マリオネット   作:らるいて

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その七

 夢の中で俺は、誰か、一人の女性と話していた。

女性は全身に靄がかかっていて、なぜ女性と分かったのかも不思議なくらいだ。

ただなんとなく、女性だろうと思った。夢なんてそんなものだろう。

その女性はずっと一緒にいる気がするし、今初めて会ったような気もする。

一つ確かなのは俺が、この人のことを好きだということだけだろう。

彼女の傍に居るだけで温かくなれる。つらい過去を忘れられる。前を見れる。

そんな人だというのに、俺はこの人が誰なのかわからない。

だから、聞いてみるんだ。あなたは誰ですか。って。

すると女性は悲しげな表情を浮かべて、遠くへ離れて行ってしまう。

離れていく女性を追いかけて、いくら走っても走っても、思うように前に進めない。

それでもどんどんと離れていく。そして終いには見えなくなった。

待ってくれ! 俺はまだ貴女に!

彼女が消えると世界は急に暗くなり、何もなくなった。

暗闇の中で、自意識さえも暗闇に混ざるように溶けて消えて。俺は完全に呑まれた。

 

 

 

 体が重い。頭痛がする。寒い。

気だるさを我慢して、自身に圧し掛かっている布団をどける。

ゆっくりと上半身を起こす。ゆっくりと起こしたはずなのに、頭が痛くなる。

息が荒く汗もかいていて体が熱い。なのに寒気もする。

風邪ひいたかな。昨日いろいろあったから……

頭を横に動かして、時計を見ると短針がすでに10の数字を指していた。

学校には間に合わない。風邪っぽいし今日は休むことにしよう。

頭痛を我慢して立ち上がる。ふらっ、とよろけそうになる。

こりゃだめだ。コップに水を入れて、救急箱から薬を取り出す。

くすりくすり……これだ。あった。

封を開けて水で流し込む。

水を飲み息を吐く。そしてまた布団にゆっくりと倒れこんだ。

起きて薬飲んで寝る。これだけの事なのにひどく疲れた。

横になって、目を閉じていると。すぐに意識が消えた。

 

 次に目が覚めたのは、人の声が聞こえたからだ。ヒンヤリとした冷たいものが額にあたっている。

冷えピタとか氷嚢とか、うちにはないと思ったが。手で触れてみると、濡らしたタオルのようだ。

目を開いて視線だけ声のする方に動かす。見慣れた姿がいくつか横に並んでいる。台所のほうだ。

その中で、一番小さいのがこっちに気付いた。手には水の入った桶があった。

 

「真九郎! 起きたか心配したんだぞ!」

「紫?」

 

起きたことに気が付くと、桶の水をこぼさないように丁寧に、けれども急いでこちらにきた。

 

「紫ちゃんあんまり騒いだらだめですよ。おはようございます真九郎さん」

 

手元からとんとんと小気味いい音を響かせながら、こちらを向いて笑みを浮かべる夕乃さん。

視線を別の方向に向けると、壁に寄りかかりながら座ってパソコンをいじっている銀子がいた。

起きたといわれて見ていたは知らないが、一瞬こちらに視線を向けた。

 

 紫がいるのはわかる。たまに何も言わずに家に来ることがある。

だが、ほかの二人はどうしたのだろうか。時計はまだ2時を少し過ぎたところ。

小学校なら終わっているかもしれないが、高校はまだ終わらないはずだ。

 

「なんでここに? 学校は……」

 

二人に向けて聞く。

 

「真九郎さんが風邪をひいていると紫ちゃんから聞いて。心配で学校早退しちゃいました」

「それならもう様子が見れて安心でしょう。帰ってくれて結構です、私が面倒見ますから」

「いえいえ、身内が寝込んでいるんだからこれぐらいは当然です。村上さんこそもう帰って下さって平気ですよ」

「ずっと昔から一緒にいる幼馴染の方が学校より大切です。私はそんな薄情者じゃありませんので」

 

二人とも気遣いあっていて、いつも通り仲が良さそうでよかった。でも学校を早退してはまずいだろう。

これがもし俺だったら、それだけで出席日数が危ない。この二人に限ってそんなことはないのだろうが。

それに俺も、銀子や夕乃さんが寝込んだらそっちを優先する。学校よりも、二人のほうが大切だ。

 

 仲良く会話する二人はそのままにすることにして、部屋を見渡す。

寝る前にあったはずの酒瓶は部屋にはなく、すでに片づけられているようだ。

エタノールのボトルもないが、捨てたのだろうか。あったとしても使わないから構わないけれど。

 

「大丈夫か?」

 

辺りを眺めていると紫が心配そうに聞いてくるので

 

「大丈夫、ほら」

 

体を起こす。さっき起きた時の、起き上がるのも辛い程の怠さは既に大分楽になっていた。

風邪ってこんなに早く治ったか、というか数日ぐらいは治らなそうな怠さだったのに。

原因を考える。角を出した反動で実際の症状より辛く感じた。薬が効いているだけ。

多分両方あるんだろう。少し考えていると、いつの間にか話し終わっていたようで、夕乃さんがショックを隠しきれていない声色で叫ぶように声を上げた。

 

「真九郎さん、それ!」

 

銀子も紫も俺も、夕乃さんが指さした場所、俺の右肘を見る。

何かが内側から突き出して破かれたような、肘を露出させている服がある。

 そういえば、昨日服を着替えずに寝てしまった。

説明しようとするが、三人の顔を見て思わず言葉に詰まる。

銀子は眉根を寄せ、不機嫌そうにしている。

紫と夕乃さんは真剣な顔で、こちらを見つめている。

 

「ええっと、これは」

「真九郎」

「真九郎さん」

 

ほぼ同時に声を出した二人に言い訳は遮られる。二人の言葉には何か剣呑としたものを感じられる。

続いて二人はそれぞれ別のことを、同じタイミングで言い出した。

 

「どうしたんですか。昨日買った物なのにもう壊すなんて。それについても言いたいことはありますが置いておきます。昨日私と別れた後何があったんですか? その破け方、使いましたよね。後できちんと詳しく説明してください。崩月の家で、おじいちゃんと一緒に話を聞かせてもらいます」

「言いたくないかもしれないが、私達も心配なんだ。もし、一人で抱えきれなくなったら、無理だけはしないで言ってくれ。私は弱いし、足手まといになるかもしれない。それでも話を聞くくらいはできる。応援もできる。だから真九郎、私にできることがあったら何でも言ってくれ!」

 

ほぼ同時に話し終わる。

二人で話しているときは何を言っているのかうまく聞き取れなかった。俺は聖徳太子ではない。

紫が何か心配しているようで、でも最後には笑顔で言ってきた。

夕乃さんは淡々と話していた。恐らく、何があって角を使ったのか聞きたいのだろう。

 

「真九郎」

 

銀子の声が聞こえた。そちらを向くと、銀子と目が合う。

俺の首元を見て、何かに気が付いたように、夕乃さんの方に目を向ける。

そしてまた、俺の方へ向く。さっきまでよりも、より一層不機嫌そうに

 

「その付けてるの何?」

 

半目で、睨みつけるように聞いてきた。

目線を下におろすと、光を反射して鈍く光る指輪。それを通っている鎖を手に持ち首をかしげる。

すると銀子が首を縦に動かす。

 

「これは昨日、夕乃さんと」

「そうです。これは昨日のデートのときに真九郎さんが私に買ってくれた、二つで一つのペアリング。しかも真九郎さんには私が、私には真九郎さんが自ら進んで付けてくれたものです。」

 

優越感に浸るように、恍惚と、話し始める夕乃さん。なぜだか徐々に近づいてきている。

お互いの顔が付きそうなほど近づいて、二つを合わせる。

そしてそれを外れないように持ちながら、銀子のほうに誇らしげに、見せつけるように、掲げる。

テンションが上がっていく夕乃さんとは反対に、苛立たしげに俺のほうを睨みつける銀子。

 

「それはよかったですね。真九郎の懐具合を考えるとずいぶん苦しい買い物だったでしょうに」

「あら、真九郎さんが私に自分から買ってくれたんです。私自身は買ってほしいと頼んでなんかいませんので」

 

確かに苦しい買い物だったが。確かに頼んできてはいなかったが。

こうして聞いている間にも、話はなぜだか、俺の話に変わっていく。

聞いているのが居た堪れなくなっていた時に、紫が大声を出した。

 

「思い出した! デートとは恋人同士がするものなのだろう? 私というものがありながら、なぜ夕乃としているのだ真九郎!」

 

怒っているような、悲しんでいるような、どちらとも取れるような声色で放たれたその言葉で、夕乃さんと銀子の話は収まり、こちらを見ている。まるで、俺の言葉を待っているかのように、三人とも黙ってこちらを見つめている、

 

「デートみたいなものってことで、普段お世話になっているお礼に二人でどこかに出かけようって話になっただけだから、俺と夕乃さんが恋人とかそういうのではないからな」

 

その言葉に対する反応は三者三様であった。

安堵したように胸を撫で下ろし、何かいいことを思いついたような紫。

なぜだか笑みを浮かべて夕乃さんを見る銀子。

笑っているのだが、黒い笑顔を浮かべているのが夕乃さんだ。

そして、わずかな時間の後、三人が同時に話し出す。

 

「私ともデートしろ真九郎! 夕乃だけではずるいぞ!」

「はぁ。分かってたけど……」

「真九郎さん、崩月の家に来てくださいね。話がありますので」

 

紫の声が大きく、さらには近いからか、他の二人の声はほとんど聞き取れなかった。

銀子が小さくため息をついたのが分かるぐらいだ。

 

「できれば一人ずつ……」

 

そういうと、夕乃さんと紫が視線を合わせ、何かを交わしたのかわからないが頷きあう。

銀子はまた壁に寄りかかり、座って、閉じていたノートパソコンを開いた。

 まずは紫が話だした。

 

「夕乃とだけデートするのはずるいから、私や銀子ともデートをしろ。いいな。」

「!?」

「まぁ、仕方ないです」

 

紫の言葉に、パソコンをいじるのもやめて、見開いて紫を見る銀子。

仕方がないと、不満げではあるが、首にかかっている指輪をいじりながら紫を見る夕乃さん。

拒否権などはない、と胸を張っている紫。

 

「ちょっと、なんで私も」

「嫌なのか?」

「そういうんじゃなくて……真九郎も何か言ってよ」

「俺? まぁ、別にいいんじゃないか。銀子のこと好きだしな」

 

前から約束していたことは、銀子が言ってほしくなさそうだったので言わない。

とはいえ、否定するのもなんだか違う気がしたので、当たり障りのない答えを返す。

 するとなぜだか、部屋から音が消えた。ただ単に誰も声を出していないだけだ。

夕乃さんと紫が銀子のほうを向き、銀子は片手で額を押さえながら天を仰いだ。

それが合図だったかの用に、二人は口を揃えて、正しく異口同音に同じことを言う。

 

「私のことも好きか!!」

「私のことも好きですよね!!」

「二人とも好きだから落ち着いて!」

 

二人とも好きだというと、また、今度は銀子も含めて視線を交差させる。

満足げにしている二人と、一人顔を押さえている銀子が対照的だ。

 

 

 

 結局紫の提案通りに、紫ともデートする事になった。来週は銀子と、再来週は紫と。

銀子とは元から約束してあったのだが、紫の分が増えた。

紫と行く場所は遊園地でいいか。行きたがってたしちょうどいい。

 

紫と夕乃さんは家に帰った。二人とも帰り際には笑顔だった。

紫は無邪気な、再来週が楽しみだと笑いながら車に乗っていった。

夕乃さんは、嫌に圧力のある笑顔で、

 

「今日はぐっすり休んでください。でも、明日、必ず家に来てくださいね。大切なお話があります」

 

と言い、少し足早に帰って行った。角の事だろう。説明すると思うと気が滅入りそうになる。

言い訳が通る人たちではないし。

 

 二人が帰り、今居るのは銀子だけなのだが、銀子ももう帰るようで荷物をまとめていた。

まとめている途中の銀子を眺めていると、ふと思い出したことがあるので聞いてみた。

 

「そういえば銀子。こないだ言ってた俺を探ってる奴ってどうなった?」

「一言でいえば小物ね。脅威にはならないと思うわ。資料いる?」

「そうだな、一応貰っとくよ」

「それじゃ明日にでも渡すから」

 

心配する必要もない小物、とはいうが仮にもプロだ。警戒するに越したことはない筈だ。

資料をもらうと答えて、再び銀子を眺める。

 

 その後にもいくらか話題はあったが特別なものではない。

金のない俺に向かって、デート場所は公園とかでいいと言ってきたぐらいのものだ。

流石というべきか何なのか。俺の懐事情を心配して言ってきてくれたに違いない。

男として少しムッとするところもあるのだが、プライドでは財布は潤わない。

申し出自体はありがたいので、素直に受けてお金のあまりかからない場所を回ろうと思う。

ただ公園を回るだけでは面白くないので、何か考えて置く必要はある。

 

 最後帰るとき、こちらを向くこともなく、ごく自然に

 

「私も好きよ」

 

とだけ呟いて帰って行った。




書けないから一部飛ばし気味。場面に登場する人が増えると急に書きづらくなる。
実は一番書きづらいのは真九郎、ということに気が付いた。紫も誰だお前。状態。
次回は銀子とのデート。崩月での話は飛ばす。
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