こうして青年と姫様は城から抜け出しどこか遠い場所で幸せに暮らしましたとさ。―裏―   作:歩(ホ)

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その4。終わり。

7。

 

 

 町を炎が焼き尽し、全てを灰にし終えたのはホーネットの言葉通り朝日が昇る頃だった。

 

 街の中心には足を縛られたスラルと、両手両足を縛られたその夫サーナキアがいた。

 

 赤子はスラルの腕の中で泣き疲れて眠っている。

 

 そしてスラルのお腹は膨らんでいた。スラルと罪人サーナキアの2人目がそのお腹に宿っている。

 

 3人を囲む兵士達は口ぐちに呟く。「あのスラル様が」と「信じられない」と「なぜこんな男と」と、誰もがスラルの評価を最低限にまで下げていた。

 

 この状態になってもフィルは疑われない。日頃の真摯な態度が兵士達のフィルを見る目を曇らせているのだろう。

 

 兵士の輪が大きく広がる。兵士達は背筋を伸ばし、到着したフィルの労をねぎらった。

 

 スラルの目が驚愕で大きく見開かれる。自分が裏切った男が、目の前に現れたのだから。

 

 フィルが目の前に現れた瞬間、フィルがこの惨劇を起こしたことにスラルは気がついた。

 

 

「フィル!? ……あぁなんてことを! なんでこんな酷いことをっ!!」

 

 

 赤子を強く抱き、罵るようにスラルが叫ぶ。

 

 あの時の容姿から喋ること自体珍しいと思っていたのに、スラルは今叫んでいた。

 

 どういった心境の変化なのだろうか。彼女はここで何を手に入れたのだろうか。私にはわからない。

 

 見れば雪を思わせた肌は健康的に焼けてそこらの娘となんら変わりない。服も城で着ていたドレスとは比べ物にならないほどに貧相だ。

 

 仮にも一国の王妃、なんてみすぼらしい格好なのだろうか。

 

 しばらくの沈黙の後、フィルがゆっくりと口を開く。

 

 

「酷い? なんのことかな。……それよりもスラル、迎えに来たよ。さあ帰ろう」

 

 

 フィルは優しくスラルに言った。

 

 フィルはどこかまだ期待している。スラルが更生するのを。今度こそ2人幸せになれる第一歩を踏み出せるかもしれないと、期待している。

 

 悔しい。悔しいけど、やはりフィルが望むのはスラルだけなんだ。私も、ホーネットもフィルの眼中にはない。

 

 スラルが顔を伏せる。

 

 迷っているようにも、決意したようにも取れる動作。

 

 スラルの顔が上がる。僅かにフィルの顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「貴方を裏切った私の罪のせいで、この町は滅びました。貴方を裏切って彼と国から逃げ出した私が国に戻る事はできません。この場で処刑してください。……その代わり、どうか彼と娘の命だけは救ってください!」

 

「スラル……」

 

 

 だが、無常にもスラルはフィルの希望を打ち砕いた。

 

 スラルは涙を流し、自らの命と引き換えに、彼と娘の命を救うことを懇願したのだ。

 

 途端に、フィルの顔から希望が消え去り、昔のスラルを思わす無表情へと戻った。

 

 きっとフィルは真直でスラルを見たために思い出が蘇り、こんな行動をとったんだろう。正気になったフィルは、既にスラルへの慈悲一切を与える気にならないだろう。

 

 最大限の苦しみを、それはフィルの願いであり……私の願いでもあった。

 

 この2年、どれだけフィルが苦労してきたかコイツは絶対に解っていない。あの発作も、心身を削る執務も、全てスラルを思うが故になったことを、それ自体コイツは知らない。

 

 きっとこの2年で国がどれだけよくなったのかも知らない。

 

 当然だ。興味がないのだから。

 

 周りが不幸になるのなんて気にかからない。自分だけの幸せを望んだんだ。

 

 フィルが無言でスラルを見つめていると、横で跪いていた男が声を上げた。

 

 

「王よ。スラルを連れ去り、裏切らせたのはこの私です。罪は私にあります。処刑するならばどうか私を! ですが、どうか…どうかスラルと娘の命だけはお救いください!」

 

「サーナキア……」

 

 

 スラルが涙を流し、男と見つめあう。

 

 二人の表情からは、愛し合う二人の強い絆が感じられた。まるで美談だ。空想を口に出した嘘のような出来事、それが今目の前で繰り広げられている。

 

 そして二人のその顔を見て、フィルの顔が大きく歪んだ。

 

 例えようのない「怒り」と「憎しみ」が混じり合いフィルは何も言えずただ立ち尽くしていた。

 

 

「フィル、どうか……どうか彼と娘だけは」

 

「王よ。どうか、彼女と娘の命だけは」

 

 

 二人の絶妙なシンクロ。その言葉にフィルはもう、何の感慨も見せなかった。

 

 やがて、フィルは「くくくっ」と含み笑いをしだす。何がおかしいのか、私にはわからなかった。

 

 スラルに裏切られ、望んでもいない答えを言われそんなに悲しかったのか。

 

 目の前で2人の揺らぐことの無い愛を見せつけられて悲しくて笑っているのか。

 

 そんな2人の間を邪魔する自分があまりに滑稽だからわらっているのか。

 

 その場に居る者全員がフィルの行動を片唾を飲んで見守っている。次第にフィルの笑い声が大きくなり始め、高らかになる。

 

 

「ヒッヒッヒ! ハーハッハッハッハ!!」

 

 

 ひとしきり笑い終えたフィルは、さっきの笑いがウソのように消えたドスの利いた声を出す。

 

 

「お前らは一体何を言っているんだ……? そんなに自分が罪を犯したいのか……? そんなに自分から罪人になりたいのか? 

 

 これでは、まるで俺が悪役だ! 俺が何をした? ただ俺の大切な妻を掻っ攫った盗っ人にそれ相応の罰を与えただけでは無いか? 

 

 お前らが俺に何かを言う資格なんてない。求める資格なんてない。俺が俺の意思でお前らを罰する」

 

 

 おぞましかった。これが今のフィルなのだ。

 

 だけど私はそのフィルを肯定する。こうなって当たり前だ。信じる者を失った反動は生半可なものじゃない。

 

 だから私は彼のしたいことを第一に考える。

 

 こんな状況で、彼が取る行動なんて一つしかない。私は予めスラルに近づく。

 

 見下すようにみると、腕に抱えた赤子をギュッと強く抱き抱え私から隠す。……売女め。

 

 

「ゼンメイ、その子供を持ってこい」

 

「わかりました」

 

 

 フィルの命令で、私はスラルの腕から子供を取り上げようとする。

 

 が、抱く力は思いのほか強く手を払われる。

 

 厄介な女だ。フィルを見れば目が言っていた『力ずくでもかまわない』と、もはやスラルに暴力を振るってもフィルは何も思わない。

 

 私はスラルの脇腹を蹴る。内臓に届くようにつま先を立てて、放たれた足はやすやすと彼女の胃を圧迫した。

 

 

「ゲッホッ!?」

 

 

 訓練校での経験がある私には想像に難しくない痛みが、スラルを襲いせき込ませる。そのまま腹の中の子供を潰れてしまえ。

 

 その隙に子供を奪い去る。今度は簡単に取れた。

 

 子供は安らかに眠っている。……こんな状況で起きないとは、なかなかに大物の器だ。さすがスラルの子供と言ったところか。

 

 

「あ、や、返してっ!!」

 

「うるさい」

 

 

 伸びてきた足に蹴りを見舞う。骨が折れれば儲けものだ。

 

 奪った赤子をフィルへと私。フィルは赤子をゴミを掴むように受け取ると、マジマジとその子供を見る。

 

 そして見終わって興味が失せたフィルは、子供を天高く放り投げた。

 

 これだけでも落下したら子供は即死だ。スラルが、サーナキアが絶望に満ちた瞳で子供を視線だけで追いかける。

 

 

「おい、これで俺が満足すると思っているのか?」

 

 

 その二人を見てフィルは満面の笑みを浮かべてそう言い。腰から剣を抜き放った。

 

 そして落ちてくる子供にタイミングを合わせて剣を振るう。子供の柔らかい体は簡単に真っ二つに裂け、血と内臓を二人の体に撒き散らした。

 

 

「い、嫌ぁぁぁぁぁ!!」

 

「うああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 血と内臓に塗れた体で二人が泣き叫ぶ。士官も兵士もホーネットも、何も言わなかった。

 

 既に皆気付いているだろう。この作戦が、ただの虐殺だということを、ただの八つ当たりだということを。

 

 だがフィルの苦しみを近くで見てきたからこそ、このフィルの残虐な行為に至らせて原因がわかるからこそ、皆は何も言わず全てが終わるのを待つ。

 

 そして私だけが、その光景に後ろ暗い快感を得ていた。

 

 フィルが男へと歩み寄る。今だ狂乱している男の手を踏みつけ、躊躇せず骨を砕いた。

 

 

「うぎゃぁぁ!!」

 

「サーナキア! サーナキア! いや、嫌……もう、もうやめてぇぇフィル、もうやめてっ!!」

 

 

 愛する子供の血に塗れたスラルがフィルの足を掴み必死に懇願する。

 

 

「あぁそうそうスラル。俺はさ、初めっから君を助けるつもりだったんだ。『君だけ』を、ね」

 

 

 スラルの懇願を無視して、フィルは、グサリとサーナキアの額へ剣を突き刺した。

 

 腕をまわして脳を掻き出す。男の目に指を突っ込んで目玉を引きずりだして潰す。

 

 四肢をバラバラにして指の一本に至るまで切り離す。

 

 内臓を四方八方へと引きずりだし、もはや人として形を成していないまでサーナキアの遺体を解体した

 

 赤子などより酷い、無残な死に方をサーナキアは遂げる。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 絹を裂くような悲鳴が、快晴の空に響いた。

 

 あまりに凄惨な光景に、スラルを気は失う。そしてフィルは血と肉に塗れた剣を地面に投げ捨て声高らかに、この殺戮の終焉を伝える。

 

 

「兵士達よ、よくやった! さぁ城に帰ろう! 今日は宴だ。スラルが帰ってきた祝いをしようっ!!」

 

 

 フィルの全てが終わり、始まった。

 

 

「ホーネット」

 

「君がしてきたこと、すべて許す。だからこれからも俺のために働け」

 

「! ……わかりました」

 

 

 情報を操作するべくホーネットを先に城に帰らせると、フィルは疲れた表情を浮かべる。

 

 連日の激務が今になって出たのか落ちる瞼を擦る。

 

 

「若、大丈夫ですか」

 

「ん……うん、今日は疲れたよ。城に帰ったら少し寝たいかな……」

 

「若……?」

 

 

 フィルが俯く。

 

 

「……あのスラルの笑顔を光景を見たとき、皆が笑える幸せな国を作るなんて言葉は頭の中から消えていた。スラルの笑顔が見たくてここまで来たはずだったのに、俺は一体なにをしているんだろうね……」

 

「若は何も悪くないですよ」

 

「うん。そうだね……でも、もういいんだ」

 

「何が、ですか?」

 

「笑顔はもう見なくていい。スラルは死なさない。生かしもしない。ずっとずっと苦しませる。

 

 アイツは俺のことを嫌いなはずだよな、きっと感情の籠った顔をいっぱいしてくれるよな」

 

「……そうですね」

 

「うん。―――あぁ楽しみだなぁ」

 

 

 今日この日を境にフィルは他国を侵略し始める。

 

 そして最初に標的になったのは、どこでも無いフィルの実家フォンブラウン家があった故郷だった。

 

 巧みに父を騙し反逆を起こさせ、そしてスラル国と名が変わったフィルが王を務める国が横槍を入れて滅ぼした。

 

 

 狂王。

 

 

 それが他国のフィルに対する呼び名になった。

 

 

 8。

 

 

 たった数年でスラル国は大きく変わった。

 

 連戦連勝。相対する国を完膚無きまでに叩き潰していくスラル国の領土は、元の3倍近くにまで膨れ上がっていた。

 

 フィルが王になってから弱小だったスラル国は、いまやほかの強国と肩を並ばすほどに成長を遂げている。

 

 そして戦場にはいつもホーネットが居た。向かい来る敵を勇敢で優雅になぎ倒すその様は自国から聖女と呼ばれ崇められている。

 

 狂王の名を聞いて知らない者は既に居ない。

 

 隣接する国々から恐れられ、降伏する国まで現れはじめる。

 

 だが、スラル国を訪れる者達は口を揃えて言う。

 

 

「とても狂王と呼ばれる王が治める国とは思えない」

 

 

 それもそのはずだ。

 

 荒れていた土地は整備され、今では豊かな緑に囲まれるようになった。

 

 街の中は以前よりももっと人が増え、活気に満ち溢れて賑わっている。

 

 豊かになった国を子供達が駆け回り、大人達はせっせと仕事に励んでいる。

 

 民達は狂王に対する恐怖を持たない。それどころか、民達は狂王フィルを盲目的なまでに慕っている。

 

 知っているのだ。フィルが狂王でも暴君でもないことを。

 

 圧政も重税を敷かない、慈愛に満ちた賢王だと知っている。

 

 この国の一体誰が彼に恐怖するのだろうか。

 

 老若男女問わずフィルに感謝し賛辞の言葉を口にする者達の、一体誰がフィルを狂王だと思っているのだろか。

 

 私は以前よりも忙しくなったフィルの傍らにいつも居る。

 

 フィルの悩みを疲れを共有し、共に日々を励んでいる。

 

 

「ちちうえっ!」

 

 

 ふいに扉があけ放たれ、小さな少女が入ってくる。

 

 少女は執務をするフィルへと駆け寄ると、身の回りで起こった出来事を嬉しそうに話す。

 

 その言葉をフィルは楽しそうに相槌を打って時に聞き返す。

 

 お茶を用意した私に少女は「いつもごくろうさまです」と笑顔を向け、出された茶をフーフー冷ましながら啜る。

 

 少女はスラルと罪人サーナキアの間に出来た子供だ。

 

 あの時スラルが妊娠していた子供を自分の娘として育てている。

 

 スラルが自殺しないための人質だ。 

 

 少女は自分がフィルとスラルの子供だと信じて疑わない。優しい父と、声を失った母を愛している。

 

 

「……さて、じゃあそろそろスラルのところへ行こうか?」

 

 

 フィルが執務を中断して立ち上がる。部屋を出る準備をして少女を抱き上げる。

 

 部屋の一室に軟禁されたスラルを見舞うのが、フィルの唯一の息抜きであり楽しみだ。

 

 子と夫を失ったショックで声を失ったスラルは城に連れ戻された日から、また昔の姫に戻った。肌も雪の様な白へと戻り、普段の表情も無表情だ。

 

 

「うん! ゼンメイもいこっ!」

 

「いえ、私はけっこうです。家族水入らず、楽しんできてください」

 

「ううん! ゼンメイもかぞくだもの。ね、いいいよねちちうえ?」

 

「だ、そうだ。行こうゼンメイ」

 

「若がそういうのなら……」

 

 

 少女の言葉に嬉しさを感じながら、私もフィルの後ろへ続く。

 

 窓から訓練する兵士を眺めながら、スラルの部屋へと向かう。

 

 籠を思わせる隔離された建物の一室の扉を開ける。

 

 そこにはただ窓の外を眺めるスラルが居た。頬の肉は落ちて健康そうにはとても見えない。

 

 開いた扉に気づいたスラルは、入ってきた人物を見て目を見開いた。

 

 声の出ない喉を抑えて、必死に何かを拒むように首を振り後ずさる。

 

 それを見て少女は不思議そうな顔をする。フィルとスラルが愛し合っていると信じているからだ。

 

 フィルは笑う。

 

 優しい微笑みを浮かべて、スラルの頬を撫でる。

 

 フィルは言う。

 

 

「さぁスラル、今日はどうしようか? ずっと一緒だよ。君が死ぬまでずっと俺と君は一緒だ」

 

 

 恐怖するスラルと共に彼は人生を謳歌することだろう。

 

 フィルは、『本当の幸せ』を手に入れた。

 

 私はそんなフィルを見て微笑む。

 

 彼の幸せが、私の幸せだから。

 

 これから先どうなろうと、私はずっとフィルの傍に仕える。どんな災厄からも守ってみせる。

 

 

「幸せそうですね。若」

 

「あぁ俺は今とても幸せだよ。なぁ……スラル?」

 

「……っ」

 

 

 首を振り胸を押すスラルを抱きしめてフィルはこの上なく幸せな表情をした。

 

 

 

 ―――そしてスラルが狂い死ぬまでの十数年間とその後の人生を、フィルと娘の少女とそのメイドのゼンメイは末永く幸せに暮らしましたとさ。

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