マリオネット   作:らるいて

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その十六

 家から車を走らせ数時間。ようやく見えた目的地である山浦医院には、昨日、窟までやってきた崩月の若者二人に加えて、童女が一人立っていた。間違いなく初対面の筈だが見覚えのある子供。はて誰だろうかと、頭を回転させながら山浦医院の駐車場に車を止める。そして、車から降りると思い出す。同時に憂鬱になる。厄介事の種だ。そういえばそうだ。紅真九郎と一緒にいる子供。見覚えある筈だ。少し前にテレビによく映ってた。九鳳院紫。表御三家まで関わってる、という訳ではないだろう。九鳳院紫が紅真九郎を個人的に慕っているだけ。そういったごたごたを聞いた記憶がある。

 車から降りた私を迎えた三人の肩書は、崩月の戦鬼に表御三家のご令嬢。どんな重要人物ならこんな豪華になるというのか。私がここに来た原因がただの友人というから驚きだ。裏の関係者と言っても納得してしまう。どこぞの結社の幹部とか。まあ巻き込まれただけだろう。虚村なら一般人の一人や二人や十や二十、三桁さえ……あぁ、いやだ。考えを打ち消すように軽く頭を左右に振ってから、なぜか固まっている三人に声をかける。

 

 

 

 「昨日振りね」

 

中の様子が全く分からないような黒塗りの車から降りて姿を現したのは、黒い布を被った怪しい奴。声からするに病葉朽葉(わくらば くちば)。想像していた通りの見た目ではあったが、やはり少し驚く。紫はことさら驚いているだろう。昨日の俺たちのように。同時に警戒しているのか俺の服を掴み一歩体を寄せてくる。

挨拶だけした病葉は、俺たちに関心を示すことなく山浦医院を見て、そのまま入口へ向かう。俺たちを通り過ぎて、入り口の扉の前に立ち、扉に手をかけて、一言。

 

「診てほしい人は中でしょう?」

 

振り返ったのか、布がわずかにこちらに動く。もとに直ると扉を開けて歩き出す。ここで慌てて病葉を追おうとして、僅かな重さを感じて一時停止。紫の頭を軽く撫でて、裾を掴んでいた手を取り、今度こそ病葉を追いかける。

 

 山浦さんに頼んでいたおかげで山浦医院は無人であり、あからさまな不審者である病葉が入っても注目する人はいない。個人で経営する医院に相応の短い廊下では話す暇もなかったのだろう。歩き終ると銀子のいる部屋の前で、病葉に質問された。

 

「生きてるのよね? 何か異常はないのかしら? ご飯は食べてる?」

 

当然銀子のことだ。俺を見て取り乱したとはいえ、それ以降不審な行動は無い。山浦さんの話を聞く限りでは、ご飯も三食欠かさず食べてるし異常はないらしい。落ち込んでいる様子なのは俺を刺したことに対しての申し訳なさからだろうとのこと。ただ、それでも、俺が会うのは控えた方がいいという。そう伝える。

 

「貴方を見て……そ。異常なしなのね? 副作用も何もないのね? ……はーぁ」

 

確認するように聞かれ頷くと、病葉は深く溜息を吐く。どうかしたのかと問う前に病葉は手で制する。

 

「もういいわ」

 

病葉はその手をそのまま横に移動させ扉に手をかける。実際にわずかに扉を動かして、止めた。

 

「誰も来ないでね? 邪魔だから」

 

冷たい声でそういうと握っている紫の手に力がこもる。俺と夕乃さんは昨日これ以上の威圧感を感じたこともあり、必要以上に緊張はしない。承知したと伝えるために頷く。夕乃さんと目配せをして扉の影になる、相手も見えない位置に体を移して壁に寄りかかる。それを確認すると病葉は、病室の中に入っていった。

 

 

 

 病葉が部屋に入ってからしばらく経つ。それまで静かだった病室の中からガラスの割れるような、大きな音がした。驚いた俺と紫、夕乃さんの三人は咄嗟に扉を開けようとする。手をかけて、扉を思い切り引く。

 

「来ないで! そのまま待っていなさい!」

 

勢いよく、扉が十センチほど空いたところでその声が聞こえる。しかし十センチもあれば中を見るのも、中から外を見るのにも十分だ。銀子と目が合った。割れた花瓶を持ち、眼を血走らせた銀子と。扉を閉めるのも忘れて、いや、逆にさらに開けて中に飛び込んでしまう。

 

「銀子!? なにしてるんだ!?」

「真九郎……なんで、までゃ!?」

 

銀子は嬉しそうに俺の名を呟き、一歩歩くが、俺の奥の夕乃さんを見ると眼を見開いて、花瓶を振りかぶる。止めようとした俺が銀子の元にたどり着く前に、病葉は銀子の顔にどこからか取り出した布を当てる。次の瞬間に銀子は奇声を上げると同時に大きく体を震わせる。俺が駆け出すと、病葉は銀子から離れる。銀子が硬直しその場から後ろに倒れそうになったところでたどり着き支える。病葉に向かって叫ぶ。銀子の手から滑り落ちた花瓶が地面に落ちてさらに砕けたが、俺の声がそれをかき消した。

 

「どういうことだ!」

「そんな敵意を持った目で見ないの。三人ともよ? まったく。結論から言うけどね。病葉の薬の影響はゼロ」

 

病葉から視線を外さず銀子をベッドに寝かせ、布団を掛ける。それを見た病葉は銀子にあてた布をひらひらと振るう。

 

「気付け薬みたいなものよ。もう無害の布切れ」

「……それで」

「せっかちねぇ。でもそうでもないのかしら? まいいわ。彼女がおかしくなったのは病葉の薬の影響じゃありません」

 

一瞬、病葉から紫に視線を向ける。夕乃さんが扉をふさぐように立っていて、その後ろに紫が居た。紫は人の嘘がわかる。その反応で病葉が嘘を言っているか、見抜こうとした。別段合図を送ったわけではないが、紫は縦に首を振った、白だ。視線を病葉に戻す。

 

「じゃあなんでこんな状況になってるんだ」

「心当たりがあったから、発動条件を調べてたのよ」

 

白だ。心当たりとはなんなのか。知らず、体に力が入る。

 

「そんな怖い顔をしないの。どんと構えてなさい。戦鬼の系譜でしょう」

「病葉の薬じゃないならなんなんだ!」

「はぁ、虚村の暗示にかかってるわ」

白。……白?

「虚村……? 虚村は廃絶してるはずだ、いったいどういう――」

 

虚村は廃絶している。情報源はルーシー・メイ。裏十三家マニアを自称する彼女の情報ならば信憑性は高い。金銭の動きはないが、対価を出した取引、それも顧問役の星噛絶奈まで噛んでいるのだから、嘘をついているとも考えられない。悪宇商会としての信用に関わる話だ。廃絶の情報が信頼できる以上、虚村が銀子にどうこうしたというのはありえない。だが、紫も嘘をついていないという。動揺する俺に対して、病葉は呆れたような声色で言葉を遮る。

 

「――確かに廃絶しているわ。けれど、あの家に限ってはそんなものは何のあてにもならない」

白。

「どういうことだ?」

「貴方達。虚村の歴史は知っているかしら?」

「いや、知らない」

「そう。なら教えましょう。虚村は血気盛んな家でね。事あるごとに、他の裏十三家に戦争を仕掛けてるの」

白。

「そんな家だから大昔、裏十三家が手を組んで滅ぼしたらしいわ」

白。

「それでもあの家は突如として復活した。また他の家に戦争を仕掛けて、滅ぼされて、時々滅ぼして。そんなことを繰り返してる家なのよ」

白。

「今の標的は崩月。十年前に法泉さんが皆殺して決着、にはやっぱりならなかったみたいだけれど。……ところで――」

白。

「――警戒するならちゃんとしなさい」

「っ!?」

とん、と音が鳴り目の前には真っ黒い物体が。思わず右手を振るう。黒い物体、病葉が後ろに下がると右手は空を切りそうになる。咄嗟に一歩踏み込むと病葉の被る布に手が届く。拳を開いて布を掴みこちらに引き寄せる。しかし布は何の抵抗もなく病葉から離れ俺の右手に引かれるままに俺の脇に落ちる。瞬間、悪寒が体を駆け抜ける。手で掴む布を投げ捨て全力で一歩下がる。

 

「あら、驚かせちゃったかしら? でも、ね。会話中によそ見なんて、傷つくじゃない? なにより、そんな半端じゃすぐ死んじゃうわよ?」

 

それは、昨日感じた威圧感。だがその姿は昨日とは違う。一言でいうならば防護服。映画くらいでしか見たことのない重装備だ。顔どころかその肉体は僅かさえ見えない。姿が変わっても変わらない威圧感。二度目とはいえ、そんなものは関係なく動けない。これを乗り越えるには、たぶん、経験が必要だ。そう直感した。心構えだけでどうにかなるほど生易しいものではなかった。病葉は動けなくなった俺を気にする様子はなく、その場で身を翻し夕乃さんと紫の方を向く。夕乃さんは俺と同じように、身を動かせないでいるのだろう。紫は顔を青くして、震えている。それを認識して尚動けない自らに憤りを感じ、歯を食いしばり、拳を血が出るのではないというほど固く握りしめ、病葉から目を逸らさない。

 病葉は二人に向かって歩き出す。僅かな距離を普通に歩いているだけなのに、途方もない時間を掛けて一歩を歩いているかのように錯覚してしまう。打ち上げられた魚の様に口を動かす。声は出ない。病葉を止めなければならないのに気持ちばかりが急いて、何もできない。とうとう紫と夕乃さんに手が届くほどの距離に近づく。そしてその手を紫に伸ばそうとする。その瞬間に、ようやく、体が動いた。

 

「……俺がっ! 悪かった、です、ごめんなさい」

 

そう叫ぶと病葉の動きがピタリと止まる。そして病葉はゆっくりとこちらを向く。それに併せて悪寒も、威圧感も収まる。明るい口調で病葉が言う。

 

「え? と? あら? あ、こちらこそごめんなさいね。つい癖で。敵意を向けられるとね。えぇ。本当。怖がらせるつもりはなかったのよ」

 

病葉はそう言いながらしゃがみ、紫と目線を合わせる。そして本当に申し訳なさそうな声色で謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんなさいね。本当に」

 

病葉は立ち上がるとこちらを向き歩き出す。途中で黒い布を拾い、再びそれを被る。その場でくるりと一回転。何事か納得した様子で頷く。一通りの衣装確認はすんだのか、紫を指差す。

 

「便利な子ね。それに強い子。表御三家にはもったいないくらい。大切にしなさいね」

 

肯定の返事をする。紫の様子を見ると。顔に血の色が戻り健康的な色になっている。目元に光るものが見えるのはご愛敬だろう。夕乃さんは警戒を解いたわけではないらしく、紫を守るように傍に立ち、病葉を見つめている。病葉はそれを意に介した様子もなく世間話でもするように語りだす。

 

「どこまで話したかしら。そうそう。十年前に崩月と虚村で戦争があってね。だから報復として貴方が狙われてるんじゃないかしら」

「どうして、俺を?」

「だって崩月、一線を退いたじゃないの。もう家業を止めるというなら。未だにこちらに居るあなたを狙うのはあの家にとって当然の帰結でしょう。彼らは化け物の絶滅に執着しているんだもの」

「十年前に戦ったのは法泉さんだ。法泉さんを狙わない理由は。銀子が襲われたのは」

「あの崩月法泉に勝つ戦力が用意できないから。貴方に親しい人間で楽だったから。こんな感じだと思うわよ」

 

俺を狙っての行動。俺を狙ったが故に銀子が襲われた。想定していたとはいえショックだ。だがそれ以上に嬉しかった。銀子が自らの意志で俺を刺したわけではないという、病葉から、裏十三家からのお墨付きだ。やっぱり銀子はただの被害者だったんだ。安堵が過ぎると浮かんでくるのはルーシーへの怒り。いや思い返せばそれらしい行動はあった。言い逃れようと思えばいくらでも言い逃れできるだけの状況を、奴は作っていた。誘導されていたのだろうか。いや、俺自身の迂闊さ故だ。早く、連絡を取らなければ。そう考えた瞬間に世界が瞬いた。

 

「あ、れ?」

「詳しい話はまた今度。こんな風通しの悪い場所なんて。ふふふ、いい経験でしょう?」

 

病葉の声を理解しようとする間も色が次々と移り変わる。色が変わり明滅して最後に黒く染まって。意識が、途切れた。

 

 

 

「真九郎さん!」

 

紅真九郎が倒れると後ろから悲鳴にも似た金切り声が聞こえる。同時に地面を蹴り出すような音も。振り向かずしゃがむ。風切り音と共に頭上を何かが通り過ぎる。相変わらず崩月の人間は血気盛んだ。しかし、それは悪手。

 

「うっ……真九郎さんに何をしたん、で……」

 

そう言葉を残して崩月夕乃は倒れた。見ると九鳳院紫もすでに倒れている。あらかじめ近づいておいてよかった。崩月は頑丈だからこの程度では倒れない可能性もあったが、頭に血が上って急に動いたからだろう。存外簡単に薬が回ってくれた。

 

「さてと」

 

邪魔するものはない。まず紅真九郎の懐に、戦闘用の興奮剤と今回の所見を書いた診断書、それから個人的な手紙を忍ばせる。次に窓を開け放つ。扉も開けたままで固定する。そう強くない薬だ。換気さえしておけば1時間で後遺症もなく起きるだろう。必要な情報は渡したし、当初の患者を診るという仕事も果たした。これ以上此処にいる理由はない。

 

「帰りましょう」

 

 




9ヵ月ぶりです。ごめんなさい。
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