携帯にある電話番号を入力する。ある人物に連絡を取るためだ。個人的には連絡などしたくないが、生憎と今知りたい情報を知ってそうな人間に、他の心当たりはない。ならば。通話ボタンを押して、耳元にスピーカーを近づける。そこから流れるプルルルルという機械音を聞き流しながら、騎場さんに言われたことを思い出す。
他者を操っているというのならば、裏十三家が関わっている可能性があるので危険だ。いろいろ言っていたがまとめるとこういうことだ。裏十三家が関わってくると聞いたとき、夕乃さんが顔をしかめていたので、やめるように言ってくるものだと思っていた。だが、首を軽く横に振るうと正面から目を見据えて、無理はしないで下さい。いつでも協力しますから。と言ってきたのが意外だった。止められるものと思っていたのだが。恐らく止められても俺が止まらないということを分かっていたのだ。でもそれ以上に、夕乃さんも銀子のことが大切なんだろう。紫も、真九郎なら大丈夫だ、と根拠のない応援をしてきた。そんな応援で大丈夫な気がするのは、でもなんでだろうな。紫はその後、一応できる限りで調べると言っていたが、いくら九鳳院でも紫はそれほど権限はない。それで分かることなら俺たちだけでも多分調べられるだろう。それでも調べるという。だから二人は二人で、それぞれできることをする。俺も俺のできることをする。全員銀子が大切だから。
銀子のために、個人的な感情の好悪を気にしている場合ではない。そう考えて今、この人に電話をしているわけだ。
四回目のコールの途中、不意に機械音が途絶え、幾度か聞いたことのある声がしてくる。心なしか不機嫌な感じの声だ
「何か用ですか?」
「聞きたいことがある」
「私は情報屋じゃないって前にも言った気がするんですが。それに貴方のせいで寝てる暇も……いえ、いいでしょう。そうですねぇ」
紙をめくる音がする。その後わずかに沈黙。そして向こうの声が再び聞こえる。
「あちゃー。ちょっと予定の確認してからいつ会うか連絡します。それではまた今度、紅真九郎さん」
電話の途切れるブツッという音の後、電話が切られたことを教える単調な機械音が流れる。苛立ち舌打ちをしてしまう。そして携帯の画面を見る。通話時間は30秒と少し。相手の名前はルーシーメイ。星噛絶奈が顧問を務める悪宇商会の人間だ。かつて俺の事を勧誘に来た。色々あってその話は蹴ったのだが、それ以降でも連絡をしている。醜悪祭のとき、どうせ星噛に勝てないと高を括っていた様子ではあったが、俺の手助けをしてくれたこともある。自称裏十三家マニアで俺と関わりを持とうとするのも恩を売ろうとするのも、俺が崩月の弟子であり戦鬼だからだ。マニアというのだから、状況を説明すれば……気は乗らないが、説明すれば多少なりとも手掛かりがつかめるかもしれない。
俺の方から頼んだとはいえ、正直想像以上にすぐに受け入れられて怪しさを感じる。頼めば断りはしないだろうとは思っていたとはいえ、俺は悪宇商会とは敵対関係にあるといってもいい。怪しすぎて騙し討ちでもするのではないかと勘繰ってしまう。尤もそんなことをしてもしすぎるということはない相手ではあるのだが。
他にできることはないか、考えたが俺個人の人脈は大したものではないし、できることは連絡を待つぐらいだ。体を鍛えて待つぐらいの事しか、できることはない。銀子がいれば、それだけで欲しい情報が手に入るのに。そんな風に考えてしまうのは、今まで俺が銀子に頼り切っていた証拠だろう。銀子……。様子を見るために山浦医院に行こう。外を見ると、黒い空から雨が降り注ぎ、街灯だけが道路を照らしていた。
銀子は山浦医院に入院するということになった。それほど大きな医院ではないが、数人程度ならば入院できるスペースはある。俺もあの後山浦医院で治療を受けた。思っていた通り傷が浅く、すぐにでも動ける程度の傷であったのだが。
銀子が入院したことは、銀子の両親にも伝え、場所も教えていた。だからだろう。来る途中見た楓味亭には、都合によりしばらく休業します。という旨の張り紙がしてあった。銀子の所に行っているのだろう。
山浦医院に着くと、案の定銀子の両親が居た。二人は暗い雰囲気だったが、俺の事を見つけると声を掛けてきた。曰く、銀子に会ってやってくれ。という。もともとそのつもりで来たと伝えると、安心したように、念を押すように、しっかりと頼まれた。二人と別れ、山浦さんを銀子のいるであろう、医院の奥へ向かう。勝手に入ってはいけないのだろうが、止める人はいなかった。
銀子の部屋の前には山浦さんが居た。予想通りだと言われ、会うのは構わないが、言い方は悪いが自身の監視の下で。とのこと。それほど銀子の様子は悪いのだろうか。心配になりながら促されるまま、中に入る。
病室の中は、ベッドの上で白い塊が目で見て分かるほどに震え、小声で何か呟いている。
「銀子……」
思わず呟くと塊、銀子は一際大きく震えてから小動物のように俺の方を見てくる。俺の姿を認めると、目から涙を溢れさせ、首を横に振りながら、何か口を開く。
「いや……イヤ、イヤイヤイヤ。イヤァァアアアア!!!」
叫びながら、自身の姿を隠すように布団に包まって俺に背を向けて、震える。俺が一歩近づく。足音が聞こえたのだろう。悲鳴のように声を引き攣らせる。一歩近づく。近づくたび声が聞こえなくなる。ベッドの隅まで逃げてこちらを向くことなく壁を向きながら狂ったように呟き続ける。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「銀子」
「ひっ……」
名前を呼ぶと、言葉を止める。布団を剥ぎ取ろうとすると必死に抵抗してくる。それでも剥ぎ取ろうと、力を入れると、急に抵抗をやめ布団を手放した。布団を銀子の手が届かないよう、ベッドの反対側の隅に押しやる。銀子のすぐ傍に腰かけると銀子に話しかける。
「なぁ銀子。大丈夫だから、落ち着いてくれ。いつもみたいにさ。頼むよ」
優しく、なるべく優しく銀子に話しかける。それでも様子が変わらない。なのであの日の話をすることにした。
「銀子さ、今日さ最初眼鏡掛けてなかったよな。あれさ、最初は違和感しかなかったけど、今思い返すと中々可愛いと思うんだ」
あの日、という単語にピクリと、震え、その後の台詞を聞くとさらに震え。可愛いという単語を聞くと驚いたようにこちらを向く。此方を向いた銀子は目が腫れ鼻が赤くなり、憔悴しきり目の焦点が合わず、普段とは全然違う姿だった。その姿を見て、もやもやとした言葉にできない不快感が湧き上がる。その不快感を抑えて銀子の目を見て話を続ける。
「やっとこっち見てくれたな」
その言葉を言うとまた顔を背中ごと背けて、壁の方を向いてしまう。それを気にせず口を動かす。
「今も眼鏡付けてないな。でも今の銀子は可愛くない。やっぱりさ、俺、銀子には笑っていてほしい。笑ってなくてもいつもみたいに無愛想な顔でもいいんだ。でもやっぱり泣いてるのだけは嫌なんだよ。だからやっぱり俺は銀子が好きだ。でもその好きがどういう好きなのかは分からない。だからそれもちゃんと考えるよ。だけどさ、たとえ俺にとってどんな好きでも、銀子の事は好きなことは変わらない。だから銀子。お前には泣いていて欲しくないんだ。だから」
「帰って」
言葉を続けようとしたところで、銀子に遮られた。だが帰ってと言われて帰るわけには行かない。銀子の名前を呼ぼうとして、山浦さんに肩を叩かれる。首を横に振り、退出を促す。まだ言いたいことはあったが、言われた通り部屋から出る。最後部屋から出る寸前に銀子の方を横目で見たが。苦しそうに顔歪めていた。それがとても寂しそうに見えて、また来ようという気持ちをより強くさせた。話をするためではなく、銀子に会うために。
山浦医院から五月雨荘へ向かう。その途中、携帯の着信を告げる音が暗闇に響いた。携帯を確認すると外側についている小さな液晶にはルーシーメイと着信のマークが表示されている。携帯を開いて応答するためにボタンを押し耳に当てる。するとさっき電話をした声が聞こえた。
「紅さんですね。予定が決まりましたよ」
「いつなんだ?」
「そう逸らないで。明日、正午から一緒にご飯でも食べましょう」
「場所は」
「せっかちですねぇ。場所は――」
場所を聞き、忘れないようにすぐにメモを取る。明日は平日で学校もあるからサボることになるが、どうでもいい。携帯を閉じ息を吐く。閉じた携帯の液晶を眺めながら銀子の事を考える。自然と手に力が入り、携帯からミシリと嫌な音が鳴り慌てて力を抜く。するとと、光が消えて何も映さなくなる。壊れたかと思い開いたら、何事もなかったように画面が付いた。どうやら自然に消えただけらしい。ほっとして溜息を吐くと、ちょうど風が露出している顔と手を撫ぜるように通り抜けていく。そのせいで急に寒く感じて、体を一度震わせると、いつの間にやら止まっていた足を、動かした。
昼だ。空を見上げると昨日の天気が嘘のように、空には太陽が燦々と輝いていた。太陽とは反対に、俺の心は昨日よりもずっと沈んでいるのだが。ルーシー・メイとの約束、だろう一応。約束の時間まで後少し時間がある。とはいえ他所に行っている時間もない。まっすぐ指定されたレストランのあるビルへ入る。フロア表を見るとどうやらこのビルの最上階、ずいぶん高級そうな場所で、普段であれば気遅れしてしまいそうだ。いざエレベーターに乗ろうとした所で、後ろから声を掛けられた。
「紅真九郎様ですね」
「え、えぇ」
「此方のエレベーターにどうぞ。最上階へ直通となっております」
このビルの従業員だろうか、歩き出したので付いていくと先ほどのとは違う、より立派な装飾の施されたエレベーターがあった。警戒しつつも促されるまま中に入るとその人も中に入る。ボタンを押し、扉が閉まる。お互いが無言のままエレベーターは動きだした。結構な高さのあるビルなので、耳にくるかと思ったが、装飾のように中身も高級なのか、耳の異常はなかった。想像以上に早く最上階へ着くと、外に出るように促される。外に出ると、今度は別の人に奥の席に行くように促され、促されるままに向かうとルーシーが居るのが見えた。その前に座りながら何かを飲んでいる赤い髪の女も。ルーシーは此方に気付いているようで手招きをしている。
心臓が高鳴る。それはとても不快な高鳴りだ。体中に血が回っていくのが分かる。拳を握り、息が荒くなる。今すぐあいつを殴り倒したい。だがそれは駄目だ。居ても居なくても関係がない。今を逃せばルーシーから情報が聞けなくなるかもしれない。聞けても遅くなる。銀子のためだ。体が震え歯ぎしりをする。興奮を抑えるために拳に力を入れ、思いっきり殴る。
大きな音がして口の中に血の味が広がり、頬から痛みが伝わる。それを見ていたルーシーは驚いたように目を見開いていたが、すぐに何事もなかったかのように手招きを再開する。幾分冷静になり、苛立ちを抑えながら近づいていくと、僅かに酒のにおいがする。二人の座る席の横に立つが、座る場所がない。二人のとなりがそれぞれ相手はいるのだが。赤髪とルーシーが自身の隣の席を指さしながら、同時に口を開いた。片方は嬉しそうに、もう片方は呆れたように。
「お好きな方に」
もちろん即座に呆れていた方の隣に座った。笑っていた方は少し残念そうに舌打ちをすると、此方を見据えて
「で、何の用?」
座る場所を間違えたかもしれない。正面に身を乗り出してきた星噛絶奈の顔があり、今すぐ殴りたくなる。そもそもこいつに用はない用があるのはルーシーの方にだけだ。横を見ると
「貴方から連絡があったら知らせるように、って上官命令ですよ」
それを聞いて思わず頭を抱える。十二分に考えられたことではないか。目の前にある星噛から逃げるように目を閉じ、銀子の顔を思い浮かべながら深呼吸。憔悴しきり、謝り続け今までにないほど取り乱していた銀子。最後に見えた苦しげな表情。それを思い出すと、体中の興奮が、一気に醒めていくのが分かる。目を開いて、星噛の姿を見てももう、頭に血が上ることはなかった。こちらを見ていた星噛は急につまらなそうに、体を引き、テーブルに頬杖を付きながら先ほどと同じ問いをしてきた。その問いに俺は感情をこめず淡々と答える
「知りたいことがある」
騎場さんがどうしても書けなかった。だらだら書けば一話分くらいなりそうだったけど飛ばした。