一通り状況を告げる。詳しい話まですることになったが、それは必要経費と考え割り切った。聞き終わると正面に座る星噛はテーブルの上のグラスを手に持ち、喉を鳴らしながら飲む。空になったグラスを音を立てながらまた置く。それからようやく此方を向くと、一息吐いてから、口を開いた。
「それってさぁ、単純に痴情のもつれじゃないの?」
「そうじゃなかった場合の話だ。そうだったとしても情報が欲しい」
「ま、操られてようが、そうじゃなかろうが、私にとってどうでもいいんだけど。それより君は何をしてくれるのかな?」
星噛は俺の言葉を興味なさそうに聞き流し、口角を釣り上げて楽しそうに聞いてくる。つまりは調べる、あるいは情報が欲しいなら対価をよこせ。ということだ。至極当然の事なのだが、俺に出せるものでこいつが喜ぶものはそうない。たとえば再戦するだとか、悪宇商会に入るだとか、そういったことしかない。それを分かっているからこそ、楽しそうなのだろう。悪宇商会に入るのは論外だ。選択肢など初めから存在していない。
「再戦だ。俺とお前が再戦する。それでいいだろ」
拒否はしない。そういう確信はあった。星噛が妙なところで子供っぽい事は知っている。例えば逃げ出した俺を、まいったと言わせるためだけに追いかけてきたり。その言葉を聞き、星噛は楽しそうな何かを含む嫌らしい笑みを消し、目を見開き口を大きく開き、実に嬉しそうに返答する。
「十分!」
そのまま目線を俺から俺の隣、ルーシーに動かす。すると隣で料理を食べていたルーシーは口の中の物を少し慌てた様子で飲みこんだ。詰まったのか一瞬苦しそうな顔を浮かべて水を飲み干す。それから一呼吸おいてから胸ポケットから手帳を取り出すと、白紙のページをめくりながら、読み上げるように話す。
「えー、他者を操れそうな裏十三家は分かってるので二家。片方は……まぁ、廃絶しているので必然的に残りの一家になります、が」
そこで一度言葉を区切られた。ルーシーは手帳から顔を上げて星噛を見る。つられて俺も見ると、星噛は笑みを浮かべ心ここに在らずだったが俺とルーシーの視線に気付くと、笑ったまま先を促す。ルーシーは小さく息を吐くとまた手帳へ視線を落とし続きを話し始める。
「一応聞いておきましょう。どちらから聞きたいですか?」
「廃絶してない方に決まってる」
「当然そうですよね。残り一家になります。ですがここもすでに廃業してる上に悪宇商会でも見張っています。それでも何か動きがあったという話は入ってきていません。可能性は低いと思いますね」
何か含むような勿体ぶるような、曖昧な言葉で具体的な事を話さないルーシーの態度に苛立つ。こちらは既に代償を支払った、そういう約束、いやこれは契約だろう。契約した。だからこそ核心を要求する。
「そういうのはいいから、家名を」
「病葉」
俺が問い終わる前に横、きちんと座れば正面だが、から答えが聞こえてくる。咄嗟にそちらを向いてしまうがそれはルーシーも同じだったようで、不快感を隠そうとはしているのだろう。だが口元を僅かに歪めながら、答えた星噛を見ている。俺たちの反応を見ても星噛は特に声色を変えることもなく、強いて言うなら意外そうに、言葉を続ける。
「別に隠すような事じゃないでしょ。よろしくやってるわけでもないし。それとも何、なんか問題あんの?」
そう言われるとルーシーは薄っぺらな笑顔を顔に張り付けて言葉を返す。
「いえいえ、何の問題もありませんよ。ただ、貴女が続きを説明するのか気になりまして」
「まさか、そろそろ帰ろうかと思って」
「は?」
何を言っているのだろうか。ルーシーの口からではなく俺の口から、間の抜けた声がこぼれる。こいつは何を、いや、そうか。こいつは本当にそのためだけに居たのか。そう考えると納得がいく。
「目的も果たしたし」
「……そうですか」
目的という単語を聞くと、顔を引き攣らせ固まっていたルーシーは顔をわずかにこちらに向け星噛にただそう返した。その反応で予想があっているという確信が持てた。俺と再び戦いたいがために、この場所に来たのだ。己の立場まで利用して。俺を見て星噛は満足げに笑うと歩きだし上機嫌な足取りで出入り口の方へと歩いていく。エレベーターまで案内されるまま歩いていくと、急にこちらを振り向いてフロア中に響く大きな声を発した。
「あ、そうだ。真九郎君じゃあねー、今度連絡するから」
その後すぐに来たエレベーターに乗ってこの場から居なくなった。名前を呼ばれてこれほど不快だったのは初めてだ。まるで友人を呼ぶような気楽さで、馴れ馴れしく名を呼ばれただけだというのに、手に力が入り、体が戦闘状態に入りかけてしまう。気持ちを落ち着けようと息を吐く。するとルーシーが見計らったように、実際そうなのだろう、声を掛けてきた。
「落ち着きました? 続きを話して大丈夫ですね」
「ん、ええ、まあ」
完全に落ち着いたとは言えないが、星噛がこの場からいなくなったからだろう。居た時よりはよほどリラックスできている。とはいっても敵陣の真っただ中なのだから、完全に気を抜くことはしない。そんな様子を確認したのか話し始めるルーシー。その言葉を聞き漏らさないように、耳に意識を傾ける。
「先ほどの続きからになりますが」
忌々しそうにそう前置きをしてから、いつの間に手から離したのかテーブルの上に置いてあった手帳を再び手に持つと、適当に開きページをめくった。
「まず、病葉は薬を使う家です」
「薬……」
「えぇ。病葉の薬なら、唯の人間なんて簡単にとは言いませんが、ある程度行動を支配できると思いますよ」
「どこに居るんだ!」
予測の一つだった。可能性としては考えてきた。それでも言葉が漏れた。言葉だけでなく感情も漏れた。急に大声で怒鳴られ不快だったのか、あるいは敵意を感じたのか、ルーシーは一瞬顔つきが鋭くなる。だがすぐに表情を戻すと僅かに笑って言葉を続ける。
「落ち着いてください紅さん。病葉は動いていません。薬がどこかに流れた、という情報もありません。まぁ、可能性はゼロじゃないですけど」
「低いんだな……」
ゼロじゃないなら。そう思ったが短い間に何度も同じ失敗を繰り返すのはまずい。いくら表面上は友好的とはいえあくまで利害関係であり信頼関係があるわけではない。機嫌を損ねないに越したことはないのだから。重要な情報は嘘を言わないだろうが隠すぐらいはするだろう。そういう人間だということは今までの付き合いで分かっている。
「冷静になられたようでなにより。続きを話しましょうか。まず病葉は――――」
熱の入ったルーシーの話を聞きながら時計を見る。既に1時間半になる。裏十三家のマニアというのは本当だったようで、中々止まらない。一応聞いてはいるが何百年も前の、それも不確定な出来事の話をされても困る。口を挟もうとすると不機嫌になるのがより性質が悪い。病葉と連絡を取る方法というのも、できるかどうかは別として、聞いたのでさっさと逃げたいのだが。止め時を失っていると携帯の電子音が鳴る。ポケットを確認するが俺の物ではない。となるとルーシーの物だ。ルーシーは口を止め、軽く笑ってからをしながら携帯の音を止める。すると立ち上がりこちらに目を向ける。
「長話をしてしまいましたね。用事があるので此処までということで」
先ほどまでの饒舌ぶりはどこへやらテキパキと荷物を持つとエレベーターへ向かって歩き出す。聞くことも聞いた。俺も帰ろうとエレベーターへ向かう。
エレベーターの中では会話はなく、微妙な空気が漂う。やはり一応礼を言うべきなのだろうか。礼を言うと言ったでまた面倒になりそうな気もする。だからといって言わないならそれもまた礼を失することになる。そもそもこちらは頼んだ立場なのだから、悪宇商会はともかくとしてルーシー自身に悔恨があるわけでもない。一応言うべきだろう。そう考えるがちょうど一階に着きルーシーはすぐに外へ出ようとする。それを追うように歩く。自動ドアの前で一時止まった時にルーシーの声が聞こえた。顔は外を向いたままだ。
「言い忘れていました、廃絶した方の家は虚村というんですが」
「時間無いんですよね」
「あーぁ……そうでした」
散々長話をされたのだからこれ以上必要ない情報はいらない。ルーシーが肩を竦め残念そうに呟きながら一歩進むとドアが開いた。外の冷たい空気が入ってきて、体が冷やされる。ルーシーは温度の差に身震いすることもなく歩き出す。咄嗟にその後ろ姿に声を掛ける。
「今日はいろいろどうも」
「恩を感じるならば今後とも良い関係を頼みますよ」
聞こえなくても構わないと思いそれほど声を出さなかったのだが、しっかり聞こえたようで、足を止めると此方を振り向いて随分と腹の立つ笑顔と声で返答してきた。一瞬礼なんか言うんじゃなかったと思ってしまうほどの笑顔で。
小走りで去って行くルーシーが見えなくなり、息を吐くと体の力が抜ける。やはり力が入っていたようだ。とりあえず今日得た情報は夕乃さんに話して、相談してからどうするか決めた方がいいだろうか。夕乃さんには迷惑は掛けたくはないのだが、既に知られて夕乃さんも行動しているなら、相談しない方がより怒られるというものだ。携帯を開いて夕乃さんに掛けながら駅へ向かう事にした。
黒い高級車が止まっている。周囲は人通りの少ない、高級という言葉と深い関わりがあるとは考えにくい住宅街だ。端的にいうと目立っている。時折歩いているのは買い物帰りか園児を迎えに行った保護者ぐらいだが、そのほぼ全てが通りがかりに目線を移している。園児の中には見慣れない車にはしゃいで触ろうとしたり中を見ようとする者も居たが、親が止めて無理やり引っ張っていく。触らぬ神に祟りなし。傷でも付けてしまってはどうなる事か。兎にも角にも、車に近づこうとする者は居なかった。
一人の女が、ルーシー・メイが歩いてきて、車の前に立ち止まった。すぐに扉が開き、ルーシーが中に入る。広い車内で座るなりルーシーは手を擦りながら愚痴に近い調子で呟く。
「駅から離れ過ぎじゃないですか? もう寒くて」
もちろん本当に愚痴を言っているわけではない。本題に入る前の世間話だ。その世間話に対して返答するのが既に車内で待っていた若い男だ。
「ま、冬だから。……それで首尾は?」
「問題はないですよ。近いうちに報酬払われるんじゃないですか?」
「随分アバウトな……。それは困るんだけどな」
男はルーシーの世間話を即座に切り上げ仕事の話をしようとするが、適当にあしらわれる。投げやりな返答に男は苦笑いを浮かべつつ頬を掻いた。
「あの人のすることですからね。振り回される側なのでそんな事分かりませんよ」
首を横に振りながらさらに愚痴を吐く。上司への愚痴であるがそれを気にするような人間は、運転手まで含めてこの場には居ない。男ができる事は曖昧に笑って誤魔化す程度の事だ。男に対してルーシーはニヤリと口角を吊り上げて、安心しろと告げる。
「大丈夫ですよ。自身の欲求を優先することがままありますが、仕事に関してはシビアですから。報酬を違えることもありません」
「妙な信頼関係が出来上がってるね。そこさえ確約してくれるなら問題ないけど」
安堵したようにため息を吐く男にルーシーは笑顔を顔に張り付け手に名刺を持って差し出す。それを受け取った男はその名刺に僅かに目を落とすと、ルーシーを怪訝そうに見た。
「おいおい、ちょっと気が早くないか。まだ満たしてない」
「それは残念です」
ルーシーは大げさに手を開いて首を横に振る。そして僅かに間を置いて貼り付けた笑顔をより深めて、自信ありげに答える。
「負けませんよ。あの人は」
「一回分けてるだろ? 危ない橋は渡りたくないんだ……この場合は泥船には乗りたくない、か?」
ある種の信頼がルーシーから見た上司にはあった。紅真九郎と星噛絶奈の実力差は、引き分けたことすら奇跡と呼ぶのがふさわしい程のものがある。奇跡は二度は続かない、故に契約は果たされたも同然と考えていたが、男から見ればどちらが勝っても不思議はない。一度引き分けているのだから。
お互い無言で睨み合うが、ルーシーの方が再び笑顔を顔に貼り付けて男もそれに合わせて表情を崩す。
「よろしくはまだ先にしましょうか」
「それがいい」
ルーシーから出した言葉に男が賛同し緊迫した空気ではなくなったものの、お互いに完全に警戒が解けたわけではない。会話はなかった。
もう話すことはない、少なくとも今は。男はそう考えた。
「さて、帰る。また今度」
「次に会うときはよろしくお願いしたいですね」
「会うことがあれば」
短く別れの言葉を告げる。ドアが開くと男は渡された名刺を座席の上に置いてから車を降り、そしてそのまま振り返ることなく歩いて行った。
ルーシーは名刺を手に取り、遠くに行っても目立つキツイピンクのバンダナと交互に見ながら呟く。
「虚村と崩月、どちらも捨てがたいですねぇ」
ルーシーは笑っていた。仕事でする貼り付けただけの笑顔ではない、心の底からの笑顔だ。とはいえ人がそれを見てどういう感想を持つか、中々偏りが出そうなモノではあったが。
名刺は、悪宇商会のもので、悪宇商会の文字とその下に男の名が記されていた。"
紅が復活したので。
読み返すとキャラやらなんやら矛盾するけど、仕方ないのでこのまま進みます。