マリオネット   作:らるいて

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その二十一

 (みす)誠次郎(せいじろう)。十八歳。現在はフリーの揉め事処理屋。家族は八歳離れた妹が一人。両親及び親族はいない。

 十一の頃に両親が自殺。理由は不明。親戚に引き取られる。その親戚も一年ほどで交通事故により死亡。その後は孤児院に預けられるが、その孤児院も火事で焼失。生き残りは彼と妹だけ。

 その後、仕事で来日していた欧州を拠点とする揉め事処理屋に拾われ、見習いに。妹の方は現地の学校に通い裏とは無関係の模様。以来、そのまま欧州の組織に所属していたが一月半ほど前、ちょうど紅真九郎と星噛絶奈が引き分けた直後に離脱。間もなく渡日。日本にやってきてからは紅真九郎の周囲を探っている様子。

 銀子を襲撃したという人間の略歴。封筒から取り出せばすぐに見える、資料の一番上。どこかで見たことあるような、どこにでもいそうな、特徴のない顔の男。正面脱帽写真。まるで受験票のような印象を受ける没個性な代物。それが逆に、裏の人間としては不自然に感じる。

 

「……銀子を襲ったのは虚村じゃないのか?」

 

資料を見て思うところがないわけではない、それでもまず名前を見て思った疑問。それがそのまま口をついて出た。病葉の診断によれば、銀子は虚村の業を受けたという。騎場さんも人間を操るならば病葉か虚村であるという。病葉はともかくとしても、騎場さんは信用できる。取引相手、という意味で病葉も白と仮定する。

 

「名前なんていくらでも偽装できるし、この翠誠次郎がすでに虚村に操られてる可能性もあるわ。とにかくなんらかの繋がりがあることは、間違いないと思うんだけど……」

「銀子でも調べられない、か……」

 

呟いた言葉を銀子は耳ざとく拾ったようで、すこし、ムッとした表情を浮かべた。

 

「仕方ないでしょ、この家は裏十三家でも滅ぼしきれてないんだから」

「何度も廃絶してるはず、ってやつか」

「そう。それだけの隠蔽能力や生存能力があるってこと。血筋じゃなくて能力の……待って」

 

言葉を続ける途中で何かに気が付いたようで、口を止める。待てばさらに逡巡したあと、半目でこちらを見てきた。疑惑の眼差し。

 

「……どうやって知ったのよ」

「えっと、なにがだ?」

 

どうやってが単純に方法を指しているのか。あるいは廃絶の事実に関することか、銀子が何に気が付いたのかわからない以上、下手なことを言ってしまえば全部吐かされるのは間違いない。だから、誤魔化すわけではなく、質問の意図を聞き返す。

 

「虚村って、どうやって絞ったのかしら」

「あー、えっと、その、銀子に刺されたろ? それで、銀子がそんなことするはずがないってみんなで、俺と夕乃さんと紫の三人な。それで悩んでたら騎場さんが人を操れるとしたら、虚村か病葉って教えてくれたんだ」

 

銀子は黙って俺の言葉を聞いている。病葉の家に直接乗り込んだことは流石に言えない。言葉を選びながら、口に出していく。

 

「それから三人で調べたんだよ。法泉さんや騎場さん……ルーシーさんにも頼って」

「そう、あの二人にも。それで、ルーシーって誰?」

「悪宇商会の人事部の人。裏十三家マニアでな、コネ目当てで俺に……まぁ、色々と協力してくれてる人だよ」

 

答えれば銀子の表情が曇る。銀子の事だから、自分のせいで巻き込んでしまったとでも考えたのだろう。

 悪宇商会というところで悪くなった目つきは、裏十三家マニアというところでさらに露骨に反応した。銀子は悪宇商会と俺の因縁について知っている。その上裏十三家。夕乃さんでなくても思うところがあるのだろう。

 

「それで?」

「いや、それだけだ」

「どんな情報から、どう考えて、虚村という結論に至ったのか、説明して頂戴」

「あー、っと。銀子自傷してただろ。それが口封じ目的だったとしたら、病葉の場合は、放っとくと死ぬんだから、する必要がない。それに、それに、病葉だったら本当に手の施しようがないからな。だから病葉の線はひとまず捨てて、虚村だって仮定して動いてたんだ。それで、やっぱり、なんだ。激高して正気に戻ったみたいだし、やっぱり虚村だ、って。な?」

 

この上で、病葉に会った、なんていえばどういうことになるか、想像に難くない。怒られて心配される。それが悪いわけではないのだが、過ぎたことで余計な心配を、特に今の銀子にはさせたくない。とはいえ上手い誤魔化し方なんて思いつかないのでとぼけて、話を逸らそうとしてみる。

 銀子はそんな俺を半目気味に、呆れた様に見つめる。その眼を見ると嘘はバレている気がしないでもない。

 

「そう。後ろめたいことがあるのね」

「あー、いや。……うん」

「はぁ。まったく」

 

銀子は溜息を吐いて、いつもの通りに多くは聞かないでくれる。ほっと、安堵しかけた時、銀子の口が動いた。

 

「全部吐きなさい」

「え、許してくれるんじゃないのか?」

「いやよ。私もうあんたを信じるのやめたの」

 

一瞬。

 銀子が泣いたように微笑んだ。自嘲の笑み。理解を拒んだ頭が言葉を反芻する間もなく、意味を咀嚼する間もなく、それは冗談めかした顔に変わっていた。現実を疑ってしまいそうになるほどに短い時間。だが見間違いではない。何より先に、その顔があったという事実だけを呑み込んだ。

 

「ほっとくとすぐ死ぬでしょあんた」

 

 確信はある。ひどい喪失感に襲われながら、焦燥感に駆られながら、それを表に出さない様に。大げさにでも、わざとらしくにでも、こたえる。

 

「っ。おいおい、ひどいな。そりゃあ、危ないこともあるだろうけど」

「名前と職業。それから所属を言ってみなさい」

「紅真九郎。揉め事処理屋。所属は、フリーだ。知ってるだろ?」

 

銀子に言われたままに答えれば、露骨に溜息を吐かれた。普段の三倍は長いような、そんな嘆息を、肩と一緒に頭まで落としながら。顔が上ると心底呆れた様に、侮蔑すら込められた眼があった。ぞわりと背筋が凍る。病葉ほどの圧力はない。それでも、なにか不可思議な感情が体を縛り付けて動けない。

 

「自覚がない」

 

声にあるのは分かりやすい怒気。

 

「あなたは崩月の戦鬼なんでしょう」

 

隠しきれていない憂い。

 

「そんなんだったら、っ……」

 

零れ出ている未練。

 

「そんなだから死ぬっていうのよ」

 

噛み殺せていない恐れ。

 

「だから、私が支えてあげる」

 

滲み出ている真心。

 

「……借金返済してもらうまで、死なれたら困るからよ」

 

取り繕えていないやさしさ。

 聞くにつれて落ち着いて、また高揚する。先のそれと異なる意味合いで胸が高鳴る。銀子に嫌われたわけでも、見捨てられたわけでもない。安堵に震える体を誤魔化す。これはきっと、銀子の最後の抵抗だから。こたえなければいけない。

 

「はは……それじゃ、借金返せないな」

「踏み倒す気?」

「返しきれないくらい、あるからな!」

「……。はぁ、まったく」

 

声が弾む。呆れる銀子。今までと決定的に違うのだろう。それでも変わらないこともある。だから俺はそれに甘えてしまおう。今までの関係と大きく変わらない。ただ、銀子の言う平凡な幸福が訪れなくなった。ひどく致命的なようで、その実とうに意味のないことだ。

 今、明確化しただけで、これは紫と出会ったときから、自らより弱い存在に出会って退くという選択肢を失ったときから、自身のどこかで決められていた事。

 せめてかっこよくいたい。弱みなんて見せているのに、これ以上ない程無様な姿を晒してしまったというのに、そんなプライドを優先した馬鹿な俺を、俺の決断を受け入れてくれた紫。認めてくれた夕乃さん。そして、呑み込んでくれた銀子。

 皆ありがたい。千の言葉を尽くしても足りない。ただ、銀子にだけ特別な言葉を。

 

「これからも、よろしくな。銀子」

「あ……そう、ね」

 

銀子は一瞬躊躇ったように声をこぼし目を伏せて、一拍の間をおいて微笑みながら頷いた。張りつめた緊張の糸が切れた様に、朗らかに。

 

 

 

 銀子から貰った情報を手にして山浦医院を後にする。胸のつかえが下りる感覚。足取りは軽かった。五月雨荘まであっというまについた。

 五月雨荘には紫と夕乃さんが既にいて、部屋に入るなり怒られた。曰くどこに行っていた。曰く携帯持ち歩いてください。

 渡された携帯を見れば、十二時を回っている。想像以上に銀子と話し込んでいたらしい。

 

 

 

 

 

 真九郎が病室から出ていく。恥も外聞もなく泣き叫んで、それでも止められなかった真九郎が、重い足取りで辛そうに立ち去って行った真九郎が、今は軽い足取りで私を置いて出ていく。その姿を見て、すこし、苛立ちを覚えるのは別に悪い事ではない筈だ。

 押してダメなら引いてみろなんて言うけど、その逆。散々に引いて駄目だったから押したら、単純なあの馬鹿は案の定、すっぱり上機嫌で未練を断ち切って前に進んでいった。表面上は。バレバレだ。だからこそ、気分よく送り出したかった。なんて。そんな殊勝な女では私はない。

 芽がなかったのか。機を逸したのか。ごくわずかな可能性と分かっていても、それに縋るしかなかった矮小で、無様で、見苦しい女。一晩中、どうにか真九郎を引き留める方法はないか考えて、考えて、結局裏目に出ただけの馬鹿。こんな有様じゃ、人をとやかく言えない。

 裏十三家の本拠地に自ら乗り込んでいくような大馬鹿よりひどい。真九郎はアレで、私の為に行動したのに。私は私の事ばっかりだ。

 

「この、ばっ、っ。かぁ……」

 

思いのままに声を出せば。意図したそれとは違う声色で弱弱しいものが流れ出た。あぁ、やっぱり。思った通りにいかない、と癇癪を起しているのだ。子供の様に。

 瞬きをすれば目から雫がこぼれる。なんで、私は崩月じゃないのだろう。なんで私は九鳳院じゃないのだろう。そうすれば真九郎と一緒に生きていけるのに。情報屋なんて、裏の事情に浸かりながら、それでも、だからこそ、表の家業を継いで、幸せな生活を夢見ている。いや、いた。人の人生をどれだけむちゃくちゃにすれば気が済むのだろうあの男は。そう、感情の矛先を全面的にあいつに向けてしまえば、楽だろうに。

 背を押したのは私だ。私があの二人組に、操られさえしなければ、ありえたかもしれない夢を、潰えさせたのは――

 

待て。

おかしい。

 

――あの、二人組? 私を襲った人間は一人。翠誠次郎。だけ、のはず?

頭が痛い。

――思い出せ。襲撃者は、誰だ。虚村は、だれだ。

視界が明滅する。世界が歪む。

――扉が開いて。人が入ってくる。百七十センチほどの男と、その陰に隠れる、小さいナニカ。

世界が揺れる。体が浮かぶ。落ちていく。

――人間。少女だ。九鳳院紫と同じ年頃の童女。翠誠次郎と似た顔立ちの。

声がでない。おとが消えた。息がくるしい。

――妹。翠誠次郎の妹だ。そうだ、こいつだ。名前は、翠夢香。コイツこそが虚村だ。

あたまがいたい。くるしい。ねむい。

――真九郎は私の情報を信じるだろう。だからこそ敵に気が付けない。

いたい。さむい。こわい。

――情報屋として間違った情報を渡してそのままになんてできない。

いやだ。きずつく。だめ。

――体を抑えつけられて、奴の口が動く。奴と目が合う。意識が混濁する。虚ろな意識の中で。奴がこちらを向いて哂う。

 

 

 

 楓味亭の二階。村上銀子の部屋に、三人の人間がいた。

 壁に寄りかかり、手足を力無く投げ出して、虚ろな視線を宙に泳がせている部屋の主、村上銀子。銀子の持ち物であるパソコンを興味深そうにいじる小学校低学年程度の身長の童女、翠夢香。夢香の背を恨めしそうに見る男、翠誠次郎。

 夢香は一通りパソコンの中身を見終わるとパソコンを雑に投げ出す。カーペットの敷かれた床に落ち鈍い音をあげる。二度三度跳ねたパソコンはちょうど銀子の足に当たり止まった。先ほどまで光を放っていたモニターは衝撃によってか、色を失っていた。

 

「驚いた。心底驚いた。どうやら誠次郎。この女情報屋だぞ? どうやら奴の周りに一般人はいないらしい! あははは!」

 

歳不相応に仰々しく語る夢香は自らの従者である誠次郎に話しかけるが返事はない。夢香はつまらなそうに誠次郎の脛を蹴りつけるが、誠次郎は眉一つ動かさない。夢香は不機嫌そうに鼻を鳴らし、誠次郎に声をかける。

 

「どれだけ前世で悪行を積めばこれ程恵まれるというんだ? この紅真九郎の境遇に、何か思うところはないのか? ん?」

「……ありません」

「ひゃあはっはっは、あはははっ! ははは、うっく、ふぅ。あんまり笑わせないでくれよう、そんな顔してからに! あー、はぁ。ぽんぽんいたいよぉおにいちゃん」

「やめろ」

 

誠次郎が憮然とした様子で力無く端的に答えると、夢香は口を広げて大笑いした。その様を誠次郎は変わらず無感動に眺めていたが、夢香が笑いをどうにか抑え込み、年相応の態度と声色で助けを求めるように声をかけると一転。誠次郎の顔は歪み、表情と言わず体中から殺意にも近い怒気を滲ませた。

 

「きゅふ、うふ、ふふふ」

「ちっ……」

 

ただの子供ならば泣き出してもおかしくはない悪意に晒された夢香はそれに怯えるでもなく、只々愉快そうに口元を歪めて笑った。誠次郎は無意識に舌打ちをしてしまい、怒りを抑えるために歯が砕けそうなほどに食いしばった。

 

「いいなぁいいなぁ紅真九郎。痛ましいなぁ、悍ましいなぁ。あぁ、一体――」

 

――どうやって引きずり込んでくれよう。

 

 少女の形のナニカは大敵に繋がる少年を想い嘲笑い、思い付いたように自由を奪った人形に、視線を向けた。

 

 




四ヵ月ぶりです。オリキャラです。裏十三家です。基本悪人です。
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