マリオネット   作:らるいて

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その十五

 蛇に睨まれた蛙というが、ちょうどそれだ。油断していたつもりは無くてもそうではなかった。あるいはその程度の事は関係がなかった。裏十三家と知っていたが、分かってなかっただけ。想像以上だったというだけ。聞けばただの挨拶。その挨拶にのまれて、動けずにいた。

 法泉さんや冥利さんは歳は離れているが、俺のことを想ってくれていた。敵ではない、味方と言うのが正しい人たち。そうでない裏十三家は、年が近かった。今まで出会った裏十三家は実力は高くとも、知れ渡った名前程に畏れを抱くような存在ではなかった。どこか未熟で、完成されていなかったのかもしれない。

 経験と、歳と、世代と、様々なものを重ねた裏の人間としての存在感。これが本物の、スイッチの入った裏十三家なのだ。畏れられ続けてきたのは伊達ではない。何もしていない、寒い程だというのに背を伝う汗。瞬きすらできないのではないかと錯覚してしまう。拳を握り、正座している足の親指を立て、眼を見開いて。ただただ不気味に微笑む病葉を見ていた。

 

 「ようやくそれらしい空気になってうれしい限りよ。貴方達色々と足りてなかったから、ちょっとからかっちゃった。ごめんなさいね」

 

どれほど時が経ったか。口元を袖で隠した病葉からそんな言葉が聞こえた。口調は軽く声も明るいが、眼は笑っていない。当然力が抜けるはずもない。病葉はくすりと声を漏らして、軽く目を細めた。

 

「そうね。折角だからこのままお仕事のお話をしましょう。……でもそんなに硬くなってちゃ話し合いはできないと思うわよ? 二人とも疲れるでしょう? それにあんまり時間をかけるとまた、あのにっがーいお薬を飲まないといけないしね?」

 

明るい声で、今度は本当に力を抜いて、病葉はウインクしながら笑った。そこでようやく感じていた圧力が消えた。安堵から深く息を吐くと、隣からも同じ音が聞こえる。ちらりと夕乃さんを見やると目線が合った。夕乃さんも俺と同じ姿勢。角こそ出していないモノの戦闘態勢だった。互いに誤魔化すようにそそくさと姿勢を正すと、正面の病葉に向かい合う。いや、恥ずかしさではなく少しでも早く話を終わらせたかったのかもしれない。あの邪悪な物体なんて、もう二度と口にしたくはない。

 

「うふふ。それじゃ、なんで病葉の窟に来たのかしら? 戦鬼でも死ぬのよ?」

 

病葉の言葉に、僅かに顔を傾けて一瞬、夕乃さんと視線を交わす。そしてここに来た目的を、俺が話す。

 

「俺の……大切な人が、病葉の毒で――」

「薬」

 

病葉に言葉を遮られた瞬間、背筋に冷たいものが走る。恐怖、ではない。夕乃さんが説教する時のような、有無を言わさぬあの感覚だ。半ば条件反射で言葉に詰まり二の句が継げなくなってしまう。しかし、代わりに夕乃さんが伝えてくれる。

 

「――薬で操られている可能性があります。だから解毒……いえ、貴女に見て頂けないかと」

「報酬は何? 仕事の依頼をするときは相応の対価を見せなさい?」

 

病葉は試すように笑う。もちろん、その話は予想できた。報酬。分かりやすいものでいえば現金だろうか。しかし、自分で言うのも悲しいが、万年金欠で仕事不足の駆け出し揉め事処理屋が裏十三家を動かせるような現金を用意できるはずがない。であれば当然、用意できる報酬はそれ以外のものになる。だとしても俺が俺自身の力で用意できるものなど何もない。

それでも出せるものはある。周囲の環境に、崩月の家と紅香さんと多くの人に与えてもらったものだ。周囲に頼り切るようでいい気はしない。それでも、そんなつまらない意地で銀子が救えるならば安いもの。それに付け加えるならいつまでも反抗期の子供のように駄々をこねているわけにもいかない。

銀子があんな目に遭ってようやく、背伸びしているだけの、あるいは逃げているだけの自分に気が付いた。あまりにも情けないが、それはそれこれはこれ。覚悟はできた。あとは口にするだけだ。

 

 

 

 

 

 「そんぐらい別にかまわねぇけどよ、交渉は自分らでしろ」

 

法泉さんに病葉への紹介をしてくれるよう頼むと、拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれたのは驚いた。だがその後の話は自分でどうにかしろと、そういったのも法泉さんだった。法泉さんが何を言いたかったのかは理解できた。病葉が動く理由だ。報酬の話と言い換えてもいい。裏十三家に依頼するという形になるのだから、膨大な報酬が必要になる。少なくとも一介の揉め事処理屋に出せるようなものではない。崩月として動くのであれば、きっと出せるのだろう。出してくれるのだろう。頼めば、縋りつけば、助けてくれるのだろう。

 だがそれではいけない。自身の力というのは厚かましいが、俺が救わなければならない。銀子は俺の身内であって、どこまで行っても崩月にとっては身内足りえない。どれほど親しくなろうと、法泉さんが崩月として動くならば切り捨てられる程度の間柄。だから俺が動かなければならない。紅真九郎が。

同じように紫が、九鳳院に頼るわけにもいかない。九鳳院と銀子なんて崩月とのそれ以上に疎遠で、もはや無関係と言ってもいい。動かそうにもそんな権限は紫にはない。精々騎場さんが動いてくれる程度だろうか。それも彼は紫が裏十三家と関わることにいい顔をしないだろう。

紅香さんに至っては論外である。他人という訳ではないが、どうにも銀子の側に隔意があるように思える。俺個人に憧れとかそういう感情もあって、個人的な事情であの人に頼りたくはない。なにより、法泉さんと同じように自分のことは自分でどうにかしろと、そう言う筈だ。

 俺に出せるようなもので、裏十三家を動かせるものなんてない。少し考えただけでたどり着くような回答。金は言うに及ばず、例えばルーシー・メイが俺に求めているものは裏十三家である崩月との繋がりと個人的な趣味だろう。それでさえ崩月を直接ではないとはいえ利用しているもので、俺個人のものではない。星噛絶奈は俺との戦い。これも崩月の戦鬼であり、徹底的なハンデの末とは言え自身と引き分けた敵への執着。

共通点は崩月の存在。それ以外に何もないとも言える。だからこそもう諦めて崩月との関わりでもなんでも、その上で考える。病葉にとって動くに相応しい対価とは何か。例えばルーシーの求めるようなコネあるいは興味。法泉さんが連絡を取れる時点で意味の薄いこと。星噛の求めるような闘争。既に廃業して、一線を退いている家がそんなものを求めるわけはない。

 

「ま、覚悟ができたら来な。日付はそん時決めて――」

「待ってください!」

 

悩んでいる俺にそれだけ声をかけて歩き去ろうとする法泉さんをとっさに止めた。法泉さんの言葉を聞いた瞬間に、病葉を説得できるかもしれず、俺が出せるものを見つけたからだ。だがそれは崩月に迷惑をかける事になるし、今までしてきたことを否定することにもなる。そして、結局崩月に頼ることになる。

 

「……どうした」

「法泉さん、俺……俺を――」

 

わがままをやめて大人になるには丁度いい機会だ。銀子は怒るだろう。しばらく口を利いてくれないかもしれない。それでもなんやかんやで認めてくれるはずだ。

そんなことを考えながら目を閉じ深呼吸。覚悟を決めて目を開く。

 

「――崩月にさせてください」

「え?」

 

その言葉に固まったのは法泉さん、ではなく俺の隣にいた夕乃さん。法泉さんはふんと軽く鼻で笑っただけ。声を出したのは夕乃さんだ。

 

「っと……どういう意味ですか?」

「そのまんまというか、面倒見てくださいというか……」

「崩月に……ですか? それってつまり私と、という訳でもないですよね」

 

確認するように、それでも僅かな期待を感じさせる声色で、そう聞かれた。申し訳ないが、その通りだ。夕乃さんと結婚したいという訳ではない。回答はもっと単純なもの。

 

「崩月の家で暮らさせてください。昔みたいに」

 

言うと法泉さんの目つきが鋭くなり、夕乃さんは反対に目を丸くした。

 

「自分の意志で出て行ったのに、またわがまま言っているのは分かります。」

「そりゃ構わねえよ。全員喜ぶだろうしな。夕乃」

「はい。凄く喜びます。すごく喜びます」

 

浮かれた様子の夕乃さんを見て、溜息一つ。それから法泉さんは空気を緩めず続きを促してくる。

 

「でだ。そうするとどうなる」

「病葉を動かせるかもしれないものが、出せるようになります」

 

俺が持っていて、病葉が動く可能性のあるもの。それは――

 

 

 

 

 

 「――――五月雨荘の一室。それが俺が出す報酬です」

「へぇ……そう……不戦の約定……」

 

五月雨荘、その言葉を口にした瞬間病葉の目つきが鋭くなる。そして病葉は僅かに俯き口元を袖で隠すと考え込むように目を閉じた。法泉さんのお墨付きとはいえ緊張する。通るとは思うがこれでダメだった場合出せる物が本当になくなってしまう。自然と息を呑む。

 

「いいわ。及第点を上げましょうか」

「それじゃあ!」

「えぇ、貴方達の依頼を受けましょう」

 

しばしの空白の後、了承の返事を得た。ほっと安堵の溜息を吐き、夕乃さんと顔を見合わせどちらともなくわずかに笑った。

 

 

 

 

 

 崩月からの突然の来客、真九郎と夕乃の二人との商談が終わって室内には紅葉(くれは)が一人残されていた。部外者の二人は家主である紅葉に一言礼を言うとそそくさと出て行った。よほどあの予防薬が堪えたのだろうかと紅葉は口を緩めた。ああいう反応が見たくてあの味にしているのだ。出入り口の監視カメラの映像を後で見て更に悦に浸ろうか。そんな風に紅葉が嫌なことから目を逸らしていると部屋の戸が開いた。

 

「婆。終わったのか」

 

娘の朽葉(くちば)だ。老婆のような見た目の自身と、人によっては十代に見ることのあるだろう容姿の娘。祖母と孫のような見た目ではあるがお腹を痛めて生んだ実の娘だ。それはそれは可愛らしい。だが一つ気に入らない。

 

「始まるのよー。あーやだやだ」

 

終わったのは交渉と呼ぶのも憚られる出来レースの商談。あの崩月法泉が背後にいる時点でそれは脅しと変わらない。殺し合えばそれこそ両家が廃絶する。来たのが素人二人だったからこそ険悪な雰囲気にはならず、からかう余裕すらあったが。

始まるのは、何度目になるかもわからない戦争。小規模で終わると紅葉を見ているがどう転ぶかなんて全く分からない。あの家がこちらに矛を向けるなんてことはそれこそもう無いだろうが、巻き込まれたくはないのだ。仕事を受けたからには完全に遂行する。それが常識であり誇りだ。する事なんてないだろうが、その時はあの少年に興奮剤でも上げればいい。戦うのが彼なら役に立つはずだ。

 紅葉はこれから起こるだろう出来事を考えながら、娘にそれを察知させ無い為に話題を逸らした。

 

「それから朽葉ちゃん。私はまだ婆なんて年じゃありません」

「見た目が婆なら婆だよ」

「またひどい事を言うー。まだぴちぴち……うぅん。いい感じに熟れて体を持て余すお年頃よ? 四十よ?」

 

病葉の見た目は還暦は迎えているだろう老婆だ。これは病葉当主を受け継いだ時、身に宿った毒が原因だ。本当にきつかった。本当にやめたかった。心身ともに苦痛で耐えられなかった。娘にあんなことはさせたくなかった。何より自身も死にたくなかった。だからこそ病葉は私の代で終わらせるのだと決意した。

 

「なら男漁りでもして来い。若作りは得意だろ? 証拠は残すなよ」

「そんな無差別殺人しないわよー。引退してるんだから。あ、体を持て余すのは本当だから夜中部屋を覗いたりしちゃだめよ?」

 

そんな決意を微塵も感じさせないほどおちゃらけた態度で娘と話す紅葉。考えているのは今後の展開。

 

 

 

虚村と崩月の幾度目かになるかも分からぬ戦争のこと。




少しくどい気がする。
三か月ぶりならセーフ。
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