白。
身体と同程度の長さを持つ尻尾に、全身を覆う白い毛が風に靡く。
ソレは耳をピクピクと動かして、こちらを警戒する仕草をみせた。
「や、やんのかお前!!」
俺はソレに太刀を向ける。きっとコイツは俺が背を向けたが最後、背後から鋭い爪で襲ってくるに違いない。
愛らしいつぶらな瞳をしているが、アレは間違いなく狩人の眼だ。俺には分かる。
「離れてろカエデ、コイツは危ない」
「何言ってるのツバキ? あ、エンエンクだ! 可愛い!」
「おいカエデ!?」
カエデは突然何を思ったのか、武器も構えずにソレに近付いていった。危ない、と手を伸ばすがその手は届かない。
「よーしよしよよーし。へへー、可愛いなぁ」
「───って、可愛い? 何してんのお前」
───そして、カエデはソレを抱き上げて撫で始める。
「ツー君、アレはエンエンクって言ってね。危険なモンスターじゃなくて、環境生物なんだよ」
「ふ、ふーん……。いや、知ってるよ? 知ってるけど?」
この世界の全ての生き物が危険なモンスターという訳ではない。しかし───
「ツバキ、どうかしたの? 何が危ないのよ」
「いや、危ないというか……なんというか。……噛まない?」
「平気よ! ほら、ツバキも!」
───本当に危険ではないかどうかは、また別の話だ。
◆ ◆ ◆
全力で走る。
「だから危ないって言っただろぉぉぉおおお!!! アホ!! バカ!! バァァカ!!!」
「ごめんなさいって言ってるじゃない!! わざとじゃないわよ!! わざとじゃないもん!!!」
「あははは、困ったね。どうしようか」
俺とカエデ、そしてジニアは三人で大社跡を全速力で走っていた。
背後には、無数の竜の群れ。これが百竜夜行ですか。違うらしい。
「クエストはイズチ五匹の討伐じゃなかったのかよ!! 何匹居るんだコレ!!」
「ざっと十四匹かな」
俺の悲鳴に冷静な返事をするジニア。
そう、俺達は十四匹のイズチに追われて逃げているのである。絶体絶命という奴だ。
どうしてそんな事になってしまったのか。
その答えは、エンエンクという生き物を見付けた時に遡る。
「───平気よ! ほら、ツバキも!」
エンエンクを抱っこしながら俺に身体を向けるカエデ。
年頃の少女とつぶらな瞳の生き物。絵になるといえば絵になるのだが、カエデはバカだった。
「ところでエンエンクは、尻尾に強力なフェロモンを持っていてね。その匂いが着くと周りのモンスターに追いかけられる事になるから尻尾をモフモフしたりしてはいけな───」
「ほらほら、ツバキもジニアも触ってみて! 尻尾もモフモフ!」
「ジニア先生、カエデがエンエンクの尻尾モフモフしてます」
「───あはは、ふぅ。あはは」
「笑って誤魔化すな」
「どうかしたの? 二人とも。あれ? あんな所にイズチの群れがいるじゃない。さっきまで居なかったのに。三匹、五匹、七、八、十───あれ? ちょ、なんか多いわよ!?」
「逃げろぉぉぉおおお!!!」
そんな訳で、俺達は大量のイズチの群れから逃げる事になっているのである。誰かあのバカの頭を叩いてくれ。
ちなみにエンエンクは俺達が追われている間に何処かへ行ってしまった。
モンスターを誘き寄せる匂いを撒いて、自分は何処かへ逃げてしまう。なんて危険な生き物だ。
「教官の嘘吐き! 五匹倒せば良いって言ってたのに! もうダメだ死んだ!! 俺死んだ!!」
「教官はイズチの数を間引きする為に、五匹で良いから倒してきてくれと言っていただけだからね。当然、大社跡はイズチが増えてるって訳さ」
「冷静に答えなくて良いから! 今どうするべきかを教えて!?」
「ここに僕達の墓を建てよう」
「諦めるな!!」
「あはは」
ダメだコイツ、何故かこの状況を楽しんでやがる。頭のおかしい奴だとは思っていたが、本当に頭がおかしいとはな。
とにかくここは生き残るのが優先だ。いくらハンターが二人いても農家一人を守りながらイズチと戦うのは無理がある。
冷静に状況判断しているが足を引っ張っている農家は俺だった。いやでもコレはカエデが悪いと思う。
「そうだね……この先に建物の跡がある。そこに逃げ込むのはどうだい?」
「大賛成! カエデ、走れるか!」
「しょうがないわね! 頑張るわ!」
「お前のせいでこうなってるんだからね!? なんで偉そ───また増えてね!?」
振り向くとさらにイズチの数が増えている気がした。
うさ団子を食べてきたからそれなりにスタミナは持つが、そろそろ限界も近い。
「二人共、目を瞑って!」
「なんで!? この状況で!? 走りながら目を瞑るの!?」
「分かったわ!」
「物分かり良過ぎだろおま───うわぁぁぁぁあああああ目がぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
突然視界を焼く光。
何か短い音がしたかと思えば、世界を光が包み込んで視界が真っ白に染まる。
この感じ、何かデジャブを感じるぞ。
「……閃光玉?」
走りながら目が見えなくなって、地面を転がった俺は一瞬走馬灯でもみていたのかそんなアイテムの事を思い出した。
使用すると強烈な光を放ち、周りの生き物の目を焼くアイテム。お勉強会の時にそんなアイテムの事を教えてもらったのを思い出す。
「半分正解。答えは閃光羽虫。驚かせると閃光を放つ虫達の集まりさ」
呑気にそう説明してから、ジニアは「立てるかい?」と言いながら俺の身体を持ち上げた。
俺の目まで焼かれたが、つまり俺達を追ってきていたイズチ達も今は目が見えないという事である。逃げるなら今がチャンスだ。
「行こうか、二人共。ツー君は僕に着いてきて」
そう言って俺の手を取って歩くジニア。どうせなら女の子に手を握って欲しいが、今はそうも言っていられない。
「───ふぅ、なんとか逃げ切れたわね」
「逃げ切れたのか? 立て篭ってるだけだけど」
大社跡。
その名の通り、ここは昔人々が暮らしていて大きな神社も建っていたらしい。
俺達はそんな建物の中に一旦逃げ込んだという訳である。
「普通にさ、ベースキャンプに行けば良かったんじゃないのか? そうしたら里にも戻れるしよ」
「クエストをリタイアするしないはともかく、僕達はまだ里に戻る訳にはいかないよ」
そう言いながら、ジニアはカエデに顔を近付けて目を瞑った。
「え、何してんのおま───」
「辞めてジニア。キモいわよ」
カエデさんが俺より辛辣。
「───うん、まだ匂いが残ってる」
「匂いって! もう! なんなの───匂い? あ、エンエンクの?」
顔を真っ赤にして怒るカエデだが、途中でふと何かを思い出し、自分の防具を引っ張って匂いを嗅ぎ始める。
「うん。エンエンクの匂いが残ってるから、このまま里に戻るのは危険だ。確かに匂いは薄くなってるけど、モンスターの鼻は良いからね。特に、その匂いを一度嗅いだあのイズチ達はカエデを執拗に追ってくると思うよ」
ジニアがカエデの匂いを嗅ぐような仕草をしていたのは、そういう意味があったらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「今回はジニアが正しいな……」
「二人は僕の事をなんだと思ってるんだい……?」
流石の俺でも、今のジニアがハンターとして正しいという事は分かった。それはカエデも同じようで、俺達は二人してジニアに頭を下げる。
「……とにかく、僕達はまだ里には帰れない。そうなれば、クエストをリタイアするよりクリアした方が後味は良いよね?」
「そんな事言っても、あんな数の村相手にどうするつもりだよ」
「私も、流石にあの数は相手に出来ないと思うわ」
二人はともかく、俺はまだ動きの止まっているイズチが相手でやっと一匹討伐して喜んでいるような実力だ。
十匹以上の群れを相手に、ジニアはどうするつもりなのか。
「武器を使うだけがハンターじゃない。それを僕が教えてあげるよ、ツバキ」
そう言って、ジニアは懐から何やらデカいカエルを取り出す。
人の頭くらいある大きなカエルだ。そんな物どこで拾ってきたんですか。
「ウチでは飼えません!」
「お世話するから! 散歩も連れて行くから!」
「漫才してないで何するのか教えなさいよ……」
俺の悪ノリに付き合うジニアを半目で見るカエデ。
そんな事をしていると、建物の外が騒がしくなっている事に気がつく。どうやら囲まれているらしい。
「建物の周りにイズチが……。そんなカエルと遊んでる暇ないわよ?」
「名前どうしよっか、ツー君」
「ハルマゲドン」
「良いね」
「だから遊んでる場合じゃないわよ!?」
ごもっともだ。
しかし、ジニアにも何か考えがあるのだろう。
彼はデカいカエル───ハルマゲドンを抱っこして建物の出入り口まで歩いていった。
「何をするつもりかしら……」
「さぁ……」
「いけ、ハルマゲドン」
そうしてジニアは建物の扉を開くと、抱っこしていたハルマゲドンを───建物を囲っているイズチ達の間に投げ捨てる。
「ハルマゲドンンンンン!!!」
「屑!! 名前まで付けた生き物を囮にしようなんて最低よ!?」
まさかとは思ったが、カエルを囮にしてカエルが無惨にもイズチ達に食われる間に俺達は逃げようという作戦か。あまりにも外道。
「良いから見てて」
しかし、ジニアは冷静な声でそう言った。
イズチ達は突然現れた手頃な大きな生き物に興味津々である。ハルマゲドン───カエルはというと、その場から動かない。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。ハルマゲドンがイズチ達に食われるのも時間の問題───そう思った次の瞬間。
「何か、カエルから出てるわよ?」
「……煙?」
突然ハルマゲドンは口を開いて、身体の中から赤みがかったガスを吹き出し初める。
イズチ達はそれを訝しげに見ていたが、一匹が危険を察知して離れようとしても───既に遅い。
「ドーン」
カエルは───ハルマゲドンは、爆発した。
「ハルマゲドォォォオオオン!!!」
正確には、ハルマゲドンが吹き出したガスが爆発したのである。
ハルマゲドンを美味しいそうな獲物だと覗き込んでいたイズチが二匹、黒焦げになってその場に倒れ、近くにいたイズチ達も吹き飛ばされて俺達を包囲していた群れに穴が空いた。
今がチャンス。
「行こう、二人共!」
「カエルは!? カエルはどうなったの!?」
「ハルマゲドォォォオオオン!!!」
「うるさいわよ!!」
言いながらも俺達三人は走る。建物の外に出た瞬間、煙の中でハルマゲドンが歩いているのが見えた。無事なのかよ。
「ま、まだ追いかけてくるわよ!?」
「あはは、次はどうしようね」
「なんで楽しそうなのコイツ」
とにかく走る。ジニアは笑顔で懐に手を伸ばすと、今度はなんだか毒々しい色の巨大なカエルを取り出した。
いやお前それどこにしまってたの。
「次はこの子を使おうか。名前はどうしよう」
「バハムートで」
「よし、いけバハムート!」
バハムートを後ろから追ってくるイズチ達に投げ付けるジニア。バハムートはハルマゲドンと同じく、口を開いて何やら毒々しい色のガスを辺りに撒き散らす。
「大体分かってきたぞ、アレは毒だな?」
「正解。ドクガスガエルだよ。ちなみにハルマゲドンはボムガスガエル。……これで、倒せはしなくても弱って僕達を追うのを諦めてくれる個体が増える筈だ」
「それでも三匹くらい追ってきたわよ!」
バハムートのおかげで群れをある程度引き離す事が出来たが、カエデの言う通り三匹だけは執拗に俺達を追ってきてきた。
しかし、ここまで来てしまえば状況は逆転する。
「一人一匹、だね」
「あ、マジ? やるの?」
相手は三匹、こっちは三人。
数の差は埋まった。
それにクエストの目的は五匹である。ハルマゲドンの爆発で二匹は死んでいるので、この三匹を倒せばクエストクリアだ。
しかし、俺はイズチに勝てるのだろうか。
背中の太刀に手を伸ばしつつも、身体は無意識に震えている。
「ツー君、僕は今日楽しかったよ」
「あ? なんだよいきなり」
「またこの三人で一緒に何かが出来て、昔からの夢だったハンターとして狩場に三人で立てて。僕は楽しかった」
「ジニア……」
「私も、このクエスト楽しかったわ」
俺達は昔、いつかこうして三人でハンターになろうと約束をしていた。
でも俺は命を奪われるのが怖くなって、夢を諦めて二人から逃げたのである。俺は最低な男だ。
ジニアもカエデも、俺なんていなくても立派なハンターだろう。
それでも、二人は俺といて楽しいと言ってくれた。夢を諦めて二人を裏切った俺を、まだここに立たせてくれている。
もう二度と二人を裏切る訳にはいかない。
「まだクエストは終わってないだろ」
「そうね」
「そうだね。よし、まだ隠しダネはあるし。コレを使ってクエストクリアと行こう!」
そう言いながら、ジニアは懐から何やら小さな生き物を大量に取り出した。
「───げ、虫。キモ」
「マキムシね」
それはマキムシと言うらしい。珍しくカエデが知っていたのは、彼女が虫全般を好きだからだろう。キモい。
「コレで終わりだ!」
ジニアはそんな虫達を地面に撒くように投げ捨てた。
虫達は鋭利な姿をしていて、踏むと痛そうである。
実際、俺達に襲い掛かろうと走ってきたイズチ達はそんな
「今だよ二人共!」
ジニアはランスで突き───
「ツバキ、そっちは任せたわよ!」
カエデは操虫棍の連撃で───
「任せろ!!」
───そして俺は太刀で、イズチの命を狩る。
【メインターゲットを達成しました】
クエストクリアだ。
当日。
ベースキャンプにて。
「走り疲れた……。死ぬ」
「あはは、お疲れ様。ツー君」
「お前は元気そうだな……」
俺達はクエストを終えて、里に帰る前にベースキャンプで休憩しようと夜の大社跡をキャンプの高台から眺めている。
イズチ五匹。
その内俺が討伐したのは、ジニアが足止めしてくれた一匹だが、大きな一歩には違いない。
「お疲れ様! 愛弟子!」
「うわ、突然現れるじゃん」
「ウツシ教官」
俺達の隣に突然現れるウツシ教官。何しに来たのこの人。
「ご苦労様、二人共。カエデは?」
「お花を摘んでくるんだそうで、席を外してます」
教官の質問にジニアがそう答えると、教官は「お花摘みか! 大社跡は確かに綺麗な花が咲いているからね!」とテンション高めに頷いた。
意味が伝わっていない。
「狩りはどうだった? 愛弟子」
「どうだった、と言われても。大変だったんですよ。俺には出来る事があまりないというか……なんというか」
今回、やらかしたのは確かにカエデだが───俺には何も出来なかったのは事実である。
ジニアの知識や機転がなければ、俺は今ここにいないかもしれない。
「ハンターは力だけじゃない。知識だけでもない。仲間との協力も大切な事だと、愛弟子も分かったんじゃないかな?」
「……あんた、実は全部見てたな?」
俺の問い掛けに視線を逸らす教官。なるほど、これもハンター修行の一環だったという訳か。
「しかし教官、僕も思っていたよりイズチが多くて驚きました。これは、ボスのオサイザチがいてもおかしくないかもしれません」
「そうだね、その辺りは俺も思っていた事だ。至急、調査に───」
「ただいま、二人共───って、ウツシ教官がなんでいるの?」
二人が話している所で、お花摘みから帰ってきたカエデ。せっかくだから立ち話もなんだし、帰りながら話そうと俺が提案しようとしたその時。
「カエデ、綺麗なお花は摘んできたかい?」
「教官、どうせ意味分かってないんだと思いますけど今のセクハラだから他の人に言っちゃダメですよ。……そんな事より聞いてよ、今ここに帰ってくる時にね! 凄い鬼火っていうのかしら。紫色の炎がそこら中に浮いてて───」
カエデがそう言いかけた瞬間───
「三人は里に帰るんだ。良いかい? 今すぐに帰るんだ」
───突然ウツシ教官は血相を変えて飛び出し、俺達にそう告げた。
あまりに急な出来事に俺達は返事をする事も出来ず、おれたちは言われた通り里に帰る事にする。
里への帰り道は、時々カエデの言っていた紫色の炎がユラユラと照らしていた。
ライズ楽しいです。
前回の更新で評価件数が合計十件になりました!いつも応援ありがとうございます!
【挿絵表示】
そんな訳でありがとうのイラスト。今作ヒロインのカエデちゃんです。カムラノ装備可愛いけど描くの難しいですね。
読了ありがとうございました!