マリオネット   作:らるいて

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その五

 昼食にはオムライスを食べた。

卵でライスを包んだ普通のオムライスではなく、オムレツをライスの上に乗せ、それを割った、半熟の卵が表面に来る奴だ。

夕乃さんは普通のオムライスを注文したので、お互いにそれぞれ少しずつ分け合った。

食感だけでなく、味も違う。デミグラスソースとケチャップ、かかっているものが違うからだ。

食べさせ合ったりなんかはしていない。

 

 昼食を挟んだおかげで、程々に会話ができるようになった。

映画館の時はなぜこれができなかったのか、思うに話題の有無と話せる場所かどうかだろう。

映画館の上映中、話をするなど言語道断だ。上映前にも上映中はお静かにとか、盗撮禁止とか、そういった映像が流れる。

見終わった後も、見たものが恋愛ものではなにか気まずい。

だが食事ならば、おいしそうですね、とか少し分けてくださいだとか、当たり障りのない話題ができる。

食事中に何かを話すことは、望ましいことではないので、それほど話してはいないが。

 

 食事を終えたが、午後の予定は特にない。ぶらぶらと二人で歩くウィンドウショッピング? とかいやつだ。

適当に見て回って、気になる店があったら入って、疲れたら休んで……と、そういえば忘れていた。

 

「夕乃さん、どこか行きたい場所はありますか?」

「この辺りでですか? うーん……真九郎さんと一緒ならどこでもいいです」

「それなら適当に歩きましょう」

 

特にないというので、予定通り見て回ることにした。

 

 

 

「真九郎さん、どれがいいですか?」

「じゃあこっちで」

「分かりました、少し待っててくださいね」

 

服をいくつか持ってきて、どれが好みか聞かれる。

それに答えると、他の物を片付けてから、鼻歌交じりで試着室に入る。

試着室の横で待っていると、中からは布の擦れる音と、夕乃さんの声が聞こえてくる。

少し待つと、さっき選んだ服を着た夕乃さんが現れる。

 

「どうですか?」

 

くるりと一回まわってそう聞いてくるので、思ったままに、感想を口にした。

 

「すごく似合ってますよ」

 

もう少し気の利いたことの言えないのかと、思わなくもないが、夕乃さんが嬉しそうなので構わないのだろう。

 

 夕乃さんが買うものを決めた後は、今度は俺の服を買うことになった。

おごってくれるというのだが、服に困ってはいない。断ったのだが、ネックレスのお礼という事で押し切られてしまった。

服の良し悪しなんてわからないので、夕乃さんが決めることになった。

何やら自分の時以上に真剣な眼差しで服を見比べている。時折俺に服を重ね確かめている。

店中の服からいくつかを選び抜く。そこで優劣付けられなかったのだろう。

試着を頼まれた。

 

 いくつか試着したが、そこのボタンまでしめないとか、ファスナーを上げないとか、よくわからないダメ出しをされた。

選ばれた中で唯一ダメ出しをされなかった服を買うことになった。

夕乃さんの提案で、今日この後買った服を着て過ごすということになった。

新品の服は独特のにおいがついているし、どうかとも思ったのだが、まぁ問題ないだろう。

二人して新品の、買ったばかりの服を着ている姿は、周りからどう映るのだろうか。

少し気になったが、夕乃さんが喜んでいるようなので気にしないことにした。

 

 

「真九郎さんはどっちが好みなんですか!」

「いや、そんなこと聞かれても」

「答えてください!」

 

二種類の下着を持って、どちらが好みか聞いてくる。

とてもさっきまで顔を赤くしながら同じことを聞いていたとは思えない。

下着売り場で、お世辞でなく美人である女性にどちらが似合うか聞かれる男。

周囲の視線が痛い。周りに男が少ないことが唯一の救いだろう。

こんな所に居る男はそういう人か彼女持ちか、あるいは変態の三種しかいない。

 

「もう、分かりました」

 

なかなか答えない真九郎に業を煮やしたのか、そういいながら試着室に入る夕乃さん。

何をする気かはわからないが、ひとまず危機は去ったと思い胸を撫で下ろす。

少しして、試着室の中から悲鳴のような小さな声が聞こえてくる。

 

「真九郎さん!」

 

何かがあったのかと思い、急いで試着室の中を見る。

中には、一糸まとわぬ、いや、下着姿の夕乃さんがいた。

別に困った様子ではなく、むしろ堂々とした様子で、立っていた。

 

「夕乃さ……ん?」

 

夕乃さんはこちらの反応を伺っているようだ。

一方俺は、口だけがパクパク動いて、固まっている。

心臓が普段より早く脈打ち、目は意志とは別に上から下そしてまた上に移動する。

顔まで視線が戻ってきたところで、夕乃さんと目が合う。

ニコニコとしていて、

 

「ムラムラします?」

 

などと聞いてきて、俺は

 

「す、すみませんでした!」

 

逃げた。

本当に無駄のない動きで、素早く、試着室の扉を閉め、元の位置に立つ。

今見たものを忘れようと、するが、網膜に張り付いて離れない。

むしろ、より鮮明に、美しく再生される。

鍛錬により引き締まったそれでいて女性らしい丸みを帯びている肢体。

服の上からでは見えぬ、稽古後の着乱れた胴着の隙間から覗く汗でしっとり濡れた肌とも違う。

普段見ることなどありえない、素肌。きれいな肌だった。

体中が熱くなり、そこで正気に戻る。首を横に激しく振って煩悩を吹き飛ばす。

 

 何か別のことを考えろ。何か別の……

何かないかと辺りを見渡す。だが周りを見渡して、見えるのは買い物客と女性用下着。

むしろ夕乃さんの姿が脳裏によみがえる。逆効果だったようだ。

だが、周りの人が何か、内緒話をしているのに気付く。

内容は聞こえない。だが何を言っているかの予測はつく。誰だって予想ぐらいできるだろう。

あれほど露骨にこちらを見ながら話されていれば。

熱くなっていた体は普段通りの体温を取り戻した、むしろ普段より低く感じるほどだ。

 

 

 

 なんだか無性に疲れた。原因は下着売り場での……思い出すとまた大変だ、やめておこう。

夕乃さんも下着売り場から離れると冷静さを取り戻したのか、なんだか少し調子がおかしい。

妙にはしゃいでいる、フリをしている。恥ずかしくなったのだろう。

そんな状態でも気が利くようで、俺が疲れているのに気が付いたのだろう。

 

「ちょっとそこで休みませんか。私なんだか疲れちゃいました」

「いいですね、そうしましょう」

 

近くにあった喫茶店で休むことにした。

 

 喫茶店でコーヒーと紅茶を頼む。俺がコーヒーだ。

今日今までのことを話し合う。

露天商で買ったネックレス、思い出して二人とも赤くなった。

映画の批評。あそこはこうしたほうが、でもここはよかった。

夢ちゃんに会ったこと、逃げ出すように挨拶もせずに別れてしまったので、次に会ったら謝ろう。

服屋で買った服。今コーヒー零したら笑い話ですね。笑い話になりませんよ。

下着屋で……これは話題に上らない。俺も夕乃さんも意図的に避けている。

 

 

 

その後も、ぶらぶらと並んでいる店を見て回っていると、日も傾く。

 

「もう日が暮れちゃいますね」

「そろそろ、帰りましょうか」

「名残惜しいですけどね」

「今日は楽しかったです。たまにはこういうのも悪くないですね」

「で、でしたら! また一緒にどこか行きませんか!?」

「喜んで」

 

また今度、どこかに行くという約束をする。

二人で並んで歩いて駅に向かう。今日見た映画館を通り過ぎる。

 

「映画、面白かったですね」

「あれ? 文句言ってませんでした?」

「そうでしたっけ?」

 

いたずらっ子のように笑って見せる夕乃さん。

普段見せない表情に、心臓が大きく鼓動してしまう。それを気付かせないように、普段通りを心掛けて返事をした。

 

 

公園の前まで来る。

この公園で露天商からネックレスを買った。今も首に掛けているこれだ。

 

「もう居ないみたいですね」

「昼に片づけてましたし移動したんでしょうね」

「少し残念です」

「なんでですか?」

「なんででしょうね?」

 

胸元のリングを撫でながら言う。その行為だけで、何を言いたいのか。なんとなくだが分かった。

 

「そうですね」

 

言いながらそっと手で触れた。

 

 

駅前の広場。ここで待ち合わせするはずだった。

着いた時には夕乃さんが不良に絡まれていて、一緒に逃げ出した。

 

「ここで待ち合わせしたんでしたね」

「真九郎さんが来る前にちょっと人に絡まれました」

 

暗に遅かったことを責めるような言い草である。

 

「一応時間よりも前に来たはずなんですけど……」

「ふふ、分かってますよ。冗談です」

「でもいつごろから居たんですか」

「さてどれくらいでしょう?」

「30分、いや、1時間くらい前?」

「外れです」

「まさかもっと前……なんてことは」

「さぁ? どうでしょうね」

 

予想よりもずっと早い時間を言ったのが外れた。

口ぶりからすると、もう少し前……? でもさすがにそれは早すぎる。

多分4,50分ぐらい前に来たのだろう。あまり気にせず駅に入り切符を買った。

 

 

 

「それじゃ夕乃さん、また今度」

「はい。いつでも来てくれていいですから」

 

そういいながら袋を渡される。服と……タッパーが入っている。

夕飯はこれでいいか、ごはんだけ炊いて食べよう。

 

「ありがとうございます」

 

電車から降りる。夕乃さんはもう少し先の駅まで乗っていく。

降りたところで、後ろから声が聞こえたので振り返る。

 

「……真九郎さん」

「はい?」

 

ちゅっ。

 

頬に温かいものが当たる。

何が起きたのかわからず、呆けていると、夕乃さんは逃げるように電車の中に戻っていく。

何をしたのか聞こうとしても、ドアは閉まり駅から出て行ってしまった。

窓から見える夕乃さんが、顔を赤くしていた。

手を頬に当てると、わずかに湿っている。夕乃さんの反応と自身の状況などを考えて、ようやく何をされたのか理解した。

 

「き、きす……?」

 

夕乃さんがこんなことをするとは思っていなかった。

しばらく、次の電車が来て降りる人に言われるまで、放心していた。

 

 

 

 夕乃さんと別れ、五月雨荘に向かう。

夕乃さんがとった行動は、深くは考えないことにした。

多分、今日のお礼とか、そんな感じだろう。深い意味なんてない、はずだ。

そんな現実逃避をしていると、五月雨荘にはすぐ着いた。

 

 五月雨荘は、いつも通り、というべきなのか、自分の部屋に明かりがついていた。

また、あの二人のどちらか、あるいは両方だろうとあたりを付け向かう。

すると上から声が聞こえた。

 

「少年、随分遅かったじゃないか、逢引は楽しかったかね」

 

見上げると暗い辺りに紛れて、闇絵さんが木の枝に寝転がるように座って、こちらを見下ろしていた。

闇絵さんの腕から、真九郎の腕に、黒猫のダビデが飛び移ってくる。

 

「お、ダビデ。よしよし……。闇絵さん、今日はタバコありませんよ」

「逢引の帰りに別の女への贈り物など期待しないよ」

「じゃあ、明日にでも買ってきますね」

 

それだけ言葉を交わすと、ダビデを降ろし五月雨荘に入ろうとする。

数歩踏み出し、戸に手を掛けたところで、闇絵さんが思い出したように忠告――どちらかと言えば警告に近い――してきた。

 

「そういえば少年。ここは五月雨荘だよ」

「知ってますよ?」

 

其の言葉の意図が分からず、首をかしげ聞こうとすると、手に煙草を持ちながら、虚空に煙を吐き出していた。

 

 何を言っていたのか分からないが、とりあえずは戻ろうと思い、戸を開き中に入る。

蛍光灯が切れているのか、廊下を照らす灯りは無く、暗い。

その暗さの中、歩くたび軋んだ音がする廊下を歩いていると、自分の部屋から笑い声が聞こえてくる。

笑い声は一つではなく、二つ。一人は環さんとしても、もう一人は誰だろうか。

部屋に来る中で、環さんと笑いあう人。さて、心当たりが無い。

鋼森さんが帰ってきたのかとも思ったが、それも無いだろう。彼が帰ってきたなら笑い声は男の声のはずだ。

笑い声は両方女で、片方は環さんの物で相当酔っているのが分かる。

もう片方も女の声だ。どこかで聞いたことがある気がするが思い出せない。聞いているだけで胸から何かがこみ上げてくる声だ。

部屋の前で足を止めて悩んでいたが、こうしていても仕方が無いと思い、扉を開く。

扉を開くと同時に、その場に居るだけで酔ってしまいそうなアルコールの匂いがし、軽くよろめいた。

 

 中の様子は、座卓で誰かと向かい合っている環さんが見えるが、肝心のもう一人の方は壁が邪魔で見えない。

匂いを我慢し、部屋へ入ったところで環さんがこちらに気が付く。それと同時に視界に客が入ってきて、視線が釘付けになった。

なんで、ここに……!

 

「んーぁ? しんくろーくんおかえりー」

 

環さんは微妙に呂律が回っていないが、そんな声は耳に入らないほど、意識はもう一人に集中していた。

もう一人は環さんがそういうと、こちらを向き、久々に友人に会った様な、そんな軽い様子で、片手を畳に着き、酒瓶を持つ手を振りながら声を掛けてきた。

 

「やー真九郎君、久しぶり。元気してた?」

 

手を振ると、それに合わせて赤い長髪が揺れ動く。

声には気付けなかったが、忘れるはずもない。つい先日、命がけの死闘を繰り広げた相手。

 

「星、噛……絶奈……っ!」

 

絞り出すように、その女、いや、女とすら思わない。そいつの名前を呼ぶ。

 

 悪宇商会最高顧問、"孤人要塞"、そして紅香さんとその息子の命を狙っていた存在。

 

 星噛絶奈がそこに、何食わぬ顔で寛ぎながら、座っていた。




紅で一番好きなキャラ。
彼女との戦闘シーンが見たい……漫画のでは満足できない。
原作復活……はともかく、紅や電波的な彼女でなくていいから新作が読みたい……

再戦フラグを立てるため登場。戦う予定はないけど。
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