今日は銀子とのデートだ。二人で適当に歩くだけという予定だったとしてもデートなのだ。だというのに、見上げると温かさをくれる太陽は隠れ、青い空すら見えない。一面が灰色の雲で覆われていて、予報では雨も降るらしい。
早朝でもないのに吐く息はいまだに白く、上着を着なければ寒い。一週間前とはずいぶん違う。それでも、どれだけ寒かろうと雨が降ろうと、予定は変わらない。いや、回る場所は変わるかもしれないが、銀子とのデートということは変わらない。
傘を用意して靴を履き、待ち合わせ場所である駅へ向かう。
駅には、壁に寄りかかりながら周りを観察している銀子がいた。俺より先に気が付いていたようで、俺が銀子を発見した時にはすでにこちらを見ていた。心なしか怒っているようにも見える。
「悪い、待ったか?」
「今来たところよ」
「……なんだか今の会話デートっぽいな」
「言われてみればそうね」
返事をする銀子に違和感を覚え、何が原因だろうかと、銀子の全身を見る。あまり飾り気のない服装に化粧のしていない顔。数少ない洒落っ気は昔あげた髪止めを付けているところだろうか。いつも通りで違和感があるのはここではない。ずっと銀子を見ていると、不審に思ったのだろう。銀子が話しかけてきた。
「どうしたのさっきから。不審者みたいよ」
誰が不審者だ。そう言おうとして、銀子の方を見ると目が合う。ここで違和感の正体に気が付いた。
「眼鏡どうしたんだ?」
眼鏡を付けていない。普段の銀子ならば待っている間、眼鏡をかけてパソコンをいじっているはずだ。だというのに銀子は眼鏡を付けていなければ、パソコンを持っている様子もない。返事が来る前に質問を重ねる。
「そういえばパソコンもないな」
「仮にもデートなのにパソコンなんてしないわよ。眼鏡は……」
眼鏡のことになると急に言葉を濁す。それでもふぅっと息を吐くと聞き取りやすい声で言った。
「真九郎は眼鏡あった方がいいかしら?」
「あーそうだな、新鮮っていえば新鮮だけど、違和感のほうが大きくてなんだか落ち着かないな」
俺の言葉を聞くとこちらを半目で睨んできて、どこぞへ歩き出す。慌てて付いていこうとすると
「トイレよ」
そう言い、その後ここで待ってるように続けた。
銀子が返ってくるのを待つ間、さっきまでの銀子と同じように道行く人を眺める。思いのほかいろいろな人がいて面白い。だが、眺めているとひとつ気になることができた。
銀子って目良くないよな。俺より先に気付けたのは何でだ?
答えを考えていると、これはすぐわかった。眼鏡ではなくコンタクトを付けていたのだろう。なぜコンタクトにしたのか理由はわからないが。だとするなら、トイレというのはレンズを外しに行ったのだろう。滅多に、というか銀子がコンタクトをしているのなんて初めて見た。恐らく付けるのは初めて、違ったとしてもまだ少ない筈だ。だから、鏡がある場所で確認しながら外したいのだろう。付けたことはないが、慣れないと相当怖そうだ。目なんて急所の一つだからな。
銀子が戻ってくると、今度は眼鏡を付けていた。俺の予想は正しかったのだろう。
「大丈夫だったか?」
「は?」
何を聞いているのかわからないといった様子で、聞き返してくる。
「いや、コンタクト外しに行ってたんだろ? 慣れてないだろうし大変だろうな、と」
「気付いてたの」
心底意外そうに、あるいは感心したようにそういう銀子。
「気づいてたっていうか気付いた、かな。ここに立って見て分かったんだけど、銀子の視力じゃ眼鏡ないと俺見つけられないと思ってさ」
「なるほど、本当にどうでもいいことは鋭いわね」
「そうか? それにしてもなんでコンタクトなんてしたんだ? やっぱり眼鏡のほうが似合ってて落ち着くのに」
「深い意味はないわ。ただなんとなくよ」
なぜだか急に不機嫌になり、冷たい口調で言ってくる。何か詮索されたくない事情があるのだろう。気にはなるが深く聞かない方がいい。
ちょうどいい時に、乗る電車ではないが、電車が来た。それで、急いで構内に入ろうと話題を変える。銀子も頷いて切符を買って改札を通る。予定の電車まではまだ多少時間がある、この寒い中ただ待つのも辛いので、自動販売機であたたかい飲み物を買う。銀子は紅茶。俺はポタージュだ。飲み終わっても底にコーンが残っていて勿体ない。かといって必死に取ろうとするほどでもないので、ごみ箱に捨てる。ちょうど、目的の電車が来た。
目的の駅に着き、歩きながら銀子と話す。
ホームから見上げた空は、家を出た時より暗くなり、今にも雨が降り出しそうだ。思わず傘の確認をする。入っていない。どういうことだ、と自身の行動を思い返してみる。雨が降りそうな天気なので傘を用意する。傘を持ったまま玄関で、靴を履くときに邪魔なので脇に置いた。そしてそのまま家を出る。つまり、今玄関にあるはずだ。
改札を通りながら思わずため息をつく。すると銀子が声を掛けてきた。確かにデート中だというのに、ため息をつくなんて失礼だろう。
「どうしたの?」
「あぁ、銀子。傘……忘れた」
銀子が空を見る。そして、こちらを見つめて軽くため息を吐く。
「一緒に入ればいいでしょ。折り畳み傘だけど」
「でも濡れるぞ? そこでも売ってるし」
折り畳み傘は少し小さい。二人で入ったら確実に肩とか濡れる筈だ。それでもし風邪でも引かれたら大変だ。
そしてそばに見える駅の売店でも傘は売っている。急な雨ならばともかく、こんな降ると分かりきっている日に買う人は、きっと俺と同じでうっかりしていたんだろう。
「濡れて困るものなんて、今は持ってないわ」
「だとしても銀子が濡れたら困るだろ?」
「あそ。そう思うなら傘なんて忘れないでしょう?」
俺の言葉に短く返し、それならと、こちらを責めてくる。
「だから買おうと」
「デートにお金はかけないけど傘にはかけるの」
「そういうんじゃなくてな」
今回のデートでは金はそれほどかからない。せいぜいが昼飯代くらいなものだ。一日ゆったり一緒に歩くだけだから。そのことを言ってくる。返答に窮して困っていると、助け舟を出すように、にやりと笑いながら言った。
「冗談よ。買う必要はないけど」
「買った方が」
「どうしてもお金を使いたいならツケを払いなさい」
有無を言わさぬ一言。銀子への情報料は溜まっている。溜まっているツケは傘代千円程度では1割も埋まらない。仮にその程度のツケならば払えている筈だ。そもそも銀子はそんなに金にうるさい人間ではない。なら何故そう言ったのか考えると、金欠なのだから無駄な買い物するな、と言いたいのだろう。
「分かったよ」
結局、押しに負けて傘は買わないことになった。なぜだか銀子が満足げに見えた。
いつ雨が降るかわからない中、二人で境内を練り歩く。天候のせいもあり、周囲に参拝客は他にいない。今いる神社は夕乃さんがたまにバイトしている神社でもある。初詣や祭りなどでなくこの神社に、それも銀子と二人きりで来るのは初めてだ。
境内というだけでなんだか急に神聖な気がして、気持ちが落ち着いたり罰当たりな気がするのは、日本人だからだろうか。周りに人がいないだけで、こんなにも違って感じる。その違和感を和らげるためかどうかは自分にも分らないが、銀子に話しかける。
「いつも来てるときとはだいぶ違うな」
「行事があるときしか来てないんだから、当たり前ね」
「それはそうだ。でもなんか神聖っていうかなんていうか」
「単純ね」
くすりと笑ってそういう銀子。
「いやでも、そんなもんだろ」
通りの隅を歩いて、賽銭箱の前まで来る。話を中断して、財布から小銭を二枚出す。生憎五円玉が一枚しかないので、銀子に渡して自分は十円玉を投げる。賽銭箱に当たって、カンコロチャンと中に落ちる。それから鈴を鳴らす。作法は確か、二礼二拍手一礼だったか。昔夕乃さんに教えられた。
手を二度叩き仕事が来るように願う。これ以上仕事が来ないと厳しい。神頼みでいいのかといえるぐらい切実な願いだ。二度三度心の中で繰り返すと合わせていた手を放し、最後に一礼。一歩下がると銀子に話しかけられた。
「随分真剣だったけど何願ったの?」
「仕事が来るように。銀子は?」
「人に言うと叶わないって言うでしょ」
「俺の願いは叶わないのか!?」
銀子は茶化すようにいう。だがこちらとしては本当に切実な望みで、明日を生きるのに必要なことなのだ。銀子は勿体付けるように次の語句を言った。
「大体神頼みしないで仕事くらい探しなさい」
「ははは……銀子」
仕事紹介してくれ。そういう前に銀子の言葉で遮られる。
「バイトなら歓迎するけど?」
銀子は俺のやっていることを良く思っていないので、仕事を紹介してくれるのは本当に切羽詰っているときだけだ。何が言いたいかというと
「まぁ、適当に探しといてあげるわよ」
今、相当切羽詰っているということ、そして銀子はなんだかんだで優しいということだ。
「ありがとうな」
「感謝するならそんな仕事辞めて頂戴」
「よし、次はおみくじを引こう」
話をそらすようにおみくじのところに歩いていく。何度か顔を合わせたことのある神主さんに、浮気かとか、夕乃ちゃんはどうしたとか、からかわれながら百円払いおみくじを買った。結果を見ようとおみくじを開く。思いのほか手が冷えていたのだろう。一度落としてしまった。おみくじの結果は凶。凶なんて珍しいものを引いた、と思いながら木の枝に括り付ける。銀子も凶だったようで、一度軽く見せてから枝に付けていた。二人そろって凶なんてある意味で運がいいのかもしれない。神主さんまで珍しいものを見たようにして、真剣な顔で、気を付けた方がいいと言い、その後表情を崩して、色恋もほどほどにしねえと刺されるからな、と付け加える。銀子とも夕乃さんともそういう関係ではないし、余計なお世話だ。
あの場から離れて境内を適当に散歩する。本殿ほどではないが清涼な空気を感じる。個人的には人が居ない方が好みだ。神主も見えないので、本当に二人きりだといえる。特に会話もなく、ただ歩いているだけだが、不思議と悪い気はしない。
二人で並んで歩いていると、不意に頭に何かが当たるような感触がした。頭に触れるがおかしなところはない。雨かと手の平を空に向けて前に出す。そして空を見上げる。雲は暗い灰色で、そこから何かが落ちてきて、鼻に当たった。雨だ。
銀子も気づいたようで、カバンの中から折り畳みの傘を取り出す。それを手慣れた手つきで開いていくと、中に入るように目で促してきた。やっぱり肩が濡れそうだな。と思いながら、銀子から傘を受け取り、手に持つ。できるだけ銀子が濡れないように、少し銀子のほうに傾けた。
雨が傘に当たっていい音をボツボツといい音を鳴らす。さらに周りの木や、砂利を踏む音も合わさって自然の音楽みたいだ。なんだかそんな話があったような気がする。小学生とかでやったような記憶がある。
傘を差したまま道なりに進むと、一本、大きな注連縄の付けられた木が生えている。木の周りは杭を打たれ注連縄で囲まれていて、それ以上近づくことはできないが、せいぜい1mあるかないかぐらいの距離だ。木の下で雨宿りできる空間ぐらいはある。証拠に木の周りだけ、砂利の色が変わっていない。大きな木に遮られてこの雨が地面に届いていないのだろう。ちょうどいいので、その木の下でしばらくいることにした。
木の下に着き、傘の水を払う。その水で今まで雨に侵されていなかった砂利が濡れ、斑に水玉模様ができる。そんなことは気にせず傘を袋の中に入れるとカバンの中にしまった。
隣の銀子を見ると、右肩だけすこし濡れている。雨が降ったせいか、周りの気温はさらに下がっているように感じるので、寒いのではないだろうか。そうだとしても、俺も体の左側が大分濡れていて、貸せるような服などない。やっぱり傘は買ったほうが良かったかもしれない。
「大丈夫か?」
「おかげさまでね」
俺の左半分を見ながらそういう銀子。俺も銀子も微かに笑った。
どれだけ時間が経っただろう。雨の中、ご神木の下で銀子と二人でただただ言葉もなく雨を眺める。そんなことを続けて、何とはなしに思ったことが口からこぼれた。
「折角のデートなのにな」
デートらしさはないだろう。二人で雨を見続ける、なんとなく申し訳ない気がする。
「晴れてても、適当に見て回るだけでしょ」
「それはそうなんだけどさ、残念だろ?」
「それならまた来ればいいじゃない、お金もかからないんだし」
「そうだな……」
また来よう。その言葉は声に出さなかった。
なんとなく、雨につられたのかしんみりとした空気になってしまった。だからといって、無理に話題を探すことはない。いつものことだ。こうして何を話すでもなく、ただ隣にいるだけなのに、なぜだか気まずくない。
「それに」
こちらを向いて、普段の表情とは違う、優しげな笑顔を浮かべる。普段見せない姿に目を丸くして、二度三度瞬きをする。表情は変わらず優しい。
俺と銀子がまるで鏡合わせのように向かい合う。見た目も浮かべる表情も全然違う、それでも今思ったことはそう違わないはずだ。
「こういうのも悪くないわ」
言いながら振り続ける雨の方を見る。つられるように俺も雨を見る。雨足はわずかに弱まり、もう少しで一時的に止むかもしれない。時計を見ると、一時間は経っていた。時間がたつのはこんなに早かったのか。それは隣に親しい、大切な人がいるからなのかもしれない。だから、隣居るのがにそんな人なら
「そうだな」
こういうのも悪くない。自然と顔が緩む。
デートらしくなくても、俺と銀子にとっては十分だ。
いろいろ試験的に、でもなんか違う気がするしうまく書けない。とはいえ悩んでないでさっさと進める。モチベーション的にも。
次回はデート後半。そろそろ起承転結の……承って何書けばいいの? というか起承転結の区切りがいまいちよくわからない。