こうして青年と姫様は城から抜け出しどこか遠い場所で幸せに暮らしましたとさ。―裏― 作:歩(ホ)
5。
ホーネットの差し金で軍の訓練校での好成績を修めた事実を晒され、堂々と私はフィル側近のメイドを外されスラル姫捜索隊の一部へ組み込まれた。
そして、スラルの失踪から2年の月日が過ぎようとしていた頃、ついにスラルを見つかった。
しかしスラルの現状は既に手遅れなものになっていた。
目撃した部下とどうするか話をしている最中に、偶然通りがかったフィルに全てを聞かれた。
部下は悪くなかった。王の命令だ。
私になにがあっても言うなと言われたこと以外全てを王に話した。これだけでも部下の忠誠心に感謝したいぐらいだ。
「あぁよかった。無事なんだな、よかった……! よかった……!!」
私の言葉など聞く耳持たずすぐにフィルと私、そして現在フィルの側近護衛を務めるホーネットと共に会いに行くこととなった。
そして知られたくなかったことを、フィルは知ってしまった。
「っ……!?」
まずは遠くから見るだけということでスラルが隠れている農村の外から眺めることとなり、ある一つの民家から出てきたスラルを見て一瞬だけフィルは歓喜の表情を見せたがすぐにそれは絶句に変わっていた。
そこにいつかの時に見たあの男と共に出てきたのは、両手で大事そうに布で包まれた赤子を抱き、フィルに見せたこともない満面の笑みで男と笑い合っているスラルが居たからだ。
「は、ははは、あはははは……」
乾いた笑みでただただ言葉を漏らすフィル。
その光景を見て、フィルは全てを悟った。スラルが選んだ結婚相手がどうでもよかったことを、フィルのことなどスラルはなんとも思っていなかったことを全て、全部悟った。
そしてフィルの目にはもう、濁った光しか入りこまなくなっていた。
「夜までに軍を用意しろ。この町全てを焼き払う」
耳を疑う言葉に、私とホーネットは顔を見合わせる。
「どうした? 速くしろ、王の命令だぞ」
フィルは再度急かすように言うと、ホーネットが返事一つをして馬にまたがり城へと走っていった。
「若……」
「クックック……! 俺はとんだ道化だなぁ……なぁゼンメイ?」
「……若」
私の言葉などもはや届かない。フィルは既に、変わってしまった。
なら……もう迷う必要はない。フィルに、私の全身全霊を捧げる。
全てはフィルのために。
「スラルとあの男と子供は捕えろ。―――あとは全て、殺せっ!!」
王の言葉に、城からやってきた少数の士官全員が耳を疑った。
―――あんなに優しく賢い王が何故、と皆一様にそんなことを思い浮かべてフィルの変わりように戸惑う。
無論、私はそんなことを気にしていない。……いや、気にする必要が無くなったんだ。
ふと、ホーネットからの視線を感じる。
私は彼女の視線に応えるように目を合わせる。
「ホーネット様。どうなさいましたか?」
ニコリと笑いかけると、すぐに目を逸らされた。その顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。
きっと迷うことがなくなった私と、豹変したフィルに驚いているのだろう。
―――あぁ、今私は『笑って』いるんだ。……なんていい気分なのだろう。
周囲の動揺をよそに、私は背筋を伸ばしフィルを見る。フィルは私の目を見るとただ頷いた。
それだけで充分だ。それだけで事足りる。それだけでフィルの意思を汲める。
笑みを浮かべる口を元に戻して、ホーネットと士官達に向きなおる。
「さぁ皆様、王の言葉が聞こえなかったのですか? モタモタしている暇はありません。ただちに兵の準備をしませんと」
「そう……だな。……王、ただちに兵を揃えます。この程度の農村でしたら兵も二百もあれば十分かと。おそらく日が登るまで片付くと思います」
私の声に最も速く反応したホーネットは、次いで言葉を失っている士官達全員に言葉をかけて的確に準備をしていく。
といっても私から見たら遅い、遅すぎる。ホーネット、貴女は軍人には向いていない。この程度のことで心を乱すなんて愚かだ。
10分もしない内に、兵の準備をするべく士官達全員が城へと戻りホーネットのみがそこに残される。
「王。貴方は相次ぐ激務でお疲れのご様子。姫の件もある。このまま帰還してご自室にて報をお待ちいただくのがよろしいかと」
ホーネットもフィルのことが心配なのだろう。……彼女もフィルに気があるのだから当然か。
でも、貴女はフィルのことを理解しきれていない。
フィルは良くも悪くも一直線な人だ。私を拾ってくれた時も、訓練校の時も……あのスラルという売女と結婚したときも。
全て自分の正義を貫き通していた。
私はフィルの答えを予想することができる。昔とちっとも変わらない彼の性格を私は知っている。
「……いや、俺も行く」
ほら、やっぱりそう答えた。
「……王。私は貴方のことが心配で堪らない。今までどれだけの無理をしてきたのか王自身が理解しているでしょう? ですからここは私に任せて王は―――」
「はははっ」
「……王?」
尚も説得を試みるホーネットに、フィルはいきなり笑いかけた。
この時ばかりは私も驚いた。
「ホーネット? お前の主は誰だ? ……言うまでもなく、俺だよな?
お前は俺に仕えているんだよな? ほかの誰でもない俺に。じゃあなんでお前は俺に逆らうんだ?」
その言動はあまりにも歪んでいた。
「そ、それはそうですが、いきなり理由もなく……」
「理由が無い……? うん、言われてみればそうだな……。
じゃあこんなのはどうだろうか? 奴等は我が妻スラルを街ぐるみで拉致し、2年もの間監禁していた。そして逆族は国王フィルの手に一夜にして殲滅される。
誘拐していた首謀者は当然、隠蔽に関わった町の人間全ても同罪とみなされ処刑される……と言うことならば理由になるだろう。何か問題はあるかい?」
とってつけたような理由だったが、有無を言わせない迫力がフィルにはあった。
こんな、人の意思を抑えつけるような命令をフィルがするなんて思えなかった。だけど、それはスラルという1人の少女の存在を考慮に入れれば、私には納得できた。
これにはさしものホーネットも押し黙るしかないようだった。
嗚咽が走る。それと同時にまた私の心を締め付けるような痛みが走った。
フィル。あなたは、あんなにも裏切られて、どれだけ努力しても報われず、自分は見向きもされていないのに自分以外の苦労なんて露ほども考えていないあの小娘に、あなたの心は囚われているのですか。
嫉妬なんて言葉は生ぬるい。
これは憎悪だ。フィルを弄んだあの小娘に対する激しい怒りだ。
今夜、騒ぎに乗じてあの小娘をこの手で殺してやりたい。……だけど、それは出来ない。
フィルはきっと彼女を、彼女だけを連れ帰るつもりだから。
「若。私も行きます。あなたが、私の主たるあなたが行くのであれば、その護衛である私が行かないわけにはいきません」
「あぁ。当然だゼンメイ、行くぞ。俺を如何なる剣からも守ってくれ」
「はいっ!」
全ては、フィルのために。
到着した兵士の人数二百余名。その誰もがフィルの政策で救われ者達だ。
目標は約千人ほどの人が住む隣国最南端の小さな農村だ。総指揮をとるのはスラルの元護衛であり、現在フィルの護衛のホーネット。
命令は二つ。王妃スラル、およびその夫サーナキアと子供以外は皆殺しにすること。
そして農村は家屋一つ。家畜一匹も逃さず燃やしつくし、地図からその存在を消すこと。
この小さな農村から、大きな戦の息吹が巻き起ろうなんて誰が想像しただろうか。
たった一人の小さな復讐から始まる戦乱が今ここに幕を開けることになる。
6。
「この町は毒に犯されている! 少女を街ぐるみで拉致する狂人の巣窟だ!
今この場で焼き滅ぼさなければ、我が国にも被害が及ぶ! さぁ勇敢なる兵士達よ、今こそ我が妻スラルをこの手で取り戻すのだ!!」
兵士達を鼓舞するべくフィルは檄を飛ばす。
2年にも及ぶフィルの国王としての行い。その真価が今発揮される。
やってきた兵士達はフィルの言葉を疑おうともしない。彼の今までの国王として態度が、彼らから後ろ暗いものを全て取り払う。
そして虐殺が始まる。。
町に火が灯る。明かりのような大人しいものじゃない。荒く猛々しい紅蓮の炎が、全てを灰に還すような業火が農村を覆う。
まさに『阿鼻叫喚』という言葉は今このためにあるのだろう。
訳のわからないまま焼け崩れた家に取り残された子供の叫び、目の前で我が子を失った母の嗚咽、運よく難を逃れた者達の先にはそれでも希望は無い。
私はそれを眺める。
火に彩られた町を進むフィルを、私は護衛として後ろに続く。
「ほら、見てよゼンメイ。なんの変哲もない小さな町が……昨日まで平和で穏やかだった農村が、今たった一人のこんなくだらない男のせいで滅びようとしているんだ」
「若……」
炎に照らされてるせいか、それとも彼自身が高揚しているからなのだろうか。
彼の顔は血の気が通っている。城にいたころのような蒼白ではない。
「俺は今すごく清々しいんだ。まるで空を飛んでいるようだよ」
ぎこちない笑顔でフィルが言う。思えばここ最近彼が笑ったことなんて一度もなかった。
その弊害がこんなところまで来ている。
そう思うと私は切なかった。なぜここまで彼が苦しまなければいけないのか、私には理解できない。
「……若。若は、心が痛みますか?」
それは、私が最も気に掛けていた問題へと繋がる。
「……いや、ぜんぜん。2年前の自分なら何か感じたかもね」
そう。そうなんだ。あれからもう2年が経ったのだ。
色々なことがあった。
儚い幻想と知りながら、私はそんな自責の念に駆られてしまう。
あの時あの瞬間。スラルとの縁談を破談にしてさえいれば、フィルがこんなにも追い詰められることは無かったはずだ、と。
……馬鹿なことを考えたものだ。浅ましい。
それは本当に馬鹿げた妄想だ。こうなってしまっては全てが手遅れだ。
だからこそ、私がするべきことは一つだ。
全ては、フィルのために。
「お前ら……! お、俺たちの町に何しやがるんだっ!」
不意に、背後から声がした。荒々しい怒声、振り向かないでも巨漢な大男だとわかる。
フィルが馬から降りようとするの制止して、私が前へ出る。
斧を持った大男が一人に鍬を持った優男が二人。合計で三人の男がいた。
ただの木こりと百姓と判断する。……容易い相手だ。
その三人、全員が激しく息巻いていた。
矢継ぎ早に何かを言っているようで、顎が何度も上下している。
「悪魔……狂人……皆のカタキを、いまここで裁きを……!」
「ふふふっ」
全部は聞こえないけれど、それだけ拾えたら十分だ。殺すに値する。
元より……誰も生かす気なんてないんですけどね。
鞘を取り、カタナの刀身を現す。人を殺すために生まれた肉切り包丁、芸術にまで昇華した武器。
その白刃を見せ付けるように宙に振るう。
刃を見た男達の顔が蒼白になっていく様がうかがえる。人殺しのための刀刃など見たことが無かったのだろう。
一歩、また一歩と男達に近づく。
「どうしましたか? 腰が引けてますよ? こんなメイド相手に、恥ずかしくないんですか?」
空いた手でスカートの端を摘み笑顔を振りまく。
「ち、ちっくしょォォォ!!」
「ふふふっ」
身体を前に倒し、地面を滑るように歩く。
そのまま、突撃してきた斧の男の脇をすり抜け背後に飛び出し、真一文字に男を切り裂く。
文字通りに真っ二つ。男の胴が泣き分かれる。
いつも手入れしてきた甲斐があって切れ味は抜群だ。
残された二人の男を見るとさらに顔から血の気が引いてた。
「さぁ、行きますよ?」
男達のひるんでいる隙に持っている鍬を2本とも木でできた柄の部分から横一線、綺麗な切り口を残して鉄部分が落ちる。
一瞬で男達の武器は無くなり、柄の一部しか無くなったソレを必死に握り締めていた。
そして片方の首を撥ねる。
グルンッと宙を舞った頭部はそのまま炎の海に消える。
最後の一人はすぐには殺さない。狙うは股間だ。
男性器のある場所に剣を刺突する。腕に捻りを加えてそれを掻き回す。
男は、猛烈な痛みに地に伏せる。
「ソレはもう使い物にならないですね。まあ、あっても今夜で意味が無くなりますけど」
どうせ死ぬんですから。
こいつには聞くことがある。見ると、フィルも頷く。
馬を降りて男の前に歩み寄ったフィルは男に問いかける。
「名も知らない男よ、我が妻スラルと男とその子供一人がどこにいったのかを知っているか?」
「ス、スラル様? ……あんたぁ、いま妻って……それに、それを聞い、て……どうする、んだよ?」
男は息が今にも絶えてしまいそうだった。
男の血だらけ股間を踏みつけ、傷をえぐる。まだ意識を失わせるわけにはいかない。
「こちらが聞いているのです。あなたには質問する権利などありません。苦しんで死ぬか、いま楽に死ぬか、ですよ?」
「あ、ぎゃああああああッ!! 言う、言うから! 言うから止めてくれっ!」
フィルを見ると、彼は小さく頷き返してきた。
私は男の真っ赤に濡れた股間から足を退かす。
「男よ、もう一度聞くぞ。良く聞け、もう一度だ。この意味がわかるよな?」
男は必死に頷いた。フィルは、次は無いと言っているのだから当然だろう。
死ぬために頷くというのも、まるで冗談みたいな話なのだけれど。
「よろしい。では聞こう、スラルはどこにいるんだ?」
「ス、スラル様なら……ひっ、き、教会の……教会のほうに逃げ込んだっ!」
「ご苦労。……ゼンメイ」
「はい」
フィルの命令にしたがい、私はまだ抜き身のままのカタナを持ち直すと、男の心臓を一突きについた。
既に死にかけだった男は悲鳴をあげずにあっけないほど簡単に絶命する。
フィルはすでにその男に目を向けることも無く、近くの民家で別の殺戮劇を繰り広げている兵士の傍に行き、何かを告げているようだった。
「ホーネットに……」と聞こえたので恐らくは彼女へ、スラルの居場所を伝えるのだろう。
私は取り出した布で丁寧に刀身から血を拭きとると、それを男の頭へと被せた。
「よし。じゃあすぐ行こうかゼンメイ。僕たちが着くころにはホーネットもスラルを見つけてくれているはずだ」
ズキズキと胸が痛む。フィルがスラルのことを口にする度に、良心が私を苛む。
「ゼンメイ?」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「ほら早く前に乗って」
気付くとポンポンと馬の背を叩く若が不思議そうにこっちを見ていた。
「え、若の前に……ですか?」
「遊んでる暇は無いんだって、だからほらっ!」
腕を掴まれてフィルに無理矢理馬に乗せられる。そのままフィルが私の後ろへと飛び乗ると、馬の背が僅かに下がった。
「はいゼンメイ、手綱もらうよ」
フィルの腕が私の横を通過し、手綱を掴む。
形としてはフィルに後ろから抱きつかれているのと同じなので、少しだけ幸せな感じがする。
走りだした馬の背にいる私は……若と初めて出会ったとき、『病院に連れて行くために』と無理矢理されたお姫様抱っこされたあの温もり全身感じながら、火の赤で照らされた町を駆けて行く。