マリオネット   作:らるいて

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その一

 醜悪祭、星噛絶奈との戦いから時間が経った。

真九郎の受けた傷も回復したが、揉め事処理屋の仕事はあれ以降受けていない。

というよりも、受けられる状態ではない、と言ったほうが正しいか。

受けた傷が完治するまで、鍛錬をしていないからだ。

鈍った体を元に戻すために、今は、崩月の家の道場で、夕乃に扱かれている。

稽古中は淡々と進むのだが、終わると途端に夕乃に無茶した事を怒られる。

心配をかけたし、迷惑を掛けたことを、申し訳なく思っているが、稽古の度に言われるので、少々流している。

 

「いいですか、真九郎さん。つまり"年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ"と、なるわけです。分かりましたか」

「え?」

 

急に聞いてくるので、思わず疑問で返してしまった。

 

「真九郎さん……聞いてませんでしたね」

 

見る人が見れば、顔を赤くして逸らすような笑顔でそう言う。

真九郎にはその笑顔が、何か逆らえない圧力を発しているように感じる。

 

「はい。すみませんでした」

 

こういう時は素直に認めて謝るに限る。触らぬ神になんとやら、だ。

 

「いーいえ、許しません。……今度買い物に付き合ってくれたら、別ですが」

 

もったいぶって、条件をつけてくる。買い物に付き合えと言う条件だ。

だが、買い物に付き合うくらい言われれば付き合うのに、と真九郎は思う。

 

「買い物ぐらい、言ってくれれば何時でも付き合いますよ」

 

夕乃に限らず、崩月の家には家を出てからもずっと世話になっている。

真九郎に出来ることなど、高が知れているが、なんでも協力するつもりだ。

 

「え、っと。そうではなくて、その。二人きりで……」

「二人きりで?」

「紫ちゃんとか村上さんと一緒ではなくて、私と真九郎さんの二人きりで、どこかに出かけませんか」

「それって、なんだかデートみたいですね」

「デ、デート!? いえ、はい! デートしましょう! 二人きりで遊園地行ったり、映画見たり、買い物したりお茶したり! それから二人きりで海に行って沈む夕日を眺めて、それで砂浜に座って寄り添い合って、綺麗ですね、って言ったら夕乃さんの方綺麗だよ。なんてキャー! さらに良い雰囲気になった二人はキスして、もっと……」

 

途中からトリップして、自分だけの世界に行ってしまった夕乃に呆然として、乾いた笑いしか出ない。

真九郎も、夕乃の事は好きか嫌いかで言えば好きなので、断る理由はない。

でも、デートか。真九郎の周りには女性が多い。

住んでいるアパート、五月雨荘でも知っている住人三人のうち二人は女の人だ。

男も一人居るが今もどこかに旅行中だ。というか、帰ってくることの方が少ない。

もっとも隣の部屋に住む女性二人は自分のところに飯を集りに来ているだけな気もする。

普段はだらしないが、いざと言う時に、何度も助けてもらったことがある。

 

 環さんの方は部屋の掃除を自分がしていて、お礼としてエロ本とかAVとか、部屋の前に置いて行く。

夕乃さんや銀子に見られて、大変な事になったこともある。

でもそれ以上に、紫に変なことを吹き込むのをやめてもらいたい。

質問されるのは自分なのだ、無難な答えで誤魔化すのにも限界がある。

 

 闇絵さんは、妙なことを吹き込むことは少ないが、その分自分をからかってくる。

気が付くと居たり、いつの間にやら居なくなっていることがある。

敷地に生えている木の上に居て、帰ると上から声が聞こえてくることもたまにある。

タバコなどを代わりに買って、渡したりする。

闇絵さんについて、余り詳しいことは分からないが、詮索するのも失礼だろう。

労働という物をしたことが無い、というなどちょっと変わった人だ。

 

 二人とも少し厄介ではあるが、悪い人間ではないのは、真九郎自身が今まで接して来たことと、紫が懐いていることからも確かだ。

 

「ごほん……真九郎さん。きちんと計画を立ててエスコートして下さいね」

 

いつの間にやら、トリップから帰ってきていた夕乃にそう、頼まれた。

 

「デートとかしたこと無いから、あんまり期待しないで下さいね」

「したこと無い!? は、初めてってことですか……?」

 

顔を赤くし、上目遣いで、期待するように、聞かれた。

 

「え、えぇ。まぁ」

一瞬見惚れて、答えが曖昧になったが、その言葉を聴くと、また、夕乃は一人の世界に旅立った。

「初めて……真九郎さんの初めて……うふふふ……」

「さ、先に戻ってますね」

 

夕乃を置いて、道場から出る。

にしてもデートか、何をすれば良いんだろう。

 

 

 

 崩月の家で夕飯を貰い、風呂まで借りると、すっかり日が暮れて暗くなってしまった。

真九郎は一人で五月雨荘までの道を歩いている。

五月雨荘の前まで来ると、自分の部屋に灯りが付いているのが分かった。

こんな時間に誰だろう、と心当たりを探ると、隣の部屋の住人の顔が浮かんだ。

環さんだ。多分帰ったら、遅い! お腹空いたよ、早くご飯作ってー。

とか言われるんだろう。まったく、あの人は。

そう思いつつ、古い廊下を抜けて自身の部屋の前に立つ。

扉を開くと、むせ返るような、アルコールの匂いが鼻をついた。

僅かに顔をしかめて、扉を閉めながら言う。

 

「環さん! またこんなに飲んで!」

 

部屋には空の酒瓶をいくつか転がして、飲んだ暮れていた隣人達が居た。

 

「遅かったな少年、私は今とてもお腹が空いている」

 

頭の天辺からつま先まで、黒尽くめの女の人、闇絵さんがそう言う。

 

「んぁ? あー! 真九郎君だー、おかえりー」

 

すっかり出来上がった様子で、間延びした声で名前を呼ぶのが環さん。

部屋に上がりながら、ため息をつき、持っていた荷物を部屋の隅に置く。

棚からエプロンを取り出し、

 

「真九郎君、ご飯ー」

 

そんな催促を聞きながら、エプロンを付け、台所に向かう。

 

「もう軽い物で済ませますけど、いいですね」

 

冷蔵庫の中身を確認しながら、何を作ろうか考える。

 

「なんでもいいよー」

「少年は、私たちがお腹を空かせて待っていたのに、他所で済ませてきたのだね」

「なにぃ! 真九郎くんずるいぞ」

 

闇絵さんの言葉に反応して環さんが抱きついてきた。

 

「ちょっと、危ないから離れてくださいって」

 

火や刃物を使うのだから、抱きつかれながらではできない。

闇絵さんをチラリと見遣ると、こちらの様子を見ながら酒を飲んでいた。

 

良い肴になるな、少年は

 

言葉に出してこそいないが、そう思っているだろうことが、表情から読み取れる。

助けは期待できそうも無い。どうした物か……と、ある事を思い出した。

 

「そうだ! カバンの中に煮物があります、二人ともそれ食べててください。その間に作りますから」

 

夕乃さんが、

 

「良ければ持ち帰ってください。しっかり食べるのも鍛錬ですよ」

 

そう言いながら渡してきた物だ。

 

環さんは聞くや否や、カバンを漁り、タッパーに詰められたそれを持ち出した。

部屋の中央にある座卓に置き、蓋を取ると、すぐに食べ始めた。

 

「この味付け……夕乃ちゃんの作品か!」

 

箸をこちらに向けてそう言ってくる。

 

「はい、でもよく分かりますね」

 

肯定の返事をし、何故分かったか聞いたのだが、既に耳に入っていないようで煮物に夢中になっていた。

こりゃ、俺の分残らないな。などと考えながら、料理に取り掛かった。

 

 

 

「ふああぁー……」

 

今日最後の授業が終わり、今まで噛み殺していた欠伸を、大口を開いてする。

結局、あの後夜が明けるまで騒がれたので、一睡も出来ていない。おかげですっかり寝不足である。

とはいえ、いくら眠くても寝る訳にはいかない。唯でさえ仕事の都合で入院が多く、授業を休みがちなのだ。

入院が多いのは、単純に、弱いのもあるのだが。

休みが多いのだから、出た授業はしっかり受ける、ということである。

周囲はこの後どこどこに行くだの、デートがあるだの話している、

デート、デートかぁ。何したら良いんだろう。

やっぱり、誰かに聞いた方が良いのだろうか、本屋によってそういう本を買うべきか。

自身の財布を思い出し、本を買うのは辛いと思い、同時に、デートって金かかるんだろうなぁ。なんてことを考えてしまう。

 

 醜悪祭以後、揉め事処理屋の依頼は来ていない、つまりは収入が無いということだ。

孤人要塞と相打ちに近い形で引き分けたとはいえ、客が増えるなんてことは無かった。

依頼が来ていないというか、受けられる状況ではなかったというか。

鈍った体で依頼なんて、許されなかったろう。夕乃さんや、法泉さんに止められただろう。

今ならもう、大丈夫だろうとは思うが、仕事が無いのではどうしようもない。

こんな時、頼りになるのは、昔からの幼馴染で、情報屋のあいつだ。

仕事の紹介をしてもらうために、いつも銀子が居る教室に向かった。

 

 

 

「お金が無いのね」

「あはは……だから何か仕事が無いかと……」

「無いわ、揉め事処理屋をやめるならうちで雇ってあげるけど」

 

銀子の両親は楓味亭というラーメン屋を営んでいる。銀子はそこで看板娘として働いているのだ。

金欠だと相談するたびに、揉め事処理屋をやめて、そこで働けと言ってくる。

真九郎にも真九郎の考え、というか夢、があるので、そのたびに断っている。

 

「悪いけど、それはできない」

「はぁ、分かってたけどね」

「それで仕事……」

「いくら必要なの?」

「え?」

「貸して上げるから。必要なんでしょ?」

「必要というか、何と言うか」

「……何に使うの?」

 

曖昧な答えに不信感を抱いたのか、目付きを鋭くして、じっと、睨んでくる。

無言の圧力に屈して、元々黙っていることでもないが、口を開く。

 

「実は夕乃さんとデートすることにな」

「は?」

 

まだ言っている途中だというのに、怒気の篭った言葉に遮られる。

顔はいつも通り無表情だが、僅かにこめかみがひくついて、額に青筋が浮いている。

 

「どういうこと? 説明しなさい」

「はい!」

 

有無を言わさぬ声に、勝手にに反応して答えてしまう。

そのまま、洗いざらい吐かされた。

 

 

 

 話を聞いた銀子はしばらく、頭を抑えて黙っていたが、顔を上げた。

 

「はぁーーーー。良いわ。よさそうな場所適当に調べてあげるから」

 

長いため息の後に、思慮の外の事を言われ、一瞬固まってしまう。

何を言ったのか、頭の中で一巡させ、理解し、

 

「ほんとか! ありが」

「ただし」

 

礼を言おうとすると、その途中で遮られる。

 

「その中でどこか、崩月先輩と行かなかった場所に、私と行きましょう」

 

心なしか、崩月先輩と行かなかった、ということを強調しながら、告げられる。

真九郎は事態を把握できて無いのか、どういうことか考えてみる。

 

「それは、つまり」

「そうね」

 

そういうことなのだろう。

 

「銀子、俺とデートしよう」

「いいわよ」

 

さも期待していなかったように、素っ気無く答える銀子。

少し顔が赤いのだが、真九郎は気付かない。

銀子に礼を言いながら、真九郎は教室を後にし、五月雨荘に戻っていく。

真九郎の足音も聞こえなくなり、一人きりになった教室で

 

「あの馬鹿」

 

ぽつり。と響いた。

 




メインヒロイン(?)の紫の出番が無い……そのうち出てくる。
戦闘時とか。戦闘時とか。戦闘時とか。
居ないと敵に勝てないしね。何故か。
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