黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
東京競馬場で行われる日本ダービー
もっとも幸運なウマ娘が勝つといわれるこのレースに、今年もまた、多くの観客が集まっていた。
一番人気には皐月賞ウマ娘であるアグネスタキオンが推された。
今までのレース結果を見ても実力的にも圧倒的であり、無敗の二冠目はまず間違いないと思われていた。
対抗する二番人気はマチカネタンホイザだった。
今まで重賞では二着ばかりで一着にはなれていないが、あの「カノープス」のウマ娘だ。
何かしらの方法で、どんでん返しをしでかすのではないか、という期待をするファンが一定数いた。
ウオッカは三番人気であった。ジュベナイルフィリーズを勝利したG1ウマ娘だ、今まで戦ってきたのがティアラ路線であり、二人には劣るのではないかというのがもっぱらの噂だった。
スピカのメンバーは皆観戦に来ていた。
いつものように応援である。
わいわいと、今回のレース展開を皆で予想していた。
「アタシはやっぱりタキオン博士が勝つと思うな」
なんだかんだ言ってもアグネスタキオンファンのゴールドシップは言った。
実力的にもアグネスタキオンは当代一である。
ゴールドシップの予想は無難であり、また一般的なものだった。
「私はマチカネタンホイザさんが勝つ可能性もあると思いますわ」
「カノープスのみんな、怖いからボクもその可能性はあると思うな」
マックイーンとテイオーはマチカネタンホイザの名前を挙げた。
二人ともカノープスと縁があり、マチカネタンホイザのことをよく知っている。
実力的には確かに劣るが、自分の実力が分かったうえで勝ちに行くレースをするのがカノープスだ。
痛い目にあっている二人や、同じチーム所属のキングにしてやられたスぺなども同じような意見を述べていた。
大勢の予想は大体そんなところだろう。
そんな中、スカーレットははっきりと述べた。
「勝つのはウオッカよ」
「ん?」
「ウオッカが勝つ以外の未来が見えないわ」
「スカーレットはウオッカ推しか。タキオン博士じゃないんだな」
「タキオン先輩は確かに強いわ。マチカネタンホイザさんの強さもよくわかってる。でも今日のレース、勝つのはウオッカしかいないわ」
そんな風に断言するスカーレット。
普段以上に強い断言に、チームメンバーも一瞬黙ってしまう。
ゴールドシップが笑いながら、話をトレーナーに振った。
「トレーナーはどう思うよ」
「このタイミングで聞くかよ。そもそもうちのチームから二人出てるからな、どっちかが勝ってくれればいいんだが」
「そりゃそうだけどさ、トレーナーの意見が聞きたいんだよ」
「うーん、それじゃあまあもうレース始まるし言うけどさ」
「おう」
「スカーレットと同意見だ」
ゲート入りも、スタートも特に問題なく、レースは始まった。
いつものように好位置をキープし続けるアグネスタキオン。
いつもと異なり好位置をキープするタキオンをマークしたマチカネタンホイザ。
そしてウオッカは最後方の内側で様子をうかがっていた。
「ウオッカさん、大丈夫でしょうか? 内側につけちゃって」
スぺが心配そうにそう言った。
ウオッカが最後尾につけるのは珍しい手ではない。鋭い末脚が彼女の特徴だ。
だからこそ一番後ろにつけるのも作戦としてありうる。
だがその場合、直線では大外に出ることが多い。内側だと詰まって抜けられなくなる可能性があるからだ。
もちろん内側ならではの有利はある。なんといってもコーナーでの距離のロスが内側はない。
場合によっては10m以上多く走らねばならなくなる大外は距離だけでも不利なのだ。
そんな厳しいところを、ウオッカはついて走っていた。
アグネスタキオンはマチカネタンホイザからのマークに苦戦していた。
本来マークというのはいくつかの目的があるが、今回タンホイザが仕掛けたのは、好位置をキープすることで相手に負担をかける方法だった。
当たり前だがウマ娘は他のウマ娘と重なることはできない。
だから、一番いい所を先に走られると、自分がいい所を走れないのだ。
自分が良いコースを走り、相手にはよいコースを走らせない。
かなり高等テクニックだが、タンホイザはタキオン相手にそういったことを行っていた。
現在、タキオンとタンホイザは2番手争いの位置だ。
確かに道中のレース運びでは非常に苦戦している。
だが、それでもタキオンは負ける気がしなかった。それに、ゴールドシップのためにも負けるわけにはいかないのだ。
第四コーナーを回るタイミングで、コーナーの遠心力を使って外に出る。そのままタキオンはラストスパートを仕掛けるのであった。
タンホイザの走りはここまで想定の範囲内だった。
ここでタキオンが外に回って並んでくるのもまた想定内だった。
そして、これ以上は何も策はない。
道中は有利に運べ多分スタミナ消費は相手の方が多いだろう。
だから勝てるわけではないのは、タンホイザもわかっていた。
足りない分は、あとは根性でどうにかするしかない。
ただただ、タンホイザは必死にラストスパートをかけ始めるのであった。
直線に入ったウオッカはバ群に完全に囲まれていた。大内を走っていた故に外に逃げるのも厳しければ前も詰まっている。
このまま前に行けないと観客のだれもが思った。
しかし、ウオッカはそこから前に進み始めた。バ群の隙間を縫い始めたのだ。
これは言うが易し、行うは難しの典型的な行動だった。
ウマ娘同士、走るときは一定の間が空いている。
当たり前だが常に接触しかねないような距離で走るのは危険なため、本能的に一定の距離を取って走るのだ。
ウマ娘一人分あるかどうかもわからない、そんな隙間をウオッカはくぐり始めたのだ。
しかも全速力で。
当然下手に他のウマ娘にぶつかれば事故になりかねないし、失格にもなりかねない。
そんなギリギリのことをするウマ娘などまずいなかった。
そんな常識にウオッカは挑戦したのだ。
抜群の空間認識力と身体感覚でウオッカはそんなギリギリを、ぶつかることなくすり抜けていった。
そうしてそのすり抜けた速度のまま、最短ルートを取って前を走る二人を追いかけ始めるのだった。
タキオンは焦っていた。
このまま一気に抜け出せると思っていたにもかかわらず、タンホイザを引き離せないのだ。
必死に走るその表情はすでに限界に来ているように見える。
事前データから言ってもすでに限界を超えていると思う。
現に若干ふらついており、まっすぐ走れていない。にもかかわらず速度が落ちない。
突き放したいのに完全に追いすがられていた。
このままどうにか引き離そうとタキオンが最後の力を振り絞ろうとした瞬間。
二人の間を一陣の風が吹いた。
「嘘、だろ」
黒い風が一気に二人を抜き去った。
その速さは絶対的であり、並んで走る二人にも追いすがることができないものであった。
ラスト1ハロン。あとは彼女の背中を追うことしかできなかった。
ダービーは、ウオッカが見事制したのであった。