ。ありがとうバカで。
「今日は勉強になったわ。残りのうさ団子食べちゃって、今日は寝ようかしら」
「鳥みたく三歩歩いて忘れたりするなよ」
「鳥!? そこまでバカじゃないわよ! 私だって成長してるんだか───あぁぁぁあああ!!」
話の途中で突然悲鳴を上げるカエデ。成長したレディならそんなはしたない声を出すんじゃありませんと思いつつも、何が起きたと俺は視線を上げる。
「またフクズクに団子取られたぁ!」
カエデの持っていた団子は、フクズクというカムラの里付近に多く生息する鳥類によって奪われてしまっていた。
ちなみにフクズクは里で愛玩動物───ペットとして人気の生き物である。そこら中に放し飼いされてたりするので、こんな光景は割と日常茶飯事だ。
「……何が成長してるって?」
「ぐぬぬ……。みてなさい! 私、あのフクズクからうさ団子を取り返してくるから!」
そう言って、カエデはうさ団子を奪って屋根の上に飛んでいったフクズクを追いかける為に立ち上がる。
昔からカエデは何故かこうやってよくフクズクにおやつの団子を奪われていたっけか。
懐かしい反面、あの頃は確かに俺に頼って奪い返してきてと頼んできたカエデが自分で奪い返しに行くのだから、本当に成長したんだなと寂しい気持ちもあった。
「───ぎゃ!! 突かないでよ!! 半分だけ!! 半分だけで良いから返して!!」
いや、全然成長してないわ。
「しょうがねぇ、取り返してやるか」
言いながら俺はうさ団子を口に入れて立ち上がる。綺麗な月の光に照らされた我が幼馴染は団子を取り戻そうとフクズクに蹂躙されボロボロになっていた。
本当に月より団子である。
「あらあら、大変ですわ」
と、俺の背後からそんな声。
フクズクにボコボコにされる幼馴染のハンターを見て内心笑い転げているのに必死だったからか、それとも声の主が気配を消すのが美味かったのか。
透き通る美声。綺麗な長い黒髪。柔らかな表情で俺の背後に立っていたのは、御伽噺の登場人物だと言われても疑えない美人な女性だった。
「あなた確か、集会所にいた───」
里は広いものだから全員が全員知り合いという訳でもないが、それでも里の人間ならどこかしらですれ違う物である。
里でも見かけていたが、彼女の姿が記憶に新しいのは俺がカエデと再開した日に死にかけて集会所で起きたその帰りの事だ。
確か名前はミノト───
「あ、ヒノエさん!」
「あれ?」
カエデが女性の姿を見るや溢した言葉を聞いて、俺は首を傾げる。確か彼女の名前はミノトさんじゃなかっただろうか。
人の名前を間違えるのは良くない。
「いや、カエデ。この人はミノトさんっていってな」
「あらあら、人違いをしているようですね」
俺がカエデを注意すると、女性は妖精さんのような笑みで笑った。美しい。
ところで、人違いとは。
「ミノトは私の双子の妹になります」
「ツバキ、この人はヒノエさんだよ?」
「申し訳ありませんでした!!!」
人の名前を間違えるのは良くない。
「そんな事より」
「そんな事より!?」
「うさ団子を取ってしまう悪戯っ子なフクズクちゃんは何処ですか?」
ゆっくりと歩くヒノエさん。その先には、カエデのうさ団子を奪ったフクズクが屋根の上にとまっている。
そのフクズクだが、ヒノエさんに視線を移すなりガクガクと震えながら固まってしまった。
そして、生まれたばかりのケルビのような足取りでカエデの元まで近付いて団子を持ち上げるフクズク。
ヒノエさんは俺に背中を見せているからどんな表情をしていたのか分からないが、小便漏らしながら飛び去っていったフクズクの表情を見るに───想像もつかない形相だったに違いない。
「わー! フクズクがうさ団子返してくれた!」
「ふふ、それは良かったですね」
良かったですね、じゃないよ。あなた何をしたの。
「お月見の最中だったんですか? カエデさん、ツバキさん」
「はい! あ、でもそろそろ帰ろうかと思ってまして」
「あれ? 俺の名前……」
俺はこのヒノエさんとミノトさんとで人違いをしているレベルで、彼女との関わりは薄い。
いつも里ですれ違っていたのが彼女なのかミノトさんなのか分からない程である。
それなのにヒノエさんは俺の名前を知っていた。それはつまり───
「───俺のファン?」
そういう事だな。
「違います」
「真顔で答えないで」
「あらあら、冗談ですよ」
「何が冗談なの!?」
「あなたの事は昔から知っています。ツツジ君の弟君、将来有望な少年だった頃から」
彼女は四本指の手を胸に当てながらそう言った。その指は欠損している訳ではなく、彼女はそういう種族の人なのである。
竜人族。
長い耳や四本指等、人間とはまた違う特徴を持つ人々はそう呼ばれていた。
身体的特徴だけではなく、彼女らは優れた知能と技術を持ち───他人の想像のつかない年月を生きる事が出来る。
故に彼女───ヒノエさんもその美しい外見と年齢が人から見て一致している訳ではない。
俺が子供の頃から彼女はこの姿だった。俺がガキ大将をやっていた頃の事もしっかり覚えているのだろう。
「ハッハッハッ、将来有望だなんて。ハッハッハッ」
農家になりましたけど。
「立派なハンターになられて、私もミノトもあなたには期待してるんですよ」
やめて、期待しないで。そもそもハンターになってないから。まだハンターになれてないから。
「どうもどうも。ま、俺にかかれば里の平和なんて約束されたも当然ですよ」
「まぁ、頼もしい限りです」
俺の口はなんでこんなに軽いんだ。誰か俺の口を縫い合わせてくれ。
「……と、なると集会所で会ったのはミノトさんか。ミノトさんに、あの日はすいませんと伝えておいてくれますか?」
あの日、兄の名前を出された俺は飛び出すようにして集会所から出て行ってしまったのを思い出す。
よくよく考えれば当たり前だが、俺は里でハンターをやっていた男の弟だったんだよな。もしかして俺、有名人なんじゃね。
そんな事はない。ただの農家だ。
「ツバキ、そろそろ帰らなきゃ。ヒノエさん、私達はこれで」
フクズクから取り返した団子を食べ終わったカエデに腕を引っ張られる。そういえば帰ろうとしていたんだった。
「ミノトには伝わっていますから、大丈夫ですよ」
そんな、よく分からないことを言った彼女は何処からともなく大量のうさ団子を取り出す。人が食べる量じゃない気がするのはきのせいだろうか。
「それでは、私はもここで月見をさせて頂きますので。お二人とも、おやすみなさいませ」
「お、おやすみなさい」
「おやすみなさい! ヒノエさん!」
不思議な人だな、と思いつつ───ふと振り返ると一瞬で山のようにあった団子が半分なくなっていて俺はこう思った。
みんなして月より団子じゃん、と。
うさ団子、美味しそうに食べるね。
ある日のカムラの里、お昼過ぎ。
「ヨモギちゃーん、団子くれ」
「はいよ! ツバキさん、いつもので良い?」
「いつもので」
里の名物うさ団子。
茶屋のアイルーであるシラタマとキナコ、そしてヨモギが作ってくれる団子は人々に活気を与えてくれる食べ物だ。
俺は三日に一回このうさ団子を食べないと禁断症状が出て逆立ちしながら歩く事になる。
噂によれば一日に五十本食べる人もいるらしい。流石に盛ってるだろ。
軽快な歌と共に、捏ねた団子を放り投げるアイルー二匹。そのままでは地面に落ちてしまう団子目掛けて、ヨモギは数本の串を投げつけた。
串は的確に団子を三つずつ捉え、お盆に突き刺さる。
「……相変わらずとんでもない技術だな」
一番上の団子に目と口を書いて、出来上がり。
これが里の名物うさ団子だ。団子に刺さった串は二股に分かれていて、これをウサギの耳に見立ててうさ団子と呼ばれている。
ところでこの曲芸───じゃない調理だが、初めて見た時は唖然とし過ぎて出されたお茶が冷えるまで固まってしまっていたのも良い思い出だ。
ヨモギさん、茶屋なんかやってないでハンターになった方が良いと思うよ。絶対俺より才能あるでしょ。
「あ、ツバキも居たんだ」
「やぁ、ツー君。隣、良いかな?」
出された団子を食べながらそんな事を思っていると、背後から聞き慣れた幼馴染み達の声が聞こえてくる。
装備を着て背中に大きな薙刀のような武器と腕にデカい虫を引っ付けたカエデと、長槍を背負ったジニアだ。
格好からするに狩りの後か前といったところだろうか。
「ツバキは
「今終わったところよ。お前らは?」
「カエデとデートしようかなと思って」
「死ね」
「変な事言わないでよジニア。私ジニアとなんて嫌よ?」
「二人共僕の事嫌いなの!?」
「「だって屑だし」」
カエデは知っている。コイツが女をたぶらかしている屑だと。
「あはは、嫌われてるねジニアさん! これ、新作のなぐさめ団子だよ!」
「皆で僕をいじめないで?」
「それで、結局二人は狩りの前なの? そうなら美味しいお団子食べていってよ!」
ジニアを軽くスルーして店の宣伝をし始めるヨモギ。
確かにジニアはどうしようもない屑でカスだが、顔が格好良いのでその辺の女子は彼をスルーするなんて事は出来ない。
ジニアの本性を見抜いているのは幼馴染みのカエデか、このヨモギくらいのものだ。やっぱりヨモギさん凄い人なのでは。
「ジニアにクエスト誘われたんだけど、まだ依頼も見てない状況よ。とりあえずうさ団子食べようかと思って」
「そんな訳で、僕達もいつものでよろしく」
「はいよ! 少々お待ちを!」
元気に返事をしてうさ団子を作り始めるヨモギ。さて、カエデが狩場に行くなら俺はウツシ教官やイオリの所に行って修行でもするか。
俺はイズチを倒せるようにはなったが、イズチを倒せるようになっただけである。まだまだハンターとして認められるような存在じゃない。
ウツシ教官に認められてハンターになれさえすれば、カエデに嘘がバレて幻滅される事もなくなるのだ。頑張れ俺。
「……さて、それじゃ俺はそろそろ───」
「ツバキも一緒に行かない? 畑仕事終わったんでしょ?」
立ち上がる俺の肩を捕まえるカエデ。待て、俺はハンターじゃない。まだハンターじゃないの。だから今は待って。
「三人でクエスト、良いね! 私のうさ団子も食べたし、ハンターになった今のツバキさんならアオアシラだってイチコロだよ!」
おいふざけんなお前カエデを煽るんじゃない。俺が断り辛くなるだろ。
「ジニア……!」
「僕は屑だ」
コイツ。
「そうよそうよ、三人でクエスト行こ。ツバキもジニアもハンターになって、私嬉しいの。ツバキが昔の約束を守ってくれて、本当に嬉しいんだから。もし時間があるなら、三人でクエストに行きたいわ」
断れないわ!! そんな事言われたら断れないわ!!
「頑張って来てね、ツバキさん! うさ団子作って応援してるから!」
もうダメだおしまいだよ。これ完全に行く流れだよ。行くっていうか逝くわ。イズチじゃなくてリオなんとかとかジンなんとかとかと戦わされたら本当に逝く。
死ぬ。
「愛弟子!」
頭の中で頭を抱えていた俺の目の前に、突然降ってくる救世主。
我が師匠、ウツシ教官だ。
「どこから現れた!?」
「あ、ウツシ教官こんにちわ」
「やぁ、カエデ! 三人で集まってるなんて、楽しそうだね!」
いや全然楽しくないからね。今修羅場だから。
カエデは勿論だが、ヨモギも俺がハンターになったのは嘘だという事を知らない。
ジニアは不貞腐れているし、この状況を打破出来るのは今ウツシ教官しか居ないのである。
助けてくれ、師匠!
「ウツシ教官、三人でクエストに行きたいんですけど。何かおすすめの依頼とかありませんかね?」
なんとかしてくれ教官。今はあなただけが頼りなんだ。
「三人か……。よし、それじゃイズチ五頭の討伐なんてどうだい? 丁度誰かに頼もうと思っていたところなんだ!」
教官んんんんん!!!!
イズチ五頭ですか。
いや、確かにイズチならって感じですけど。五頭ですか。あんなに五頭も囲まれたら俺死ぬよ? 絶対死ぬからね?
「ありがとうございます、ウツシ教官」
ありがとうじゃねーよ。死ぬって言ってるだろ。勝手に話を進めるな。
「あらあら、ツバキさんはクエストですか」
俺の危機的状況にもう一人の刺客が現れる。振り向けばそこに居たのは、確か───ヒノエさんか。
「ふふ、ツバキさんがハンターになって頼もしい限りです。今日の活躍も期待していますね」
「勿論です、俺に任せてください」
俺に任せてくださいじゃねーよ!! 自分で言っといてなんだけど俺に任せてくださいじゃねーよ!!
ダメだ!! 女性の前で格好悪い所は見せられない。カエデもヨモギもヒノエさんもいるこの場所でクエストの誘いを断る事が俺には出来ない。
「それじゃ、クエスト逝くか」
俺死んだわ。
笑顔で団子を食べながら俺を見送る教官。
ヒノエさんはヨモギからうさ団子を五十本受け取って、それを食べながら満面の笑みで出発する俺達に手を振ってくれる。噂の犯人あんたかよ。
そんな訳で、俺と幼馴染み三人の最初で最後になりかねないクエストが始まったのであった。
前回日刊ランキングに乗せてもらって沢山お気に入りに登録してもらいました。感謝です。
読了ありがとうございました。