黄金船の長い旅路 或いは悲劇の先を幸せにしたい少女の頑張り 作:雅媛
絶対に勝つために
「ゴールドシップ、お願い」
「良いけどさ、役に立つかはわかんねーぞ」
「やってみてから考えるから」
テイオーが「絶対」を捨てることを決意し、新たな道を模索し始めて最初に頼ったのはゴールドシップだった。
ゴールドシップとしてもテイオーを勝たせてやりたいが、しかしどうやるかはまだ思いついていなかった。
テイオーとしてもまだその方法は思いついていなかったが、参考にとゴールドシップに併走をお願いしたのだ。
ゴールドシップ自身、能力が落ちない程度にはトレーニングを続けているが、身体能力はまだしも勝負勘は鈍りに鈍っている。
参考になる自信はなかったが、テイオーが望むならという事で一度併せて走ることにしたのだ。
クラシックディスタンス2400m
芝のトレーニングコースで併走を始めるゴールドシップとトウカイテイオー。
テイオーはどうやらゴールドシップをぴったりマークするつもりのようだった。大内を走るゴールドシップの外側にぴったりとくっついて走り続ける。
序盤はとてもスローなペースで走り始めたゴールドシップだったが、これは作戦でも何でもなく、ゴールドシップがこういう走り方しかできない故だった。
体格が大きく体が柔らかいゴールドシップは、それゆえ怪我をしなかったという利点があったが、一方で静止状態からの瞬発力に非常に欠けるという欠点があった。
そのため序盤はどうしても後ろにつくしかできなかった。
だがある程度スピードが出始めれば、そこからがゴールドシップの本領である。
ちょうど半分ぐらい、1200mのあたりを通過した時点で、ゴールドシップはスパートをかけた。
どんっ! どんっ!
マックイーンの本家本元、ロングストライドを生かしたスパートである。
土と芝が舞う中、ゴールドシップは徐々に加速していく。
それに対して、テイオーはぴったりと外側マークを続ける。
ゴールドシップは察していた。
トレーニングコースのコーナーはかなり小さい。
このスパートの速度だったら内側を綺麗に回るのは難しい。
ならば外側でマークして、外にぶれた瞬間弾いて体勢を崩す、そんな、小倉記念でネイチャがマックイーンにやったことの亜種を考えているのだろうと察した。
ちゃんと他人のことも見て自分の成長に使ってるんだなと感心したが、ゴールドシップはそれに乗るつもりはなかった。
その速度のまま、最内を器用に曲がっていくゴールドシップ。
外にぶれることのない完璧なコーナリングである。
これにはテイオーも驚いた。
ゴールドシップはそのまま、テイオーを少しずつ引き離して、先にゴールしたのだった。
「ゴールドシップ凄すぎない? あれで最内を回れるなんて思ってなかったよ。マックイーンも同じようにもっと内側まわれないの?」
「あー、これはたぶんマックイーンには無理だぜ」
「そうなの?」
マックイーンは追い込みの時はいつも大外まわりだ。
コーナリングの都合で、外にぶれざるを得ないのだろうと思っていたが、ゴールドシップぐらいの旋回半径で回れるならもっとやりたい放題できるだろうとテイオーは感じた。
だが、そうも簡単ではないらしい。
「遠心力の問題だからな。内側に体を倒せば外に振られなくて済むが、倒せば倒すほど地面を蹴るのが難しくなる。うまく地面を蹴るには足首の柔軟性が必要だが、マックイーンは固いからな」
「あー」
ゴールドシップの柔軟性なら体を内に傾けながらでも地面を強く蹴り出せるが、マックイーンにはそれが難しいという事だろう。
テイオーはゴールドシップやマックイーンと比べて小柄なので、まったく同じような走り方はできない。しかしゴールドシップ以上の柔軟さがある。
「参考になったよ、ありがとう」
「それならよかったぜ」
何かがつかめそうな気がしてきていた。
次にテイオーが教えを乞いに行ったのはグラスワンダーだった。
最近は生徒会の関係もあり、またリギル内もごたついているせいか、スピカでトレーニングしていることが多い彼女は、あの一番極まっていた時のスペシャルウィークに勝ったウマ娘だ。
皇帝に勝つにはあの絶対を破る必要がある。
それを成した先人に話を聞くのも大事だと思ったのだ。
「どうやったか、教えてもらえませんか?」
「なるほどわかりましたテイオーさん。でも私は、あまり複雑なことはしていませんよ?」
「?」
「私がしたことは二つ、走りをとにかく研ぎ澄ませること、あとはスぺちゃんを想い続けること、この二つです」
「……」
テイオーはちょっと気まずい雰囲気になった。
スペシャルウィークがサイレンススズカ一筋なのも、そしてグラスワンダーがスペシャルウィークを好いていたのも、ある種の公知の事実だ。あまり実感していないのはスペシャルウィークぐらいだろう。
失恋の一連の話を聞きだしてしまい、テイオーは微妙な気持ちになっていた。
「気にする必要はありませんよ。あの気持ちだけは本物でした。そしてテイオーさんの思うシンボリルドルフへの、皇帝への気持ちも本物だと思います」
「ありがとうございます」
「あの人が何を悩み、何を苦しんでいるかを察してあげてください。私も、周りの誰も、きっとそれが本当は何なのか、わかっていません。あの人へのテイオーさんの想いが、きっと最後の一歩に、あの人に手が届く一歩になるはずです」
皇帝の周りに誰もいなかったわけではない。マルゼンスキーだっていたし、エアグルーヴだっていた。仲間は何人もいたはずだ。しかし彼女の苦しみに手が届いた人がいたのか、テイオーにはわからなかった。そして、助けてあげたいとテイオーは思った。
「技術的な話はキングちゃんに聞いた方がいいと思います。私が勝てるお膳立てを全部してくれたのはキングちゃんですから」
「わかりました。ありがとうございます」
テイオーはふと思った。
グラスさんがスぺちゃんを助けたのはわかった。
しかしグラスさんは誰が助けるのだろうと。
失恋の痛みはいついえるのだろうと。
しかしそれはテイオーには関係のないことだ。傷に触っていいのはきっと当事者だけなはずである。
それでも優しいあの人が幸せになれることを祈らずにはいられなかった。