部屋には星噛を見て苦虫を噛み潰したような顔をしている俺と、何が楽しいのか、笑っている星噛。
それから現状をよく理解できていない、今にも酔いつぶれそうな環さん。
そんな状況で、俺が警戒しているのを見て疑問に思ったのだろう。
環さんが、どしたの? と聞いてくるが無視して、星噛から離れるように言うと、二人の間に入る。
睨みつけながら、いつ戦闘になってもいいように、角を出しながら言い放つ。
「どうしてお前がここにいる! 星噛絶奈!」
「あれ? やる気? それは嬉しいけど、此処じゃまずいから外でやろう」
意外、といった様子で首をかしげると、次は獰猛な笑みを浮かべ外に行こうと、そう言う星噛。
それを見て、闇絵さんの言葉を思い出した。
ここは五月雨荘だよ
五月雨荘には不戦の約定というものがある。
この五月雨荘では、戦闘行為並びに過度な干渉は禁じられている。
そしてそれは、たとえ裏十三家であろうと、悪宇商会の最高顧問であろうと破ることは許されない。
日本でも指折りの安全地帯というわけだ。
その事に思い至ると、深呼吸で意識を鎮めて、角を仕舞う。
あぁ、折角の服が。
右肘のあたりが角に貫かれ豪快に破けている。今日買ってもらったばかりの服だというのに。
夕乃さんの悲しむ顔が目に浮かぶ。
気持ちをある程度落ち着けると、いつの間にか寝ていた環さんを見つける。
「環さんを部屋に帰してくる」
「結構イケる口だよね、その人。環って言うんだ」
そんな風に環さんのことを言うが、それを耳に入れず環さんを背負う。
背負うと息が首筋に掛かって、くすぐったい。そして何より酒臭い。
部屋を出ると扉を少し乱暴に閉め、隣の部屋に向かう。
暗い廊下には先ほどまでの笑い声は無く、不気味なほどに静かだ。
ほんの数歩歩くだけでたどり着くが、気を静めるためにわざと、ゆっくり一歩ずつ歩いた。
一歩歩くたびに、床の軋む音が暗闇に響き渡る。軋むたびに気持ちが落ち着いていく。
環さんの部屋はこの間掃除したばかりだと言うのに、もう大分散らかっていた。
酒の缶やら、古いビデオやDVD。そんなものが散乱していた。
また今度片付けないと。と思いながらそれらを踏み分けて、既に敷かれている布団に環さんをそっと降ろす。
掛け布団もしっかりと掛けると、部屋を出る。
廊下に出て、自分の部屋へ歩く。僅か数歩だが、たどり着く前に横から声が聞こえた。
「落ち着いたようだな、少年」
「闇絵さん……おかげさまで」
「ここにいる限り何も出来はしないよ。彼女も、少年も」
「不戦の約定ですよね」
「ふふ」
にやりと笑うと、二つ先にある自身の部屋へ歩いていった。
不思議と、ブーツの歩く音も、床の軋む音もしなかった。
自分の部屋へ戻る。
中では変わらず星噛が寛いでいたが、さっきまでとは違い、頭は冷え切って冷静だ。
少なくとも、いきなりこいつに殴り掛かったりはしないだろう。
星噛と机を挟んで向かいに座る。
「何の用だ」
「何の用って言われてもね、んーっと」
星噛が手をそばに置いていた、薬局のビニール袋に伸ばす。
中から出てきたのはエタノールと書かれたボトル。袋の中には、まだ何本かあるようだ。
ボトルの蓋を外し、口をつけ飲みだす。喉の鳴る音だけが部屋の中で聞こえる。
口を離しながらボトルを座卓にたたきつけるように置く。
「っあぁーっー! きっくぅ……! はあぁ……で、来た理由だっけ?」
「……」
酒……エタノール臭い吐息が届き顔をしかめる。元から酷かった部屋の臭いが、もっと酷くなった気がした。
星噛はボトルを手に持ちもう一口飲むと話し出した。
「用事ってほどでもないけどさぁ、強いて言うなら応援と忠告? それから再戦の申し込み」
「応援と忠告?」
再戦の申し込みというのは無視する。戦う理由がない、というわけではない。
だがそれだと、また皆に迷惑や心配をかけることになる。
あの戦いの後、どれだけ自分が心配されたか、周りに世話を掛けたか。
そのぐらいのことは分かっている。だからこそ、戦う気はない。
「そ、応援と忠告。君さ、私と引き分けたでしょ?」
「それがどうかしたのか」
「私さ、悪宇商会で最高顧問なんてやってたし、孤人要塞なんて異名もついてんの」
悪宇商会の方は降格させられたけどね、と付け加えながらエタノールをあおる。
星噛絶奈は体のほぼ全ての部位を星噛製の義体と入れ替えている。
時に同じ重さの宝石と取引されることもあるそれは、有り得ないといっていいほど丈夫だ。
電車に轢かれようが銃で撃たれようが、星噛に大したダメージはない。完全に無いといってもいいほどに。
だからこそ付いた通り名が、孤人要塞。まさしく要塞のようである星噛絶奈に合うといえる。
「そんな私と引き分けた君は、いま最っ高に狙われてる訳。命も体もね」
「どういうことだ」
「鈍いね。つまりは……」
勿体付けるようにボトルの中身を全て飲み干す。
少しは回ってきたのか、顔に赤みがさしてきている。
新しくボトルを開け、それを座卓に置いたところで、軽快に語りだす。
「あの孤人要塞と引き分けるような存在が、どこの組織にも属していない。だとするならばこれは勧誘するしかない。と考えるのが大きな組織ね。もっとも、睨み合いの膠着状態な上にうちや崩月、それから柔沢紅香まで妨害してるからあんまり感じないだろうけど。んで次が肝要で」
「ちょっとまて」
「君を倒して――何?」
話を遮られたことに不機嫌そうな星噛。それはどうでもいい。
だが聞き流せない言葉があった。
そのことに関して星噛を問い詰める。
「崩月や紅香さんまで妨害してるってなんだ?」
大きな組織が戦力として、かどうかは知らないが。俺を欲しがっている。ここはいい。欲しがる理由も分かる。
分かるからこそ、少しは仕事が増えるのではないかと期待したこともあったのだ。
だが勧誘が来ようが、受けないつもりなので、これは置いておく。
勧誘を悪宇商会が妨害する理由も予測はつく。自分のところの最高顧問と引き分けるような奴が他所に行ったら大変だろう。
だが、崩月の家や紅香さんまで、それを妨害しているというならば、また気付かないうちに借りを作っていることになる。
だとしたらこれは把握して、知っておかなければならない。
「あれ? 知らなかったの。てっきり知ってると……まぁいいや。崩月や柔沢紅香が紅真九郎に手を出すな。つってんの。ていうかこんなのちょっと腕のいい情報屋に聞けばすぐわかることなんだけど」
腕のいい情報屋、で銀子が浮かんできた。銀子のことだから知っていた筈だ。
だが俺に教える必要はないと判断して、黙ってたということだろう。
確かにこんなこと知れば紅香さんや法泉さんに礼を言い、さらに必要ないと言ったかもしれない。
銀子には銀子なりの考えがあったということだろう。俺が余計な気遣いする必要ないとか。そういったものが。
「で、もういい? 話の途中なんだけど」
「ああ」
またエタノールを飲んで話し出す。
エタノールがないと活動できないのだろうかこいつは。すでに二本目が空になりそうだ。
「どこまで話したかな。組織が勧誘したがってるけど無理ってのまで話したから……よし。いくらそんな状況でもさ、命知らずの馬鹿は居るもので、んぐ。要するに今急激に有名になってる君を倒して、一旗揚げようって連中は五万といるって話」
やはり途中で話を切られたのが嫌だったのだろう。大分おざなりな説明だ。
だがそこで言葉を区切る。さっきまでのふざけた様子ではなく、まじめな顔をした。
なのでわずかに体を浮かし身構える。
「で、だ。そんな馬鹿どもに倒されちゃうと、うちの、悪宇商会としても困るわけ。そりゃ当然よね。最高顧問がどこの馬の骨とも知らないような男と引き分けた上に、その男まで簡単に倒されるんじゃ名声も地に落ちる。影響力とか勢力とかいろいろ失うことになりかねないわけだ。私と引き分けたのは同じ裏十三家の崩月の戦鬼だってことになってるから、今はまだいうほど大きなダメージはないけどね。だから、負けないでくれっていうのが応援。いろいろな奴らに狙われてるから気を付けろってのが警告。これが一応仕事としてきたところ、何か質問は?」
「ない」
「そ。ならいいわ。ここからは個人的なお話。私と決着つける気ない? 正直引き分けじゃなんか、すっきりしないでしょ?」
「それはお前だけだ」
「そうでもないと思うなぁ……まだ私に謝らせてないし」
その言葉についつい反応してしまう。
醜悪祭の被害者とその親族等への謝罪。俺が星噛との争奪戦で求めたものの一つ。
引き分けということで、ほかのものは受け入れたがこの一つだけは、跳ね除けた。
そのことを言っているのだ。星噛は。手に力が入り歯を食いしばる。
そんな俺の様子を見て、手ごたえあり、と口角を引き上げる星噛。
胸ポケットから四角い金属製のケースを取り出し、そこから紙を一枚取り出し、机の上に置く。
「ま、考えといてよ。これ連絡先。悪宇商会に入りたいとか、私と戦いたいとか。用事があれば連絡してよ」
出された名刺を一瞥する。
悪宇商会顧問・星噛絶奈
以下略。
確かに降格したとか言っていたが、最高顧問でなくなっただけで何が違うのかわからない。
どうでもいいことだ。考えを脳の隅に押しやる。
こいつは何か報いを受けたのだろうか? 悪いとも思わず、悪事を働く。
人を人と思わない、こいつは。
「じゃね。また今度」
いつの間にやら星噛は扉の開け、玄関まで移動して、こちらに手を振って帰って行った。
五月雨荘だったから、闇絵さんに言われていたから自制が利いたが、ここ以外の場所であったときはどうだろう。
そのまま戦闘に入ってしまってもおかしくない。できるならば、もう会いたくはない。
だが脳裏にちらりと謝罪という言葉が浮かぶ。だがそれと同時に大切な人たちの顔も浮かぶ。
殺されていった人たちにも、大切な人は居たはずだ。それを奪って、弄んでっ!
爪で皮が剥げた手を開き、机の上の名刺を手に取り握りつぶす。
星噛絶奈。やっぱり俺は、お前を許せないみたいだ。
名刺を広げなおして棚に閉まっておく。いつか、決着をつける日がきっと来るだろう。
星噛が部屋から出て数分。
部屋の中には散らかされた酒瓶。ボトルのエタノールがビニール袋の中に数本。
糸が切れた操り人形のようにその場に座り込む。
「っはあぁぁーーーーっ」
気が抜けたのか知らないが、今日の疲れがどっと押し寄せて、急に眠くなった。頭痛もする。
もしかしたらこの空間にいたせいで、酔ったのかもしれない。
とはいえまだ眠るわけにもいかないので、カバンからタッパーを取り出し冷蔵庫に入れる。
次に窓を開け空気の入れ替え、換気をする。こんな酒臭い場所にいたら倒れてしまいそうだ。
そして散らかっている酒瓶を部屋の隅に集めて、軽く片付ける。ビニール袋も隅に寄せる。
掃除するのは明日でいいか。
邪魔なものをよけて空いた場所に、布団だけ敷いて。そのまま布団に倒れこむように寝た。
やや短め。単純に状況説明会。
申し訳程度に行頭空けしてみた。どこで空ければいいのか分からん。
次話は少し間が空くかも。
次回は銀子とのデート……までの繋ぎ。書けなかったらデート。