こうして青年と姫様は城から抜け出しどこか遠い場所で幸せに暮らしましたとさ。―裏―   作:歩(ホ)

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その1

 城下町の路地裏。私は、石畳を寝床にして青々とした空を眺めていた。

 

 申し訳程度の薄布をお腹に掛けて、枯れた喉を使ってゼェゼェと荒く息を繰り返す。

 

 お腹が空いた。頭が痛い。指先が痺れる。

 

 こんな状態じゃ今日もご飯を探しに行くことも、物乞いをすることも出来ない。

 

 完全に病気だ。……薬なんて高価なものを買うお金は無い。困った。

 

 空を悠々と翔る鳥が、途方もなく羨ましく感じた。あぁ、なんで私には空を飛ぶ翼が無いのだろうか。

 

 親の顔は知らない。

 

 生まれてすぐに棄てられたからだ。

 

 拾ってくれた人も、この前死んだ。貴族に喧嘩を売って殺された。

 

 昼ごろになって、私の空腹は頂点に達した。何か食べないと、狂ってしまいそうだ。

 

 物乞いをしに行くために汗や色々な物で汚れた麻布の服を、見苦しくないように整える。……これだけでも、かなり苦しい。

 

 そして、いざ人々で賑わう大通りに出た時に私は倒れた。

 

 起きようとしても、足に感覚が無い。体だけでも起こそうとするけど、腕にも力が入らなかった。

 

 冷たい石畳に頬をつけて周りを見ても、通りがかる人達は視線を寄越しても近づいては来ない。

 

 誰も助けない見て見ぬフリ。

 

 人はやっぱり自分だけが可愛いんだな。と、ずっと前から気付いていたことを頭に浮かべた。

 

 貧富の差が激しいこの町で、私のような人間がこうやって死んでるのは珍しくない。

 

 ただ、人目につく場所で死んでいるか否かだ。

 

 今の私のようになっている人を見かけたのだって一度や二度じゃない。死んだ人の身包みだって剥いだことある。そうしないと生きられないからだ。

 

 頬の熱で石田畳が冷たさを失い始めた時、私の体に影がかかった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 声が聞こえたと思ったら、体を抱き起こされた。

 

 ボンヤリとした目で目の前を見ると、一人の少年が居た。

 

 腰に掛けた剣、整えられた髪、気取らない程度に着飾られた高価そうな服、どこかの貴族の坊ちゃんだと一目で分かる。

 

 自分より1歳か2歳は年下の少年は、私の体に付いた汚れを手でパンパンと叩くと心配そうに眉を寄せて、私に言ってきた。

 

 

「僕の所に来ませんか?」

 

 

 その言葉を聞いて私は言い知れぬ怒りを感じた。

 

 

(コイツは今、私のことを哀れに思っているんだな……)

 

 

 そう思ったからだ。

 

 自分の人生を悔いたことは1度だってない。親に捨てられた自分を、可哀想だと思ったことはない。

 

 こうゆう風になってしまったのだから仕方無いと、どこか達観して考えていたからだ。

 

 だから生きるために盗みだって物乞いだってする。したことは無いけど、人殺しだってしてみせる。こんな風に生まれてきたのだから、相応に生きてやる。

 

 誰も私に指図する権利は無い。これが私の人生なんだ。

 

 それをコイツは否定した。

 

 私の生き方が不憫だと思ったから、可哀想だと思ったから、何にも知らないのに知ったような口を聞いた。

 

 渇いた口の中から唾を掻き集めて、 少年の顔目掛けて思いっきり吐きかける。

 

 

「偽善者」

 

 

 見事命中した奴の顔面に向かって思ったことを、濁さず言う。

 

 どうみても貴族の輩だ。今この場で斬り殺されても文句の言えない行いをした。

 

 焦りや後悔なんて微塵もない。誇りさえ感じる。

 

 さぁ殺せ。

 

 お前が哀れと思った奴は、逆にお前のことを哀れだと思っているんだ。

 

 

「偽善者でもいいです」

 

 

 だけど、少年は腰に掛けた剣の柄にさえ触れず私の腰と膝に手をまわした。

 

 

「……君を助けれるなら!」

 

 

 未だ頬を伝っている唾を、拭こうともせず私を抱き上げた。

 

 

「なっ! やめっ!?」

 

 

 俗に言うお姫様抱っこで無理やり馬車へと乗せられ、私は病院へと連れて行かれた。

 

 狼狽してまくしたてるように文句を垂れる私を無視して入院させた少年は、用があると言ってその場を去った。

 

 当然、すぐに病院を出て行こうとした。病院に行ったって私には払えるお金が無い。

 

 でも、部屋を出てすぐに私は診察に来た医師に捕まった。

 

 診察が終わり投薬が済んで今まで感じたことないほどに柔らかいベットにしばりつけられた上で、今だ逃げようとする私に医師は、少年が治療費全額を支払うことになっていること聞かせた。

 

 そして、私の病気は重病だったらしくほっておいたら死んでいたらしい。

 

 というより、少年は今を生きるのが必死だった私でも聞いたこのある有力貴族の息子だった。

 

 あまりに極端な状況の中、貴族にあれだけのことして生を永らえた実感が私の中で沸いた。

 

 感慨が色々と浮かぶ。死ぬということは怖いことだと、今になって思った。あの少年にした行為の意味を重々しく感じた。

 

 きっとあの少年じゃなければ私は今を生きて居なかった。そう思うと震えが止まらなかった。

 

 病気の熱に浮かされて自棄になっていたんだと気付いた。

 

 拘束が解かれても、私は逃げようとはしなかった。あの少年に謝ろうと、決めたからだ。

 

 そして逃げない理由としてもう一つ理由があった。

 

 それは病院の食事が美味しかったことだ。病院食で、質素な風に見えても私には途方もない豪勢な食事だった。

 

 朝昼晩とやってくる食事が楽しみで仕方無かった。

 

 そして半月が過ぎようとした頃に、あの少年がやってきた。

 

 私は開口一番にあの時の行為を謝った。膝をついて、額を地面にこすりつけて病院のお金を含めて謝罪と感謝を込めて頭を下げた。

 

 少年は私に頭を上げるように言い、無理やり病院に連れてきたことをあやまってきた。

 

 少年は私の意思を無視した自分の身勝手な行動を悔いていた。

 

 上流階級を生きる人間としての振る舞いがあるために頭は下げなかったが、少年の言葉には充分な謝罪の色が伺えた。 

 

 そして少年は、再度あの時の言葉を言ってきた。

 

 

「僕の所へ来ませんか?」

 

 

 と、別に元の生活に戻ってもらっても構わないと言われたけど、命を救ってもらった恩があって断ることなんて出来なかった。

 

 そのことが少年には皮肉に聞こえたのか「偽善者ですから」と返されて、私はつい笑ってしまった。

 

 かくして少年の誘いを受けた私は、少年の屋敷のメイドとして働くことになった。

 

 

「それで、君の名前はなんて言うのでしょうか?」

 

「ゼ、ゼンメイです」

 

「良い名前ですね。僕の名前はフィル、フィル・フォンブラウン。フォンブラウン家の長男です」

 

 

2。

 

 

 目を疑うような広大で豪奢な屋敷でメイドを始めて早半年。メイドの中には年の近い人も沢山居て、すぐに私は居場所を確立できた。

 

 広い分だけ仕事量も多かったけど全然苦では無かった。むしろ楽しくもあった。

 

 前のように目的もないまま生きるよりずっといい。生活自体の水位も安定して、今では毎日下着を交換できるようになったし食事のグレードだって比較にはならない。

 

 そしてフィルも頻繁に私に会いに来る。

 

 私の歳が一つ上だと知るとフィルは私のことを『姉さん』と呼ぶようになった。

 

 なぜ姉さんと呼ぶのかと聞いてみると、1人っ子でずっと姉弟が欲しかったと、貴族としての振る舞いが引っ込んだ無垢な子供のような態度でそう答えられた。

 

 その突拍子も無い答えに思わず笑うと、フィルは「わ、笑うなぁ」と最初に会った時の言葉遣いはどこへやらといった実に子供な反応を見せた。

 

 貴族とそれに仕えるメイド、立場は違えど私にも弟が出来たような感じがした。

 

 そしてメイドの仕事にもだいぶ慣れた頃、フィルの父親が直接私に会いにきた。

 

 あの華奢なフィルとは打って変わって大熊のような巨漢が目の前に現れた時のその威圧感やたるや、私はその人の目を直視することができなかった。

 

 きっとフィルは母親似だな、と心の奥底で思った。

 

 貴族の主が、いちメイドのためだけに足を運ぶような事情が軽いはずがない。

 

 なにか仕事に不備あったのかと懸命に今日までの出来事を振り返っていると、顎に手をやられ思いっきり目を凝視された。

 

 射殺すが如く細められた眼に、私は失禁しそうになった。

 

 一分しばしが経って「ふむ……」と言って、フィルの父親は私から手を離す。顎に蓄えた髭を撫でてから、フィルの父親は私を対面の椅子へと座るように促した。

 

 通常メイドは主の前では立っているものなのに、これはどういうことなのか。

 

 さまざまな疑問が渦を巻くが私はそれを処理しきれない。腕を組んで黙っていたフィルの父親が、突如目を開くと私の目をまっすぐと見て口を開く。

 

 

「これから私の息子、フィルが歩む道は長く険しい。敵も散々と沸いてくるだろう。

 

 父の私が言うのも何だが、フィルは生真面目で心優しい性格だ。そしてこの世界はそんな息子には辛く厳しい。

 

 きっと一人では耐えらない時がやってくる。

 

 そんな時に胸の内を全てさらけ出せる腹心、決して息子を裏切らない絶対の味方が欲しいのだ。

 

 ゼンメイといったな、フィルはお前に懐いている。話の場にもよく上がってくる。

 

 これはフォンブラウン家の当主ではなく、私個人として頼みだ。

 

 息子の味方になってほしい。

 

 そのために受ける教育は厳しく血反吐を吐くようなことも多々ある。

 

 だが、この話を受けてくれるなら今までの給料の4倍……いや、5倍を約束しよう」

 

 

 威厳に溢れる中、父としての思いやりが垣間見える言葉に私は胸を打たれた。

 

 

「やります。……いえ、やらせてください。―――おねがいします……!」

 

 

 そして私は悩むことなど意味がないというほどに即答した。

 

 

(フィルを守りたい)

 

 

 給料などどうでも良い。私は、ただ純粋にそう思ったからその話を了承した。

 

 弟を守るのは姉の仕事だ。フィルの助けになれるのなら、私は喜んで行動する。

 

 助けてもらった恩以上に、私は彼を慕っている。

 

 渡りに船だ。数多ある候補の中から私が選ばれた幸運に感謝する。

 

 だから私は迷わない。全てはフィルのために。

 

 

「ゼンメイ。辛くない? 辞めてもいいんだよ? 父さんには僕から言うから……」

 

 

 しばらくして事情を知って面会に来たフィルは、本当に心配そうな顔で私にそう言ってきた。

 

 話が纏まって3日もしない内に私はメイドの仕事を外され、フィルの父の計らいで国の抱える軍の訓練校へと入れられた。

 

 中でも私が受けさせられたのは暗部の養成を目的とした特殊な訓練。

 

 その訓練はまさに壮絶と言って差し支えない。教育というよりもはや拷問の域に入っている。

 

 私の苦難といえる人生が、生ぬるく見えるほどに過酷を極めた。

 

 

「平気です。強制されたわけじゃなく私が望んだことなんですから、若が心配することじゃないですよ」

 

 

 フィルを安心させるべく、むんっとガッツポーズをする。……ほんとうは体中筋肉痛で痛い。

 

 

「でも……」

 

 

 アウアウと言った様子でうろたえるフィル。ここに来るまでに見た訓練を見たのか、それだけでもフィルにとっては新鮮で苦しそうなもの見えたんだろう。

 

 私が受ける訓練なんてみたらフィルは卒倒してしまうな。

 

 

「帰って来た時には立派になった私をお見せします。楽しみに待っていてください」

 

 

 もう一度声を掛けると、フィルは下げていた頭を上げて私の顔をまっすぐに見据えた。

 

 その目に私は見覚えがあった。

 

 それはフィルの父親だ。

 

 容姿じゃなくこんなところが似ているんだと思っているとフィルは決心したように口を開いた。

 

 

「じゃあ……じゃあ僕も軍に入る!」

 

「えぇ!?」

 

 

 そう言われた。私はその言葉に驚愕して目を見開いた。

 

 

「じゃあねゼンメイ!」

 

「えっ! ちょっと若っ!?」

 

 

 憑きものが落ちたような笑顔で、その場を後に走り出したフィルを止めることは叶わず私はその場で立ち尽くした。

 

 そしてそのフィルの宣言は後日フィルの根勝ちで決定したらしく、次に私が彼と会った時は訓練校の食堂でだった。

 

 当然正式に軍隊には加入せず3年後に私が、その1年後にフィルが訓練校を卒業して、元の貴族とメイドの関係へと戻った。

 

 フィルの訓練校の卒業祝いの席で、半分酒に酔ったフィルが自分と2人になった時に自分の夢を語ってくれた。

 

 

「隣の……国土が荒れた小さな国に、好きな子が居るんだ。

 

 その国の姫様で子供の頃に数回あっただけなんだけどさ、その時に一目惚れしたんだ。

 

 最後に会った時に彼女が言ったんだ。『皆が笑える幸せな国を見たい』って……。

 

 今考えればそれはもう恥ずかしいくらいの勢いで『僕が作ってみせる!』って宣言したよ。

 

 いつもその子は笑わなかったから、その夢を叶えたらきっと彼女は笑ってくれるはずだって思ったんだ」

 

 

 その言葉を聞いて、私は自分の本当の気持ちに気づいた。……気付かされてしまった。

 

 自分はフィルのことを弟として好きだと勘違いしていた。だけどそれは違っていた。

 

 私は、本当はフィルのことを一人の男性として恋をしていたんだ。

 

 でなければこんなに苦しくて、気持ち悪くて、醜くて、汚い気持ちになんてならないはずなのだから。

 

 途端に涙が溢れる。

 

 一瞬のうちに自分の恋を自覚して、そして失恋したからだ。

 

 目の奥が熱い。涙が止まらない。

 

 

「叶うと……いいですね……」

 

 

 震えそうになる声を必死に押し殺して私は言った。

 

 

「もちろん……! だからゼンメイ、これからも僕を助けて欲しい」

 

「……喜んで」

 

 

 酒の勢いもあってか意気揚揚と拳を握り締めて言うフィルに、私はそう答えるしかなかった。

 

 貴族とメイド。……もとから、結ばれるわけがなかったのだ。

 

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