マリオネット   作:らるいて

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その九

 雨が止む。物語のように雲の隙間から太陽が顔をのぞかせる、なんてことはなく、暗く分厚い雲だけが空にある。雨が止んでも周囲から水音は消えない。木々の葉に付いた雨露が、その隙間から零れ落ちているからだ。

 雨がまた降り始めないうちに、他所へ行こうと隣の銀子に声を掛ける。

 

「雨止んだな」

「そうね、次はどこ行くの」

 

雨が止んだといっただけで意図を理解してくれたようで、どこに行くのか聞いてくる。だが生憎と予定はない。

 

「あーそうだな……」

 

返事に困っていると銀子が口を開く。

 

「特にないなら、行きたい場所があるんだけど」

「え? そうなのか? ならそこに行こう」

 

別に予定はない。それなら行きたい場所に行くのもいい。少し急な事で懐が気になるが、銀子ならそのあたりのことも分かっている筈だ。兎に角銀子に任せておけば安心だろうと、そう考えて木の下から出ようと歩き出した。

 

「あんた場所知らないでしょ」

「あ」

 

それはそうだ、銀子が行きたい場所なんて、本人以外に知っている人はいないだろう。居たとしたらあらかじめ話されている人間だ。その場でくるっと回れ右。銀子のほうに向きなおり、どこに行くのか聞こうとしたとき、

ピチョン

頭の上に雫が垂れてきた。雨の粒より大きかったようで、濡れたのが分かる。頭に手を当て軽く水を払うと、一歩下がってから、何事もなかったように聞き直す。

 

「どこに行くんだ?」

 

銀子は口元を隠しながら、行きたいという場所を言う。まぁ、知らない場所だった。

 

 目的地に行くために神社の出入り口、鳥居のある場所まで移動する。やっぱり神主がいたが、誰かと話しているようで、こちらには気付いていない。一応その場で礼だけしておく。礼をしている間にも銀子は先に進んでしまっていたので、駆け足で隣まで移動する。ずっと立って居た筈なのにそれほど疲れていない、軽い足取りで、銀子と歩く。

 

 

 

「どこまで行くんだ?」

 

着いた場所は駅だった。ということは当然電車に乗るんだろう。そう考えてどこまで行くのか、銀子に聞くと

 

「一時間は乗らないわよ」

「……それはどうでもいい」

 

一時間は。ということはその近くはかかるってことだよな、と思い言いそうになったがそれを呑み込む。一時間という答えは此方の質問に対する答えではない。教える気はないのだろう。それでももう一度聞こうとしたところで銀子の言葉に遮られた。

 

「お金なら出してあげるけど?」

「そういうことじゃない。どこで降りるんだ?」

「秘密よ。まぁ切符見れば大体わかると思うけど」

 

そういいながら切符を買いに行く銀子。買った切符を渡され値段を見る。想像よりは低い値段だ。そして首を上にあげ、路線図と見比べる。場所的には一時間は確かにかからないが、それならもっと近い時間を言うだろう。見比べて、多分一分も見ていないが銀子の声が少し離れた場所から聞こえた。

 

「置いてくわよ」

「おいおい、少しぐらい待ってくれよ」

 

路線図を見ているうちに銀子は改札の方へ進んでいた。置いて行かれてはたまらない、どこに行けばいいのかわからないのだ。路線図から目を離し、銀子の方へ駆ける。最後にチラリと見やったが、結局見つけることはできなかった。

 

 

 

 電車に乗っているうちに雨が降り始め、乗り換えの度に温かい車両内と外の温度差で体を震わせる。乗り換えの時、切符を新しく買い別の電車に乗ったので最初見ていた路線図は、何のヒントにもならないと気付いて、銀子の方を半目で見つめる。銀子は軽くそれを流すと、さっさと先に進んでいく。

 銀子は服も乾いて、ズボンもそれほど濡れていなかったので座っているが、俺が座ると座席が濡れてしまう。なので銀子の前に立ちながら電車に揺られた。

 

 ようやく目的地に到着したらしく、電車から降りる。結構田舎な駅だとは思ったが、降りる人は自分たちも含めて、四人もいた。もしかしたら案外利用されているのかもしれない。

 時計を確認すると一時間以上経過している。銀子は一時間かからないと言っていた気がする。人身事故とかで遅れたわけではないので、銀子に聞いてみる。

 

「一時間以上経ってるぞ」

「乗ってる時間だけなら五十分ちょっとの筈よ」

「あぁ、そういうこと……まぁ時間はいいんだ」

 

時間はどうでもいい。いや、どうでも良くはないが一時間少しぐらいなら何の問題もない。それに今は重要な問題がある。

 一時間ほど雨の中、木の下で立ち尽くし。電車の中と駅でまた一時間と少し立っていた。足が疲れた、というのもあるがそれは問題ない程度の疲労だ。伊達に鍛えてはいない。

 それよりも、待ち合わせ時間は十時。そして結構前に一時を回っている。朝食も取ったし一週間近く何も口にしない事もあった。とはいえ食べれるならば食べたいのだ。要するに、空腹だ。

 

「じゃあ何よ」

「腹減った」

 

その言葉を聞くと、銀子は呆れた様子で、溜息を……珍しく吐かずに、返答した。

 

「そういっても無いわよ」

「そうなのか?」

「そこでパンでも買いましょ」

 

そう銀子が指さすのは小さな売店で、棚は新聞とお菓子等で埋められておりパンやおにぎりは見当たらない。店員は商品と思われる雑誌を持ちながら、座っている。パンがないか聞いてみようと、店員に話しかける。

 

「あの、パンってありますか?」

 

そう問うが店員は雑誌を見るばかりで、反応が薄い。もう一度声を掛けるとこちらに気が付いたようで、顔を上げる。銀子の方を見て一瞬困ったような、泣きそうな、とにかく辛そうな顔を浮かべたが、すぐにその表情は消えた。それから俺の方を見ると謝りながらこちらに応答した。声を掛けたのが俺だったのと、銀子が不機嫌そうに眉根を寄せているのが原因だろう。家が店をやっていることもあって、接客には人よりもうるさい。なのでこの店員の接客が気に入らないのだろう。実際、あまり気持ちのいい対応ではない。

 

「あ、すみません。パンですよね……ちょっと待って下さいね」

 

聞いていないように見えて、意外と言葉は聞こえていたようで、そう言うとしゃがむ。そこで何やら呟くと少ししてから立ち上がり、横についている冷蔵庫を開けた。中にはペットボトルの飲み物が詰められているのが見える。その上のペットボトルの入らなそうな広さの段に手を伸ばすと、一つ取り出した。それを俺と銀子に見えるように、カウンターの上に置く。

 

「パンはないですけど、おにぎりならありますよ。二種類」

 

そう言いながら銀子に見せ、もう一つおにぎりを並べた。並べられたのはシャケとおかか。どうするかと銀子に尋ねると、一瞬返事が遅れてからおにぎりを買うということになった。具は任せるとのことだったので、それぞれ二つずつ買った。ちなみに代金は銀子が出してくれた。

 

 昼食を買い、右手で傘を持ち左手でおにぎりを食べながら銀子と歩く。相変わらず体に雨が当たって濡れるが気にしない。いまだに機嫌の悪そうな銀子に、さっきの店での事について聞く。

 

「なんだか不機嫌だな。やっぱりさっきのか?」

 

聞いてみると、案の定原因はそれだったようで、怒りを露わにして語りだした。

 

「当たり前でしょ。あんなの商売人の態度じゃないし、仮にバイトだったとしてもお客さんに対してあんな失礼な態度をとる人なんてうちでは絶対雇わないわ」

「ははは……」

「真九郎は甘く見てるけどね。どんな仕事でも相手となるお客さんがいるんだから、なるべくそのお客さんが気持ちよく利用できるようにしなければいけないの。これは別に飲食店とかに限った話じゃなくて、揉め事処理屋にだって必要なことよ。ズバッと悩みを解決できればリピーターになるかもしれないし口コミで――――」

 

普段は俺の仕事を応援しない、というかよく思っていない銀子が、アドバイスまでくれている。それほど腹が立ったらしい。俺としてはそんなに気にすることもないと思う。確かに不快かもしれないが、そんなの一々気にする方が面倒だ。息もつかせぬ勢いで話続ける、というか愚痴り続ける銀子に相槌を打ちながら、一部参考にさせてもらいながら。歩いていく。

 

 

 

 銀子が急に足を止める。そのまま進みそうになって、慌てて手を伸ばして傘が銀子から外れないようにする。自分が雨に軽く打たれ濡れる。急いで自分も傘の中に入り、どうかしたのか、問題でもあったか道を間違えたか。聞いてみる。

 

「どうしたんだ?」

「そうね、こっちよ」

「こっち……? 森だな」

 

銀子がこっちと言いながら見たのは通路の脇に広がる林というか森というか。兎に角そっち側だ。電車で一時間もかけて通路の脇から広がっている森の中に行くというのだろうか。俺の疑問など無かったかのように、森の方へ足を出す銀子。この先に何かあるのだろうか。気になったが、銀子が濡れないように、傘を持ちながら森へ足を踏み入れる。

 

 森の中だが、雨のせいか動物や虫は見かけない。風で葉が擦れ合う音と、雨の当たる音以外には、俺と銀子の足音しか聞こえない。木に遮られて雨はあまり、直接は降ってこないとはいえ、やはり葉の隙間から落ちてくる。それで結構なこと濡れるので傘を差したまま歩く。

 大分深くまで進んだ。辺りを見渡しても道路は見えない。視界に入るのは木ばかりだ。この先に用事があるのか知らないが、そろそろいい加減焦れて来た。

 

「おい銀子、どこまで行くんだ?」

 

いつまで進むのかと問うと、辺りを見渡して、もうこの辺りでいい、というような事を呟くと向き直って此方に飛び掛かってきた。咄嗟の事だったが相手が銀子だったということで、反応できたが、避けても銀子がそのまま転びそうだったので避けずに受け止めた。受け止めると傘が地面に落ちた。がっちり抱きつかれていて傘は拾えないので、上から落ちてくる水で少しずつ濡れる。

 

「いきなりどうしたんだ?」

「ねぇ真九郎」

 

普段の銀子ならば、人目がなくてもいきなり抱きついたりはしてこない。不思議に思い、どうしたのか問うても答えはなく、顔を胸にうずめたまま名前を呼んでくる。なのでひとまず調子を合わせるように答える。

 

「なんだ銀子」

 

名前を呼ぶと下を向いたまま一歩離れて、顔を上げ、こちらの目を見ながら

 

「好きよ」

 

と言ってくる。本当にどうしたのだろうか、こんなことを銀子から言ってくるなんて。疑問に思いながらも普段通りに返す。

 

「俺も好きだ」

 

その言葉を聞くと、そう、と嬉しそうに俯きながら呟いた。けれどもそれはわずかな時間で、すぐに、でも。と続いた。

 

「でも」

「でも?」

「でもその好きは家族としてなのか友人としてなのか分からないけど、少なくとも異性に対しての好きではない」

 

眼鏡を外し、カバンにしまう。それから顔を上げた銀子は、俺が今まで見たことのないような、虚ろでどこも見ていないような目をしていた。そんな目をしながら、これまた一度も聞いたことないような言葉を言う。いきなりの事で状況が呑み込めない。

 

「ど、どうしたんだ銀子」

「別にどうもしないわよ。強いて言うなら本当に鈍い馬鹿に嫌気がさしたってところ」

 

銀子はそう言いながら一歩踏み出し、お互いの息がかかり、鼻がぶつかりそうな距離で言う。

 

「真九郎。私はあなたのことが好き。それは異性として、女として男のあなたが好きなの。あなたは?」

 

目が虚ろなことを除けば真剣な表情だというのに、妙に艶っぽくて、思わず意識してしまうような、そんな表情で迫ってきて、言葉がなかなかでない。

 それでも、銀子がおかしいことと、銀子の質問に対する答えをすぐには出せなかったので、銀子を優しく手で押し、離した。

 

「悪いけど、すぐには答えられない」

「そうよね。ごめんなさい」

 

地面の落ち葉を軽く蹴りながらカバンに手を入れている銀子を横目に、考え出す。

 

銀子の様子がおかしかったのはなんだ? 銀子は平気だと言っていた。

銀子が俺のこと好きだという。今まで、何となくは気づいていたが明言は避けていた。

だが、平気なはずがない。普段の銀子ならこんなことは言わないし、そもそも言うためだけにこんな場所まで来ない。

俺は銀子のことが好きだ。それは確かだ。でもそれは銀子の言うとおり、家族や友人に対してのものなのか?

では何故おかしくなった。原因は。心当たりはない。強いて言うならば俺が狙われているとばっちり。

紫や夕乃さんに対しての好きはどうだろうか。どちらも姉や妹、つまりは家族に対しての好きなのか?

俺は俺を狙っている人間を知らない。いや、先日銀子から教えてもらった数人ぐらいのものだ。ならばそいつらの仕業か?

分からない。銀子や夕乃さん。紫に対する好きも。いや、紫は妹としての物の筈だ。二人に対する感情はどんな好きだ?

考えにくい。銀子が言っていた通り、大きな組織に所属しているわけでも、名が知られる程強いわけでもない筈だ。はたして銀子をこんな状況にできるのか?

家族? 恩人? 友人?。夕乃さんには恩人と家族がしっくりくる。ならば銀子は? 恩人には違いないが何か違う。家族も近いが違う。友人よりはもっと近しい。

 

 考え事をしていたからだろう。様子がおかしい銀子から目を離してしまった。考え事が止まったのは、体に、腹の辺りに痛みを感じたからだ。

 痛みで意識が引き戻される。目の前には離れていたはずの銀子が。下を向いていた。銀子の見ている場所を見るために視線を下げると俺の腹に何か、突き立てている。そこから赤い液体が少しずつ零れていて、痛みもそこからする。手が震えているのが分かる。

 

「銀、子?」

 

銀子の名前を呼ぶと、顔を上げ、俺に刺さっている物を手に持ったまま一歩、二歩と後ずさる。すると俺に刺さっていた物が抜けその姿を表す。折り畳み式のナイフだ。刃渡り10センチに満たないような物が、俺の血を付けて鈍く光る。ナイフが抜かれたことで、血が流れ出る。心臓が鼓動するたびに、新しく血が流れ出ていく。

 

「真九郎が悪いんだから。……だから」

 

銀子は虚ろにそう呟くように言いながらナイフを持ち替え、刃を自身の方へ向ける。ゆっくりと自身の顔の前まで持ってくる。体を動かして銀子を押し倒す。銀子の手を押さえて、ナイフを使えないようにする。銀子は暴れるが、余裕を持って抑えられる。腹から流れる血が垂れて銀子の服まで汚す。

 馬乗りになって、押さえつけたまま、どうするか考える。銀子はいつの間にやら抵抗をやめ、何かぱくぱくと口を動かしている。このまま押さえ続けていても血が流れて疲れるだけだ。幸いにも傷はそれほど深くはない。ならば、

 

「悪い、銀子」

 

先に謝ってから銀子の手を叩き、ナイフを手放させる。そのまま銀子の意識を奪おうと、手を掲げたところで、後ろから物音がして聞き慣れた声が聞こえた。

 

「真九郎さん」

 

掲げていた手を掲げたままそちらを振り向くと、夕乃さんが立って居た。後ろから紫が走っているのも見える。紫がこちらに着くよりも早く、夕乃さんが驚いたように言う

 

「ど、どうしたんですか!?」

「ちょうどいいところに。話は、後でしますから。銀子をお願いします」

 

そう言って手を振り下ろす。うぐ、と苦悶の声を上げてから銀子は動かなくなった。それから立ち上がるとちょうど紫もついたようで、今の状況を見て目を丸くしている。

 

「真九郎! これはどういうことだ!?」

「話はあとでする」

 

二人に適当に声を掛けながら、意識を失っている銀子を見る。銀子がこんなことしたのには何か原因があるはずだ。自分からするとは思えない。なら、させた奴がいる。銀子にこんなことさせた奴は誰なのか。分からないが、許さない。必ず。




うまく書けずに少し長め。日常はひとまず終わって、次回から仕事。の筈。
書いてる途中切彦が浮かんできたけど出番はない。思いつかないし。
さて、うまく辻褄合わせしないと……
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