黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
この年の天皇賞秋は、非常に逃げウマ娘が多かった。
まずオールカマーを勝ったツインターボがこのレースに出ていた。
1枠2番とかなり良い枠を当てていたので、その逃げは油断できないだろう。
さらに2枠3番にはメジロパーマーがいた。
彼女の逃げは相変わらず脅威だ。しかも今回は距離の短い2000mであり、全力で飛ばしてくれるだろうと予想されていた。
他にも3枠6番にダイタクヘリオスがいる。基本マイラーだが、2000mぐらいなら走り切りそうな実力は持っている。全く油断できない。
かなりのハイペースが予想されるレースとなっていた。
すでに4回目の出場になり落ち着ききったキンイロリョテイ。
初めてのG1にテンションが上がりまくってパドックにもかかわらず他の参加者に話しかけまくっているターボ。
盛り上がるパドックの中、一人だけ異様な雰囲気になっているのがテイオーだった。
刺すような殺気に近い気合を纏った彼女の姿は、かつての皇帝を思い起こさせるものだった。
レース経験が参加者中一番多いリョテイすら若干ビビるような雰囲気を纏ったテイオーだったが、そんなテイオーにすら話しかけたのがターボだった。
「テイオー! ターボがんばるからな! テイオーも頑張ろうな!!」
初めての勝負服にテンションが上がり切って目をキラキラさせたターボがテイオーにそう言う。
「そうだね、がんばろう」
「ターボの勝負服、かっこいいでしょ! それで、このぬいぐるみがチャームポイントなんだ!」
「可愛いと思うよ」
アルカイックスマイルで対応するテイオー。
ターボは一方的に話しかけ続けると、満足したのか別の人のところへ向かって行った。
トウカイテイオーはシンボリルドルフやスペシャルウィークが身に着けていた「絶対」の領域に足を踏み入れつつあった。
ずっとシンボリルドルフを見ていた経験と知識、実際に身に着けたスペシャルウィークの存在、そして彼女自身の素養をもってすれば、その領域に入るのはそう難しいことではなかった。
これを身に着けるときに、一番反対したのはスペシャルウィークだった。
ゴールドシップもサイレンススズカも、せいぜい消極的賛成程度だが、反対はしなかった。
スぺを見て、体に負担をかける方法なのは理解している。しかしレースとは多かれ少なかれ過剰に負担をかける行為だ。例えばマックイーンのあの追い込みなんてやばいぐらい体に負荷をかける。
確かにあの状態の使いすぎは厳禁だろうが、強くなるのだから大きく反対するほどのものではないと思っていた。
二人はスぺの走りを直接見ていない。絶対を身にまとったスぺを直接見ていない。だからその本質が分かっていないのもあった。
スぺは絶対の果てを知っている。胸の奥で眠る未来の残滓がそれをスぺに教えていた。
また、スぺは絶対といわれるそれが何かも知っていた。
絶対とは拒絶である。最適な位置を最適な速度で走り続けるそれは、周囲の影響を一切受けない。自分の力で確実に勝利をつかむ拒絶の力である。
トレセン学園のスクールモットーをそのまま実現した走り方だった。
スぺはこのスクールモットーだけはいつか絶対に変えてやると思っていた。それくらい強くて、速くて、悲しい力だった。誰も幸せにしない走り方だった。
テイオーも薄々それは察していた。
利他主義的なゴールドシップや他人に影響されやすいスズカでは達しない境地だが、テイオーには非常に親和性が高い。だからこそどういうものかよくわかっていた。
それを選んだのは皇帝を理解したいと思ったからだ。
彼女の感じたことをテイオーは考えたことが無かった。常に憧れる対象だった。だから知りたいと思った。そしてテイオーが選んだ方法がこれだった。
実際やってみると、確かに勝負に最適な境地だとテイオーは思った。
実力を100%出せる。こうなれば後は走るための素質と努力の勝負だ。そしてこの二つに限って言えばテイオーは他者に負けない自信があった。
異様な雰囲気を纏う自分に、しかしツインターボは普通に話しかけてきた。
テイオーにとって一番の友人はターボだった。向こうも一番かどうかは知らないが、友人だと思ってくれているだろう。
ターボから学んだことは多かった。一緒に話して、一緒に遊んで楽しい相手だった。
今回のG1非常に張り切っていたのも知っている。一緒に走れると喜んでくれていたのも知っている。
しかし、今の境地のテイオーにとって、それは何一つ心を動かさなかった。
心を動かさない自分にテイオーは驚いていた。
ここまで孤独な心境なのか。ここまで孤独に走らなければ皇帝になれなかったのか。
そんな驚きを感じていた。
テイオーは絡んでくるターボを適当にあしらった。ターボも何かを感じているだろうが、気にする様子は出さずに他の人のところへといった。
そう言ったことまで冷静に計算してしまう自分にテイオーは嫌気がさしつつあった。