黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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閑話:フィナーレまではもう少し

「こんなものができるんですね」

「温故知新というけどね。やっぱり古くからあるものには意味があるって事なんだろうね」

 

東京郊外の森の中。

たくさんの岩が並ぶ中心に、アグネスタキオンとメジロの総帥はいた。

 

「しかし、仮定に仮定を重ねるのはあまり科学的ではないから好きではないね」

「でも、あの子のためならその無理を通してくれるでしょう?」

「恩があるからね」

 

リョテイやイクノからの他メジロ家が雇った歴史学者などからの報告から、ゴールドシップがどういう者か、タキオンは大体予想は付いていた。

ゴールドシップがこのままここで暮らすのは難しいというのも予想できていた。

歴史を変えたひずみがゴールドシップに集まっている。これが限界を超えたとき、彼女はここからいなくなるだろう。

といっても消えるわけではない。どこかへ弾き飛ばされるだけだ。ならばその弾き飛ばされた先を未来、彼女が来た未来に送り出すのが一番だろう。

 

歴史が限界を超え、整合性を合わせるために戻ろうとする力。

それによって生まれる力はゴールドシップに集まるはずだ。それに上手く指向性をもたせ、彼女を未来に送り出す。

そのための施設がこの遺跡もどきだった。

 

「この施設に掛かるのは概念的な力だ。だから必要なのは物理的な強度ではなく、歴史の重さに潰されないだけの頑丈さだ。そうするとやっぱり素材は岩になるんだよね」

「そうなのですか」

 

もしかしたら昔の精霊ウマたちもこういった施設で元の場所に帰ろうとしたのかもしれない。

それがうまく行ったのか、行かなかったのかはわからなかった。

だが、そういった類の遺跡も調べ、それを参考にしながらタキオンが中心になって作ったのがここだった。

 

「うまく行きそうですか?」

「ラストダンスは今年の末だろうね。そしてフィナーレは年が明けてすぐぐらい、ちょうど新入生が入ってくる入学式のあたりだろう。現時点でもそれなりに行けそうだけど…… あとはレース次第かな」

「歯がゆいですね」

「総帥の力がなかったらこんな施設作れなかったんだから、みんなの力だよこれは」

「そうですね」

 

メジロのおばあ様がしてきたことは無駄ではない。

こういったことへの金銭的な援助を始め、社会に多くの爪痕を残した。

これはかなりの力になるのは疑いようもない。

だが、根本的な、芯になる部分の力はやはりレースなのだ。

それもゴールドシップ自身が走ってもあまり意味が無い。

ゴールドシップは受け取る側なのだから、彼女を想って走る者が必要なのだ。

例えばメジロマックイーンのように。

例えばそう、自分のように。

その力が大きな力になって、彼女を未来のあるべき場所に送り込めるはずだった。

デビューするかどうかすら迷っていたタキオンがクラシック戦線で戦っている理由はここにあった。

 

「あなたは三冠を取れそうですか?」

「正直かなり厳しいね。ウオッカ君もスカーレット君も強すぎる。あとカノープスのマチカネタンホイザ君も脅威だ。ホープフルに皐月賞は無敗でいけたが、ダービーが越えられるか……」

「……」

「でもね、無敗の三冠。私はあきらめるつもりはないよ」

「……私はあなたを止めるべきなんでしょうね」

「それが親ってもんだろうさ」

 

ただ勝つだけでは意味が無い。ライバルや強敵と戦って勝つからこそ、捧げるものに意味があるのだ。

ダービーには先ほど挙げた3人も出てくるだろう。

それに勝てないわけではない。

だが、勝つための代償は非常に大きいのだ。

 

強さとは、才能と努力から出来上がる。

アグネスタキオンの才能は、当代一だとタキオンは自負している。皇帝やテイオー、メジロ最優秀といわれたマックイーンにも負けないどころか勝っていると思っている。

だが、才能があっても勝つのに必要なだけの努力が積み上げられるかというと別だ。

科学が発展しても、道具が発展しても、限界はある。

既に皐月賞の時点でタキオンの体はかなり厳しい状況だった。

ダービー出走ですらトレーナーから反対されているのだ。

さらに勝てるだけの努力を、自分ほどではないにしても才能あふれる三人に勝つだけの努力を積み重ねるのは、非常に厳しいのはわかっていた。

 

熟練のウマ娘である目の前の老人はそれが分かっているのだろう。

だが彼女はタキオンを止めないだろう。

タキオンとゴールドシップを天秤にかけて、彼女は後者を取ったのだから。

それを恨むつもりはない。そういう選択をするだろうからこそ、自分は彼女に声をかけたのだから。

しばりつけてでも止めるだろうカフェにもスカーレットにも言っていない話だった。

 

「マックイーン君に任せてもいいんだろうけどね。やはり私は私で、あきらめられないのさ」

「……」

「死ぬことはないさ。そのためのこの勝負服なんだから。やはりゴールドシップ君に感謝しないとね」

 

見上げる月はとてもきれいで、導くように明るく輝いていた。


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