黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
「テイオー、強かったですわね」
レースの翌日。
スピカでワンツーフィニッシュを決めたため、みんなで大騒ぎした翌日。
ゴールドシップと二人、昨日の片づけをしているときにマックイーンは思わずこぼした。
今のマックイーンの実力は有数のレベルである。
ゴールドシップはそう思う。
自分の最盛期だって今のマックイーンだと五分だったと思う。
さらに成長が見込めることも考えれば、ゴールドシップを超えるのではないかと思っている。
そんなレベルのさらに一段上を大阪杯でテイオーは行った。
直線勝負に持ち込まれても勝てる可能性はあると思っていた。
だが、直線直前で一度よれたにもかかわらず、テイオーはマックイーンとの差を詰めてきた。
また、コース取りも完璧だった。内側を完全にブロックされ、不利なレース展開にマックイーンは持ち込まれていた。
そのまま直線勝負になっていたら、マックイーンが完全に力負けしていただろう。
マックイーンのあれは奇術の類だ。
一回やって種が割れれば次からはあまり有効ではない。
まったく意味がないわけではない上、最初の加速も兼ねているので次以降も利用するだろうが、あれで次以降勝つのは難しかった。
天皇賞春までは一月も残っていない。
距離適性から言えばマックイーンの能力は長距離向けでありその点は有利だが、テイオーも菊花賞で2着を取っており、決して長距離が苦手なわけでもない。
次もまた厳しい勝負になりそうであった。
「確かに強かったな」
「今回は私が勝ちました。しかし、天皇賞春はもっと厳しくなりそうです」
「そうだな、マックイーンにとっては天皇賞が大事だからなぁ」
メジロ家の家訓により、マックイーンも天皇賞を比較的神聖視している。
確かに秋の盾は取ったが、春の盾もまたマックイーンとしては欲しいというのはゴールドシップも理解していた。
「体に負担をかけてでも、追い込みで行くしかないでしょうか」
「マックイーン、それは却下だ」
「負担が大きすぎますか?」
「いや、単純にそれじゃテイオーに勝てない」
「……」
「先ずコースが悪い。天皇賞春は京都レース場だ。アタシぐらいコーナリングがうまければ別だが、マックイーンじゃコーナー前からスパート掛けたら、淀の下り坂の遠心力ですっ飛んで下手すると外ラチにぶつかる。危なすぎて使えるもんじゃない」
京都競馬場は最後の第四コーナーが下りになっている。
なのでそこの部分は減速するのが鉄則なのだ。
ゴールドシップも菊花賞でロングスパートをしたことがあるがすさまじくつらかった記憶がある。
ただでさえ自身で加速しているのに、坂での加速度まで加わるのだからその抑え込みは非常につらかった。自分でもよく曲がれたと感心するレベルだった。
ゴールドシップより不器用なマックイーンでは曲がれないと思った方がいいだろう。
「もう一つは、テイオーはおそらく潰してくるだろうな。大阪杯であれだけマックイーンを上手くマークしてたんだ。ネイチャの手をまねるのは難しくないだろうな」
距離の問題もある。2000mぐらいなら天皇賞秋のように押し切ることも可能だが、3200mの天皇賞春ではそういうこともできない。
使っても勝てないという風に考えた方がいいだろう。
「つまり、総じて不利、という結論ですわね」
「そうなるな」
「じゃあ私のするべきことは簡単ですわ」
「なんだ?」
「テイオーが他人の真似をするなら、私も他人の真似をしようかと」
「ふむ…… カノープスの皆が手伝ってくれるかね?」
マックイーンは本気なのだろう。
だからプライドも置いて、冷静に分析を始めた。
今までマックイーンは対テイオー2戦2勝である。圧勝しているといってもいいかもしれない。
しかし、現状では特に抜け出しの速度で負けている。まだトレーニングなどで伸ばす余地があるとはいえ、天皇賞春までは間に合わない。
マックイーンは自身が弱者であることを認めた。
だがそれは負けを認めると同義ではないのだ。弱者でも勝つことがあるのを、マックイーンは一度経験しているのだから。
「そこは最悪、土下座でもしますわ」
「まあ私も頭を下げよう。ダメなら他の手を考えればいいしな」
そんなことをしゃべりながら二人は目的地へと向かう。
会う予定なのはカノープスの南坂トレーナーと、遠征付き添いから帰ってきているはずのナイスネイチャだった。