黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り   作:雅媛

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第六章 春の終わり
作戦会議


「おハナさん。都合のいいことばかり言っているのはわかっていますが……」

「別に気にしなくていいわ。そろそろあのバカへの貸しが返済不能になりそうなぐらい溜まってるだけだから」

 

スズカが自分の力不足を感じ、相談した相手は東条トレーナーだった。

スズカは元リギル所属であり、まったく縁がないわけではない。

だが、スズカも今面倒見ているテイオーもリギルから移籍したウマ娘だ。

決して東条トレーナーとしても気分が良いものではないだろうとスズカは思っていた。

それでもあまり交友関係が広くないスズカにとって、頼れる相手は東条トレーナーぐらいしかいなかった。

 

沖野トレーナーもある程度面倒を見てくれているが、現状彼は彼でクラシック組の面倒で手いっぱいだ。

特にタキオンが全くいうことを聞かないという事でよくケンカしている。

医師としてドクターストップをかける立場にいた彼女だが、彼女自身の暴走を止める者がいないのだ。ライバルとして走っているダイワスカーレットにこの情報を流すのは難しい。現状マンハッタンカフェが説得しているらしいがあまり芳しくはないようだった。

そんなこともあり沖野トレーナーにこれ以上頼るのはできないと思っていた。

ゴールドシップに頼るのも考えたが、彼女が受け持つマックイーンは最大のライバルである。できれば最終手段にしたい。

そう考えるとあと頼れそうなのは東条トレーナーしかいなかったのだ。

 

虫の良い願いだとスズカは思っていたが、東条トレーナーは別段気にしていなかった。

そもそもスズカを引き受けたのもテイオーを引き受けたのも、自分の失敗だったと東条トレーナーは思っていた。スズカはエアグルーヴの、テイオーはシンボリルドルフの強い後押しがあったため引き受けてしまったが、元来リギルに向いていないタイプのウマ娘だったのだ。

自分の方が加害者であり、申し訳なく思っていたにもかかわらず、こうやって頼られてもともと世話好きな彼女は悪い気はしていなかった。

それはそれとして、相変わらず過労になる沖野トレーナーには心配半分、怒り半分の複雑な気持ちを抱いていたが。

 

「で、テイオーのレースプランね。天皇賞春、他のメンバーをどう分析してる?」

「天皇賞春は大阪杯よりも相手が増えます。メジロマックイーンも脅威ですが、ハイペースで逃げるだろうメジロパーマーもテイオーと相性が悪いでしょう。長距離ですからブレスオウンダンスも気になります。最近成長してきてますし、ここに懸けてくるように思います。あとは阪神大賞典を勝ったカミヤクラシオンも注意した方がいい対象だと思っています」

 

そう言いながらスズカは参加者全員のレースデータをまとめたタブレットを取り出した。

基本的な書式は東条トレーナーと同じものだ。

ちゃんと全員分データがまとめられていて、それによる予想展開まで表示されている。

 

「で、誰が勝つと思ってる?」

「テイオーが6、マックイーンが4ぐらいでしょうか?」

「たぶんパーマー、かなりハイペースで逃げるわよ。そのペースの中でテイオーはスタミナ残せる?」

「カノープスのツインターボと練習しているし大丈夫だと思ったんですが」

「マックイーンとパーマーはレースでの対戦経験もあるし、そもそも同じメジロ家だから同じような練習もそれなりにしたことがあるはずよ。でもテイオーはないし、自分が大逃げしたことはあっても他人の大逃げを経験したことが無い。ターボとの経験があったとしても、あの子中距離まででしょう? 長距離のスタミナ任せの大逃げはずいぶんと違うしその点はマイナスに見ておいた方がいいわ」

「なるほど……」

「とはいえ何もしなければ五分五分ぐらいとみてそう間違いはないと思うわ」

「それで、ここからどうするかが難しくて」

「ここから先は人によって違うし、センスもあるからねぇ……」

 

あらゆる状況を計算するなんて無理なのだ。

ただ、前提としてどんな展開になりうるか、誰が優勝しうるかを計算するのは非常に大事なことだ。

もちろんここまで丁寧に情報分析することも非常に大事だ。だがそこを前提にどこまで詰められるかがレースプランナーとしてのトレーナーの腕の見せ所である。

おそらくスズカはスズカに適したやり方がある。

自分のやり方を教えるべきか、東条トレーナーは悩んだ。

 

「ひとまず、スズカはどうすればいいと思う?」

「大阪杯では、テイオーがマックイーンに勝つ方法を考えました。マックイーンにインコースに入られるとどうしてもプレッシャーなんかを掛けられる可能性を考えてマークをさせたんですが結果はあれでした」

「あんな手を読むのは普通じゃ無理だったと思うけどね」

「でも、おハナさんなら読めたでしょう?」

「完全には無理よ。でも、テイオーがそうしてくるのを相手が読めるなら、相手もそれに対抗する手段は用意してくるだろうことは想像できるし、何かするならコーナー抜け出したところだろうという予想はできたわね」

「……?」

「順に想像していきましょう。外枠でマックイーンは不利が分かってる。そうするとどうにか内に潜り込みたいだろうというのは予想するのは簡単じゃない? で、テイオーが内枠でブロックしてくるのも予想できる。そうすると前か後ろに揺さぶって内側にはいろうとする。でも入れないかもしれない」

「そうですね」

「ここで例えばうちのグラスやエルみたいに足が鋭い子なら後ろに下がって差すという選択もあるでしょうけど、マックイーンは長くて良い脚を使うタイプだから後ろに下がるのは論外。となるとテイオーとお付き合いせざるを得ないでしょう? そうなったときに打開策として仕掛けてくるとしたら最終コーナー終わりよ。それより後だとラストスパート中だから大したことはできないでしょうし、それより前だと対応されて効果が薄いかもしれないし。特にああいう相手に干渉する系のことをするならそこ以外ないわね」

「なるほど……」

「スズカは大逃げが多かったからああいう手を使う相手と競ったことがないでしょうけど、猫だましとか、場合によっては体当たりとか、いくつか手はあったりするわ。あんな豪快な手段は初めて見たけど」

「不勉強ですね……」

「そういう失敗を繰り返してトレーナーも成長するのよ。悔しいけどね」

「おハナさんもそういう経験あったんですか?」

「ええ、もう、たくさんあったわ」

「……」

「まあ気を取り直しましょう、天皇賞春では他の子はどうしてくると思う?」

「前にパーマーが行って、マックイーンも前についていくでしょう。あとは大体後ろからの展開ではないでしょうか」

「じゃあそれをもとにテイオーはどう走るといいと思う?」

「先行してマックイーンと競り合うのは微妙でしょうか?」

「微妙ね。枠にもよるけど、マックイーンに逆にマークを受けるわよ。他に有力バがいなければ問題ないけど、パーマーにペースを乱されているテイオーでは対応しきれないでしょう」

「なるほど…… じゃあ後ろから、末脚勝負とか……?」

「それもありね。マックイーンが末脚勝負してくるとは思えないし。テイオーがマックイーンに一番勝っているところだからね」

 

あらゆるパターンを考慮しながら、二人は話を進めていく。

夜はまだ、長かった。


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