マリオネット   作:らるいて

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その十九

 動く気力も湧かず病室の扉に体を預けていると、夕乃さんと紫が心配そうに待合室からこちらをのぞき込んでいるのに気が付いた。悲痛に歪みそうな顔を、必死にこらえている紫。物憂げな夕乃さん。どちらも隠そうとしているんだろうけど、分かりやすい。そんなに時間を掛けてしまったか。そう思って時計を確認する。経過していた時間は、二人が病室を出て二時間ほど。結構なもの。それは心配もするか。

 立ち上がると扉に張り付けられた銀子の名前が目に入る。我ながら本当に未練がましい。覆水盆に返らずなんていうけど、吐いた言葉は呑み込めない。できるのは、上塗りすることだけだ。だから俺は最後に一言。扉に手を当てながら、その手に額を当てながら。

 

「銀子。行ってくるよ」

 

 これは自分への決意。声は大きくないし、当然返事もない。あんなことをいって、それで声を掛けようなんてそんな虫のいい話はない。でもこうでもしないと俺が動けなくなる。一歩も進めなくなる。予想以上に自分へのダメージが大きい事と、自己中心的な思考にもう何度目か、内心嘲る。

 身を翻して、二人の方向へ一歩進む。もう一歩。更に一歩。三歩も歩けばあとは勝手に動く。動くしかない。

 そのまま進んだ俺を迎えた二人は、表情を明るくするでもなく、むしろ余計辛そうにしている。夕乃さんは何かを口にしようとして、思いとどまった様子で俺から目を逸らす。紫は違う。思ったことをそのままに出す。感情のままに吐き出す。

 

「真九郎」

「どうした」

「銀子と何があったか、何をしたのかは聞かない……だが、でも! そんな辛そうな顔をしないでくれ。そんな悲しそうな顔をしないでくれ。何も聞かないから、せめて泣いてくれ。言わなくていいから、苦しい時は……泣いてもいいって、言ったじゃないか……」

 

紫の言葉がそのままストンと腑に染み込んでいく。心が温かくなる。俺は確かに救われた。かつてと同じように。それが人間だと言われた。それでも言えない。感情のまま、思うままに行動する、できる紫が少し羨ましくて。それでもそれに応えるわけにはいかなくて、俺は笑う。自分でわかる程下手くそな作り笑い。他人から見れば曖昧ですらないだろう。

 

「そう、だな」

 

相談して、泣いて、全部ぶちまけてしまえば、楽になるかもしれない。紫の言う通りに。でも、この事に関してだけはそういうわけにはいかない。揉め事処理屋をする上で、いずれは乗り越えなければいけない事。これは、少なくとも今だけは、抱えなければいけないことだ。

 

「全部、終わったら。そうだ。それがいい。全部終わったら話すよ。今はそれで、その、な。……勘弁してくれないか」

 

返事はなく紫は下を向く。直前にわずかに見えた顔は悲しそうで、悔しそうで、唇を噛んで、真一文字に結んでいた。さらに見下ろせば拳が握られている。思わず、手が紫の頭に伸びそうになるが、堪えて、行き場の失った手でそのまま頭を掻く。

 

「……それで、これからどうしますか。もう一度ルーシーさんへ確認を取ってもらうのは確定として、別の手段……頼りきりになりますがおじいちゃんに頼みましょうか」

 

タイミングを見計らっていたのだろう。夕乃さんが話題を切り出す。それは夕乃さんの意志表示。俺や銀子のように声が震えていたわけではない、紫のように感情が乗っていたわけでもない。それでも葛藤の末のものだというのは分かる。声色ではなく、体の動き。手遊びが止まらない。不自然なほどに落ち着きがない。

 

「いえ、これ以上法泉さんに頼るのは、ちょっと違う気が」

「でも、他に伝手はあるんですか? 私たちがすべきことは、一刻も早く村上さんを救う事です。ですから、手段を選んでる余裕はありません。真九郎さんが今回も、無茶したせいで、村上さんがどうなるか分からないんですから。安静って言われてたのにあんなに声を荒げて……ここまで聞こえてきたんですよ。村上さんの声。堪えるの大変だったんですから……紫ちゃんが」

「銀子については、もう問題ないと思います。心配かけるぐらい騒いじゃいましたけど、それでも銀子は俺に攻撃しなかったんです。もちろん、自分にも」

「だから、問題ない。ですか」

「はい」

 

夕乃さんは話が始まると落ち着いたようで少し体の動きが収まった。いつのまにやら紫も視線を上げて訝しげにしている。僅かに涙でにじむ潤んだ瞳。紫と目が合うと思わずドキリとする。紫は嘘がわかる。隠し事にも異常に鋭い。だから疑われているかもしれないと緊張してしまう。いま、俺は二人に隠し事がある。

 

「まて。何故それで銀子が大丈夫になるんだ。暴れなかったのは、確かにいい変化だと思う。でもこういうのはケイカカンサツが重要になるんじゃないのか?」

「ん? ほらあの手紙に……あっ」

「手紙?」

「そういえば言ってなかったか。病葉の手紙が残っててな。そこに虚村の技の解き方が書いてあったんだ。それを満たしたから銀子はもう大丈夫ってことだ」

「そうなのか」

「うん。そうだ」

 

紫は一応納得した様子で頷く。誤魔化せたようで内心、胸をなでおろす。紫に手紙を見せていなかったのはわざとだ。今言ってしまったのはうっかりだ。もし紫が手紙の内容や、あるいはあの白紙の紙に疑問を持てば、嘘がつけない以上なし崩し的に薬のことがバレる。使うつもりはない。使わなくてもやって見せる、が。いざという時の保険は欲しい。

 そんな俺の気持ちがわかったわけではないだろうが、紫は俺に手を差し出した。何を言いたいのか分かる。分かるが、分からないフリでもしようかと、一瞬迷って、諦めて。封筒を渡す。

 紫は封筒から紙を取り出す。そして三枚の紙を眺めて、それを読む前に俺に聞いてくる。

 

「この白紙はなんだ?」

 

心臓の音が更に大きくなる。下手な事を言えばウソとバレる。かといって返答しないのもおかしい。意味もなく夕乃さんの方に目線をずらす。夕乃さんと目が合うと、夕乃さんはキョトンと首をかしげて、何かに気づいたよう様子でウインクをしてから、紫と目の高さを合わせた。

 

「手紙というものは二枚以上書いて送るものなんです。これは一枚だと失礼になってしまうからです。いくつか由来がありますが、今はいいでしょう。そういうもの、とだけ覚えれば問題ありません」

 

夕乃さんが助け舟を出してくれた。俺が知らないと勘違いしたのだろう。いや、それほど正確には知らないので勘違いでもないが。とにかく、呆気に取られてしまったが、途中から夕乃さんに合わせて首を縦に動かして頷いてみる。紫は感心した様子で息を漏らす。ひとまず乗り越えた、そう思った瞬間。

 

「というわけです。真九郎さん。分かりましたか」

 

泥船だったらしい。夕乃さんが立ち上がって、俺に話を振ってきた。なんと返したものか。紫を見る。こちらを見上げている。正直になんとなく聞いたことありますとでも返せばどうなるだろうか。そのことから薬のことがバレる可能性。低い。はず。嘘ではない。そもそもこの問いは紫のものと違い白紙の意味に関するものではなくそういう文化があるというものだ。うん。大丈夫。のはず。

 自分を説得して正直に返すと夕乃さんはそれを聞いて頷いてから、先の言葉に付け足した。

 

「はい、覚えておいてください。……と言っても、もうほとんど重要視されていない文化ですから、親しい人になら手紙を送るときは一枚で送っても問題ないと思いますよ。それに、最近はメールもありますしね」

 

夕乃さんは、流石は病葉さん、と続けると言葉を切った。紫は手紙を読み始めている。夕乃さんにもおかしな様子はない。バレてない。たぶん。見て見ぬフリをしてくれている可能性はあるが、それならそれで問題はない。やるせなさとは別に申し訳なさで胸がいらつくが大丈夫だ。

 

 夕乃さんと当たり障りのない会話を数分程度していると、紫が手紙を読み終わったようで、声をかけてくる。

 

「読み終わったぞ。それで、この手紙はどれくらい信じられるんだ? 私は手紙を書いたという病葉と会話してないからな。真九郎と夕乃からみて、病葉は信用できるのか?」

 

紫の言葉に押し黙ってしまう。紫の質問に浮かんだのは裏十三家の人間。病葉ではない。星噛絶奈。あいつですら、仕事には真摯だ。約束は守る。あの一件から時間は経っていないが、紅香さんやその関係者に手を出したという話は聞いていない。忠告の為だけ……かどうかは今は怪しいが、わざわざ、俺に会いに来てもいる。少なくとも裏十三家で、仕事に忠実でない人間なんてありえない。そんな思考に浸っていると夕乃さんが先に答えた。

 

「……正直言うと私は信用できません。真九郎さんを攻撃しましたし……。ですが、私はおじいちゃんを信じてます。信用できないような相手なら、おじいちゃんが言ってくれると思ってます。真九郎さんのことも信じています。真九郎さんが、村上さんはもう大丈夫って言うんだったら信じます。だから、病葉さんは疑わしいですが、ひとまずは信じます」

「嘘ではないと思う。人間的にどうこうはともかく、これが仕事の話で、病葉が裏十三家だから、これに間違いはないはずだ」

 

夕乃さんの言葉が一区切りついて、結論が出ると、俺も自分の考えを言う。

 紫はしばらく俺と夕乃さんを見比べた後、安心したように笑って頷く。

 

「そうか。なら、私は真九郎と夕乃を信じる。……銀子はもう、大丈夫なんだな」

 

 心底安堵したように、うれしそうに紫はつぶやいた。俺にも聞こえたし、夕乃さんにも聞こえたのだろう。夕乃さんがその言葉を拾った。

 

「はい。そのはずです。だからこの件はこれで、一件落着。にする気はなんですよね。真九郎さん」

「銀子が救われたのに、真九郎はまったく嬉しそうじゃない。まだ終わってないんだろう?」

 

紫と夕乃さん。二人は別々の言葉を話しながら、同時に俺を見る。真剣な目。そこにある感情は一緒なんだろう。俺の覚悟を問うている。正直言うと、これ以上二人に関わってほしくはないが、二人はそれを許さないだろう。今回の目的は銀子を救うこと。だがそこに新しく追加された。

 二人には話さなければいけない。銀子に話したことを。俺の今後の進路を二人に説明して、受け入れてもらわなければいけない。銀子ほどの否定はないだろう。紫は最初から俺の仕事を知っているし、夕乃さんも裏十三家の人間だ。だから必要なのは俺の意志表示。これはその最終確認。

 

「銀子を襲った相手に……いや、裏の全ての人間に伝えなければいけない。銀子にも。紫にも。夕乃さんにも。俺の身内に手を出させない。皆を危険にさらさない為に、俺自身が前に進むために。絶対に許さないって知らしめなきゃいけない。だから、俺はこの敵を、虚村を、殺す」

 

紫も夕乃さんも目を丸くしている。まさに絶句という表情。予想外だ。二人ともてっきり察しているモノと思っていた。不思議に思っていると、ある考えに至る。ひょっとして銀子は救われるが別の問題がでたと思っていたのか。だから俺の様子が変だと思っていたのだろうか。だったら、わざわざ伝える必要はなかった。無駄に二人に心労をかけるだけだ。慌てて言葉を考える。だが、それよりも先に二人が状況を呑み込んだ。俺より先に夕乃さんが声を出す。

 

「真九郎さん、それは。二度と戻れませんよ」

「望むところです。もとから、そう願っていたんですから」

「私は、いえ。分かりました。だったら私から言う事はありません」

 

淡々と告げる夕乃さんに答えるとすぐに紫の声。

 

「私と夕乃は真九郎を見届ければいいんだな」

「え、いや、待っててくれれば」

「だめだ。私はその場でそれを見る。真九郎と同じように、私にも、しなければならないことがあるんだ。真九郎が人を殺すその場で、私は殺される人を見なければいけない。もちろん、人を殺すことはいけない事だ。そんなことは私も真九郎も分かっている。だからこそ、私はその場で真九郎の悪事を見届ける。……じゃないと私は苦しむ真九郎を抱きしめられないからな」

 

紫の言葉を否定しようとしてさらに拒絶される。そして最後の紫の、歳を勘違いするほどの慈愛に満ちた表情で伝えられた言葉に急に体が熱くなる。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。紫みたいな子供になんてことを言わせているのか、自分が心底情けなく感じる。それ以上に、感謝とも、喜びとも違う不可思議な感情が溢れ出て、鬱屈とした心を塗りつぶしていく。知らず知らず口から声がこぼれる。笑い声だ。おかしい。笑うような状況じゃない。

 あぁそうか。これは安心感だ。心強さだ。人を殺すなんて言って、紫に拒絶されるのが怖かったのかもしれない。人を殺すことそのものよりも、周りに拒絶されることの方が怖かったのだ。夕乃さんは裏十三家の人間だから、最終的には受け入れてくれるだろう。それでも、銀子のような反応が正しい。だから、紫に否定されるのが怖かったんだ。だから受け入れられて、安堵して、笑ってしまっているんだ。

 まったく情けない。本当に情けない。全然覚悟なんてできていなかった。

 

「あぁ、ありがとう」

 

知らず、口から言葉がこぼれる。紫は嬉しそうに笑って、夕乃さんは複雑そうに、それでも優しい目でこちらを見つめていた。

 

 もう、病葉の薬は要らないかもしれない。漠然とそう思った。

 

 

 




真九郎と今後歩んでいく以上、これも必要な事です。
ぐずぐずと共依存になるか、良き仲となるかは当人次第。紙一重。
一応後者のイメージで書いています。
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