「真九郎さん。何か弁明は」
夕乃さんに連絡を取った後、道場に呼び出されて正座させられている。理由は分かる。学校をサボった事だ。分かるのだがそれどころではなかったというのもこちらの言い分だ。尤も言い訳なんて火に油を注ぐことにしかならない。弁明はせず素直に罰を受ける。事情があっても事実は事実だ。夕乃さんの目を見て言葉を返す。
「ありません」
同時に夕乃さんの目つきと雰囲気が鋭くなる。普段ならば目を逸らすかもしれないが今は負い目よりも重要なことで、叱りは受けるが間違ったことをしたとは思わない。お互いに睨み合うような形になったがどちらも逸らさない。いやに時間が長く感じ、冷たい汗が背を伝う。夕乃さんが、根負けしたわけではないだろうが、目を閉じて顔を緩める。
「はぁ、今回だけは見逃してあげます。でも今回だけですからね。もうずる休みはいけませんよ」
「すみません」
「すみませんではなくて……いえ。それで何か進展はありましたか?」
夕乃さんは呆れたようにため息を吐くと、首を横に振り正面に正座する。そして俺の目を見据えて話を聞く体勢に入った。
その夕乃さんを見て思案する。夕乃さんに全て話すか手に入れた情報だけ話すか。情報だけ話してもどこから手に入れたのか追及されるだろうし、かといってそのままを話しても悪宇商会に連絡を取った事を告げれば怒られる。どこまで話していいものか。確実に話していけないのは星噛と再戦することになった事。これは怒られるでは済まないアレだけ心配をかけたのだ。最悪殴り込みでも仕掛けかねない。隠し過ぎても確実にバレる。
「はい、色々と」
結局星噛との事以外は全て話すことにした。まぁ、最善だろう。星噛との事は銀子の事が落ち着いてから話せば多分、きっと、分かってくれる。筈だ。
話を終えると夕乃さんは暫く無言で思案していたが、何か決心したようで口を開く。
「いくつか質問があります」
「答えられることなら」
「そのルーシーさんという方に予め何が知りたいか伝えていましたか」
「いや、伝えていませんけど。それがどうかしたんですか?」
隠し事がバレたかと思ったが、夕乃さんの口から出た質問はそうではなく、そっと胸を撫で下ろす。しかし疑問が沸いた。何故そんなことを聞いたのか。夕乃さんの表情は真剣で、無駄な質問とは思えない。夕乃さんの中で何か引っかかりがあるのだろう。問いに答えて問い返す。
「伝えていないという割にはルーシーさんは詳しかったようですが何故かわかりますか?」
「裏十三家マニアだそうで、実際詳しかったですよ」
「そうですか。裏十三家の……」
夕乃さんは渋い顔をする。実際に裏十三家の当人からしたらある意味でストーカーの様なものなのだから仕方のないことかもしれない。案外ストーカーにならば慣れていそうではある。いや、慣れても不快感が薄れるようなことはありえないとは思う。
僅かに間をおいてからふと何かに気付いたように声を上げる。
「ひょっとして真九郎さんが崩月の身内だから良くしてくれてる、ってことですか」
「まぁ、そう、でしょうね」
崩月の家をダシにしているようで、というか正しくダシにしていて心苦しいのだが、事実なので多少詰まりつつも答える。
「あ、いえ、責めてるわけじゃなくてですね。むしろどんどん使ってくれて構わないと言いますか、私もお祖父ちゃんも、いえ皆気にしません。むしろ喜んじゃいます。真九郎さんは私たちの家族ですから」
此方の反応を見てか、少し慌てたように取り繕う夕乃さん。最後は軽く微笑みながら家族と言ってくれる。気が引けるのだが、戦闘時には崩月を名乗るし、裏の人間からは崩月と見なされるだろう。自身の気持ちを除けば名実共に崩月の人間、だからこそ負けられない重圧もある。
どれほど良くしてもらっても未だに過去を引きずっている後ろめたさからか、一言
「ありがとうございます」
それ以外に言葉が出なかった。夕乃さんの顔に僅かに悲しみが浮かぶがすぐに消える。胸に痛むものを感じるができることなど無い。痛みを無視して夕乃さんを見る。僅かな沈黙の後、夕乃さんが誤魔化すようにおどけて見せてから先ほどまでの続きを話し出す。
「えーと。何処まで話しましたっけ? あ、そうでした。裏十三家マニアのルーシーさんが裏十三家に詳しいって話でしたね。それ自体は別にかまいませんが……病葉ですか」
「どうかしたんですか?」
「予想してても実際に名前が出てくるとやっぱり緊張しちゃいますね」
呟き目を閉じた夕乃さんに問うと、苦笑しながら答えられた。名前だけで、知る者には尋常ならざる緊張を与える。それが裏十三家。それは同じ裏十三家でも変わらないのだろう。まったく意に介さなそうな人間も数人浮かぶがあれは特殊だ。経験の成せる業とでもいうのだろうか。俺自身はもちろん、夕乃さんもその域までは達していないという事か。そう考えると、夕乃さんに妙な親近感がわく。いや、そもそも夕乃さんは崩月とはいえ裏の人間ではないのだから当然か。
「そうですね。それに名前が分かってもできる事は限られてます」
「どうしてですか?」
夕乃さんに同調するように軽く頷いて、俺の考えを述べると不思議そうに問われた。相手が相手である上に調べる事も、情報屋への繋がりが無いのだから、選択肢は大きく減っている筈だ。こんな時に銀子さえいたなら。そんな益体もない事を考えてしまう。銀子を助けるのに銀子に頼りたいなんて、何を考えているのだろうか。どれほど銀子に依存していたか、自分自身に呆れながら夕乃さんに冗談めかした言葉を返す。
「まさか直接乗り込む訳にもいかないでしょう。場所も分かりませんし裏十三家相手なんですから慎重に」
「いいですね。それにしましょう」
「はい?」
「ですから、直接、病葉の人に会いに行きましょう」
俺の発言を遮る、予想外の言葉に間の抜けた声が零れる。
夕乃さんか法泉さんか、とにかく崩月と病葉に繋がりがあるなんて話は聞いたことはない。とはいえ俺が無知であるだけという可能性も情けない事に捨てきれない。分からないことは、素直に誰かに聞くのが一番だ。今回は目の前の夕乃さん。
「病葉になにか伝手でもあるんですか?」
「私にはありませんよ」
今度は予想通りの答えだった。何処に居るかもわからない、安全の保障もない、何故いきなり危険を冒して会いに行こうというのか。相手は裏十三家なのだ。最悪の場合命を落としかねない。反対しようと、夕乃さんを説得しようとしたら、夕乃さんの方が俺の言葉を遮るように先に話し始めた。
「真九郎さん、私は崩月の娘です。分かりますか」
「それは分かってますけど、それでも危険ですもっといろいろと考えた方が」
「分かりました」
夕乃さんが意外にも簡単に考え直してくれたと内心驚き、同時に安堵するがそれは間違いだったようで、その後すぐにこう続ける。
「真九郎さんは分かっていません。私が崩月の人間であるということは分かっていても、その重大性を理解していません」
「そんなことは」
「いえ、真九郎さんは、私を守るべき対象と思っていませんか? 私を裏の人間ではないと、そう考えていないですか?」
そんなことはない、否定しようとしたが夕乃さんの言葉に遮られ、さらにその内容に声が出なかった。実際にそう思い、考えているからだ。夕乃さんは確かに俺より強い。それでも裏に関わろうとしない、裏の人間でないのだから、守るべき対象だ。その筈なのだ。しかし暗にそうではないと言っている。
崩月家は法泉さんを最後に、裏稼業から足を洗ったはずだ。夕乃さんが裏の人間の筈はない。混乱している俺をよそに夕乃さんは話を続ける。
「崩月の武術は殺すための業、というのはおじいちゃんの言葉です。本当に手を引いたなら、真九郎さんが考える通りそれで話が済むなら、そんな武術を私たちが習う必要は無いんです。それでも習うのは、護身のためです」
「それは……」
声に詰まる。護身というならつまり、狙う相手が居るという事。深く考えれば当然だ。いや、俺が馬鹿だっただけだ。裏十三家という名の重さを軽く考えていたのだ。つまりは手を引いたとて、容易く抜けられるような物ではないということだろう。そんな考えを肯定するように夕乃さんは言葉を続ける。
「真九郎さん。崩月という名も裏の世界も貴方が思っている以上に重く、暗く、深い。そう簡単に抜けられるほど生易しい物ではない。お祖父ちゃんが生きている間は構いません。でも死んだら恨みを持つ人間は崩月を襲います。そうなった時に自分の身を、家を守れないなんてあってはいけないんです。だから私もその、人を殺すための業を習っているんです」
絶句し、言葉を出せない様子の俺を前にして、淡々と普段の様子とは違って話す夕乃さん。そこまで言い切るとふぅっと息を吐いて普段の様子に戻り、重苦しい空気を払うように明るめの声で言う。
「……なーんて、全部おじいちゃんの受け売りですけど、つまり、崩月の、崩月法泉の名は真九郎さんの、いえ私たちの想像以上に畏れられているので、別に乗り込んでも害されるとは考えにくいんです。あ、一応言っておくと私は裏社会に身を浸す気はありませんよ? 真九郎さんに守ってもらいたいですから……頼みますよ?」
「夕乃さん……」
今までそれに気付けなかった事に恥じる気持ちと、夕乃さんの態度が空元気に見えてどうにも掛けられる言葉が思いつかない。夕乃さんはそんな俺の様子を見ると笑いながら話を締める。
「とにかく、崩月の名前をダシにしちゃいましょうってことです。利用できるものはどんどん使っちゃえばいいんですよ」
ダシにするという所で一瞬呆けてしまった。思わず夕乃さんを見るとやり遂げたと言わんばかりにほほ笑んでいる。ひょっとして今までの話は全部この事を伝えるだけだったのではないかと思ってしまうほどだ。利用するだけで何も返せていないことに後ろ暗さを感じているのを励ますために、さっきの話をしたのではないか。夕乃さん自身が崩月の名を利用することで、それを教えようとしているのではないか。そう考えると気持ちが急に楽になり、笑みがこぼれた。
「結局それが言いたかっただけなんじゃないですか?」
「そうですよ?」
さも当然という風に首をかしげる夕乃さんを見て、力が抜ける。もちろんさっきの話も嘘ではないがこっちが本心、不思議とそんな気がして、それは正しいはずだと思う。それと同時にかなわないなとも。実力の話もだがそれ以上に精神的な面で。今回だって結局は説得されることになったし、今後も恐らくそうだ。
「分かりました、病葉のところに行きましょう」
「では明日にしましょうか。善は急げ、村上さんの事も心配ですから」
「明日学校有りますよ?」
「今回だけは特別って言ったじゃないですか」
「今回って――」
学校よりも優先すべきことはある。例えば家族の事であったり、友人の事であったり。夕乃さんにとっても、銀子は貴重な友人なんだろう。そう考えると、不思議な喜びが込み上げる。同時に夕乃さんは本当に姉のような……姉だと思えた。心配性なくせに放任主義なのは崩月の家系だろうか。笑みが零れて思いが溢れて言葉になって出る。
「――ありがとうございます」
夕乃さんは最初目を丸くし口を僅かに動かしたが、言葉を呑み込むと
「どういたしまして」
そう言った。
「ところで、結局病葉にはどうやって会うんですか?」
「おじいちゃんの名前は重いんです」
その後二人で法泉さんと話しをして許しをもらった。学校を休むことと、崩月の名を使う事の二つは問題なく許可をもらえた。裏十三家同士である程度横のつながりはあるらしいので、期待していなかったと言えば嘘になるが、病葉への紹介までしてくれたのはいい意味で想定外だった。
と言っても、流石に無条件というわけではなかった。法泉さんから出された条件は三つ。無事に家に帰る事と必ず銀子を救い出すこと。最後に常に法泉さんと連絡を取ること。特に三つめを重大そうに言っていたが、特に問題はない。他の二つは俺も夕乃さんも二つ返事で了承するような、当然の事だった。だというのに、俺たちの返答を聞いた法泉さんは嬉しそうに目を細めて、笑っていた。それがどうにも不思議だったので、夕乃さんの方に目を向けてみると、夕乃さんも微笑んでいた。